ただしイケメンに限る

「何故?!あたしの何がいけないのっ?!」

もうすぐ5月の連休が始まろうとする頃。
入学したての大学で、アーサーはメアリーに詰め寄られて言葉に詰まった。

容姿はいわゆるボンキュッポン。
性格も活発で明るい彼女はアーサーのクラスメイトである。

高校時代の同級生で大学が一緒になった。
学部も一緒。
取っている講義もかなり重なっている。

それを差し引いても他にも友人がたくさんいる彼女がどうして自分のようにつまらない人間と一緒にいてくれるのかはわからなかったが、何故か大学に入ってからは高校の時以上に一緒にいる時間が増えたのは、人見知りで知人を作るのが苦手なアーサーとしては嬉しかった。

だから、

気の置けない相手。
数少ない友人。

アーサーの方はそう思っていたのだが、彼女の方はそうではなかったらしい。

「アーサーがいるからわざわざこの大学のこの学部のこの講義選んだんだよ?
アーサーはあたしがいて嬉しくなかった?!
あたしの事嫌い?そんなに魅力ない?!」

男性として好きだと言われた。
びっくりした。

もちろん嫌いかと言われれば否だ。
ただ恋人として好きかと言われると困る。

申し訳ないが、そういう目で見た事もなければ、今後も見られる気がしない。
本当に楽しい友人であり仲間なのだ。

非常に悩んだ末にそう言って交際自体は断ったのだが、彼女は諦めてくれない。

何も自分のように人づきあいが下手で面白みのない男を選ばなくても、快活で人づきあいの上手なメアリーは他にも人間関係を作っていける。
もっと好ましい恋人をいくらでも作れる。

そう言ったのだが彼女は断固としてアーサーが良いのだと主張する。

困った…本当に困った。
こうなると一緒に取っている講義が多すぎるのが辛くなってくる。
授業中はさすがに真面目に受けているが、休み時間やちょっとした空き時間に、延々と責められ、荒れられ、迫られる毎日だ。

今日もチャイムが鳴ると
「ちょっと今日は用事があって急ぐから…」
と、アーサーはさっさと帰り支度をすませて席を立つが、メアリーは案の定ついて来た。

足早に出口を目指すアーサーとそれを追うメアリー。
これも最近の風物詩と化している。

大抵は結局捕まって、一緒に帰るという名目の元になし崩し的にあちこち彼女に引っ張り回される日々が続いていて、アーサーは疲れ果てていた。

今日こそ…今日こそは1人で帰るんだっ!!!
そう決意して、とにかく急ぐ。

もう少し…もう少しで出口だ……
今日はスタートダッシュが早かったため、後ろを走ってくるメアリとは若干距離があったし、今日こそはっ!!
そう思って一気に駆け抜けようとした瞬間

「アーサー、待ってよっ!駅までは一緒でしょっ!」
と後ろから腕を掴まれて、(ああ…今日もダメか…)と、アーサーは肩を落とす。

そう、彼女はスポーツ万能で足も男性並みに速い。
どうやら今日もまた拘束されるのか…と、自然とため息が漏れた。


が、その時、

――アーティ、待たせてもうた?
と、サイドからかかる声。

掴まれるもう片方の腕。

(……え??)
振り向くと、出口のドアにもたれかかるようにしている人影。

まるで映画のワンシーンのようにキラキラとした日の光を後ろに背負いつつ爽やかな微笑を浮かべるイケメン。

(…え?ええ??)

ひたすら動揺しているアーサーを尻目に青年はその人懐っこい笑みを今度はメアリーに向けた。

「堪忍な~。今日はこの子、親分と約束があるんや」

あまりに自然でよどみないその主張に、メアリーはそれを疑いもしなかったようである。

これが可愛い女の子あたりならバトルの一つでもあったかもしれないが、相手は男。
しかも実は大学内では有名人とあって、

「あ…そうなの。
てっきりアーサーが方便で用事があるとか言ってたのかと思ってた。」
と、少し戸惑いつつも言った。

それに対して、
「そんなんやないよ。ほんまに今日は親分と出かける約束やってん」
ほな、またな~と、有無を言わさず笑顔で手を振る青年に、釈然としない様子で、でも諦めて帰っていく。
こうしてその後ろ姿が完全に見えなくなると、アーサーはホ~っと詰めていた息を吐きだした。




