俺たちに明日は…ある?!弐の巻_7

アーサー初陣 - 決戦当日


普段ダラダラと朝の遅い面々も、この日ばかりは早朝から鎧兜をきちんと着込んでいる。
普段屋敷に常駐していない兵士達もいて、見慣れない顔も多い。
アーサーは身支度を終えると大勢の兵に埋もれながら大将であるアントーニョを探す。

(どこだ~…)
他より背の低いアーサーにとってそれはなかなか困難な作業だった。

「あっちだ…」
人ごみをかきわけていると、後ろからガシっと頭をつかまれ、左方向を向かされる。

向いた先にはひときわ目立つ大将の兜が見え隠れしていた。
とりあえずそれはひとまず置いておいて、後ろをふりむいたアーサーの前にはすでに出陣の準備を終え、馬の手綱を手にしたギルベルトの姿が。

赤地に金をところどころ施した派手な甲冑を着込んだアントーニョとは対照的に、全身黒で飾りも一切ないシンプルな甲冑。

半ば伝説になりつつある武将にしては地味だな、と素直な感想を持つアーサー。
以心伝心というのか、考えていることがなんとなく伝わったらしい。

「まあ…本来裏方だからな。黒子というか…」
ギルベルトは肩をすくめる。

そして
「約束は守れよ、アーサー。トーニョのお守りは任せた」
と、にやっと笑って、アーサーの肩をバスッ!っと軽く叩いた。

「ギルベルト様、別働部隊、出陣準備整いました。」
ギルベルト直属の部隊の人間が呼びに来る。

「ああ。すぐ行く」
ギルベルトは返事をして、本人の甲冑と同じ、真っ黒な馬に飛び乗った。

「アーサー、お前の剣は敵を倒すためにではなく、大将に向かう刃を払うために振るう剣だという事を肝に銘じて臨めよ」
馬上から最後の指示を出す。

「わかった」
アーサーは遠ざかる馬上のギルベルトに叫んだ。
馬上から軽く手をふり、ギルベルトが消えていく。
アーサーはそれを見送って、アントーニョの元に急いだ。

「おお、アーサー、来たん?」
本陣でどっかり腰を下ろしたアントーニョがアーサーを迎えた。
隣にはやはり鎧に身を包んだフェリシアーノが控えている。

「いよいよ初陣だね、アーサー」
フェリシアーノはいつもの人懐こい笑顔で声をかけてくる。

「敵には相手が初陣だろうとそうでなかろうと関係ない。
手加減もしてくれないだろうから何か注意する点があったら教えてくれ、フェリシアーノ」
アーサーは冷静な口調で言い、自分からもフェリシアーノにいくつか質問をする。

昨日までの気負いがなくなった。
そんなアーサーを見てアントーニョは思った。
初陣とは思えぬほど落ち着いている。

昨日までのアーサーを思い
「張り切りすぎて前に出過ぎるんやないで」
と注意しようと思っていたが、要らぬ心配だったと控える。

アントーニョを周りで護衛する予定の面々に立ち位置などを指示する姿は、どこかギルベルトを彷彿させすらする。

アントーニョだけでなく、周りもそれを感じているのだろう。
自分達より経験が少ないどころか初陣のはずの若者の言葉に神妙に聞き入っていた。

打ち合わせが終わって、アーサーは最後にアントーニョの前に立った。

「止めてもどうせ聞かないんだろうから、俺がフォローしてやる。思い切り暴れろ。
ただし…」
言葉を切ったアーサーをアントーニョは見上げた。

「撤退の指示を出したら、絶対に従え。
それを無視されると、お前より護衛の俺が命を落とす事になるからな」

(ギルちゃん…?)
確かにアーサーなのだが…ギルベルトの姿がそこに重なる。
アントーニョは慌てて目をこすった。

「何を呆けてる、しっかり目を覚ませよ。そろそろ行くぞ」
くるりと背を向けて歩きだしたまま声をかけてくるアーサーに
「ああ」
とあわてて立ち上がり、その後を追うアントーニョだった。




(冷静に…余計な事を考えずに、気を強く持て)

いよいよ初めて敵と剣を交える瞬間がきた。
敵軍が砂煙を上げて突進してくる。こちらもアントーニョの号令が響き渡る。
アーサーは一瞬軽く目をつむって、昨日のギルベルトの指示を思い起こした。
そして次の瞬間目を見開いて、眼前の敵に目をやる。

