だってイケメンに限る_1

初めてのデートはイケメンと


たかがマック、されどマック。
イケメンが1人そこにいるだけで、ただのマックのカウンター席もオシャレなカフェに変わる。


ある日、同級生の女の子に迫られて困り果てたアーサーは、金、顔、人当たり、全てに優れた1学年上のイケメン、アントーニョに助けられた。

助かった。その場は非常に助かった。
だが事態はそれで終わらない。

どうやら苦も無くモテるため普通の恋愛に飽きたらしい彼が暇つぶしをしたいと口にした
『なあ…あの子避けに親分と付き合ってみぃひん?』
の言葉に乗せられて、恋人いない歴=年齢、自称コミュ障なフツメンのアーサーは、なんとこの同性のイケメンと付き合う事になったのだ。


そして今日はその日に彼と約束した初めてのデートなのである。

人見知り過ぎて人間関係をうまく築けないという自覚は思い切りある。
そう、確かにあるのだが、人生初のデートが女の子ではなく同性になるとは思ってもみなかった。
本当に人の一生なんて何があるかわからないものだ…。

それでも絶望的な気分にならないのは、相手が女の子達が泣いて羨ましがりそうなとてつもないイケメンだからだろう。

そうだ、彼は単に顔立ちが整っていてスタイルが良いだけのそんじょそこらのイケメンとはわけが違う。

まず人当たりが良い。
パーソナルスペースがとんでもなく広いはずのアーサーにすら0距離にいても違和感を感じさせない上、同じくコミュ障をひどくこじらせたアーサーに緊張させずに会話を続けられる。

もうなんというか…日常的にマイナスイオンでも振りまいて歩いているのではないだろうかと思うくらい、その側にいると居心地が良い。
もちろん側だけではなく、少し離れて見ていてもイケメンオーラ全開で目に嬉しい。

アーサーは別に普通に異性愛者だが、女性でなくとも美しいものは見ていて楽しいのだ。


ということで、今も待ち合せの時間の10分前。
あまり他人と待ち合わせなどしたことのないアーサーが気軽に入れるようにと場所は大学近くのマクドナルド。
アーサーが少し早目にと店の前まで着いた時には、アントーニョはすでに来ていて、窓越しに外に面したカウンター席に座っていた。

黒いシックなカバーのかかった文庫本を片手に、カウンターの高い椅子に足を組んで座っているその姿は素晴らしくカッコいい。

彼が視線をあげるのにしたがって、長い影を落としている黒い睫毛がゆっくりとあがっていく。
そして現れる綺麗なエメラルドグリーンの瞳。

外にアーサーの姿を見つけると、一瞬ちょっと目を見開き、次の瞬間、綺麗に微笑むその様子は文句なしにイケメン中のイケメン。

文庫本を閉じてバッグにしまうと、コーヒーのカップを片手に、そしてその横に無造作に置いてあった小さな白いバラの花束を片手に立ちあがる様子も実にさまになっている。

そうして足早に店を出て来ると、アーサーの前へ。


――今日はな、ちょおええ事があったから、誰かに花をあげたい気分やったんや

受け取って?と、にこやかに差し出される小さな花束。

もう、そのセリフ自体がイケメン臭がプンプンするなぁと感心しながらも、アーサーはその小さな花束を受け取った。

数本の白いバラにカスミ草。
それを束ねるリボンの真ん中には可愛い小さなティディベアのぬいぐるみがついている。

薔薇と言うとまず深紅の薔薇が思い浮かぶが、アーサー個人としては赤よりは白い薔薇の方が好きだ。
さらに実は可愛い物が大好きなアーサーは、自宅には大小様々なヌイグルミを並べるティディベアコレクターでもある。

普通ならそんな大の男のものにしては可愛らしすぎて馬鹿にされるか引かれそうな趣味も、アントーニョ相手にならさらりと口に出来てしまう。
そう、彼にはどこか全てを受け入れてくれそうな空気があり、拒絶されたり嫌な反応を返されたりするような気が全くしてこないのだ。

今回も思ったまま、白い薔薇やティディベアが好きな事を口にすれば
――そうやと思ったわ
と、実にキラキラしくも爽やかな笑顔を向けられた。


道を歩いていてもさりげなく歩道側に誘導され、建物に入る時には当たり前にドアが開けられる。
レディじゃないんだから…と思いつつ、しかし同性でどちらかが女性役ということであれば、年齢的にも体格的にも、そして経験値的にも仕方ないのか…と、すぐに諦めた。

こうなったらもうイケメンの妙技の諸々を勉強させてもらって、将来、本当に素敵なレディとお付き合いをする時に役立たせてもらおう、と開き直って、アーサーはエスコートされるまま、観察させてもらう事にする。




こうしてとりあえずお茶でもとなって、アントーニョに連れられるまま入ったカフェ。

「アーティ、バッグとか腕時計とか…すごく丁寧に綺麗に使っとるね。
適当なモン買うて適当に扱うてすぐダメにするアホな輩が最近多いけど、こうやって物を大切にしとる子ぉはええね。
すごく育ちの良さ感じるわ」

まずメニューをアーサーに渡し、アントーニョはアーサーの正面の席でゆったりと待ちながら、にこやかに話しだす。

メアリーを始めとする今時のオシャレな友人達にはしばしば古臭いと言われるお気に入りの私物。
それを洒落ていると言われれば若干白々しい気がするし、気を使われている事で気まずさを感じえないのだが、大切にしている姿勢を褒められれば素直に嬉しい。

