青い大地の果てにあるものオリジナル _4_13_ナナの日記

「それは…個人の日記よね?
とりあえず襲撃の様子が書いてあるとは限らないし、先にユリに見てもらった方がいいわよね?」

資料室から持ち出せたいくつかの記録と共にナナの日記の事を聞いてルビナスが言うのに、ユリは少しためらった。

「一人で…読むのか…」

襲撃の様子をリアルに書いてあるとしたら、それは同時にその渦中にいた時のナナの事も連想させるわけで…
ユリはちらっとホップに目をむけた。

「俺も一緒に読んでいい?」
その気持ちを汲む様に言うホップにユリはホッとしてうなづく。

「んじゃ、とりあえず私らの部屋で読んでくるな」
ホップをともなってユリは2号室の寝室へ消えて行った。

「タマ…平気?」
聞いてくるホップにユリは黙って首を横に振る。

「読みたくない…持ち出しておいて言うのもなんなんだけどな」
並んでベッドに腰をかけるホップの肩にコツンと額を押し付けてつぶやくユリの肩に軽く手をかけて、ホップは
「俺が…一人で読んでいい?」
とユリにお伺いをたてる。

「なるべくプライベートな部分は飛ばすようにするからさ」
「別に…全部読んでも良いけど。ポチが嫌じゃないなら」
「そか。さんきゅ。じゃあ読ませてもらうな」

ユリの頭を軽くなでてユリの手から日記を取ると、ホップは日記を開いてパラパラとページをめくった。



4月×日。
ユリが本部へ行ってからまだ2日だと言うのに、早速敵襲だ。
みんなジャスティスがいるうちにくれば良かったのに、なんて勝手な事を言ってる。
倒したら倒したで倒し方が悪い、味方を巻き込むななんて文句ばかりなのに。
ユリがいなければイヴィルどころか魔導生物の一匹すら倒せないくせに。
敵は魔導生物25体とイヴィル5人。
基地は囲まれている。逃げ場はないと思う。
私もたぶんここで今日死ぬのだろう。
そんな時なのに今更ユリがいたらなんて勝手な事を言っている連中に向かってざまあみろと思っている自分がいる。
さてと、くだらないおしゃべりはここまでにして、最後の記録を取るのに徹しなければ。
ユリ、いつかあなたがこれを手に取る日が来るのを信じて最後まで頑張るよ。
あなたに役に立つ情報を集めて残せる様に。

今までユリに聞いていた話とかなり違って、今までとは段違いに多数投入されているイヴィルはそれぞれ魔導生物を5体ずつ連れて基地内を回って何かを探している様子だ。
敵から隠れながら逃げ惑う人達に話を聞く。
みんな混乱しているから言う事は様々なんだけど、一貫して言える事は敵が探してるのはジャスティスらしい。
ユリがすでに発ったあとで良かったな。
ユリは超強いけど倒せるって信じてるけど、でもイヴィル5人とか厳しそうだし、こんな恩知らずな面々のために命を危険にさらして欲しくない。
とりあえず…みんなから聞いた事をまとめて想像するに…レッドムーンはどうやらただの無法者の集団ではなく、狂信者の宗教団体らしい。
そして本来はブルースターで最初のジャスティスの母親が女神様って言って彼らにとっての神というか、信仰の対象らしいんだ。
今ジャスティスを探しているのは、それに何か関係しているとのこと。
んで、なんだかね、今年は何か重要な意味があるらしいよ。
てことは…1年乗り切ればまた色々沈静化するのかな?
ああ、こんなすごい情報をユリに知らせてあげられないなんて…。
ユリ、いつか絶対にこの日記を読んで!
そろそろ基地全体やばそうな感じ。
フリーダムはほぼ全滅したっぽい。
この日記も破損しないようにしまわないとね。
そそ、何人か女性が生け捕りにされたみたい。
イヴィルにされたりとかするのかな?
どうなるのか本当の事はわからないけど、レッドムーンに連れて行かれるって事はユリにとってプラスにはならないよね。
私は絶対にユリの敵になるつもりはないから…この日記を金庫に戻したらサヨナラだね、ユリ。
もしいつか元極東支部のイヴィルとか出て来ても私はその中にはいないから安心してね。
みんなウィッチとか死神とか言ってたけど、ユリは本当は極東の守護神だったんだよ。
誰よりも強くて綺麗でカッコ良かったな。
そんなユリと一緒にいられて超幸せだったっ。
欲を言えば…ちゃんとキスしてみたかったなぁ…ま、しょうがないかっ。
ユリには本命いるし、それ割り切った付き合いだったもんね。
それでも楽しかったし、ほんっと幸せだったよ~!
バイバイ、ユリ。
…もう一度だけ…会いたかったな。

