温泉旅行殺人事件アンアサ 後編_1

救出されて旅館の従業員用の宿舎の一室にかくまわれながら、ギルベルトは自分が動けないと言う事のつらさを実感していた。

自分はひたすら情報を待って推測するだけ。
そんな中で他の3人は危険の矢面に立っている。
逆なら全く気にはならないのだが、自分だけ安全な場所にというのは本当につらい。

救出されてこちらに来るまで現状の説明を受けている間、ギルベルトの目はアーサーの手の痛々しい包帯にくぎ付けになっていた。
フランを救出する時の身代金の受け渡しで負った怪我だと聞いて、内心ため息がでた。

油断してたのだ。

よもやこんな事件に巻き込まれるとは思ってもみず、ただ悪友二人とアーサーとで花火を見られる事で浮かれていた。
秘かにアーサーの浴衣写真を取れたりしないかなどと邪な考えに気を取られていて、いつも周りには注意を怠るなという父親の注意をすっかり忘れていた。

普段なら誰かが背後から忍び寄ってくるのに気付かないなどという不覚を取る事はないのに、あの時は必死に考え込んでいて全く気付かなかったのだ。

その結果…当のアーサーに怪我をさせる事になったなど、本当に我ながら情けない。
自分さえしっかりしていればこんなことにはならなかったはずなのに…。

うつうつとそんなことを考えながら寝てしまったらしい。
メールの音で起きるギルベルト。

フランからの追加のメールだ。
雅之がチェーンに男物の指輪を通したネックレスをしていた??
微妙にひっかかる。
自分が拾ったペンダントと丁度反対の状態。
自分が拾ったペンダントの指輪に掘られていたK to S。
それは単純に" Kouji to Sumika "だと思い込んでいたが…違うのか?
『指輪の…裏側なんて見てないよな?』
フランにそうメールを返すと
『そこまではさすがに無理』
と返ってくる。
それはそうだ。
あの状況でここまで情報を引き出して色々注意深く見ているだけで十分すごい事だ。

それから少したって再び携帯が振動する。今度は和田からメールだ。
昨日聞いた情報について調べてくれたらしい。
小澤光二。42歳。埼玉県出身。
家族は両親と双子の兄光一だが、現在、父親は他界、兄は1年ほど前から行方不明で、埼玉の実家には母親が一人で暮らしている。
仕事は銀行員。高学歴高身長高収入と3拍子揃ったいわゆる3高だが独身。
都心のマンションで一人暮らし。
留守電はそのマンションの自室に設置されていたもので、マンションは侵入された形跡なし。
マンションの防犯カメラにも怪しい人影は一切移っていない。
…ということで、ほぼ電話に細工された可能性はないとのことだ。

氷川雅之はここから山二つほど越えた村で農業を営んでいる。
現在46歳。15年前に澄花と結婚というのは本人の申告通りだ。
ほぼ村から出る事もなく、澄花の方がこちらに来た時に知り合ったと思われる。
ゆえに…小澤との接点はない。

氷川澄花は旧姓前田澄花。埼玉出身41歳。孤児院の出で結婚までは看護士をやっていたとのこと。
光二とはその頃に患者と看護士として出会い付き合い始めるが光二の浮気が原因で破局。
その後5年間、こちらで起こした自動車事故をきっかけに雅之と知り合ってこちらで暮らしていたらしい。
結婚後はこちらでやはり看護士として働いているので、少なくとも15年間は小澤との接点はほぼないと思われる。

お手上げだ…。
ギルベルトは天井を仰ぎ見た。

そうこうしているうちに朝食が運ばれてくる。
「うちの旅館はね、ご飯が美味しい事でも有名なんですよ♪海も山も近いから山海の珍味がいっぱいで宿泊客のほとんどがそれ目的でくるくらいなのよ」
秋がにこやかにそう言ってお茶を入れてくれた。

確かに…朝から通りいっぺんの朝食メニューじゃなくて、なかなか手がこんでいる。
というか…これまで事件続きでゆっくり食事を楽しむ余裕なんて全くなかったので、こんなに味わって食べたのは初日の夜以来だ。
(え…ちょっと待てよ…)
ギルベルトはまた箸を置いた。
「あの、秋さん、事件当日、小澤さんは旅館側に軽食かなんか頼んでました?」
「小澤さん?そう言えば…頼んでいらっしゃらなかったわね」

