海辺の別宅
「おはようさん。朝やで~。」
カーテンを引く音と共に飛び込んでくる日差し。
食欲をそそる良い匂いにクンとひくつかせると、小さな笑みが降ってくる。
「ええ天気やで~。ご飯食べたらちょっと海行ってみよか。」
と、額に落とされるキス。
まだ眠くてイギリスは薄いブランケットに潜り込もうとするが、ヒョイっと片腕で阻止され、半身を起こされる。
「起きへんかったらチュロスなしやで~」
と、柔らかい声が降ってくると、ええ子やからこのままな、と、また小さく今度は頬にキスが降ってきて、布団の上にシートが敷かれ、ベッドの上にテーブルがセットされて食事が並べられる。
ここに来て3日。
初日は驚いたものの、たった数日ですっかり慣れてしまった朝の光景だ。
スペインではしばしばチュロスとショコラーテで終わる朝食だが、朝からたっぷり食べるイギリスのために、スペインはわざわざトルティージャやらパンコントマテやら、その日によってメニューは違うが、お腹の足しになるものも作ってくれる。
そしてイギリスの場合はそれを食べた後のシメにチュロスだ。
何故か用意されたパジャマは昔を思わせるようなフリルのひらひらだったり、普段着もなんとなく可愛い系だったりというのは気にならないでもないが、まあ誰にみせるわけでもないし、何より食事が美味しい。
バカンスとしては快適だ。
…美味しい食事を堪能していると、なんだか蕩けそうな目で見られている気がするが…気のせいと言う事にしておこう。
「…お前…何が楽しいんだ?」
にこにこと幸せそうなスペインに、イギリスは眉を寄せる。
寝て起きたら美味しそうな朝食が用意されてて、のんびり刺繍やレース編みに勤しみながら時間が来たら同じく美味しい食事が軽食を合わせて一日5回。
風呂も適温のお湯が湯船にはられたら入れて、入浴後のドライヤーまでセット。
もちろん寝る時にはふかふかのシーツが敷かれてきちんとベッドメイクされている。
それをされるイギリスはまあ物理的には快適だが、その諸々を準備するスペインは何が楽しいのだろう…。
朝食が終わってシートが取り払われた後のベッドで、何故か来た時には置いてあった大きなティディベアのぬいぐるみを抱きしめてゴロゴロしながら聞くイギリスに、トレイの上に食器を片付けていたスペインは本当に楽しそうな笑みを浮かべた。
「やって…積年の願いが叶ったし?
親分な、ほんまは自分がまだフランスん家いる頃から引き取ったりたいって思ってたんやで?」
「はぁ?」
「フランスに何度も頼んだんやけど、あかん言われてな~」
初めて聞く話に、イギリスはクマを抱えたままクルンと転がって、ベッドの上にぺたんと座り込んだ。
とりあえず…なんで引き取りたかったんだ?とか、では何故YESではなく考えさせてくれ…なんだ?とか、色々聞きたいことが頭の中をクルクル回る。
コロコロ転がっていたため若干乱れたイギリスの髪を、スペインはやっぱり楽しげに丁寧になでつけた。
「親分あの頃レコンキスタで毎日戦い戦いで荒んだ生活しとってな、初めてちっちゃい自分抱き上げて膝上で菓子やってふにゃぁって感じの笑顔向けられた時に、なんちゅ~か…こんな子家におったら荒みきらんと頑張れるんやないかって思ったんや。
色々ギリギリな精神状態やったしなぁ…あの時フランスが大国やなくて自分の国力が余裕ない状態でもなかったら、奪いとっとったんやないかなぁ…。
親分がフランスとやりあえるくらいの国力取り戻した時にはもう自分フランスの下におらへんかったし。
それでもずっと手元に置いて可愛がったりたいって思っとったんや。」
ベッドにギシッときしんだ音を立てて、片付けの手を止めたスペインが片膝だけ乗り上げる。
そしてポカンと見上げるイギリスに少し困ったように微笑みかけた。
「これが親愛なのか恋情なのか、自分でもよおわからん。
でも大事にしたいのは確かやから、軽々しい行動はとれへんねん。」
――キスくらいは普通に出来るんやけどな。
と、チュッと軽く唇に唇が触れて、呆然と固まるイギリスにスペインはまた困った笑みを向けた。
――今はここまでな。
と、また赤くなったイギリスの頬に触れる唇。
え?ええっ?!!!