ユリのナナより



パタン、と日記を閉じてホップはユリを振り返った。

「当日の様子書いてあった。俺が必要な事だけルビナスに報告するな。
この日記…俺が預かってていい?
いつか今の状態が沈静化してタマと日本に帰れるくらいになったらちゃんと返すからさ」

「…うん。そうしてくれ。…私いまは読めそうにない。
読んでやるべきだと思うんだけど、自分で持ってると読まずに処分しちゃいそうだし」
両手で顔を覆うユリ。

「んじゃ、とりあえずそういう事でルビナスに報告だけしてまた戻ってくるな。待ってて」
日記をかざして立ち上がるホップのジャケットをユリがつかんだ。

「それ後にしろ」
「後に?なんで?」
ホップの質問には答えずユリは立ち上がってドアまでツカツカと歩み寄ると、カチっとドアの鍵を閉めた。

ドアを背にユリはぽか~んとするホップを見上げる。

「えと…タマ?」
そして黒い猫がとびかかるようにホップに向かってダイプして、その首の後ろに手を回した。

「〇ックスしよう」
と、ユリはペロリとホップの耳を猫のように舐める。
顎の下を撫でたらゴロゴロ喉を鳴らし始めるのではないかとホップは思う。
まるでじゃれつく猫のようにユリはホップの首に頬をすりつけた。

「タマって…本当に猫みたいだな」
「嫌なら抵抗してみろよ」
半分あきれるホップの声にユリは挑戦的な目をむけホップの了承を待たずにホップのシャツのボタンを外し始める。

ホップももとより抵抗する気もない。
ボタンを外していく白い指を軽く手で制して、ただ
「良いけど…タマ、スキン持ってる?俺部屋なんだけど…」
とだけ確認を入れた。

ユリは猫のようなしなやかな身のこなしでホップから身体を放すと、ぽいぽいと上半身の服を脱ぎ捨てながらタンスに向かい,引き出しからスキンを出すとホップに投げてよこす。

「これでいいか?」
少しうるんだ目で再度ホップに身を寄せると、ユリはホップを引き寄せて唇を重ねた。

そのまま猫のように気ままにじゃれつくユリに好きにさせながら、ホップはひのきの言葉を、なるほどね、と思い出す。

どうやら滅入ってるとこぼすよりも〇ックスしたいという方がユリにとっては遥かに楽らしい。

クスっと笑うホップに、ユリはじゃれつくような愛撫を中断して不機嫌に見上げた。

「…なんだよ?」
きつい目で見上げられても可愛いな、と顔がほころぶ。

「いや、本当に猫だなぁって思って。俺からもキスしていい?」
と言って返事を待たずに唇を重ね、深く口づけながら猫のような舌をからめとる。
そうしてそのまま愛し合ったしばらく後、ユリは満足げな子供のような顔をして意識を手放していた。
確かに…ユリにとっては滅入っている時はこういう行為は良いらしい。

大急ぎで情事の後始末だけして、ユリの服を着させ、自分も脱いだ物を身につけると、ホップは今更ながら布団を敷いて眠っているユリを寝かせる。
そして自身はその寝顔に軽く口づけを落とすと、ルビナスに日記の報告をしに居間にむかった。



「ユリ…大丈夫かしらね…」
二人が寝室に消えて1時間ほどがたち、ルビナスはなかなか出てこない二人に少しやきもきしている。

「お館様以外の人間の事で心が揺れるようじゃ、鉄線としては失格だな」
とつくしは手の中の湯のみを玩びながら小さく息と共に吐き捨て
「妹に対してその言い草って、あなたは鉄線としてはどうかわからないけど人間として失格みたいね」
と、ルビナスににらまれる。

