青い大地の果てにあるものGA_4_1

いつでも夜が明ければ朝が来るものである。

それは旧家の跡取りとして生まれ育って、正妻の腹の弟が出来たからとその地位を取りあげられ、そのまま弟の補佐をするようにと方向性の変わった教育を受けていたかと思えば、世界の平和を守れといきなり遠い外国に放り出されたギルベルトにとっても、数少ない変わらぬ未来だ。

だが、その来ると言う事は変わらない朝でも、小さな変化は生じてくる。

普段なら、寝像は悪くないので1人で寝るには広すぎるベッドで目を覚まし、わずかな自分の体温を多少なりとも惜しみながら起床。

そしてとりあえずと、トレーニングウェアを着て鍛練室に駈けこんで一通り鍛練したあと、部屋に戻ってシャワー、その後食堂で食事…

それがギルベルトの変わらぬ朝のはずだった。



が、今日は目を覚ませば腕の中に小さなぬくもり。

寝ぼけた頭で不思議に思って視線を落とせば、懐に潜り込むように小さな黄色い頭。

対峙していた時は目を開けていたので意識してみてはいなかったが、今閉じた瞼を縁取っている同色の黄金色のまつげを見てみればそれは驚くほど長くて、まるで少女人形のようだと思った。

そしてかすかに開いた桜色の唇からはすやすやと小さな寝息が漏れている。


…あ~…確か昨日……

くしゃりと空いている方の手で自分の前髪を掻きあげて記憶を探れば思い出す前日の諸々。


アーサー・カークランド…極東支部から新しく本部へ配属になった後衛ジャスティス…。

ブレイン本部長のロヴィーノに馴染めるようにフォローしていけと言われた時は正直面倒だと思ったのだが、実際に目の前にしてしまえばそんな気持ちも吹き飛んでしまった。

思えば実家にいる頃から他人の面倒はよく見させられるほうで実際に慣れているので、ジャスティスになってからも新人が来れば必ずと言って良いほどそんな役回りを押しつけられて、内心うんざりしつつも、同時にそんな本音を絶対に表に出してはならないと言う教育もまた徹底的に受けてきたため、毎回卒なくこなしてきた。

が、今回、それはちょうど庭先に作られた巣から落ちてしまった小鳥の雛だとか、親からはぐれた野良の子猫とか、面倒を見る事を強要されたわけではなくとも手を差し伸べてやりたくなる、そんな小動物とのふれあいにも似て、義務とか仕事とかそういう範疇を超えてギルベルト自身が手を伸ばしてしまいたくなる…そんな気持ちになった。

手の中のぬくもりは小さくて柔らかくて愛おしい。
どこか心がほかほかと温かくなる。

こんな変化なら悪くはない。

自分の面倒だけ見ていれば良い面倒くさくない朝から変化した今日の朝に、ギルベルトはそんな感想を抱いて小さく笑った。




…と、この朝の変化をかなり楽しい気分で受け入れたのは良いが、さて、それでもこれからどうするか……

…俺様起きたら、タマも起きちまうかなぁ……
と、まずそれである。

鍛練は出来れば欠かしたくない。

アーサーが寝ているなら寝かせておいて、書き置きをして自分だけ鍛練に行って戻ってくるのが良いのか、一緒に起こして鍛練室へ案内がてら一緒に行くか……

一応ソロリと半身起こそうとすると、ガシっとしがみつかれる。

へ?と思っていると、グリグリとむずかるように頭をこすりつけられ、

――やぁだ…もう少し寝たい。…どうしてもなら、キスしてくれたら起きるぞ?

などと可愛い声で言われてボン!と顔から火を噴いた。


いやいや、キス?え?キス??
動揺のあまり硬直する。

しちゃっていいのか?…てか、そんな関係だったか?

いや…確かにずっと守るって言ったけど…言ったけど?
あれをプロポーズか何かと捉えられた?

え??ええぇ??!!