(お前の剣は敵を倒すためのものではない)
頭の中でギルベルトの言葉が響く。

(わかっている…ギルベルト)
アーサーは心の中で答えて、一歩退き、アントーニョの右後方に陣取る。

アントーニョの武器の槍は射程は長いがその分懐に入り込まれると隙ができる。
切り込みたい衝動を抑え、アーサーはじっと戦況を見守った。

(来た!)
槍がアントーニョの右腹をかすめかけるのをアーサーは剣でなぎ払った。

「フェリシアーノっ!」
右前方のフェリシアーノに声をかける。
「了解!」
アーサーに槍をなぎ払われて隙のできた敵を、フェリシアーノが切り伏せる。

相手が槍の場合は、アーサーの剣は届かない。
それは前方にいる護衛に任せる。事前に打ち合わせしたとおりだ。

そして…やがて剣がやはりアントーニョをとらえかける。
キン!とそれをなぎ払い、返す刀で敵を切り伏せた。
初めて人を切るなんともいえない感触。

(冷静に…気を強く持て!不安を表に出すな!)
ともすれば動揺しそうな自分を叱咤し、即体制を立て直す。

「アーサー…平気か?」
初めて人を切るアーサーを気遣って振り返るアントーニョに、内心の動揺を押し隠した低い声で
「何をしている。気を抜くな。言っただろう、フォローはしてやる。
後ろは気にせず前を見ていろ」
と、ギルベルトならこう言うだろう、と思う言葉を口にする。
ほぉ…という感嘆の声が護衛の者達からもあがった。

「そうやったな!じゃあ、暴れるとするか!」
アントーニョの雄たけびに味方が一斉に勢いづいた。

だんだん感覚が麻痺してくる。
ともすれば手放しそうになる意識を必死に保ちながら、アーサーはひたすらアントーニョの周りのみを凝視して、剣をふるう。

そして…気づけば戦は終わっていた。

ギルベルト率いる別働隊が敵の大将の首を討ち取って帰ってきたらしい。
対峙していた敵はクモの子を散らすように撤退していった。
戦勝を祝う雄たけびが遠くに聞こえる。

「アーサー?大丈夫か?!」
ぼ~っとするアーサーをまず見つけて、アントーニョが心配そうに声をかけてくる。
(こんな時ギルベルトなら…)
戦闘中何度も密かに繰り返したその言葉をアーサーはまた心の中で繰り返す。

「眠い…」

立ってるのも限界だった。
晴れ晴れしい気持ちなどわいてこない。
人を切る嫌な感触、大将の護衛という仕事からくる極度の緊張、周りの期待から来る重責。
ともすれば心がくじけそうになる。

しかしここで戦闘で気弱になって倒れそうだなんてところを見せるわけには行かない。
倒れそうになる理由…何かつけないと、と出た言葉がこれなわけで…
「だろうな」
と、救いの手は上から降ってきた。

「ギルちゃん~!」
「ギルベルト!」
周りの嬉しそうな声。
ギルベルトは周りに集まる面々を制して、アーサーの腕をグイっと引っ張る。

「こいつ借りてくぞ」
とアントーニョにいいつつ、アーサーに
「くたばる前に報告が先だろうが」
とことさら厳しい声をかける。

「ギルちゃん?」
アントーニョが首をかしげるのに、ギルベルトが言う。

「昨日徹夜で軍師のあり方の高説と説教くれておいたからな。
このオレ自らわざわざ教育してやったんだ。結果報告は当然だろうが」

「ギルちゃん…」
アントーニョが唖然とする。

「自分、あれだけ言っただけじゃ足りなくてまだ説教なんてしてたん?!
しかも初陣前夜に徹夜で…可哀相に。せめてもう休ませてやり~~」
真剣に同情するアントーニョにギルベルトは
「一日や二日寝ないくらいで死にやせん。そんな根性なしなら要らん」
とにべもない。

「こんな所でうだうだ言ってるより、さっさと報告すませた方が早く休めるだろ」
と、ずるずるアーサーを引きずっていくギルベルト。

「おに~~~!!」
後ろからアントーニョの叫び声が響くが気にせず、ギルベルトはそのまま人気のないあたりまでアーサーを引きずっていって腕を放した。
そのままへなへな膝から崩れ落ちるアーサー。

「よくやった。よく頑張った」
とたんに厳しい表情を一転させてギルベルトがアーサーの頭をなでる。

「ウ…」
緊張が一気に解けてアーサーの目からポロポロ涙がこぼれおちた。

「お…俺はちゃんとギルベルトに言われた事をこなせたか?」
子供のようにしゃくりをあげながら言うアーサーの横にどっかり腰を下ろしながらギルベルトは言った。

「本隊のやつらは、アーサーはまるでオレのようだったと言ってたぞ。
トーニョも傷一つないしな。
しょっぱなからここまでやるとは思ってもみなかった。
それに…最後までよく弱みを見せずに我慢した」
ギルベルトの言葉にアーサーはさらに激しく泣き出した。

「まあ…この後はオレが誤魔化してやるから、ゆっくり休め」
ギルベルトがポンポンと背中をたたく。
その言葉に一気に緊張がとけ、アーサーはコトンと気を失った。

「お前には…つらい道を選ばせることになるな…」
すでに意識のないアーサーにギルベルトはつぶやく。

しかしこの先、日の国統一まで自分が生きている保証は無いのだ。
自分の死後自分の代わりになれる資質のあるもの…それがたとえまだ幼さの残る子供だったとしてもカリエド軍の軍師としては心を鬼にしても鍛えなければならない。

