アーサーと魔法のランプⅩ-眠れる黒鷲を起こす愚行

イギリスが消えた…焦った日本からその電話がかかって来たのは丁度空港でフランスと合流した時のことだった。

ああ…失敗したっ俺様としたことが…と、臍を噛みつつも、出し抜かれたその事実がス~っとプロイセンの脳内を冷やしていく。

「やってくれたじゃねえか…若造が」
ニヤリとつぶやく言葉の冷ややかさに、隣にいたフランスが思わず飛び退いて自分で自分を抱きしめるように震えあがった。

「…ぷーちゃん?」
おそるおそる声をかけるフランスに
「おう、ちょっと待て。日本に頼みたい事があるから、あとでな」
と、もう普通の声音でそう言うが、その明らかに笑ってない紅い目を見て、フランスは
(あ~あ、坊や突いちゃダメなモノ突いちゃったよ…)
と、遠く北米大陸にいるであろう弟分に秘かに同情しつつため息をついた。


「お前は日本とこ行って料理の支度でも手伝って来いよ。」
ニコリと拒絶を許さない口調でプロイセンは言う。

ドイツにその地位を譲った昨今はすっかり成りを潜めているが、流浪の騎士団だった頃から大勢力に迎合するような事は一切無く、何度もほぼ単身で世界を相手に戦って生き残りつつも、今EUの要になっているドイツを育て上げた男だ。

持たない状態で大勢力を相手にする時の強さはおそらく欧州随一と言ってもいいだろう。

ゆったりと巣に身を落ち着け、鋭い爪や嘴を隠してなごやかに休んでいた黒鷲の卵を盗み出すような真似をした相手を前に大人しくしている奴ではない。

黒鷲に鋭い爪が嘴が戻ってくる。
その目はすでに敵を追い詰める準備も万端に、相手の居場所を洗い出しているようだ。

そのまま時間にして数十分も日本と話していただろうか…プロイセンは何か納得したようにスマホを胸ポケットに放り込むと、じゃあな、と、後ろ手に手を振り、北米大陸行きの搭乗口へと消えていった。

一部の隙もなくピシっと背筋を伸ばしたその背中が搭乗ゲートに消えると、フランスはハ~っと詰めていた息を吐き出す。


「もしもし、日本?プーちゃんと何話してたの?」
ようやく普通に息をつけるようになってまず好奇心を満たすことにしたフランスが日本に電話をかけると、日本は
「えっと…アメリカさんの足取り…ですかね。
とりあえず私には北米大陸に向かった個人所有及び政府関係の飛行機のルートと着陸先を聞かれました。
あちらについたあとはどうなさるのかわかりませんが、師匠の事です、もう検討がついて動き出していらっしゃるのだと思いますので、私は無駄なあがきをするよりは、お詫びにくつろげる温泉宿の手配でもしておこうと思います。」
と、告げて電話をきった。




こうして寝かせたはいいが重すぎてどけられないアメリカの下でワタワタとあがいていたイギリスの前にプロイセンは現れた。

「おい、お前こんなとこで何して……」
重い体をどけられてようやく起きれるようになった身を起こして驚きの声をあげるイギリスを一瞬無言で確認するように見渡すと、そこでプロイセンは初めて
「ん…何もされてねえな。怪我もなさそうだし。」
と極々普通の声で言うといつもの笑みを浮かべた。

そのいつもどおりにホッとしてイギリスは
「当たり前だろっ。その…下から抜けだそうとあがいてるうちに着崩れちまったけど…。」
と、少し赤くなって言う。

「ま、無事で良かったな。これ着とけ。
お前はいいかもしれねえけど、俺様には目の毒だからっ。」
ケセセっと言う笑い声と共に投げつけられる上着。

「…これだから童貞は……」
と、気恥ずかしさにそんなセリフを吐きながらソレを羽織り、
「うっせえよ」
と、やはりいつもどおりのプロイセンの声と言葉にイギリスが顔をあげると、イギリスが見ていないと思ったのだろうか…声は確かに平常通りなのだが、その紅い目は絶対零度の冷ややかさで床に転がるアメリカに視線を送っていた。

その黒い手袋をはめた手は、ピッと何か透明な…おそらくテグスを取り出して、淀みのない綺麗な動きでそれをアメリカの身体に張り巡らしている。

「え~っと?プロイセン…さん、何を?」
ガラにもなく冷や汗を掻きながら引きつった笑みを浮かべるイギリスに、プロイセンはニッコリと実に綺麗な笑みを浮かべた。

「誘拐犯が追ってこれないようにだな、縛ってるだけだぜ?
無理に動こうとすれば急所をテグスが締め上げるようにな」

うあぁああ~~!!!!
こいつ…ドSだっ!ぜってえ楽しんでるっ!!!
今は女性体のためないはずの急所が縮み上がるような錯覚を覚えて、イギリスは思わず身をよじった。

ああ…本当に、自分が戦争中に捕まったのがドイツでまだ良かった…。
もしこいつだったら降伏してたかも……

そんな事を内心思ったが、とりあえず今はこれ以上頼もしい救助人はいない。

「さ、これで終わったからさっさと帰るぞ」
と、差し出すプロイセンの手を片手で取って、イギリスは片手で動きにくい着物の裾をまくりあげたが、そこでプロイセンが

「うわぁあ~!!!やめろっ!!!」
と悲鳴をあげて、その手を降ろさせた。

「お前何やってんだっ?!」
「何って…これじゃあ走れねえよ」
見上げたプロイセンの顔は真っ赤で、さきほどの凍りつくような空気は微塵もない。

「おまえなぁ……やめろ。俺様の心臓に悪いだろうがっ!」
「だってしかたねえだろっ!このまま走ったら転ぶだろうがっ!」
「だったら言えよっ!お前の一人くらい抱えて走ってやっからっ!」

「…女の姿で生足晒して欲しくなかったら、さっさと抱きかかえて走れ」
「………はい。」

イギリスがピシっと命じると、ガックリ肩を落としつつも従うプロイセン。

「お前、ホント女に弱えよな。」
ベハハハハっとドヤ顔で笑うイギリスに、
「うっせえよ。俺様は強えから、女相手に喧嘩はしねえことにしてるだけだっ!」
と返すプロイセン。

(本当に…弱えのは“女”にじゃなくてお前にだって事バラしたらお前どんな反応すんだろうな…)
と、内心思いつつも、とりあえずは脱出が先か、と、プロイセンはイギリスを軽々抱えて走りだしたのだった。



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