あー……まあ、いいんだけど?
タマ可愛いし……


片手で真っ赤になった顔を覆ってブツブツつぶやいていると、腕の中でぱちりと目を開いたアーサーが硬直した。

そして目が合うと、ふぎゃあっ!!とまさにビックリした猫のような悲鳴が聞こえる。

「ち、違うからなっ!!!寝ぼけて桜と間違ってっ!!!!」

すご~いまずい事を口走ったという感じで片手で口を覆うアーサーの顔をのぞきこむと、少し赤くなって動揺している。

「いや、冗談だからっ、まじ」

あわてて起き上がると、アーサーは

「着替えてくる」
と寝室を出て行った。



その場に残されて呆然とするギルベルト。

え?え?桜とタマってそういう関係??
と、地味にショックを受けつつ自分も着替えをしようと置き上がった。


こうしてギルベルトも我に返って着替えて居間に行った時にはもういつものアーサーだった。

「え…と、さっきのって…」
とおそるおそる問いただそうとするギルベルトに、アーサーが

「冗談っ♪」
と、にっこり笑うその様子は、本当に冗談だったのかと思わせるくらい余裕だ。

やっぱり冗談だったのだろうか…。


「とりあえず、鍛練室に案内してくれるんだろ?」

と、その話はおしまいと言わんばかりに押し切られて、それ以上きく事も出来ずにギルベルトはアーサーを連れて鍛練室へと向かう事になった。




「…で?タマ、なんで棒術の訓練なんてしてんだ?」

居住区のある5区から鍛練室のある7区に移動して、2人して何室かあるうちの1室に入り、ウォーミングアップ後、器具で筋トレを始めるギルベルトをよそに、1人で棒を振り始めるアーサー。

ヒュンっ!と鋭い音を立てて棒を突き出し、時にクルクルっと回転させながら自分の前の位置で構えるアーサーの舞を舞うような美しい動きにしばらくみとれつつも、そう声をかけるが、アーサーからは返事はなく、代わりに

「ほ~、棒術なんて珍しいやん!親分もまぜたってっ!」
と、突然の乱入者。


「ハァッ!」

いきなり気合と共につきだされた棒を自分の棒で受けて、アーサーは一歩飛びのいた。
そしてお互い無言でいきなり打ち合いが始まる。



「すげえ、トーニョと互角にやりあうのかよ…」

しばらく続けられる打ち合いに、今度は腕立てをしつつそれを目の端で追っていたギルベルトは目を丸くした。

確かにジャスティスはアームスの影響で身体能力に優れる者が多い。

しかしそれは無条件というわけではなく、アームスの性質によって優れる種類が違ってくる。

たとえば攻撃特化型のギルベルトやエリザ、それに梅はそれに必要となってくる反射神経や跳躍力などが底上げされ、防御型のルートは元々の防御が高くて傷を負いにくく、負っても治りが早い。

そして遠距離から敵を攻撃するフェリシアーノは目や耳など遠方の敵を感知する能力が人並みはずれている。

アーサーも本来遠距離系なのでアームスで底上げされているのは感知能力だけで、体術に関しては常人のはずだ。

それが時に最前線でその人間離れしたジャスティス達のフォローに当たるため常に鍛錬をかかさないフリーダムのトップと互角にやりあっているのだ。

「アーサー君はアームスがロッドだから近距離に持ち込まれた時用に棒術なんだと思うわ。
本部だと遠隔系のアーサー君に近接やらせるなんて無茶はしないけど、極東だと相棒が桜ちゃんだしね。
あの子は苦労してきたんだと思うわ。本部と違って盾もいないし….。
だから今人材が豊富な本部に来てもまだ、いざとなった時の事をいつも考えてしまうんでしょうよ」

「おう、お前も鍛練か?早いな」

「もっと早く来てるあんたに言われたくないわ」

いつのまにか横にしゃがみこんでいるエリザにギルベルトが視線を向けると、エリザは小さく肩をすくめた。



「昨日はどうだった?大丈夫そう?」

と始めるところを見ると、おそらく気にしてわざわざ早く来て探してくれてここにいるのだろう。

エリザは幼馴染で遠慮のなさから普段は言葉も態度もキツイが、本当に必要な時にはフォローをいれてくれる信用も信頼もできるありがたい仲間だ。

おそらくエリザはベテランだけあって、自分の事でいっぱいいっぱいの他の面々と違って、まだ何かを抱え込む余裕が残っている。

だからギルベルトも彼女にはあまり取捨をせずに思った事をそのまま口に出来るので楽と言えば楽だ。


「ん…。最初タマの部屋に宿泊道具取りに行ったら例の極東の脳ミソ部長がタマの部屋に忍び込んで待ち伏せしててな…」

「なにそれっ?!!」
と、いきり立つエリザを目で制して、ギルベルトは

「安心しろ、お前が大剣振り回す前に俺様が剣突きつけて追い払っておいたから」
と、苦笑する。

「…なら、良いけど…」

「おう。で、そのまま俺様の部屋行ってどっちがソファに寝るか揉めて、結局2人と一匹で一緒にベッドで寝た」

「…一匹?」
「あぁ、クマな。ヌイグルミの…」

なにそれ、可愛いっ!!!

