聖夜の贈り物 8章

「フェリシアーノ、すまん。少々誤解していたようだ…」
ルートヴィヒが部屋に戻った時の開口一番がそれだった。
「な、言ったろ?」
と、それを聞いてぱち~んとウィンクをして見せるギルベルトの横でフェリシアーノは両手を口にあててふるふると震えていたが、やがて
「ル~トォ!!」
とルートヴィヒに飛びついてそのまましがみついてしゃくりをあげた。
もちろんルートヴィヒは飛びつかれてもビクともせずそれを受け止めると、おずおずと片手をフェリシアーノの腰に回し、もう片方の手でその頭をなでる。
「ごめん、ごめんよ、俺ルートの気持ち全然考えないで…」
「いや、俺が考えなしだった。お前は悪くない。すまん」
もうこれ中に入っちゃいかんよな…と言った雰囲気に、しかたなしに後方に目をやれば、そこにはまだ意識の戻らないアーサーの手を握ったままのアントーニョ。
もちろんギルベルトの視線なんてガン無視だ。

「俺様今回の一番の功労者なのに、一人さびしすぎるぜ」
ケセセと苦笑いのギルベルト。
しかしすぐロマーノが部屋に入ってくる。
「うぜえ。ドアんとこでいちゃつくなっ。邪魔だ!」
と、ロマーノは二人の空気を作っているルートヴィヒとフェリシアーノに容赦ない一言を浴びせつつ、
「で?どんな感じなんだ?」
と、ちらりとアーサーの寝かされているベッドに目をやって声をかける。

「あ~、もう一応死にはしねえ…って感じ?」
もちろん二人の世界に入っている弟たちからは返答はなく、ギルベルトが答えた。
「感じってなんだよ、感じって」
チッと舌打ちをするロマーノ。
「いや、怪我的には多少の痛みは残ってっかもしれねえけど無問題なんだけどよ、お兄様、病は気からって言葉知らねえ?」
「知ってるぞ。馬鹿にしてんのか、てめえ」
「いやいやいやいや、そうじゃなくて…。フェリちゃんから聞いたんだけどよ、誘拐されかけた挙句魔法まともにくらったんだろ?だから後遺症っつ~か…トラウマ的な何か?は体の傷とはまた別もんだし、そういう精神的なものから体調崩して寝込んだり、最悪死ぬ奴だっているからな。」
「あ~、そういうことな。」
確かにそれでなくても記憶喪失というやっかいな状態で……
「打たれ弱そうだったもんなぁ…」
と、昨日の様子を思い出してロマーノはため息をついた。

「しかたねぇ。みんなしてあんま城あけてっとおおごとになりそうだから俺は戻るけど、お前どうせ暇だろ?フォローいれてこいよ」
そう。ちょっと用事でと言って出てきた手前、あまり長時間戻らないとまずい。
とりあえず皇太子の自分が戻っておけば他は出てても無問題だろう、そう思って言ったロマーノに、ギルベルトは慌てて顔の前で両手を振った。
「いや、無理っ。俺様身の危険感じるから戻るわっ。普通の医療知識なら教えてあるからフェリちゃんに任せねえ?」
「ああ?なんでだよ?」
「だってな…お兄様の元お父様怖すぎだって。誰だよ、あれお日様とか言ったの。まじ、ブラックホールの間違いだって!俺様怪我の具合診てるだけなのに、少し近づいただけで殺気ビシバシ送られてんだけど?しかも“笑顔”で!」

「あ~…うん、悪い。あいつはそういうやつだ。」
お日様のように明るく温かく人が良い…というのは事実ではあるのだが、自分の身の内にいれた人間に害意を及ぼすと判断した人間には容赦ないのがアントーニョだ。
ギルベルト自身には確かになんの害もないどころかむしろ助けられているのだが、今回はこんな事になったので、他人に対して異常に神経質になっているのだろう。
そう判断したロマーノは諦めた。
「しかたねえ。フェリシアーノ残すから。どうせあいつ残した時点でお前の弟も残るんだろうし、お前は俺の護衛についてこい。」
「へいへい。」
結局そう決断を下したロマーノは、フェリシアーノに後を任せて城へと向かった。

そして残された4人。
とりあえずお互い落ち着いたらしいタイミングを見計らって、まずアントーニョが口を開いた。
「今回はほんまありがとな、フェリちゃん。さっきロマに事情きいたんやけど…これ使うん大変なことやってんな。ほんまおおきに。」
まずは礼だ。
何をおいても礼。
「ううん。ホント間に合って良かったよ。アントーニョ兄ちゃんの大事な人だもん、俺も嬉しいよ。」
と天使の笑みを浮かべるフェリシアーノ。
ロマーノつながりで何度か会ってはいるものの、まだ1年強のつきあいのアントーニョの事を自分の事のように心配してくれていたのか…。
ギルベルトはフェリシアーノを天使と言っていたが、確かに背中に翼が生えていそうだ…と、アントーニョは感動した。
……それからすぐ、フェリシアーノに頼まれたルートヴィヒが畑の世話をしに部屋を出て行くまでは………