い、今こいつ何したっ?!!!!
うあああぁあ~~!!!!
キッ…キスしやがったっ!!
マウス・トゥ・マウスなんて普通しねえだろうがっ!!
もう混乱で色々がクルクル回る。
混乱しすぎてプライベートとなると急に緩くなる涙腺が崩壊してポロポロと涙が止まらない。
「な、何しやがるんだっ!ばかあぁ!!!」
叫んでティディベアと一緒にブランケットに逃走すると、今度は残されたスペインがポカ~ンと呆ける。
「え?えぇ??なん??ちょ、待ってや。何怒っとるん??」
本気でわかってないあたりがKYなんだ、このラテン男がぁっ!とイギリスがブランケットの中でぬいぐるみを抱きしめていると、スペインがその上からティディベアごとイギリスを抱きしめてきた。
「イギリス、イングラテーラ、なんやわからんけど、堪忍したって?
親分が悪かったわ。泣かせるつもりなんてなかってん。堪忍な」
心底困ったように…でもブランケット越しに抱きしめてくる腕には力がこもる。
「…泣いてねぇ……」
と言っても鼻声ではあまり信ぴょう性がないわけだが、スペインもそこは珍しく空気を読んだらしく、
「うん…でも堪忍な。」
と言ったあと、しかし続く言葉がさすがKY。
「まさか初めてやとか思わなかってん。」
か~っと全身に血が登った。
「初めてじゃねえっ!!」
と、思わずブランケットから飛び出ると、びっくりまなこのスペイン。
次の瞬間、フッと目が細められる。
イギリスほどではないが、わりと丸い感じのスペインの瞳はこうして細められると急に男っぽい色気が増す。
それから逃れるように、イギリスはフイッとそっぽを向いた。
「ほんなら…ええやんな?続きしよか…?」
フッと耳朶をかみながら耳に吐息と共に吹き込まれる低い声にイギリスは文字通り飛び上がった。
これが猫なら全身の毛が逆立っていただろう。
「なっ…」
「やって………付き合うんやったら身体の相性も大事やし?」
「ふっ…ふぇ……」
頭の中が真っ白になった。
身体の相性?…なんだ、それ…っ。
ちょ、ちょっと待てっ!!!!
混乱と緊張でクラっと来た背中を支える手に、アーサーはまた飛び上がって、思い切りその手をはたき落とした。
「ち、近寄るなぁっ!!!そ、そいう事はっ特別な相手としかするもんじゃねえんだぞっ!ばかあぁああああ~~!!!!!」
もう羞恥が限界を超えて、まるで沸騰したヤカンのように熱くなって湯気が出そうな顔は溢れだした涙で濡れていく。
何故こんなに動揺しているのか自分でもわからないがとにかくどうして良いかわからなくて、バタバタ暴れていると、いきなりまたギュッと抱きしめられる。
「堪忍っ!堪忍な。何もせんから…」
泣きすぎて呼吸すら怪しくなってきたイギリスの背中を宥めるようにポンポンと一定のリズムで叩きながら、スペインはただ、なんもせんから…堪忍なと繰り返した。
頭を太陽の匂いのする胸板に押し付けられ、最初は抵抗を試みていたイギリスもやがて少し落ち着いてきて、力を抜く。
そうなると今度はあんなに取り乱した事が恥ずかしくなってくるが、そこで何故か空気を読んだのか素なのかわからないがスペインはそれを指摘することなく、
「ホンマ親分が悪かったわ。堪忍な。」
と、ただただ抱きしめながら優しく背を叩きつづけた。
それがなんとなく心地良くてギュッとスペインのシャツを掴むとイギリスはしばらくそのまま鼻を鳴らし続ける。
思いがけず自分よりも随分とがっしりした体躯と小麦色の肌は、遠い昔の優しい想い出を彷彿とさせて、なんだかひどく暖かい気持ちになった。
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