青い大地の果てにあるものオリジナル _3_7_サンドバッグ投入

「んじゃ、サンドバッグ登場って事で席はずしてもらえるか?レン」
病室ではもう意識が戻っているらしいアニーがベッドの上で顔を両手にうずめて半身を起こしている。

無言のアニーにやはり無言でベッドの脇に立っていたレンの肩をポンと軽く叩くと、ひのきは小声でレンの耳にささやいた。

「ああ。タカぼん、頼むわ」
レンは言って仮眠室の方へ戻って行く。

その後ろ姿を見送って、ひのきはアニーの隣のベッドに腰を下ろした。
そして相変わらず無言のアニーに向かって言う。

「ま、あれだ。今回の戦闘、いてやれなくて悪かったな」
ひのきの言葉にピクっとアニーの肩が揺れた。

「いてやれなくてって...何様ですか?保護者様?それともリーダー様?
ひのきがいたらどうにかなったとでも言いたいんですか?」
苛立ったアニーの口調に、ひのきは淡々と言う。

「ん~、強いて言うならアタッカー様?
まあ少なくとも俺がいたら盾のお前がとどめささんでもすんだしな。
手を汚すのは俺達アタッカーの仕事だから。マジ悪かった」
ひのきの言葉に顔をうずめたアニーの手の指の間から涙がこぼれ落ちた。

「僕...妹を殺しました...」
「ああ、きいた」
「自分の手で...助けてって言ってたんです。それをっ!」
「ああ、きいた」

「あなたはっ!さっきから、ああ、きいたってそればかりっ!
他に言う事はないんですかっ!!」
アニーが顔から手を放してひのきをふりむくと立ち上がりかけた。

「ん~、他に何か言って欲しかったのか。んじゃ、聞いてやる。後悔してるか?」
たんたんと聞くひのきにアニーがうっと声につまる。

「お前がとどめ刺さなきゃジャスミンやばかったんだろ?それでも後悔してるか?」

「わかりませんよっ、そんなの!わかんないですっ!」
アニーは言ってまたベッドに座って手に顔をうずめた。

「ま、それでも自分の手は妹達の血で汚れちまったとか思ってるんだよな、お前」
「...そりゃ...思ってますけど...なんでそんなことを...」
「ん~、俺も思ってっからなぁ。
仲間殺して。
種子植え付けられたって言ってもまだ意識は普通で俺らが助けてくれるって信じて助け求めてきた一般人の女の首切り落として。
敵とはいえ命助けるのと交換条件だと思って大人しく後ろむいてた無抵抗の科学者殺して。
さすがに身内はまだねえけど、あっても多分普通に殺る事になるだろうしな」

「...ひのきは...平気なんですか?」
アニーは顔をあげてまたひのきに視線を向けた。

「ん~、俺はな。それがアタッカーだからな。
でもとどめ刺したホップとかとどめ刺そうとしてたコーレア恨むなよ?
やつらは何も知らなかったし、それが仕事なんだからな。
それでもお前だってジャスティスである前に人間だしな、自分の中で踏ん切りつかなかったら怒りはさぼった俺に、悲しさは彼女のジャスミンあたりに集中してぶつけとけ。
大勢にぶつけたらぶつけられた大勢が崩れる。
俺ならどうせ昔から犬猿の仲だしな。いまさら痛くもかゆくもねえだろ」
ひのきの言葉にアニーはうつむいて苦笑する。

「無理ですよ...実は僕最近ひのきの事結構好きなんですよ、これでも。他人とは思えないっていうか...必死に無理してるあたりが僕と似てる気がして...」

「やせ我慢が男の美学か?」

「ですね...でももうそれが崩れそうです...」
アニーは言って頭を抱えて嗚咽を漏らした。

「ひのき...僕どうしたらいいんですか?
大切な人殺して...なんのためにやせ我慢してるんですか?」

「ん~、ジャスミンのためじゃね?」

「...頑張って頑張ってどれだけ傷ついても守っていけば幸せになれるって思ってたけど...こんな風に汚れた手で幸せになんて...無理です」
アニーの言葉にひのきは両手を組んで膝の上に投げ出した。

「えとな...幸せにはなって良いらしいぞ。どんなに手が汚れてても」

「...え?」
アニーが聞き返すと、ひのきは嫌そうに口を開く。

「他の奴には言うなよ?」
「ええ」

「なんでさぼる事になったかというとだな...」
「ええ」

「泣いてたから」
「へ?姫が?」
「俺がっ!」
ムスッというひのきに、一瞬泣くのも忘れてぽか~んと口をひらいたまま固まるアニー。

「平気じゃねえんだよっ、俺だって。
敵って簡単に分類できる物を斬るのは7年間やってきていい加減慣れたけどな。
仲間や無抵抗な人間斬んのは早々慣れねえ。
んでな、なずな相手に手が汚れてくのが怖いって泣いてた」

「で、姫はなんて?」

「洗ってくれんだと。
いくら汚してもどれだけ汚れて帰ってきても洗ってくれんだとよ。
誰がわからなくても俺の手が自分や周りを守っている手だってのを自分は知ってるから洗ってやるって」

「...泣けますね」
アニーは泣き笑いを浮かべた。

「ああ。だからな、俺はこれからも手を汚す。
あいつのためなら誰でも何人でも斬るぞ。親兄弟でも仲間でも誰でもだ」

「ひのきは...いいなぁ。僕はジャスミン相手に泣いたりできません」
「泣かないお前が悪い」
「ジャスミンは姫じゃありませんから」
苦笑するアニーにひのきは言った。

「何かを守るって決めた時の女は強えぞ。
なずなだって最初は強さなんてかけらもなかっただろうが。
出会った頃はマジ世界最弱の女だと思ってたぞ。
世の中で怖くない物はないくらいの勢いだったの覚えてるだろ、お前も」

「ああ、そういえばそうでしたね...」
アニーは今から2ヶ月とちょっとくらい前を懐かしく思い出した。

「強くなったのは俺が色々を自力で支えきれなくなった頃からだ。
それに比べればジャスミンなんか充分強いぞ。
遠征の時の電話での勢い、お前も覚えてるだろ。
あれが誰かを守ろうと思った時のジャスミンだ。
ま、あの時の対象はなずなだったんだけどな。
いつもいつもなさけなく甘えてたらさすがに見捨てられるだろうけど、どうしても駄目な時こそ女に甘えろ。
そいつが特別な一生共にするくらいの相手ならな」

「ジャスミンは...あきれないかな」
ポツリと言うアニーに
「男がぎりぎりになって頼った時にあきれるような女はやめとけ。
ま、ジャスミンは大丈夫だ。
あとで呼んでやるけど...お前的にその前にすっきりさせておきたい相手もいるんだろ?」
とひのきは言って立ち上がった。

「さすがつきあい長いだけありますね。
もしかしてコーレアさんも待機してもらってたりします?」
アニーはそんなひのきをみあげて言う。

「ああ、呼んでくるから待ってろ」
言ってひのきは仮眠室へと戻って行った。








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