「あのね、アントーニョ兄ちゃん。教えて欲しい事があるんだけど…」
まだアーサーから目を離すのは怖いので、フェリシアーノが入れてきてくれたカフェラテを自室で飲んでいる。
小テーブルを囲んで向かい側には笑顔のフェリシアーノ。
こんな時でなければ和むところだ。
いや、とりあえずアーサーに命の危険がなくなった事で、かなり和んではいたのだが…。

「なん?俺でわかる事やったら何でもきいたって」
ふわふわとした笑顔を浮かべて小首をかしげるフェリシアーノはとても愛らしい。
もちろんアントーニョにとってはアーサーやロマーノの方が可愛いのだが、フェリシアーノだって可愛くないわけではないし、一般的には人見知りが強く恥ずかしがり屋で素直になれない二人よりは、誰にでもニコニコふわふわなフェリシアーノの方を可愛いと思う人間の方が多いだろう。

さすがに生まれてこの方ずっと王室で王子様として育てられていただけあって、屈託のない無邪気なその様子は、他人に警戒心を起こさせない。
どんな可愛い質問がくるのだろう?と、アントーニョも笑顔で応じたのだが……

「あのね、俺ね、魅力ない…かな?どうしたら男が手出したくなると思う?」
「はあ?」
(手?手ぇですか?)
思わず脳内敬語のアントーニョ。
一瞬大人の意味合いが脳裏をかすめるが、まさかありえない、と、頭の中で否定する。
(もうこれやから汚れた大人はあかんわ。こんな天使が性欲もつかい)
と、脳内で自分につっこみをいれ、他の意味を模索する。

「アントーニョ兄ちゃん、どう思う?」
無言のアントーニョに焦れてか、フェリシアーノが身を乗り出してくる。
「どうて……ごめんな、意味がようわからんのやけど…。フェリちゃんは普通に可愛ええと思うで?男でも女でも大抵のやつは好きになるんちゃう?手ぇ出すっていう意味はわからんけど…」
考えてもわからずに、アントーニョは正直に答えた。

するとフェリシアーノはきっぱりと
「えとね、どうしたらセック○したくなるかって事なんだけどっ」
ブ~~!!!!
飲んでいたカフェラテが逆流した。

「だ、大丈夫?アントーニョ兄ちゃん。」
「大丈夫やないのは、フェリちゃんのほうやろっ!」
ゲホゲホとむせかえりながら、アントーニョはフェリシアーノが差し出すタオルを受け取る。
「フェリちゃんみたいな子ぉがそんな事言ったらあかん!」
「なんで?」
「なんでて…」
「アントーニョ兄ちゃんだってさ、したいって思うわけでしょ?」
「はぁ?俺フェリちゃんにそんな事思った事ないで?さすがに」
「…てかしてるんだよね??」
「してへんやん」
「俺とじゃなくて、あの子、アーサーと。」

ブブ~~ッ!!
落ち着こうと思って口に含んだ水がまた逆流。
水分が気管をかけめぐって嵐を呼んでる気がする。
陸地で溺死しそうな勢いだ。

「ちょ、ちょい待って!どうしてそうなるん?してへんてっ!」
むせて涙目で答えるアントーニョにフェリシアーノは
「な~んだ、そうなの。」
と肩を落とした。

「いや、そんなにがっかりされると複雑なんやけど……」
「だって…周りにそういう恋愛経験者っていないから…話きけるといいなって…」
「ちょ…そういう恋愛てなに、そういう恋愛て。」
やんごとない箱入り王子様の発想は謎だ。

「あの子は家族やねんで?家族と寝るとかそういう発想はさすがにあらへんわ。」
「でも…さ、家族は唯一じゃなくなっちゃうよ?俺はずっと俺だけを見てくれる相手が欲しいよ」

おや?どこかで聞いた事あるようなセリフ…。
お前は俺か…?
と、内心つぶやくアントーニョ。

「あ~、その気持ちはわかる気するんやけど…なんでそれで手ぇ出したくなる言う話になるん?普通に告白して一緒にいようじゃあかんの?」
「…告白しても…断れないから、相手が。抽象的な約束じゃ気持ちを計れないし縛れない」
「あ~、王子様やもんなぁ…」
アントーニョは頭をかいてつぶやく。自分もそうだという意識は当然ないわけだが…。

「俺ね、昔ね、すご~~く一緒にいたい人がいたの。でも俺が最善を尽くさなかったからその人死んじゃって…一緒にいられなくなってつらくてつらくて、それで思ったんだ。大切なものはどんな手を使っても手放しちゃだめだって。」

