青い大地の果てにあるものオリジナル _3_12_悩める少年

なずなが一週間の絶対安静とのニュースはあっという間にブルースター本部内をかけ巡った。

ひのきがずっと付きそっているとの話も流れ、何事なのかと本部中が不安と心配で包まれたが、気を使うと疲れるし本人達には絶対に近づかない、連絡をとろうとしない事という厳命も同時にひかれ、全てがまだ謎のままでそれから6日たった今、噂が噂を呼んでいる。

「なずな...どうしたんだろうな...早く戻ってこないかな」
食事を終えて帰る道々、トリトマがため息をついた。

今ほど彼女にいて欲しいと思うときはないのに...

だいぶ他の人間にも慣れて来たものの、やはり自分の事はひのきに、ファーの事はなずなに相談するのが確実だと思っている。

とぼとぼ廊下を歩くトリトマの前に丁度綺麗な黒髪のなずなの旧友が目に入った。

「鉄線、」
声をかけると、サラっと長い髪をなびかせてユリが振り返った。

「ああ、トリトマか。ファーが一緒じゃないなんて珍しいじゃん」
笑顔で答えるユリに、一縷の望みを託してトリトマは言った。

「鉄線...なずなと連絡取れたりしないよな?」
「無理っ」
とユリはきっぱりと否定した後、がっかりしたトリトマの顔を覗き込んだ。

「何?なずなじゃないと駄目な事か?私で良ければ話聞くぞ?
で、私に手に負えそうになければ他の適任者紹介してやってもいい」
しごくしっかりとした合理的な提案の仕方に、トリトマは顔を上げた。

「あの...ファーの事なんだけど...」
と切り出すと、ユリは少し上を見上げて考え込む。

「男女関係か...ま、デリケートっちゃデリケートだな。いいや、私の部屋来いよ」
言って先に立って歩き出した。



「鉄線の部屋って...噂には聞いてたけど面白いな」
畳敷きの居間に通されてトリトマは思わずつぶやいた。

「ああ、純和風だからな。こうでないとどうしても落ち着かん。
だからシザーに言って次の遠征のために一室和室用意してもらったしな」
コトリとトリトマの前に玄米茶の湯のみをおいてユリが言う。

置かれた湯のみに視線を落としてトリトマはテーブルを挟んで正面に腰を下ろしたユリに聞いた。

「これは...ファーがここに来た時飲ませてもらったっていうお茶か?」
「ああ、ライス入りの日本茶で玄米茶っていうんだ」
ユリの言葉にトリトマは少し中身を口にした。

「なんだか香ばしくて旨いな。これだったらファーも飲んでくれるかな」
「飲んでくれるかなって...ファーと喧嘩でもしたか?」

「いや、実は...最近ファーが食欲なくて」
トリトマが少し表情を硬くする。

「ん~、まあな、アニー坊やの妹だったっていうのを別にしても若い女の子のイヴィルってのはきついっちゃきついな。
んなのを目の当たりにしたら食欲でないのもわかる」

ユリはトリトマの言葉に理解を示すが、その後のトリトマの
「だよな...男の俺だってきついし。
ファーなんか最近食べ物の匂い嗅ぐだけで吐き気がするって...」
という言葉にピタっと止まった。