さて、危機が去ったところで、アーサーは青年を振り返った。
実はこの青年とは話すどころかこんなに近くで見るのも初めてだが、アーサーも彼の素性は知っている。

アントーニョ・ヘルナンデス・カリエド

アーサーより1歳上の大学2年だが、1年の時に悪友二人と企業。
それがそこそこ業績をあげているらしい。

それだけでもすごいのに、絵に描いたような甘いマスクにほどよく筋肉のついた体躯のイケメンで、校内有数の有名人と言っても良い。

全てにおいて恵まれた男である。
だからこそ、こんな風に困りきったアーサーにわざわざ声をかけて助けてくれるようなボランティア精神も持ち合わせていたのだろうか。

ともあれ、助かった。
本当に助かった。

アーサーの周りの一般ピープルなフツメン達はしばしばイケメンを敵対視するが、いいじゃないか、イケメン。
余裕がある分周りに優しくなれるなんて、本当にイケメン素晴らしいっ!
イケメン様々、イケメン万歳っ!!
そんな事を思っていると、アーサーにしては珍しく自然に零れる笑顔。

しかしながらそこで、
「本当に助かりました。ありがとうございました」
と深々と頭をさげて、じゃあ…と、アーサーが去ろうとすると、イケメン…もといアントーニョに
「ちょお待って」
と呼びとめられる。

「はい?」
「いや…あの子まだその辺に居るかもしれへんし、バレたら厄介やろ?
もし急がへんのやったら、親分とお茶でも飲んで時間つぶさへん?」
やはりにこりと綺麗な笑みを浮かべながらアントーニョが言った。

「急ぐわけじゃないんですけど…それじゃあご迷惑おかけしすぎ…」
「ええねん。親分も今少し時間潰したいし、良ければ…」

急ぐわけではない=OKという認識なのだろう。
口では『良ければ』などと言いながらも、すでにお茶をするのは決定事項らしく、アントーニョは実に自然にアーサーの背に軽く手を回すと、校内のカフェテリアの方へと彼を誘導する。

実際、誘いを無意味に断られる経験をする事などないイケメンにとってはこれはスタンダードなんだろうな…と、アーサーもあまりに自然にエスコートされる事に疑問を感じる事はなく、むしろ感心して誘導されるままカフェテリアへと向かった

そして…カフェテリア内。

「なんか買うて来るから、荷物見とってな?」

屋外のパラソルの下の席にアーサーを座らせつつ、自分はさりげなく隣の席に荷物置くだけで座らず、そう言って軽く手をあげて飲み物を買いに行くイケメン。

当然、戻ってくる時は二人分の飲み物とケーキがトレイに乗っている。

「紅茶でええ?」
とアーサーの前に置かれるミルクティ。

「あ、お金…」
と、財布を出しかけるアーサーの手を軽く制して、
「もう値段わからへんし、今度なんか奢ったってな」
と、にこりと微笑むのは絶対に方便だ。

柔らかな言い方だが、そう言われるとこちらが飽くまで出すと言えないのがわかっていて言っているのだと思う。

もう、荷物を見ておいてくれからここまでの流れが実に慣れた感じだ。

(コミュ力の高い人間と言うのはこんな風に色々がスマートなんだな…)
と、すでに争う気もせずアーサーはひたすら感心してお礼を言っておいた。

こうして飲み物もケーキも揃ったところでアーサーの斜め前あたりに座るイケメン。

隣だといくらなんでも距離が近いし、真正面だと視線がもろに向けられて、アーサーのように人見知りな人間にとっては辛い。

この絶妙な距離感にホッとしていると、アントーニョは

――実はな、一度自分と話をしてみたいと思うとったんや
と信じられないような事を言いだした。

(俺のどこにこんなイケメンの興味を引く要素があったんだ?)
と驚くアーサー。

これはもしかして社交辞令の一つなのだろうか…と真剣に悩むが、なんのことはない。

「俺な、実は自分が取っとる古代史の講義の隣の教室で心理学の講義取ってとるんやけど、いっつもあの女の子から逃げるように走っとったから、なんやろ~って思うてて…。まあ…好奇心やなっ」
と良い笑顔で言われた。

