青い大地の果てにあるものオリジナル _4_12_廃墟

伊豆を発って東から西に魔導生物を討伐しながら一行は車で移動している。
途中で加わったつくしとツツジはそれぞれ1号室、2号室に加わった。

「2ヶ月半ぶりの京都ね~」
例によってとぽとぽとお茶をいれてまわりながらなずながつぶやいた。

ツツジが自分がいれるからとついて回るが、
「好きでやってるので気にしないで下さいな」
と、なずなににっこりいなされる。

「そそ、姫と俺の趣味なんさ、家事関係は」
なずなの後から茶菓子を配りながらホップもニコニコ言い、ルビナスも
「そそ。ツツジちゃんも落ち着いてお茶でも飲みなさいな」
とポンポンとソファを叩いてツツジに座を勧めた。

「はぁ…申し訳ありません。それでは…」
つくしとひのきの顔を交互に見ながら、つくしはおずおずとルビナスの横に腰を下ろす。



「んで…やっぱり廃墟跡には行くん?」
ユリがちらりとルビナスの顔を伺った。

ルビナスはその視線に気付いて、
「そうね。私は行って確認をしないとだし、ジャスティス数名護衛に欲しいけど、ユリとなずなちゃんはお留守番でいいわよ」
と言い、ユリがその言葉をうけて
「うん…まああそこも良い想い出あんまないんだよね、私。パスしようかな」
と、ボソボソっとうつむくが、なずなはきっぱり宣言した。

「私は行きます」

「なずなちゃん、無理はしない方がいいわよ」
というルビナスを始めとして皆が口々にとめるが、なずなは珍しくガンとして行くと言い張る。

「だって…これ逃したらもう行けないかもしれませんし、それならきちんと自分の目で見て気持ちの整理をつけた方が良いと思いますから。
たぶん泣くと思いますけど、まあそれですっきりします」
にっこりと言うなずなを見て、つくしがユリに目を向ける。

「根性無しが…なずな様見習えよ」
「うっせえ!自分だって捨てた実家に行けないままのくせに」

つくしの言葉にユリが言い返してまた始まる兄妹喧嘩。
例によって苦笑する周りの面々。

「まあでも…ユリちゃんは行っておいた方がいいわね」
なずなの一言で二人はピタリと言い争いをやめた。

「なんで?」
と不思議そうなユリ。

「ナナさんに…ちゃんとお別れ言った方がいいでしょ?
特別なおつきあいだったみたいだし」
ぶ~~っ!とユリが茶を吹き出した。

「そ、それっ…なんで知って…」
焦るユリになずなはにっこり

「そりゃあ、当時のユリちゃんの事なら何でも♪
私がいない時とかはいっつもナナさんの所だったし、いても夜中にこっそり抜け出してたしね」

「あ、あの…そ、それはっ」
にこやかななずなに焦るユリ。

「姫、それ誰なん?!」
ホップが少し複雑な表情でなずなの隣に座って聞くと、なずなはその少し不安げな顔を見上げて微笑みかけた。

「当時のユリちゃんには確かに必要だった女性、かな。
まあ…当然ですけど過去なので現在のユリちゃんに影響は及ぼしてはいても、本人の心情的には完全に終わってるつきあいです。と、言う事で納得できますよね?
過去を否定するという事は現在を否定するという事なので、ホップさんはしませんよね?」

「姫って…まるで本当にお姑さんみたいな事言うよな」
ホップはそう言われるとあきらめるしかないと、肩を落とした。

「というわけで…ユリちゃんも一緒に行こうね」

なずなの言葉は絶対的だった。
もうこれを拒否ればさらにどんなやばい事を引き出されるかわからない。
ユリは黙ってうなづいた。

「なずなちゃん、怖いわ、確かに」
ルビナスがひのきの肩をポンと叩いてつぶやいた。


「でも…なんで知ってたんなら言わなかったんだよ」
このタイミングでいまさらその話だすかなぁと、ユリは少しむくれる。
そんなユリになずなはクスっと笑いをもらした。

「ユリちゃんが秘密っていうのを楽しんでるみたいだったし。
こっそりナナさんの所でタバコ吸ってるのはどうかとは思ったけど、他は咎める事じゃないでしょう?
あの頃のユリちゃんにはむしろそういう気晴らし必要だと思ったし。
あの頃ユリちゃんが潰れなかったのはそういうの全部ひっくるめてだからね。
例え亡くなっていたとしてもお世話になったお礼はちゃんとしないとね」

「へいへい。…しっかし…タバコまでバレてたのか。」
「そりゃあ…いくら気をつけて匂い消しても匂いってすぐ完全に取れるものじゃないから」

清楚で可愛らしい様子で、クスクス笑いをもらすなずなをルビナスは割り切れない思いで見る。

今まで何度か目にしてきたドロドロしたものを何でもない事のようにスルーして、やんわりとそれでも確実に自分の意志を通すのは、ただ可愛いだけの女の子にできる芸当じゃない。

