青年のための白銀の童話 第二章_6


「アーサー、起きとる?」

コンコンと軽くノックをしても返答がないので、アントーニョはソッとドアを開けてアーサーの寝室へと足を踏み入れた。

灯りの消えた部屋の中で、ほぼ手探り状態でベッドに近づく。

「アーサー?」
小さく声をかけてみるが返答がないので、寝ているのか…とベッドを覗きこむと、ゼーゼーとひどく苦しそうな呼吸音が聞こえてきた。

「どないしたん?!どっか苦しいん?」
アントーニョが慌ててベッド脇のランプに火を灯すと、ベッドの上で縮こまるように身を丸めて寝ているアーサーがぼんやりと映しだされた。

「アーサー?起きとるん?」
もう一度声をかけると、緩慢な動きで顔が向けられる。
その目は熱に潤んでいて焦点が定まらず、微かに開いた口元からは、ヒューヒューゼーゼーと言う音だけが漏れていた。

「…大丈夫だ……気にしないで休め……」
熱をはかろうと伸ばしたアントーニョの手を軽くはたく小さな手は、それとわかるほど熱い。
ひどく苦しそうに時折ぎゅっと目を堅くつむって耐えているのが痛々しく、全然大丈夫そうではない。

「大丈夫やないやろっ。ちょお、待っとき。」
薬を…と言いかけてアントーニョは口をつぐんだ。

果たして…用意してもらえるのだろうか……。
そんなアントーニョの危惧を読み取ったかのように、アーサーは微笑んだ。

「みんな…この状況に…期待する…だけ…だから…」
苦しい息の下で、当たり前にそれを受け入れるアーサーに、アントーニョは泣きそうになった。

「ちょお待っててな。」

アントーニョはいったんその苦痛にこわばる小さな熱い身体を抱きしめると、踵を返す。
そしてそのまま急ぎ足で廊下へ出ると、昨日連れて行かれた大臣の執務室の奥にある私室へと急いだ。

「ちょお、大臣に用事があるんやけど」
見張りの兵に取り次いでもらえるように頼むと、とりあえず、と、執務室で待たされる。

こうしている間にもアーサーが酷い熱で苦しんでいるかと思うと気が気ではない。
勧められた椅子にも座らずイライラと待っていると、どうやらまだ起きていたらしい大臣、フランが、奥の部屋から顔を出した。

「なんだか機嫌悪いね。何?」
相変わらず読めない笑顔。
果たしてどう出るかわからない。
それでも絶対に分捕ってでも手に入れるしかない。

「薬…欲しいんやけど」
不機嫌な顔のまま言うアントーニョに、フランはコテンと小首をかしげる。

「お前の?どこも悪そうに見えないけど……ああ、頭?」
「ちゃうわっ!!」
しごく真顔で言われて思わず怒鳴る。

「熱冷ましやっ!アーサーが熱出してんっ!」
「あ~、そういう事ね。おめでとう。」
ニッコリと言うフランの襟首を掴むアントーニョに護衛が思わずかけよるが、フランは苦笑してそれを手で制した。

「何がおめでとうやっ!!」
「いや…だってもしそのまま悪化してくれたら、お前は仕事について数日で一生遊んで暮らせるほどの大金持ちだ。」
当たり前の顔をして言うフランに、アントーニョはさらに襟首を掴む力を強くする。

「ふざけてる場合ちゃうわっ!!はよ、薬出したってっ!!」
「無理っ。」
キレるアントーニョに、フランはニコっと綺麗な笑みを浮かべた。

「だって…病死だったら理想的だし?」
フランの言葉に一瞬頭に血が上って殴りそうになったが、そこでアントーニョは思いとどまる。

この男が唯一薬を調達できるのだ。
殴ってどうする…。

ピキピキと血管が切れそうになりながら、アントーニョは必死で考えをめぐらした。
どう説得すればいい…?
「俺に…」
「うん?」
「俺にうつった時のためやっ!寝込んだら護衛できひんやんっ!それならええやろっ!!」
もうヤケクソで言ったアントーニョの言葉に、フランは一瞬目を丸くして、それからプハ~!!っと吹き出した。

「なにそれっ!お前傑作っ!!!」
「傑作でもなんでもええわっ!!薬よこしっ!!!」
ケラケラと笑い転げるフランをアントーニョはまた締めあげた。

「ちょ、待ったっ。ギブギブ!!」
と、フランはまだ笑いながら、
「あ~、もうお前のそのキテレツな言い訳に免じて今回はあげるよ。ちょっと放して」
と、アントーニョの手を外させると、使用人に薬の手配を命じた。

「はい。この通り毒ではないよ?」
と、薬が来るとペロリと少しだけ指に垂らして舐めてみせる。

「おおきにっ!今回は礼いうとくわっ!」
ひったくるように薬を受け取ると、アントーニョは急いで走り去っていく。


パタンと閉まるドア。

「…フランシス様…宜しいんですか?」
スイっと物陰から姿を現した忠実な配下に、フランはくすりと微笑んだ。

「ああ、うん。予定通りなんじゃない?まあ…我ながら良い人選だったと思ってるよ?」
意味有りげにニヤリと笑みを浮かべ視線を送ってくるフランに、配下の男は
「まあ…あなたらしいやり方ではありますね。」
と、苦い笑みを浮かべた。


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