青い大地の果てにあるもの1章

「ほな、いっくで~♪情熱のピジョンブラッド!モディフィケーション!」

夜の闇に光るルビーのペンダント。
踊るように軽やかな足取りで現場に降り立ったのは、アントーニョ・ヘルナンデス・カリエド。
世界の警察ブルーアースの特殊戦闘員、ジャスティスのメンバーだ。

黒い戦闘スーツに身を包んだ胸元に揺れるのはアームジュエリー。
この世にたった12個しかない貴重な宝石のうちの一つだ。

ジャスティスはそのジュエリーによって選ばれるため、その人数は当然12人のみ。

そして…今世界中を恐怖の渦に陥れている謎の組織、レッドムーンの特殊戦闘員イヴィルに傷を負わせる事のできるのは、このジュエリーを変形させたブレストアームスだけである。

そう、ゆえに世界の平和はこのたった12人しかいないジャスティスの肩にかかっているといっても過言ではないのだ。




アントーニョの言葉に呼応して、胸元の紅いルビーが光を放ち、シュワっとカットラスに変形してその手におさまる。

「ほな頼むで、相棒っ」
アントーニョは手の中のカットラスに声をかけ、目前の敵のただなかに飛び込んで行った。


黒豹のように気配も見せず一気に敵に肉薄して、その手に収まっている赤い刃が暗闇を切り裂く。

雑魚敵であるミミズ型の魔法生物が緑色の血しぶきをあげて絶命していく中、ブン!と浴びせかけた特別重い一撃を避けて、人型の特殊魔法生命体イヴィルはおどおどとアントーニョに目を落とした。

背はそう低くはないはずのアントーニョが思わず見上げるほどの大男だが、その容姿はというと卵形の胴体に短い手足がついたような、丁度童話のハンプティダンプティのような体格である。

その存在に妙にリアリティが感じられないのはその童話の登場人物と同様だが、違うのは全身緑色で、その表面がそれより若干濃い緑色のブツブツに覆われている事だろうか…。

顔すらその状態で、近づいてみるとその中に埋もれるように目や鼻口があるのがわかり、遠目から見た滑稽さから一変して気味の悪さを感じさせる。

それでも11歳でジャスティスになって以来、日常的に異形の者を見続けてきたアントーニョは、当たり前にそれをただの敵として認識している。
ただ一つ、いつもはお互いがお互いを認識すると同時に戦闘が始まるのだが、今日は違っていた。

「ブ…プルーアースの能力者…か?」
男はオズオズとアントーニョを見下ろし、声をかけてきた。
その言葉にアントーニョは油断なく間合いを取りながら
「見ての通りやでっ!」
と、戦場にそぐわない明るい笑顔で応じる。

「お…おれ、レッドムーンの仙人掌いう…。おまえ名前名乗る…」
律儀に名乗る男の言葉にアントーニョは
「アントーニョ・ヘルナンデス・カリエドや。ま、すぐ覚えておけへんようになるやろうけど。」
と、そこで笑みを消した。
そしてその目は獲物を見定めた肉食獣のような光を帯びる。

「い…良い名だな…おれ覚えておくぞ…本部行って、カリエド倒した報告する…」
男の言葉にアントーニョはスイッと目を細めた。
「逆やな。報告するのは俺やっ!」
アントーニョは言ってカットラスを構えて一気に間合いをつめる。

敵も能力者だけあって剣圧で身にまとう服が切れるが、肌には傷一つつかない。
しかしまともに叩き切れば当然傷も負えば死にも至るはずだ。

カットラスがその体を捕らえるまであと1mm…

(……っ!)
もう少しで触れるという段になってアントーニョはあわてて飛びのいた。
シャキンッ!
今までアントーニョのいたあたりを敵から生えた無数の針がつらぬいている。

「よ…よけるとは、さ…さすが…なんだな。で…でもこれでお前の攻撃…おれに当たらない…」
敵仙人掌の全身からは無数の長い針が生えてきた。
カットラスでなぎ払ってみたが、折れてもまたすぐ生えてくる。
おかげで刀が届く間合いに入り込めない。

「しゃあないなぁ…」
アントーニョは少し間を取ると、カットラスの柄に軽く二本指を置いた。
「モディフィケーションっ!」
唱えながら切っ先をまっすぐ仙人掌に向けて間合いを詰める。
カットラスは一瞬光に溶けたかと思えば一気に形を変えた。

「グォォッ?!!」
ブスリッ…鈍い音をたてて状況が理解できない大男の心臓をハルバードの穂先についた刃がつらぬいた。
ハルバードを引き抜くと血飛沫をあげながらドサッ…と大男が倒れる。

針がパリンと割れて飛ぶのをアントーニョは全てハルバードでなぎ払った。
そして今度は長いハルバードの柄に軽く指を置き、アズビフォア…とぽつりとつぶやく。
するとハルバードは光を放ちながら、再び姿を変え、カットラスとなってアントーニョの手に収まった。

