ネバーランドの悪魔1章_1

トマト畑の悪魔


昔は神山と呼ばれた場所には魔王と悪魔が住んでいる。

「おい、トマトの収穫すんぞ。」
「あ~、ジャム切れとったか…。」
「おう、ジャムもだけどトマトソースも切れてっから、作り置きしてえし。」

麦わら帽子に軍手。
首にはタオルをかけた悪魔。
背中にカゴを背負って今日も畑へと出かけていく。

その悪魔、ロヴィーノが
「さっさとしろよっ、おいっ!収穫終わったらジャムやソース作るんだぞっ!
時間なくなるじゃねえかっ!」
などとぞんざいな口を聞いている相手はなんとかつて世界を滅ぼしたらしい魔王様だ。

「はいはい。ロヴィは人使い荒いねんから…」
と溜息をつきながらも自分も麦わら帽子を被る魔王。
軍手もはめてロヴィーノと同じくカゴを背負う。

「もしかして今日は下におすそわけに行くんかいな」
ふと思い出して魔王が聞くと、ロヴィーノは少し顔を赤くしてフイっとソッポをむいた。

「素直じゃないねんから」
と、魔王は少し笑って
「ほな、行こうか~」
と、裏のトマト畑へと続くドアをあけた。






悪魔ロヴィーノ


ロヴィーノは生まれた時から悪魔だったわけではない。
…というか、今でも悪魔かどうか非常に疑問の残るところではある。

ただ多少魔力が強く生まれた事から周りの人間に疎まれ、今こうして魔王の元で時を止めて住んでいる。
だから、自ら悪魔を名乗っているにすぎない。
そう、正確に言うならば“自称”悪魔なのだ。

だが、それを言うなら魔王とて本当に魔王なのかは微妙である。
何故なら魔王も元人間なのだから。


ロヴィーノの育ての親、魔王ことアントーニョが魔王になったのは数百年以上も前の事らしい。
当時は世界は東西南北の4つの国から成り立っていて、アントーニョはその南の国の王子だったのだと言う。

そしてその頃のアントーニョにはとてもとても大切な子どもがいたらしい。
もちろん本人の血を分けたという意味ではなく、単に年齢的な意味での子どもである。

それでもアントーニョにはこの世の誰よりも大事な大事な子どもだったらしい。
…その死によって心を壊して魔力を暴走させた挙句、世界を滅ぼしてしまう程度には…。

こうしてアントーニョが起こした魔力の暴走で東西南の国は滅び、唯一北の国のみが生き残った。

ロヴィーノが生まれたのは、その北の国である。


そもそも双子だったのも悪かった。
ロヴィーノが生まれた村では双子自体が不吉とされていたのだ。

更に言うなら緑の目 ―― ロヴィーノのみ緑で、弟は茶色だった ―― …これも魔王に通ずるものとして不吉とされた。
その上で他から抜きん出て魔力に秀でていたのだから、たまらない。
当たり前に悪魔の子として避けられた。
避けられるから自然愛想も悪くなる。
そして愛想がないからさらに避けられるという悪循環。
ロヴィーノはこうして普通に愛想も良く愛される弟を横目に、非常に居心地の悪い生活を送っていた。


そんなある日に知った世界の終わりにある壁の噂。
その先には魔王の住む世界があると聞いて、どうせ魔王の手先と呼ばれるなら本当になってやる!くらいの気持ちで家を出て世界の果てを目指した。

北の国をグルリと囲む結界。
その先には人間が足を踏み込むと死んでしまう魔王の国があると言われていたが、実際結界まで来てみると、結界の向こうに広がるのは普通に木々や動物達の見える美しい風景だった。

人のみが死んでしまうのだろうか……。
一瞬戸惑いが生まれたが、どうせ皆に疎まれ、誰に必要とされることもない身だ。
半ばやけになって、結界に強引に踏み込もうとしてみたら、いつの間にか褐色の手に抱き上げられて、阻まれた。

「…おいっ!邪魔すんなよっ!てめえ、結界の精かなんかか?!」
人の良さそうな顔に自分と同じ緑の瞳。
少し困った顔のその男に凄んで見せると、
「結界の精ってなんやねん?
それより自分聞いてへんの?結界の向こうへ人間が入ると死んでまうねんで?」
と溜息をつかれた。

「うるせえっ!俺はどうせ悪魔の子なんだっ!みんな俺を嫌ってるし、みんな俺がいなくなれば良いって言ってんだから放っておけよっ!」
自分で言っていて感情が高ぶってきてついつい目に涙を浮かべると、男の太い褐色の指が零れ出る涙をぬぐった。

そして…同じ色なのに随分と優しく見える緑の瞳がロヴィーノの顔を覗きこんでくる。

「な、自分、親御さんは?」
「いねえよっ!俺ら産んですぐ死んだし、俺ら押し付けられた親戚にとっても俺みたいな悪魔の子なんて厄介なだけだしなっ。」
ぎゅっと服の裾を握って唇を噛み締めると、大きな手が優しく頭を撫でた。

「な、もう少し俺に自分の話したって?それによっては考えてやってもええわ。」
「考える?」
不思議に思ってロヴィーノが男を見上げると、男は優しい目で笑った。

「俺な、昔…大丈夫やって思うて少し様子見るつもりでほんのちょっと離れたら、大事な子殺されてしもてん。
せやから、あの子やのうても子どもが死んで行くの見るのは忍びないんや。
もし自分がほんまにそこで生きて行けへんてわかったら、一人で生きていけるまでなら面倒みたってもええわ。」
優しいが悲しそうな笑みだった。

それが魔王アントーニョとロヴィーノの出会いだった。




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