「おい...非常に立ち入った事きいて悪いが...」
おそるおそる口をひらく。

「なんだ?」
「お前達さ...もしかしてもうやる事やってる?」
「やることって?」
とぽか~んと聞いてくるトリトマにユリは迷った。

自分と同じ年...といっても、どう考えても社会経験ほぼ0のそういう意味では子供のトリトマに聞いて良い事なのだろうか...。

しかし悩んだ挙げ句思い切って口にする。

「えと...な、セックス」
ユリの言葉にトリトマは真っ赤になった。

「やってんのか?」
もう一度聞くと、トリトマは赤い顔のままうなづく。

(あっちゃ~)と内心頭を抱えるユリ。
まさかと思う気持ちとたぶんという気持ちが半々でさらにきく。

「えとな...その時にちゃんと避妊してるか?」
「避妊て...なんだ?」
トリトマの言葉で疑惑が確信に変わった。

「良いから...ちょっとファー呼ぶぞ」
言って立ち上がると、ユリは上着のポケットから携帯を取り出し、ファーを自室に呼び出した。

数分後、ファーが
「この部屋久しぶり~♪」
と嬉しそうにテーブルを囲んで座る。

「ちょっと待ってろ...確か以前ブレインの知り合いに頼まれて買って預かったままのがあったと思うから」
ファーにも茶をいれると、ユリは寝室へと消えて行った。

そして押し入れに放り込んであるまだあけてないダンボールをあさり、目的のブツを無事発見すると、居間に戻ってファーに手招きをして、ブツを渡す。

「なんですか?これ?」
「あ~、使い方はな...」
と何故か使った事もないのに知っている使い方を説明して、
「とにかくトイレそこだからやってこい」
とファーをトイレにうながした。
そして居間でファーを待つ間、トリトマに説明する。

「えとな...その様子じゃ多分ファーも知らねえんだろうが...セックスってな、本来は生殖行動なわけな?
だから普通にやってるとガキができんだよ。
でもな、人間の場合はそれがその他にも愛情表現だったり快楽を得る手段だったりするから、そういう場合にいちいちガキできてたら困るだろ?
だから妊娠しないように避妊てのをするんだ。
ま、避妊の方法は色々あるんだけどな。
もし今ファーが妊娠してなければ後でレンにでも聞きに行け。
別に私やホップが教えてやってもいいけど...レンに聞けばたぶん避妊具くれるからその方が早いだろ」

「ユリさん、これでいい?」
そこまで話した時に、ファーが妊娠検査薬を手に居間に戻って来た。

「ん、これで5分待て」
言ってファーの手から検査薬を取り上げる。

棒のような物の窓に移る赤い‐の線が+に変わるのを確認して、ユリは大きくため息をついた。

「確定だな。おい、ファー妊娠してる。吐き気は精神的な物じゃなくてつわりだ」

「妊娠て...赤ちゃんできたってこと?」
「おい、つわりってなんだ?」
ファーとトリトマが一斉にきいてくるのを制してユリは言う。

「答えてやるけど、一人ずつな。
ファーは正解、つわりっていうのは妊娠初期には女は吐き気するもんなんだ。
原因は色々言われてるけど妊娠に体がまだ慣れないからだとかいうな、よく。
で?ファー最後の生理いつだ?」
聞かれてファーは考え込んだ。

「えと...5月の...16日くらい?」
「ん~、じゃ、妊娠2ヶ月か」
ユリの言葉にファーはブンブン首を横に振った。

「違うよっ!エッチしたのって1ヶ月ちょっと前だもん」

「あのな、妊娠の月数ってのは最後の生理から数えるんだ。
でないと長期間毎日のようにしてる奴はわかんないだろ」
ユリが言うと、ファーとトリトマはおお~と感心した声をあげる。

「鉄線て...すっげえ詳しいな。もしかしてお前も子供いるのか?」
トリトマの言葉に脱力するユリ。

「お前なぁ...いるかよっ、んなもん。
単に極東いた頃は周りに相談される事が多くて知識だけはあるだけ。
つか、お前らやる事やってんのに知識なさすぎっ!避妊くらい知ってからやれよ」

子供二人で子供作ってどうすんだよっ、と、内心悪態をつきながらも、ユリはやるべきことおしえるべきことを頭の中で整理し始める。

「とにかくな、まず産むか堕ろすか決めろ。
堕ろせるのは確か24...あれ?26周だっけな。
まあとにかく赤ん坊がでかくなってきたら堕ろせなくなるし、周数が進むに従って母体に与える影響や負担も大きくなるから、決断は早めにな」
ユリの言葉にそれまでふわふわしていた二人の顔が一気に青くなった。

「なんで堕ろすの?」
ファーが半泣きできいてくるのに、ユリは淡々と答える。

「子供って産めば終わりじゃねえからな。育てられない場合もあるし。
今回の場合まず考えられるのは、たぶん産むって言ったら周りに反対される。
結婚できる年って言っても二人とも避妊も知らないくらい子供だしな。
例えばこれがひのきやコーレアとかなら仕事の都合とか気にしなければ子供くらい出来てもちゃんと親できそうだけどな。
トリトマもファーも子供すぎて親としてちゃんと子供育てられるのかって周りが心配すると思う。
あとは...この戦闘が激化してる中で少なくとも子供産まれるまであと8ヶ月、ファーが戦闘に出られない事での戦力低下を周りが認めてくれるかって問題もある」