それをチャキっと握り直してアントーニョは倒れた仙人掌に目をやる。
そして
「堪忍な…こいつの形は一つやないんや…というわけで本部に自分の事報告させてもらうわ」
と、もう音の届かなくなった大男の耳に言葉を残して反転した。


「遅うなって堪忍なっ。今助けに入るわっ」
少し離れた場所では仲間が二人ミミズとイヴィルに囲まれている。

「アントーニョ兄ちゃんv助かるよぉ。ミミズなんとかしてくれる?弓で一体一体やってたらキリなくてっ」
と言うのはフェリシアーノ。
ラピスラズリのアームジュエリーを持つジャスティスである。
武器は弓。遠隔攻撃はできるが、いかんせん打たれ弱いので、常に盾役のルートと1セットで動いている。
ルートの方は武器は剣と盾。ジュエリーはアクアマリンだ。

ルートが防いでいる間にフェリが倒す。
それがこのペアのやり方だが、今回は雑魚敵が多くて、ルートが防ぎきれないでいる。
そのフォローにフェリが入ると今度はイヴィルが攻撃してきて、それをルートが防ぐとまた雑魚敵の処理がおろそかになっての悪循環だ。

「あ~、じゃあフェリちゃんちょお下がっててや。ルートと一緒にイヴィル頼むわ。雑魚は片付けるさかい。」
アントーニョは言うと、ミミズの群れに飛び込んで、紅い刃で大ミミズを叩き切っていく。
ルートとフェリシアーノの側からザ~っと倒していった先には、今度は薄茶の長い髪を軽く束ねて大剣を振り回す女剣士。

「エリザ、調子はどない?」
まるで世間話でもするような軽い口調で話しかけると、
「ん~。ま、悪くはないわねっ。ベルちゃんがあっちでミミズに悲鳴あげてるけど。あたしこの辺防いでるから、トーニョ行ってあげてよ。」
と、こちらも極々普通の口調で答えて大剣を振りおろす。
サファイアのエリザ…。本部ジャスティスの中では最重量級の武器を得意とする大剣使いだ。

「いやぁぁ!気持ちわる~~!!近寄らんといてぇ!!!」
安定のエリザを後にして、今度は本部5人目最後の仲間の元へ。
トパーズのナックルを使うベル。
「親分~あたし武器が武器やからこいつらめっちゃ気持ち悪いんですわ~。勘弁したって下さい~」
と涙目で訴えるベルに苦笑して、アントーニョは
「しゃあないなぁ。じゃ、エリザんとこのイヴィル手伝ってきぃ。ここは変わったるから」
と、雑魚の他にイヴィル2体と対峙しているエリザの方にうながした。

「おおきにっ!基地戻ったらお礼にワッフル焼いて持ってきますわ」
と、ベルはエリザの方へと駆け出していく。
それを見送って、アントーニョは改めて雑魚ミミズに対峙した。


「はぁ~きっつ~。」
こうして敵を一掃して戻る車の中、エリザはグタ~っと後部座席のクッションに身を投げ出した。
「最近レッドムーンの動き、異常に活発よね。真面目にきっついわ~。」
「エリザいつもいっちゃんきついとこ受け持っとるもんなぁ。お疲れさん。」
車を運転しながら労うアントーニョ。それに対してエリザは視線だけチラリとアントーニョに向ける。

「トーニョもそれはお互い様でしょ~。でもタフよねぇ、あんた。」
「あはは、そりゃ男やから…」
「男でもタフじゃない奴もいるがな」
と、そこでルートにチラリとふられるが、フェリシアーノは気にする事なく、くあぁぁと猫のように伸びをした。

「エリザさんもアントーニョ兄ちゃんも、もうすぐ少し楽になるんじゃない?
上の方針でジャスティス全員本部に集めるらしいから。」
フェリシアーノの祖父は事務方である研究集団ブレインのトップで、兄はその補佐をしているため、情報通だ。

「そうなんや?うち他の部の人とは会った事ないんやけど、にぎやかになってええね」
ニコリと機嫌良く言うベルに、フェリシアーノもうん!とうなづいた。
「今回は第一段として極東支部の人達が来るらしいよ。」
「極東…?!」
キキっとかすかに車がすべる。

「アントーニョ兄ちゃん?」
「ああ、堪忍。やっぱちょい疲れとるんかな。このところソロでもあちこち送られとったさかい。」
慌てたようにそう言ってアントーニョが苦笑すると、
「あ~、そうだよねぇ。全員集合なレベルじゃないと爺ちゃんすぐアントーニョ兄ちゃん送りこむから」
とフェリシアーノも苦笑した。

