俺たちに明日は…ある?!参の巻_2

行き帰りを含めて5日弱、部屋は毎日きちんと空気を入れ替え、掃除をされていたふしがある。
シン…と静まり返っているのは当たり前の事なのだが、それに妙な違和感を抱く自分がいることをギルベルトは感じていた。

いつものように甲冑を脱ぎ、剣を置き、水を浴びてさっぱりした所で、洗濯を終え綺麗にたたまれていた服に袖を通す。

「寒いな…」

一人の部屋で誰に聞かせるともなく、つぶやいた。

恐らく夜には戦勝祝いの宴、翌日には戦勝報告のためにローマの城に向かうアントーニョに随行しなければならない。
それまでのわずかな自分の時間をどう使うか…

通常は鍛錬か兵法書に目を通すかなのだが、戦で疲れきっている今は、さすがにどちらもする気にはならない。
恐らく徹夜になるであろう宴のために睡眠でもとっておきたいところだが、気が高ぶりすぎていて、眠れそうにない。

仕方ない。
剣の手入れでもするか、と、立ち上がった時、庭先に人影を認めて声をかけた。

「リヒテン、何してんだ?」
「あ、ギルベルト様…」
布巾のかかった盆を手に、リヒテンが庭の門から入ってくる。

「アーサーはどうした?」
「食事を召し上がった後、アントーニョさんの様子を見てくるとおっしゃって、お出かけになられました。
それで…わたくしにはギルベルト様に何か召し上がる物を持っていくようにと…」

(逆に気を使われたか…)
心の中で苦笑をしながら、庭を進みバルコニーの前に立ち尽くすリヒテンから盆を受け取り、部屋に置くと、庭からバルコニーに上るリヒテンに手を貸してやる。

腕を持ってバルコニーに引き上げると、ふわっとリヒテンの香水の匂いが鼻をくすぐった。
つかんだ腕を引き寄せ、その香りを確かめるようにそのまま抱き寄せる。

「ああ…京の香りだな。」

戻ってきたのだという実感が体の奥底からわきあがってくる。

(まずった…!)
疲労のためか無意識に行動していたが、気づくと腕の中で小さな体が震えている。
「わりぃ!」
言って慌てて開放したリヒテンに目をやる。

(…?)
笑っていた。
リヒテンはうつむいて口に手をあて、身を震わせて笑い転げていたのだ。

「リヒテン…?」
呆然と聞くギルベルトに、リヒテンはまだコロコロ可愛らしい笑い声をあげながら言った。
「だって…また同じ事おっしゃっておいでなんですもの。アーサー様と」
「またかっ」
ギルベルトは頭に手をやって上をむく。
それを見て、リヒテンはさらにコロコロ笑い転げた。

そのまま二人で部屋に落ち着くと、リヒテンが携えてきたサンドイッチをとりあえず胃に納める。
何かしながらでも食べられるように、とわざわざ作ってきたらしい。

「留守中…変わりなかったか?」

気がかりだった事を確認する。
「はい。いつもと同じようにお部屋に伺い、空気を入れ替え、お帰りをお待ちしておりました。」
リヒテンは答えてにっこり微笑む。そのままにこにことそこに控えるリヒテン。
ギルベルトはそれが気になった。

「今日は…しゃべらねえんだな。何かあったか?」
ギルベルトが聞くと、
「大層お疲れの事と思い…控えた方がよろしいのかと」
と答える。
「いや…何か話してくれ。戦場にいるとなんだかお前の話す声が聞きたいと思った。
お前の声は何か…気が休まる」

腹が満たされたせいだろうか、聞きなれたリヒテンの声が流れ始めたせいだろうか…
緊張がだんだんほぐれてきて、頭がぼ~っとする。

「眠い…な。少し疲れた…」
今にも意識が飛びそうだ。
「わたくしは下がった方がよろしゅうございますか?」
リヒテンの声が遠くに聞こえる。
「いや…そこにいてくれ…たの…む…」
最後はほとんど声になっていなかった。ギルベルトはそのまま意識を失うように眠りに落ちた。

ギルベルトは心地よい眠りの中にいた。
暖かい春風が髪を優しくなでていく。
春の柔らかな日差しの中で干された布団はふんわりと柔らかく、ひだまりと花の香りがした。

起きなければ…と思う。起きろ、と理性の声が命じるが、体がいう事をきかない。
気持ち良い…もう少し…

(…え?!)

パチっと目を開け一瞬状況が掴めないギルベルト。
頭の下には柔らかい感触。
布団…じゃない!!
ガバっと急に身を起こすギルベルトに、リヒテンが、きゃっと小さな声を上げて、髪をなでていた
手をあわてて引っ込めた。

(やっちまったか…)
どうやら寝てしまったらしい。それも何故かリヒテンに膝枕をされて…髪をなでる風と思っていたのはどうやらリヒテンの手で…

「わりぃ!」
ギルベルトは頭を下げた。
「いいえ。わたくしといてそこまでくつろいで下さったのですもの、光栄でございます」
にっこり微笑むリヒテン。
「いくらなんでもくつろぎすぎだ…」
額に手をやってため息をつくギルベルト。

「わたくしはそのために遣わされたのですから、お気遣いなさいませぬよう…」
「そのために?」
リヒテンの言葉に顔を上げるギルベルト。
「はい。」
「どういう意味だ?」
不思議そうに聞くギルベルトの乱れた髪にすっと手を伸ばして整えながら、リヒテンは言葉を続けた。
「ローマ様に…ギルベルト様が一息をつける場所を作ってやって欲しいと…」
「大殿が?」
「はい。ローマ様はギルベルト様が大層お気に入りのご様子で…根を詰めるお人柄ゆえにこのままではいつか倒れるだろうと…」

ギルベルトはローマの自分に対する理解と意外な気遣いに驚いた。
しかしこの後もっと驚く事実を知ることになるのだが…


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