いきなりつきつけられる厳しい現実にファーが泣き出した。

「でも赤ちゃん殺すのやだっ!」
トリトマも泣き出しこそしないものの真っ青になって言う。

「子供...産むの許してもらうにはどうしたらいい?」
きかれてユリはまた大きくため息をついた。

「難しいな...正直、説得できそうなネタがないんだけど...。
まあ、産むならそれなりに妊娠出産に必要な情報は教えてやるし、知らない事でも調べてやるけど、説得は自分達でやれ。
期限はそうだな...あと6日くらいしかないけど。
それすぎるとトリトマは遠征だしな」

正直...責任持つのは自分の仕事ではないと思う。
説得も苦手だ。
あくまで情報収集の人間なのだ。
ユリはそこで一線をひくことにした。

あとは他に任せよう。
それには適切な人選をしなくては...しかし一番押し付けて平気そうなあたりが今連絡が取れない状態だ。
青い顔の二人を送り出したあと、ユリはまたもう何度目かのため息をついた。


やがてガチャっとドアが開いて、のんきな飼い犬が尻尾を振って入ってくる。

「どうしたさ、タマ。ため息なんてついちゃって。あれ?誰か来てた?」
テーブルの上の湯のみに気付いてホップが言うのにうなづいて、
「悪い、片付けておいてくれ、私は早急に片付けないとなんない問題があって...」
とユリはポリポリと頭をかいた。

「ああ、それはいいけどさ。俺じゃ相談に乗れない?」
言って顔を覗き込んでくるホップをユリはじ~っとみつめる。

「あのさ...」
「うん?」
「今な、妊娠出産でジャスティスが一人抜けるとか言ったら反対されるよな?やっぱり」
ユリの言葉にホップは硬直する。

「まさか...」
「私じゃないぞ」
青くなって口を開くホップの言葉を遮ってユリは否定した。

ホップはそれに
「良かった~」
と安堵の息をつくと、次の瞬間、
「あ、そっか。そうだったんか~。いいと思うけど?めでたい事だしな。
抜けた穴はみんなで頑張って埋めればいいさ~」
とニコニコ機嫌良く言って湯のみと急須を盆に乗せてキッチンに向かう。

「おい、本当にそう思うか?」
ユリはホップの意外な言葉に驚いてその後ろ姿に声をかけた。

「うんうん。なんなら俺がこれから説得回ってもいいさ。
最近暗い話ばっかだったしな。案外みんな歓迎してくれんじゃねえかな。
死んでく奴ばっかじゃ寂しいじゃん?
少しは新しく産まれてくる命があったって良くねえ?」
ホップの言葉にユリは少し胸に温かいものがあふれるのを感じた。

「なんか...さ、今私ポチの事すっげえ見直した」
ユリの言葉にホップは笑った。

「ホントに?んじゃ、いつか俺の子供も産んでくれる?」
「ああ、それくらいしてやっても良いくらい感動したぞ、マジ。
ま、当分は無理だけどな。
私は一時的にでもこの戦況の中戦線離脱はできないからな」

「うん、それはわかってるからさ。未来の約束だけで充分」
ホップは湯のみを洗いながら満面の笑みを浮かべて言った。


有言実行の言葉を胸にホップはそれから一番の難関、ブレイン本部長を訪ねる事にした。

スケジュール管理を担うこの人物を納得させないと話は進まない。
逆にここを落とせば後は人権派のコーレアは反対しないだろうし、彼に面と向かって反対するジャスティスは皆無といってもいい。

それでなくてもトリトマはコーレアに絶対に逆らわないし、ファーはユリが説得できる。
ジャスミンはなずなの親友だから何をおいても守ろうとするし、アニーも最近ひのきと仲がいい。
余裕だ、とほくそえむホップ。

そう、彼は子供ができた人物を完璧に勘違いしていた。








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