「ギルちゃん?」
ギルベルトが深く息をついた時、ガサっと前方の草むらがゆれた。
そして徳利を手にしたアントーニョが顔を覗かせる。

「ハァ~、またきつい事言ってたん…?」
コロンと転がっているアーサーの顔に涙の後をみつけて、アントーニョはギルベルトに批難の目をむけた。

「ん~…でも説教の途中で寝やがった」
ギルベルトはうそぶく。

「自分なぁ…相手はまだ16やそこらの子供やで。手加減てものを知らんのん?」
半分あきれ、半分怒ったような顔でアントーニョはギルベルトに言う。

「時間がない。もう戦は始まっている」
アントーニョの言葉にギルベルトは応え、さらに床に転がるアーサーに目を落とした。

「短期間で使いものにしないと、本人もやばいだろ」
と続ける。

「あのな…もう充分すぎるほど使い物になってると思うで?」
アントーニョはさきほどの戦を思い起こした。

「ギルちゃん、まるで自分が後ろにおるみたいやった…」
フォローをいれてやるつもりで戦場にでたものの…いつのまにかそこにいるのが初陣の子供だということを忘れていた。

冷静な目が後ろから自分を守っている。
防御を考えずに思い切り槍を振るっても敵の攻撃は絶対に自分を傷つける前に阻止される。
そんな確信めいたものが、わいてくる頼もしい影だった。

時に周りの護衛に飛ぶ的確な指示も、今この場にいないはずの旧友がこの場にいるような錯覚を起こさせた。
最初に敵を切る気配がした時、一瞬アーサーが初陣である事を思い出して気をかけたら、逆に叱責をされた事も脳裏をかすめる。

それからは相手がアーサーだということもすっかり忘れてた。
それは自分だけではない。周りの兵士もみな、その指示に従えば間違いないという確かな安心感のせいか、動きが格段によくなった。

その話をしてもギルベルトはあっさり
「オレ程度で満足してもらっては困る」
と、返した。

しかしまったく変わらないその表情の下では、誰も気づかないその時のアーサーが感じてたであろう重圧を思って、心を痛めるギルベルトがいる。

弱みを絶対に見せるな、と言ったのは自分だ。
アントーニョは良くも悪くも顔にでる。

優勢の時は良い。
だが、劣勢の時は大将がそれを顔に出せば兵に不安が生じて動きが悪くなる。
誰かが兵の不安を取り除かなければ、最悪軍が崩れる。

たった16くらいの子供にその役をやれというのは酷な事を言っているのは、常にその役をやり続けていた自分が誰よりも承知している。

(すまん…)
ギルベルトは密かに心の中でアーサーに詫びた。

しかし…表面上はただのスパルタ師匠を演じる事が、せめてものアーサーの重圧の軽減になる事も、もちろんわきまえている。

「自分で望んで戦に来てるんだ、これが最低ラインだな。
だが一日でへばるようじゃ、まだまだだ。
戻ったらとりあえず基礎体力作りだ。」
「いや…初陣前夜に徹夜で説教なんて普通途中で死ぬわ…」
ギルベルトの言葉に冷や汗まじりのアントーニョ。

「できない奴ならやらせない。やる気のない奴にもな」
やる気のあるできる奴だからやらせるんだ、というギルベルトにアントーニョは少しためらった後に口を開いた。

「ギルちゃん…自分もアーサーも急ぎすぎや。遊びの部分も持たんと早死にするで?
自分らを見てると今にも過労死しそうで怖いわ」
それに対して…ギルベルトは軽く笑った。
そして遠くでアントーニョを捜す声に気づいて、あごをしゃくった。

「捜してるぞ、そろそろ出発らしい。先に行け」
「アーサーは?」
アントーニョは行きかけて、ふと気づいて立ち止まる。
「まあ…ぎりぎり及第点だから、一杯飲ませてやってから出発させる」
「ぎりぎり…なん?」
「ああ。ぎりぎりだ」

(まあ…今日はあとは帰るだけだしな)
少し気にはなったものの大将があまり座を外すわけにも行かない。
アントーニョは後ろを気にしつつ戻っていった。

「さて、と。おい、アーサー、そろそろ出立だ」
起こすのは可哀相だが、さりとて抱えていくわけにもいかない。
ギルベルトが声をかけると、アーサーはむくっと起き上がった。
しばらくぼ~っとしている。

「寝てたか?」
まだぼ~っとした様子のアーサーにギルベルトは
「寝てた」
と応えると
「ほら、飲め」
と徳利をアーサーに渡す。
アーサーはグビっと水でも飲むようにそれを一気に飲み干すと、グイっと袖で口を拭いた。

「すっきりした!もう大丈夫だ」
と言ってスクッと立ち上がる。
「行くか…」
ギルベルトも重い腰をあげると、
「京に着くまではトーニョのお守りしないと!」
と、アーサーは先に駆け出していく。
タフな奴だ…ギルベルトは半ばあきれ、半ば感心した。

一向は一路京へ…
こうしてアーサーの初陣は無事終わりを迎えた。



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