自分に理解できない得体のしれない、理由付けできないものというのをスルーするにはルビナスは科学者すぎた。

「じゃ、ちょっとお茶っぱ替えてきますね♪」
と席をたつなずなにこっそりとついていく。

「あ、ルビナスさん、何か?」
階段で振り向くなずなに、ルビナスは首を横に振った。

そのくせ、そうですか、とまた前を向いて下に降りるなずなの後ろを付いて歩く。

「ルビナスさん…」
下まで降りてミニキッチンのシンクの前に立つと、なずなは苦笑してルビナスを振り返った。

「何かお話でも?」
「うん、まあ…」

とりあえずどう切り出そうか迷うルビナスに、ちょっと待って下さいねとクルっと背を向けて戸棚を探るなずな。

「あったっ」
と、小さな包みを二つ取り出して一つをルビナスに差し出した。

「このお茶菓子、2個しかないんですよね。二人で食べちゃいましょう」
少しいたづらっぽく笑うと、小さな椅子を二つ引きずってくる。

「2個しかって…ひのき君とかユリとかとじゃなくて良いの?」
お菓子を一応受け取りながら言うルビナスに、なずなはお茶をいれてまな板の上に置くとうなづいた。

「タカもユリちゃんも甘いものあまり好きじゃありませんし…。
それにせっかくの和菓子なのでルビナスさんに日本の美味しい物を味わって欲しいかなぁと思いまして。
日本人組は和菓子の味は結構慣れ親しんでますから」

「そういう事なら遠慮なく頂きます」
とルビナスは綺麗な包みを開いて桃色の粉のかかった餅菓子を頬張る。
その様子をにこにこ見守りながら、なずなは口を開いた。

「で…私に何かお聞きになりたい事があるんですよね?」
ゴクンと菓子を飲み込んでお茶を飲んで一息いれると、ルビナスは本題に入る事にした。

「なずなちゃんてさ…ドロドロした感情ってないのかしら?
それとも誰しもに思い通りの行動を取らせられるから嫉妬なんて取るに足りない?」

ここにきてわかりにくいと思っていたひのきもユリもそれぞれなんとなく理解できるような気にはなってきたが、唯一なずなだけは感情が読めない。
相手の感情を引き出す事も目的として、ルビナスはあえて率直に尋ねた。

こういう聞き方をすれば怒るか怯えるか…どちらにしても不快感は感じるはず、と思ったのだが、なずなの反応は意外だった。

不思議な物を見るようにルビナスをマジマジと凝視すると、う~ん…と片手を頬にやって考え込む。

「思い通りの行動…ってそれほど取らせられた事はないんですけどねぇ…」
「そうかしら?」
「はい。そう見えます?」
と逆に聞き返されて、ルビナスは不思議に思って聞いた。

「だって結果的にひのき君もユリもみんななずなちゃんの思い通りに動いてない?」
「タカやユリちゃんがなだめられるのは、たぶん慣れ…だと思いますけど…それがイコール全てが思い通りにというわけでもないんですけどね」
困った様に小さく笑うなずなに、感情がつかめない苛立が募る。

「本音が聞いてみたいの。絶対的に良い人ってありえないでしょう?
でもなずなちゃんてそう思われてるから…
ひのき君が完璧に頼れる人間だと思われていたのと同様、どこかに歪みがあるんじゃないかと思うんだけど…」
イラっとした口調で言うルビナスの言葉にも、なずなは柔らかい笑みを浮かべ、それがかえってルビナスを苛立たせた。

「難しいですね…良い人悪い人って言うのはあくまで他人からの評価であって、自分でどうこうできるものではないので…」
それが相手を苛立たせる事に気付いて、なずなは顔から笑みを消した。

透けるように白い肌に大きな黒い瞳。笑みがあると柔らかく安らいだ気分にさせるその可愛らしい顔も、笑みが消えるとどことなく悲しげな印象を与える。
むしろその頼りなくも儚げな風情は、どこか見る者に不安感を与える事にルビナスは気付いた。

「あ…あの…言い方が悪かったかしら…」
ひどく狼狽しながら言うルビナスに、なずなはまたふわっと微笑みをうかべた。空気が一瞬にして変わる。

「いえ。本音…でしたよね?」
ハイトーンの小さな声でなずなが言う。

「たぶん…私は色々な意味で異質なので…。
両親がジャスティスで生まれた時から生と死を直視して育って…誰かを独占できるとかより、自分のために相手の行動を律するというのが怖いんですね。
自分が死ぬか相手が死ぬかは別にして、相手にそれに見合うだけのものを返せずに相手に二度と会えなくなる可能性も低くはないですから。
だから…相手が負担にならない程度に構ってもらえればいいかなって。
むしろ私だけに固執されると、私が死んだ後困るじゃないですか」