一度失ったからって今回は手段選ばず絶対にモノにしたいって?
ああ…もう、ほんとに自分は俺のドッペルゲンガーか何かかいな?と、アントーニョはガクっと肩を落としてため息をついた。

「だからね、今一緒にいたい相手を絶対に離したくないんだ。家族みたいにって言ってもね、それこそ家族って最終的にそれぞれ伴侶見つけて離れていっちゃうじゃない?でも自分が伴侶になれればずっと一生一緒だよっ」
王子様の演説は、セック○の一点を除いては自分が考えている事とまるで同じで……
「アントーニョ兄ちゃんはそう思わない?」
というフェリシアーノの言葉に“思わない”と断言する事ができなかった。

「…男じゃ無理…かな?セック○したいと思えない?」
少し瞳をうるませて聞いてくるフェリシアーノに、何故無理と言えるだろうか…。

「うん…まあなんというか…な、思えんくはないと思うんやけどな…。実際戦場いるとおなごさん連れて歩くわけにもいかんから、男同士なんて腐るほどあるしな。俺も経験あるし…。あ~、これはロマーノには言わんといてな。トラウマになられても嫌やし。」
「うん。」
「でもな…普通の環境いたらいきなりそれは少数派やで。まずはお友達からとかあかん?」
「もうお友達以上ではあるし…」
「普通に親友とか?」
「俺以外に伴侶見つけられたりするのやなんだって。」
「…う~ん……」
「で、相談したらね、寝込み襲って既成事実作っちゃえば?って言われたんだけど、ダメだった。裸でね、ベッドもぐりこんだんだけど、普通に朝まで並んで熟睡された。」
「そこまでもうやったんかぃ?!」
箱入りの行動力恐るべしっ。
「…ていうか、誰や、それ言ったん…」
無邪気にそんな試みをされて相手は困ったやろなぁ…と、その相手に同情しつつ諸悪の根源を聞いてみる。
「エリザベータさん。」
「誰?」
「女官長だよ。ルートみたいな真面目なやつは既成事実作っちゃえば責任とってくれるっていうから…」
女官長……。大事な王子の周りにそんな無茶な提案する女を置いていいのか、どうなってるんだ、現王宮。
アントーニョは軽いめまいを感じて眉間を押さえた。

「やっぱり…胸ないとダメなのかなぁ…」
とずれた心配をするフェリシアーノの肩をガシっとつかむと、アントーニョは大きく首を横に振った。
「フェリちゃん、それちゃうと思うわ。」
「ん~、じゃあ髪とか?伸ばせばいける?」
「フェリちゃん……気にするとこちゃうし。」

ああ…もうなんかこのボンわかってへんわ…どないしよ……責任者、教えるならちゃんと教えとかんかぃ!
フェリシアーノが話を持ちかけたのが自分で良かった…と、少し思うアントーニョ。
王族…というのを別にしても、こんなに可愛い顔をしているのだ。
下手をすれば実地で思い知らされかねない。

「あんなぁ…簡単にセック○って言うてるけど…意味わかっとるん?」
まあわかってないだろうと思って聞くと、
「一応、お城で性教育は受けてるよっ。」
とにこやかに答えるフェリシアーノ。
「体の仕組みちゃうんやから、男同士のは男女のとやり方違うんやで?わかっとる?」
さらにたたみかけると、そこでフェリシアーノはようやく少し困った顔をした。
「えと…具体的には……その時にルートに任せておけばいいかなって…」
「あのな、言いたないけど、あの男も知らんと思うで?そういうの疎そうやし」
アントーニョの脳裏に今頃自分の大事なトマトの世話にいそしんでいるであろうガタイの良い生真面目そうな青年の姿が浮かんだ。

北の国からきた現皇后の臣下の貴族と西の国の貴族の婚姻の末続くバイルシュミット家。他国の血が混じるとはいえ、その優秀な子孫達はそれなりに評価され、ほとんどが要職についている。
王子の直属の護衛というのはその最たるものだ。
長兄が死に、次兄も評判はかばかしくないバイルシュミット本家の中では、ルートヴィヒは期待の星といっていい。

そんな品行方正なルートヴィヒがいきなり男同士の性交についてなど学んでいるようには到底思えない。下手をすれば女とのそういう経験もないのではないだろうか…。

「あんなぁ、フェリちゃん、よう聞き」
無邪気で無知な子供が大やけどをする前に注意してやるのが大人の役割だろう。
アントーニョは仕方なく自分がその役割を担う事にした。
まず生真面目なルートヴィヒがいきなり男同士の恋愛について学んでいるとは思えない以上、当然そのための知識もないであろうことを説明した上で、男同士の性交について具体的に説明してやる。