許容されているだけではなく、理解されている…そんな安心感がアーサーをとてもリラックスさせた。

本当にイケメンはすごい。
もう何がなんだかわからないが、すごい。
アーサーが言って欲しい、理解して欲しいポイントを驚くほど押さえている。

メニューだって、普段は恥ずかしくてこういう店にはなかなか入れないのだが、甘い物が大好きなアーサーが思わず歓声をあげたくなるほど――実際にはさすがに恥ずかしいのであげないが、心の中だけで…――美味しそうなだけでなく見目麗しいスイーツが目白押しだ。

そんな中から一つだけを決めるのがもったいなくて選べないままメニューをガン見していると、何故か現れるウェイトレス。

彼女が押してきたワゴンの上にはいまだ見た事もないような量のスイーツの山。
その凄まじい数のスイーツが広めのテーブルの上に所狭しと並べられて行く。

え?ええ???
アーサーは思わずメニューから目を放し、正面に座るアントーニョに視線を向けた。
が、彼は全く動じた様子もなく、少し首を傾けて綺麗に微笑み、

「あんまり可愛え顔して悩んどるから、色々食べさせたくなって、とりあえずメニューにあるデザート全部注文してもうた。
二人で食べような」
と、とんでもない発言をする。

うあぁぁーーーー

もうありえない。
色々がありえない。
スケールが違いすぎる…。

驚きすぎてどう反応して良いかわからず、ぽか~んと口をあけたまま呆けていると、そこにチョコレートソースのかかったアイスの乗ったスプーンが運ばれた。

ひんやりと冷たいそれが口の中に落とされたので、思わず飲み込むと

――小鳥のヒナみたいで可愛えな

などと愛おしげに微笑まれて、アーサーは

――あっ…じ、自分で食べられるから……
と、慌ててスプーンを手にした。

するとアントーニョもそれ以上は無理に勧めることはなく、しかしそのアーサーの口に運んだ匙で当たり前に自分の口にスイーツを運びつつ浮かべる
――甘いな…
と、意味ありげな笑みが、妙に男くさく色っぽい。

さすがイケメン。
これ…その気がない女でも絶対におちる…ていうか、男でもおちそうだ…と思う。

まあこれが愛らしい女性なら意識して赤面の一つもしそうなところだが、あいにく自分は可愛らしくもない男である。

この甘い甘い空気はおそらく自分を意識して作ったものではなく、イケメン的にはこれは作ろうとして作るというより素なのだろう。
イケメンはきっと呼吸をするのと同じ感覚でキラキラしい空間を作り出すものなのだ。

アーサーはそう理解して、目の前の美味しそうなスイーツを平らげる事に集中し始めた。



もちろん…会計は目の前のイケメンが…。

一応アーサーだって払う意思はあったのだ。
しかし食べられるだけ食べて、さあ出ようかと財布を取り出しかけたら、当たり前のように言われる一言。

――ああ、もう支払いはアーティが可愛え顔でプリン頬ばっとる間に済ませておいたで。

レジに行く…それすらない。
席で済ませてあったらしい。

さすがにこの量の会計を全部と言うのは悪い…と、アーサーも思ったのだが、アーサーの側に回って、実に優雅な仕草でその椅子を当たり前に引いてアーサーを立たせながら、

――今日はせっかくの最初のデートやから、全部親分に任せたってな?
と耳元で低く囁く声すらイケメンボイスで、もう異議を申し立てる気力すら根こそぎ奪っていく。

もう申し訳ないが、これは甘えておいた方が失礼にあたらないのだろう…そういう結論にたどりつくしかなくてアーサーが礼を言うと、アントーニョは少し身をかがめて
「どういたしまして」
と、胸に手を当てて軽く礼をする。
そんなともすれば気障な仕草すら妙に板についているのに、もう感心するしかない。



映画、ウィンドウショッピング、食事など…全てが全てこんな感じで半日が過ぎて行く。


学ばせてもらおう…そう思ってされるがままエスコートされていたが、全てがイケメン色過ぎて、同じ事を自分がするのは無理なんじゃないだろうか…と、アーサーが気付いた時にはもう夜になっていた。

そう、一緒に居る時間が過ぎるのはあっという間だった。

そしてその日の最後…
別にレディではないので本当に必要ないと思うのだが、暗くなったからと送られる。

1人暮らしをしているマンションの前…

「今日はほんま楽しかったわ。
特にアーティ、何か食うとる時めっちゃ幸せそうで可愛くて、親分、次は手料理食べさしたいなぁってずっと思うとってん。
せやから、次のデートは親分の家な?」

そう言われてまず好奇心が先に立った。
イケメンの家、イケメンの部屋、イケメンの料理…

これがレディなら2回目のデートで男の部屋にあがりこむなど早すぎる気はするが、なにしろ同性だ。
警戒するようなものは何もない。

そんな事を思いつつ、アーサーがそれを快諾すると、手を取られて、指先にキス。
視線を手に落としていると睫毛に覆われて見えない瞳が、視線をあげたことでキラリとエントランスの光を反射して光った。

悪戯っぽく笑う様子は愛嬌があるのにカッコいい。

「ほな、時間とかはあとでメールするわ。
名残惜しいけど、今日はこれでな?」

スッと一歩引いてアーサーから距離を取ると、首を少し傾け、眉尻を下げて寂しげな笑みを浮かべて見せるあたりが、芸が細かい。

本当に別れを惜しまれている気分になる。

「今日はありがとう。楽しかった。
…じゃあまた…」

そうしていてもキリがないので、アーサーはそう言うと反転してマンションのエントランス内に。

そこでこそりと一度振り返ってみると、アントーニョはまだ去る事はせず、アーサーの視線に微笑んで手を振って見せた。

最後までこういう余韻をきちんと残すあたりも、イケメンのテクニックなんだろう…と、心底感心しつつ、アーサーは今度こそアントーニョに背を向けて自宅へと帰っていった。



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