ああ、見られていたのか…。
アーサーはがっくりと肩を落とす。

そこからは実に巧みな話術に乗せられて、聞かれるまま事情を話した。
ほぼ初めて口をきく相手なのに…などと、普段は思うような戸惑いも感じない。

綺麗な形の眉、濃く長い睫毛に縁取られた深いエメラルド色の瞳、綺麗に通った鼻筋に少し大きめの唇。

整い過ぎたくらい整った顔立ちなのに笑みの形を描く少し垂れ気味な目のせいで愛嬌があって親しみやすいように感じる。
警戒心を感じさせない。

――大変やったな
と、全てを話し終わったあと、当たり前に伸びて来た大きな手にポンポンと頭を軽く叩かれても、不思議と違和感がなかった。

パーソナルスペースが非常に広いアーサーにとっては、これは非常に珍しいことだ。

人間あれだよな、平等に公平にとは言っても、心の奥底では区別してるんだな。
たった1歳しか違わない男に頭撫でられるとか、普通の相手にだったら馬鹿にされてる気がするけど、これだけイケメンだと怒る気もしないっていうか…なんだか悪気はないんだよなって気分になってくるんだよな…

もう色々人種が違うのだ…とアーサーは諸々にそう納得してしまった。

むしろこんなメディアに登場しそうなイケメンをこうやって拘束している自分の方がヒンシュクで申し訳ない気すらしてくる。

そう、今でさえ申し訳ない感がヒシヒシしているのに、ここでこの物好きにして好奇心旺盛ならしいイケメンはとんでもない発言をし始めた。

「なあ…それやったらあの子避けに親分と付き合ってみぃひん?」

はぁ??
誰が?誰と??
驚きのあまり、脳内で言っているつもりが口に出してしまっていたらしい。

「自分が、親分と、やで。」
と、イケメンがご丁寧にもわかりきっているその問いにわざわざ答えてくれる。

そしてさらに追加…

「心配せんでも別れたくなったらいつでも別れたるよ?」

うんうん、そりゃそうだ。
こんなイケメンがなんの酔狂でアーサーと付き合っても良いと言っているのかはわからないが、アーサーのようなフツメンに嫌だと言われてまで執着する理由は何もない。

「…ていうか…男同士ですが?」

アーサーは童顔とはよく言われるが、女性に間違われた事はさすがにない。
というか、こんな女がいたら嫌だと自分でも思う。

「ええやん。親分の悪友のフランなんか両方いけるクチやで?
まあ親分は男と付き合うた事はないけど…」

「…何故?ってお聞きしても?」

「面白そうやからっ」

“面白そうやからっ!!”
面白そうと来ましたかっ!!
お年頃の面々としては最大にして最重要の関心事なはずの恋愛相手選びを『面白そう』で済ますイケメン。
.
なるほど、これだけのイケメンなら恋愛相手などその気になればよりどりみどり。
叶わない恋などほぼないし、普通の恋にいちいちドキドキする事もないということか…。
全く羨ましい限りである。

そんな想像のもと、

「もしかして…普通の交際には飽きたからとか、そういう事です?」
と、失礼かもと思いつつ聞いてみると、アントーニョは気を悪くした様子もなく、
「まあ、そんなとこやね」
と、頷いてみせる。

なるほど、なるほど。
イケメンの暇つぶしがてらの娯楽ということらしい。

「まあフェイクな恋人も相手が女の子やったらライバル心も沸くかもしれへんけど、男が相手やったらそもそもが対象が自分と違いすぎて諦めるしかないやん?
うまくすれば、同性愛者言う時点で引いてもらえるかもしれへんし」

ああ、それはそうだ。
最近はだいぶポピュラーになってきたとはいえ、実際には同性愛者はマイノリティではあるし、メアリーは自分と違うものを理解しようとする姿勢はあまりないように思われる。
そう言われてみれば、なるほど良いアイディアのように思われる。

デメリットとしては…メアリー以外にも理解されないことなのだが……

まあ、自分は良い。
当分恋人は要らないと思うし、その他の人間関係も希薄なので問題はない。
だが……

「彼女も引くかもしれませんが、周りにも引かれる可能性ありますよ?
俺は別に問題ないんですけど、アントーニョさんは困りませんか?」

暇つぶしの代償としては大きすぎるのでは?と思って聞いたのだが、その後に返ってきた答えに、正直自分はイケメンを舐めていた…とアーサーは思った。

「ん?親分も無問題やで?そんくらいで切れるような人間関係やないし?」

自信満々にそう答える笑みが眩しい。

そうだよな…女達もこれだけのイケメンならホモでも良いと寄ってくるんだろう…。
フツメンの常識で計って申し訳ありませんでした…と、謎の敗北感を味わう。

それにしても…
割合と人見知りで人間関係には用心深いはずのアーサーだが、なんだか面白そうだ…と、何故か思ってしまった。

そう思ってしまえば、元々押しの弱いアーサーが、自信満々で押しの強いイケメンに敵うはずもなく……

気づけばつきあう事になっていた。

本当に本当にイケメンマジックである。



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