「…っていうわけでな、男女と違って簡単やないんやで。特に男役が慣れてへんと、下はつらいねん。悪い事言わんから他の方法探し」
説明が終わって…固くなって俯いているフェリシアーノを見た時、恋に恋する少女のような子供にはさすがに衝撃的すぎたか…と、アントーニョはオブラートに包まずそのまんま説明した事を少し後悔しかけた。
「………」
「………」
お互いにしばらく無言。

しかししばらくしてフェリシアーノがガバっと顔をあげた。
笑顔だった。
「じゃ、俺が頑張って勉強してリードすればいいんだよね?俺がんばるよっ」
……どうしてそうなる?
「フェリちゃん……俺の話聞いとった?」
なんだかドッと疲れてアントーニョは眉間に手をやり軽く頭を振る。
「俺、あきらめないよっ!絶対にあきらめないっ」
断固として主張するフェリシアーノに、少し呆れ顔のアントーニョ。
「フェリちゃん…なんでそこまでルートヴィヒにこだわるん?」
と、思わず疑問が口をついてでる。

確かに暗殺から身を守るためにと城を出されたロマーノと違い、城に残されたフェリシアーノは命の危険にさらされることはあったかもしれない。
常に側で自分の身を守ってくれたバイルシュミットの長兄のクラウスやルートヴィヒを頼もしく思うのもわかる。
わかるのだが、王宮に出入りするようになったアントーニョが見た限りでは、フェリシアーノは確かに城で愛されていたし、父母はいないものの実の祖父母にも囲まれて、おそらく子供の頃から愛情を注がれて育てられてきたのではないだろうか。
ロマーノしかいなかった自分とは状況は全く違うはずだ。
それをアントーニョが口にすると、フェリシアーノはまたうつむいた。

「うん…お城に残ったたった一人の王子として、みんな大切にしてくれたよ。
俺が笑うとみんな笑い返してくれた。
明るくて優しくて可愛い皆の希望…よくそう言われたかな?
でもね、俺だって人間だからいつもいつも楽しいわけじゃないんだ。泣きたい時だって怒りたい時だってあるんだよ。
でも泣いたり怒ったりするとみんな言うんだ。フェリシアーノ王子らしくないって…。
フェリシアーノ王子らしいって何?いつもいつも何も感じず笑顔でいること?
それって人間て言うか…すでに動物ですらないよね?
クラウスが死んだ時、俺悲しくて寂しくて、しばらくずっと泣いてたんだけどね、皆遠巻きに見てるんだ。俺がクラウスが死んだ悲しさでおかしくなったって言うんだよね。
でもさ、悲しい時に泣くのってそんなにおかしいの?みんな泣くよね?俺だけ悲しくても泣いちゃだめなの?笑ってなきゃいけないの?笑顔でいられなくなった俺は要らないの?
そんな時にね、ルートは側にいてくれたんだ。
笑いもせず、グズグズ愚痴って泣いてる、“可愛い皆の希望”じゃなくなったただの俺のためにずっと一緒にいてくれたんだ。
笑わない俺を責めるどころか、笑わせてやれなくてすまないって言うんだよ?
そう言われた時、俺クラウスが亡くなってから初めて笑えたんだ。
嬉しくて嬉しくて気付いたら笑顔になってた。
俺、ルートが好きだ。
ホントに好きなんだ。
ずっと一緒にいたいし、俺を一番に見て欲しいし、俺以外見て欲しくない。
ルートが死んだらきっと俺も死んじゃうし、ルートにもホントはそうして欲しい。
変なのはわかってるんだ。こんなのきっとみんな変だって思うよね。
でも世界中に変だ、俺なんか要らないって言われても、ルートさえいてくれれば俺全然構わないんだよ」

いつも浮かべているフワフワと柔らかい笑顔の代わりに、ぽろぽろと子供のように涙を流す様子はそれはそれで可愛いと思った。
あの堅物の青年が同性同士の恋愛に走ってくれるかというと、かなり厳しいなと言うのが正直な感想だが、こんなフェリシアーノを見ていると、応援してやりたくなってくる。

「変やないで。フェリちゃん、変やない。」
思わず小テーブルの反対側に回ってその肩を抱き寄せると、フエェ~ンと鳴き声をあげて、フェリシアーノはアントーニョの胸に顔を埋めた。

……その時…

「貴様っ!!何をしているっ!!!!」
ガチゃっと言う音と共にどなり声。
そしてよけるまでもなく宙を舞う自分。

吹き飛ばされてクラクラとする視界の先ではまだ泣いているフェリシアーノを抱きしめるムキムキの腕…

(なんや…これ心配するまでもないんちゃう?)
脳震盪でもおこしたのかぼんやりする意識の中でアントーニョはそうつぶやいて、かすかに苦い笑いをうかべた。 




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