宿泊客のほとんどがそれ目的で来るほど有名な料理旅館。
小澤は何故わざわざ夕食を不要と言ったのだろうか…。

それによってどういう影響が出た?
夕食を普通に摂る予定でいたら…氷川夫妻はその時間に露天の予約を入れていたため19:00からにしていたが、基本的にはここの旅館は18:00か18:30から夕食になっている。
ということは…その10分弱前から仲居が食事の支度をしに出入りをする。
犯行推定時刻のまっただ中だ!
その時間に遺体が発見されたら…本当に殺されたばかりという事になる。
殺害直後かそうじゃないかくらいは一目瞭然だ。…実はそうじゃなかったとしたら即わかる。

他に不自然に思えるところはどこだ…
当たり前に見過ごしていた部分に実は何か重要な意味があるかもしれない。
争った形跡はいいとして…わざわざ衣服に血をつけて切り刻んだのはどうしてだ?
クリーニングの袋に入ったままだったシャツまでわざわざ出して切り刻む理由がわからない。
意味なく時間がかかるだけじゃないのか?

「クリーニングの袋に入ったままのシャツまで引っ張りだして切り刻む理由って…なんなんだろうな…」
秋が退室したあと、自分だけよりはどうせ暇を持て余しているであろうフランにも聞いてみようと、ギルベルトはフランに電話をかけていった。

フランはそれに少し考えて、あ、と叫び声をあげた。

『返り血を浴びないため被害者の服を重ねて着て被害者を刺殺したあと、また自分が着て来た服に着替えて、その証拠となる服を切り刻んでごまかしたとか?』
かな~り自信ありげに言うフランにギルベルトは首を横に振った。

「それ…俺も考えたんだけどな…全部の服についてる指紋や毛髪とか全部被害者のらしい。
シャツのボタンとかにも被害者の指紋はついてたらしいけど、他は一切なし。」
『そっか~。覆面とかしてたとか…?』
「でもな、目立たないか?髪をきっちりださないような格好って。
覆面なんかしてたら返り血ついたシャツわざわざ着替えて処分してから移動する意味無いし…」

「なんで…犯人しか触ってない服にまで死んだ人の指紋ついてるん?」
フランとギルベルトでああでもないこうでもないと意見を出し合っていると、どうやらその場にいるらしいアントーニョが突然口を挟んだ。

「そりゃ…被害者の服だから。いれる時とかつくだろ?自分で用意してれば。」
当たり前に言うギルベルトだったが、すぐ
「…あ…」
と、気付いてポンと膝を打った。

「そう…だよなっ!」

「で?なんでなん?」
本気で何にも考えてない素朴な疑問だったらしい。
アントーニョは自分の聞いている意味はわかったやろ?で、答えは?といわんばかりに聞いてくる。

「なるほど…わかった気が…する。」
ギルベルトは言っていったん電話を切ると和田にメールを打った。
その後秋にもメールを送りその返事が来ると、その後アントーニョ達の離れへと急ぐ。

数十分後、離れのドアがノックされた。
「ギルベルトさんっ!開けて下さいっ!」
和田の声だ。
アーサーがあわててドアを開けに行く。
鍵を開けると、和田は慌ててギルベルトのいる和室に飛び込んで来た。

「ギルベルトさんっ、これはどういう事なんですか?!」
アーサーは混乱している様子の和田に驚きの目を向け、次にギルベルトに無言の問いかけを送る。
アントーニョは悪友二人を交互に眺め、それからアーサーに目をやった。

「ん~まああれや。ギルちゃんこれ以上下手は打たんとは思うけど、あーちゃん前回の事件の時の約束守らせたって。」
「約束?」
こくんと小首をかしげるようすが可愛らしくて、思わず悪友3人頬がゆるむ。

「そやで~。緊張感続くように声援送ったり…」
と、ごにょごにょっと耳打ちをする。

その言葉にアーサーが小指を立てて
「これでいいのか?」
と言うと、アントーニョはギルにも小指を立てるように指示するとギルも不思議そうに応じる。
そして…アントーニョはアーサーの手を取ってその小指をギルの小指と絡ませてうなづいた。

そしてアーサーが不思議そうに
「ちゃんと殺人事件を解決しろよ。できなければ…」
と言うと、悪友二人にやりと顔を見合わせ、次の瞬間、アーサーも含めて3人で声をそろえた。
「針千本だっ♪」

「まじかよっ~~~~!!」




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