目を輝かせて身を乗り出すエリザに、ギルベルトは一瞬しまったか…と思うが、言ってしまった言葉は取り戻せない。


「…言いふらすなよ?可哀想だから」

と言うとエリザはコクコクと頷くが、どこまでわかってるのか…


エリザのそういう系の趣味に関しては唯一彼女に対して信用が置けない所なので、ギルベルトは一応…

「俺様に関しては妄想でもなんでも好きにして良いから、タマは本当にやめてやってくれ。
まだこっちにも慣れてねえし…」
と、フォローを入れておいた。

「そう言えば…」
「ん?」

「あんたの会話の中でちょっと気になってたんだけど?」
「おう?」

「もしかしてアーサー君とタマとポチって呼びあってたりする?」
と、そこに突っ込み入ったか…とギルベルトは小さく息を吐き出した。

まあそのくらいなら問題なかろうと、そう呼び始めた経緯を説明すると、エリザがすごく良い笑顔のまましばらく無言。

ああ…これはなんか変な妄想入ってるな…と、しかしながらきっかけは自分の方なのでアーサーに迷惑はかけないだろうと、放置。

そこで入り口のあたりにいつのまにか人ごみができているのに気づいて苦笑した。



「こんな時間でも沸いて出るんだな。」

感心したように言いつつギルベルトが入り口の面々にみつからないように、そ~っとさらに端に移動した時、丁度アントーニョの棒がアーサーの棒をはたき落とした。


「きっちぃ...」

額に汗をにじませてアーサーがしびれる手を振ると、やはり汗だくのアントーニョが笑った。


「ええ勝負やったなぁ。
親分とここまで競ったのはギルちゃんやエリザちゃん達、アタッカー系ジャスティスくらいやで?
自分、遠隔やろ?すごいなぁ…」

「でも負けちゃ意味がない。」
肩をすくめるアーサー。

二人が笑いあいながら近づいてくると、入り口の女性陣が歓声をあげた。


「ああ?こんな時間でもおっかけられてんのか、大変だな人気者も」
袖口で汗をぬぐってそちらにアーサーが目をやると、また歓声が大きくなる。

「いや自分も充分おっかけられてんで?他人事やないわ」
とアントーニョが苦笑した。

「うそつけ」

「いや、うそやって思うなら手でも振ってみ?
大騒ぎになんで?」
アントーニョはにやにやとひじでアーサーをつつく。

「ホントかぁ?」
アーサーは眉をひそめて言うと、おもむろに入り口を振り返ってニッコリ笑って手を振った。

「きゃあああ!!!手を振ってくれたぁ~~!!!!」
「笑ってるわよぉ!!!素敵!!!!」

鍛錬場のある第7区全体に響き渡るような女性陣の歓声がおこる。


「…タマ…なにやってんだ。」
ギルベルトが眉間に手をやって小さく首をふる。

「すごい人気だわね。
まあわかるけど」
と、エリザも苦笑。

「自分…本当にやるか?普通…」
アントーニョもあきれて額に手をやってため息をついた。

「お前がやれって言ったんだろ?」
アーサーは悪びれずアントーニョに言った後、端っこで潜んでいたギルベルトに

「ポチ、タオル貸せ!
乱入者来ると思わなかったから早々にあがる予定でもってこなかった。」
とさけぶ。

「自分…なんちゅう不用意な発言を…」
アントーニョが青くなった。

「ん?」
振り返ったアーサーの表情もさすがに凍る。

「わ、私の使ってくださいっ!!」
「何言ってるのよ!私のよ!!」
「あんた達どきなさいよっ!アーサー君は私のタオルを使うのよっ!!!」

ドド~っとなだれ込んでくる女性陣にあっという間にとりかこまれ、周りで乱闘まがいの騒ぎが巻き起こった。


「自分なぁ…どう収拾するつもりなん?」
さすがに呆れ顔のアントーニョ。

「すげえな…極東の女性陣よりずいぶん積極的だ」
即我に返ったらしいアーサーがきょとんとした表情で片手で前髪をかきあげた。

その仕草にまたあがる歓声。

「あー…もう仕方ねえっ!」
ギルベルトがタオルを手に立ち上がると、エリザが

「ふぁいとぉ~」
と笑ってヒラヒラ手を振って見あげるのに舌打ちをして、女性陣の中に特攻して行くと、アーサーを横抱きに抱えて一気に入口まで跳躍して抜けだした。


「ナイス、ポチ!」
と、確信犯なのかパチパチ手を叩くアーサーと、それにため息で応えるギルベルトに、それはそれで楽しいらしい女性陣がまた黄色い悲鳴をあげる。

そちらに皆の気が取られている間に、アントーニョも人ごみから抜け出して、

「ほんじゃ、親分も撤収や」
と、入口近くに座りこんで事の次第を面白そうに見ていたエリザに手を振ると、鍛練室から逃走した。



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