アーサーと魔法のランプⅩ-コンキスタドールの悲願1

「スペイン男とイギリスのお姫さんが揃ってんのに海賊船やないのは残念やけどな」
と、軽口を言いながらスペインがイギリスを中に促したのは、屋敷から少し離れた森の中に停めておいた車の助手席だった。

「しかも日本車か」
とクスリと笑みをこぼすイギリスの側のドアを閉め、自分も運転席に乗り込むと、
「お姫さんの馬車代わりやからな。安全第一や。」
と、静かに車を発進させた。

アメリカに拉致された館は幸いにして特別な要塞のような場所ではなく、どこぞの…アメリカ国内の人里はなれた屋敷のようだ。

おそらくアメリカの極々私的な秘密の場所で、誰かが来るのも想定外だったのだろう。
監視カメラのようなものすら特に設置されている気配はない。

「それでも家の前の土んとこやとタイヤのあとでバレるかもしれへんからな。
追手には誰とおるんかわからへんのが一番やろ?」
と、カラカラ笑うスペイン。
大雑把なのか慎重なのかわからない男だ。


「…お前…なんでイギリスの身内だって知ってて助けたんだ?
イギリスの事嫌ってるくせに…」

“誰といるのかわからない”
その状況は追手にとってもそうだが、事態を知ればおそらく助けにくる気はあるだろうプロイセンやロマーノに対しても同様だということに気づいたイギリスは、その状況を少し警戒した。

なにせ相手はかつて自分がだまし討ちにして覇権の座から追い落としたスペインだ。

近年はだいぶ人柄も丸くなってきていつもニコニコしているので、若い国々は太陽という彼の比喩も皆を照らす暖かいイメージから来るものだと思っているだろう。

しかしイギリスなどある程度昔の彼を知っている国からすると、太陽という言葉も必ずしもそんな生易しいイメージだけを与えるものではない。

全ての上にいて全てを焼きつくす圧倒的な炎……。

異教徒追放の戦いレコンキスタから始まって覇権国家として新大陸の多くの文明を圧倒的な力で踏み潰した苛烈な戦闘国家…。

ギラギラと照りつける灼熱の欲望のまま燃え広がり、強烈だが凶暴な光を放っていた。
そのくせ身内にだけはひどく甘く優しい。
身内の境界線の中に入ればそこはまるで暖かで安全な楽園のようなものなのだ。

当時はそのギャップに多くの女も男も惹かれていたと思う。
彼の周りにはいつも漆黒の王者の目に止まろうと右往左往する男女が群がっていた。

実はイギリスとて一時はその身内との境界線上にいた事もあったのだ。
いや、極々端っこではあるが、境界線の内側にいたといってもいいかもしれない。

あれはヘンリー7世の時代…。

上司の婚姻で目の前に現れたスペインは苛烈な戦闘国家である強国とは思えないほどイングランドに優しかった。

自分…ほんまかわええなぁ…

温かく大きな褐色の手で頭を撫でられて太陽の光のようにキラキラとした微笑みを浮かべられては眩しすぎて直視できない日々。

【髪は小麦の金色で大きな瞳は新緑の色、肌は雪のように真っ白で小さな手足は人形のよう】

かの国はいつも歌うようにそう言って、隣国によくからかわれたイングランドの垢抜けない容姿を可愛らしいなぁと何度も繰り返した。

そんな優しい態度は、自国の上司の命で海賊を使って騙し討ちにして覇権の座から引きずり下ろしたあとは見ることはできなくなってしまったが、イギリスの中で数少ない幸せな想い出の一つだ。

その頃を思わせる暖かな笑みを向けられて、イギリスは泣きそうになって慌てて顔をそむけた。

すると、スッと止まる車。

「なあ…泣かんといて。
親分、お姫さんを泣かすため助けたんちゃうんやから。
ほんま…泣き虫んとこもイングラテラに似とるなぁ。」

スペインは褐色の指先でイギリスの頬を伝う涙をぬぐいながら、優しくそう言って苦笑する。

「なんや誤解されとるみたいやから言うておくけどな、親分いまでもイングラテラの事かわええって思うとるで?
嫌ってるんは、あの子の方や。もう俺とは目も合わせてくれへん。
せやからせめてお姫さんくらい笑ってくれへん?」

綺麗な形の眉尻をさげて、困ったように少し目を細めて笑う。

まるで…可愛いと言われるたび頑なに嘘だと泣いたイギリスを前にして浮かべたあの頃のような笑顔で…。

「…嫌いじゃ…ないのか?…ほんとに?」
恐る恐る上目遣いに見上げると、スペインはそこでホッとしたような表情で少し開いたシャツの胸元の十字架のペンダントを手にとって口元に持ってくると

「この十字架に誓うてな。」
と、チュッとそれにくちづけた。

これもやっぱりあの頃と同じ十字架に同じ仕草。

「信じたってな。」
と、本人はもう息をするくらい当たり前の動作なのかもしれないが、耳元で甘い声で囁くのもあの頃と全く変わらない。

慌てて真っ赤になった耳元に手をあてるイギリスにニコリと微笑みかけると、

「ほな、行くで」
と、スペインはまた車のエンジンをかけた。





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