「なずなちゃんがそれ言うと…真面目にシャレにならないんだけど…」

ふんわりとまるでなずながそのまま空気にとけてしまいそうな錯覚を覚えて、ルビナスは急激に不安になった。

「うふふ。本音…ですよ?
でも他の人にはあんまり言わないで下さいね。過剰に反応されちゃうので」
さらりと言ってなずなは立ち上がった。

「あのっ!」
ルビナスはその後ろ姿に声をかけた。

そして、はい?とふりむくなずなにさらにきく。

「もしそれで相手が他の人の所に行っちゃって戻ってこなくなったら?」
ルビナスの言葉になずなはサラっと答えた。

「泣きます」
「はあ?」
「泣きますよ?」
「いや…それだけ?」

「だって…他に何かできます?」
きょとんと首をかしげるなずな。
きかれてルビナスも戸惑う。

「いや、浮気相手から奪い返すとか捨てた相手を追い落とすとか色々…」
「う~ん…それ以上楽しくない事しても仕方ないじゃないですか」
あっさり言うなずな。

「でも少しはすっきりしない?」

「好きな相手なら…しませんねぇ。
大丈夫、すっきりするしないなら、私うさぎ年生まれのウサギちゃんなので」

「はい?それが何か?」

「うさぎはね、寂しいと死んじゃうんです。
だから…ね?
寂しくて泣いてるうちに死んじゃってるかもですし。
お互いこれですっきり無問題です♪」

うあああ~…お互いじゃないって、それは!
ルビナスは泣きながら冷たくなっているなずなウサギの姿を想像して冷や汗をかいた。

それって…本人そういう気なくても究極のお仕置きというか…相手は究極の外道な人非人として社会的に抹殺される事請け合いだ。

最終兵器様…フェイロンの言葉がグルグル頭を回る。
彼女にだけは逆らうまい…ルビナスは心に固くそう誓った。



「ここまで来ると誰が誰だかわかんないね…」
極東支部跡の廃墟にたたずんでユリがつぶやいた。

壊滅してから2ヶ月放置されたその場所には、半ば崩れ落ちた建物の合間に人骨が点在している。

ユリとなずな、ルビナス、コーレア、ひのき、ホップ、ツツジ、つくしと随行のフリーダムの面々の中で、くじけたのはルビナスのみで、心配されていた極東コンビは意外に平静にその中を歩き回って、ルビナスから預かったビデオに支部の様子を収めている。

「なずな、平気か?」
「タマ、やばかったら言って?」
とそれぞれ心配するひのきやホップを尻目に

「ここ…たぶん研究室。…あ、こっちブレイン本部だね」
などと検討をつけながら二人は歩いて行く。

「あ…」
ユリは途中の一カ所で立ち止まった。

瓦礫の中をかきわけるユリに気付いてホップもフリーダムの面々も手伝う。

「あった。これ!」
ユリが小さな金庫を見つけ出して引きずり出した。

「なに?それ?」
ホップが聞くと、
「ナナの日記。
あいつの日記はいつも戦闘とか任務とか基地全体の出来事に及んでたから、うまくすれば襲撃のときの様子もぎりぎり書いてあるかも」
とユリは指紋認証の認証部分に指をかざす。

「なに?タマの指紋なん?キーって」
「ああ、私かナナの、だな」
金庫の機能は幸いまだ壊れてはなかったようで、ユリの指紋をかざすと、カチっと音がしてドアが開いた。

「ナナ、悪いな。持ってくぞ」
ユリは日記を取り出して、埋もれた部屋の方を振り返って声をかけた。

最終的に探索が終わると、前回の樹海の城同様、ユリの魔法で焼き払う。


「最後の最後まで極東の人間自分で燃やす事になるとは思わなかったな」
苦い顔でうつむくユリに、なずなは
「今までのと違って今回は弔いだからね。火葬よ?」
とユリの顔を見上げた。

「さ、とりあえず…手を合わせて」
となずなにうながされるが、ユリはそのままクルっと反転して車に向かう。

その後ろ姿を見送って少し苦い笑みをうかべると、なずなはまた基地の方を振り返って手を合わせた。

「皆さんお疲れさまでしたっ。私も頑張ってきますっ」
少しにじむ涙を袖口でゴシゴシこすると、なずなはクルリと後ろを振り向いて
「行こっ!」
とすぐ後ろに控えていたひのきの腕を取って車の方にうながした。








0 件のコメント :

コメントを投稿