「…まあ…新メンバーの話はおいおいね…。」
エリザがそこでそうしめると、話題は今回の出動の報告書を誰が書くかに移って行った。



ブルーアース本部は奥の第一区から出入り口のある第八区まである。
ジャスティス達は任務から戻るとまず諜報部フリーダムにその旨を報告後、報告書を科学部ブレインに提出して任務完遂となるので、一行はまずフリーダムへ向かった。

「お疲れさん!」
そこで一行を迎えるのは銀髪に紅い目の就任したての若い本部長、ギルベルト・バイルシュミット。ルートの実兄だ。

「まったくよ。人使い荒すぎ!勘弁してちょうだい!」
「おめえはちょうど良いダイエットになるんじゃねえの?」
ケセセっと笑うギルベルトの頭を、どこから出してきたのかエリザの必殺フライパンが殴り倒した。
そんな光景も、あ~あ、また夫婦喧嘩が始まったよ…と、上司が殴り倒されるのにも慣れた風で部員達は遠目で見守っている。

「ちょっとこいつに礼儀ってモノ教えてから行くからっ!」
と、本部長室にギルベルトを引きずって行くエリザに、ジャスティス一同はこちらも苦笑いで
「じゃあこれがフリーダム用の報告書だ。ブレインにも出しておくから。」
とのルートの言葉でフリーダム本部を後にした。

「…ギル、いい加減起きなさいよ」
パタンとドアを閉めると、エリザはつかんでいたギルベルトの首根っこを放す。
「ててっ。本気で殴りやがって」
と、殴られた後頭部をさすりながら起きあがるギルベルト。
「失礼な事言うからでしょっ!それよりあたし聞いてないわよっ!あんたは知ってたんでしょ?」
腕組みをしてギルベルトを見上げるエリザに、ギルベルトは少し表情を固くした。

「…極東の事か?」
「わかってんじゃない。」
エリザは小さく息を吐き出した。

「あんただって知ってんでしょ?トーニョと極東のジャスティスの確執。」
「ん~、知ってるっつ~か…半当事者だけどな。」
「…大丈夫なの?」
「何が?」
「もしもよ、極東の魔術師とトーニョがコンビで出るような事になったら揉めない?」
「……人事はこっち(フリーダム)の管轄じゃねえからな…。そのあたりはローマのジジィが上手くやるだろ。伊達に年取っちゃいねえだろうし…。」
「…だと良いけど…数少ないジャスティスが仲間割れで欠けたりとかは勘弁よ…」


二人がそんな会話を交わしているとは夢にも思わず、残り4人はブレイン本部へ。
「おつかれ。」
と、まず出迎えるのはフェリシアーノに少し似た面差しのロヴィーノ。
二人は二卵生双生児で、ブレイン本部長、ローマの孫だ。

「兄ちゃん、ミミズはやめてよ、ミミズはっ。大変だったよ」
と訴えるフェリシアーノの後頭部をこちらはロヴィーノが軽くはたく。
「それが仕事だろっ。それに…どうせトーニョにやらせてたんだろうがっ」
「えへへ。バレた?」
「お見通しだってんだ。こんちくしょうめっ」
じゃれあいながら奥へ進む双子を追って、あとの3人も奥の本部長席に向かう。

「お~、お前ら帰ったかっ」
そこにはフリーダムの本部長とは対照的な初老の男。
「おっちゃん、ただいま~」
「爺ちゃん、大変だったよぉ~」
アントーニョとフェリシアーノがまず声をかける。
「ま、報告書はあれだ、ロヴィーノに出しとけ。で、チェック受けたら解散な~。」
とフェリシアーノの頭をなでながらそう言いつつ、ローマはちらりとアントーニョに目を向けた。
「お前はちょっと来い。話がある。」
「了解や。」
なんとなく話の内容は予測できる気がして、アントーニョは小さくうなづいた。


「極東の事やろ?」
本部長室に入ってドアを閉めると、アントーニョは自分から切りだした。
「フェリシアーノに聞いたか?」
「ああ。例の…来るんやろ?俺話はよお聞いとったんやけど、実際に会った事はないねん。どんなやつ?」
「プライド高くて自己評価低くて…そうだなぁ…無愛想だけど人当たりがいい。」
考え込むように天井に視線を向けながら言うローマに、アントーニョは大きくため息ついた。
「どういう奴やねん。人物像まったくわからんのやけど?」
「俺が言っても伝わらねえと思う。ま、実際会ってみるこった。お前の事だから大丈夫だと信じてるが、恨みつらみより、どういう奴なのかをまず知ろうとしてみろ。」
「あんま買いかぶらんで欲しいんやけど…」

アーサー・カークランド…極東の魔術師、死神の使者、白い悪魔…ロクな異名で呼ばれていないが、自分の弟が命を投げ出した相手…。
嫌悪を感じるのか魅入られて自分もまた命を落とすのか…それとも…?
近日中に本部へ転属になるそのジャスティス一の火力を誇ると言われている魔術師に、アントーニョは思いをはせるのだった。




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