つくしはルビナスの言葉にムッとはするが、相手をしてもきりがないと黙ってフイっと横を向いた。

「まあ…鉄線は大丈夫だろ。ホップがついてるし。
じきにケロっとして出てくるだろうから邪魔しないでやれ」

ひのきがその険悪な空気を無視して言い、言葉の意味をなんとなく理解した二人、コーレアは苦笑し、なずなは少し赤くなる。

そんな中、待ちに待った寝室のドアがガチャっと開いて、ホップが日記を手に居間に出てくる。

「鉄線は?」
と聞くひのきに
「寝てる」
とホップが短く答えた。

「そっか。ま、お疲れ」
それだけで全てを察したようにひのきはそう声をかけ、
「んで?日記の方は?」
とサラっと話題を変えた。

「極東支部組に用があったのかしら、それともジャスティス全員に?」

ホップから日記の内容を聞くと、ルビナスは答えを求めるようにホップを見上げる。

「俺もたった今日記読んで知ったんだから、そこまでわからんさ」
当たり前だがホップは苦笑して首を横に振った。
そこでルビナスは今度はなずなに目をむける。

「少なくとも…私も今ホップさんから伺って初めてその話を知りました」
ルビナスの視線になずなも知らない、という意思表示をした。

という事はたぶんユリも知らないだろう。

「お茶…入れ替えてきますね」
ぽつりとつぶやくようになずなが立ち上がった。
「あ、手伝う」
というホップを
「ユリちゃんが起きてくるかもだから、ホップさんはここにいて下さい」
と珍しく制して、なずなは急須や茶殻入れを乗せた盆を手に階段を下りて行った。



震えを必死に抑えて階段までくると、なずなはホッと息をつく。

ジャスティスうんぬんよりもまず、何人かの女性が生け捕りにという部分でなずなは気が重くなった。

基地の女性全員を知っているとは言えないまでも、基地内で育ったため知り合いはかなりの数に及ぶ。
その中でも親しいあたりだと同僚とかいうのを通り越して親代わりだったりもするのだ。

フリーダム、アニーの妹達とイヴィルになった身内と相対する事になったひのきやアニーをなぐさめてもきたものの、いざ自分がその立場になると思うと、多少の動揺はある。

さらに…自分も敵が探している対象に入っていたらしいというのも、不安を増大させる原因としては小さくはない。

そういう状況に追い込まれた時、自分はどうするべきなのか…。
不安と恐怖がないまぜになって頭の中をぐるぐる回るが、みんなそれぞれにギリギリの状態なのだ。
誰かにそれをもらすわけにはいかない。

「頑張れ、私」
ス~っと小さく息を吸い込んで誰に共なく小さくつぶやく。

まあある程度は予測の範囲内でつぶれるような出来事ではないはず…だが
不意に襲う軽い目眩と手の震え。力が入らない。
わずかに左半身にしびれたような感覚が走り、周りの空気が圧迫するように迫ってくる。

(ああ…困ったなぁ…)
たまに襲う貧血症状の前触れに気付いて、なずなは内心つぶやいて息を吐き出す。
妙に思考が後ろ向きになっていくのはもしかしてこのせいだったのか…。

(下まで…もたないかな。ここで倒れたら…急須が…)
完全に倒れるまでたぶんあと数秒。自分の事より急須の安全を気にする辺りがなずならしい。
しかしあいにく倒れるまでもなく手から滑り落ちた盆のおかげで、ガチャン!と大きな音をたてて急須が階段下で割れた。
それを合図とするように、飛び散る急須の破片と一緒にフゥっと意識がどこかへ舞い上がっていった。

ガチャン!という音にいち早く反応したのは反射神経に優れる攻撃特化のひのき、コーレア、つくしだった。

3人揃って反射的に立ち上がりかけるが、まずコーレアが他の二人の反応を見てとりあえず自分は腰を下ろし、階段上まで走って階段下の様子に目をやると、つくしはその場に立ち止まってツツジを振り返った。

「ツツジっ!すぐ治療の準備をっ!」
そしてひのきは跳躍して階段下まで飛び降りると、落ちてくるなずなを抱きとめた。

「っ?!なずなっ!!」
血の気のないなずなに呼びかけるが、当然返事はない。

「お館様っ!すぐ部屋にっ!!」
というつくしの声でハッと我に返ると、ひのきはなずなを抱いたまま階段上に跳躍した。

そしてすれ違い様ホップに
「下の片付け頼む」
と言うと、そのままツツジとルビナスと共に3号室に入って行った。









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