青年のための白銀の童話 第二章_2

爆発


アントーニョが隣室に行くと、テーブルの上には朝食が用意され、アーサーが自らカップに紅茶を注いでいるところだった。

「わっ…すまんなっ。主に茶なんていれさせてもうて…」
と、慌てて駆け寄ると、アーサーは別にいい、と、アントーニョに席につくことをうながした。

アントーニョが仕方なしに席につき、アーサーが優雅な手つきで紅茶をいれるのを眺めていると、アーサーは視線に気づいたらしく、チラリと一瞬アントーニョに視線を送り、またカップに視線を戻して言った。

「お前が寝てる間に毒見は済ませてあるから、食べて大丈夫だぞ。」

と、当たり前に紡がれるその言葉にアントーニョは驚いてアーサーを凝視する。

「…なんだ?」
と、アントーニョの視線を受けて一瞬手を止めて促すアーサーに、アントーニョは言った。

「毒見って…逆やろっ。俺がやらな。自分がやっとったら意味ないやんっ。」
まあ…護衛としては当たり前の認識だと思うのだが、アーサーは静かに…子供らしからぬ達観したような笑みを浮かべた。

「俺が死んだらお前は開放されて自由な人生を歩めるけど、お前が死んでも俺は開放される事なく、誰も望んでもいないのに、また別の護衛が付けられるだけだから…。
まあ…食事はフランが用意しているから…大丈夫だと思うが一応だ。」

当たり前にそう言って、熱いから気をつけろ、と、ティーカップをアントーニョの前に置くアーサー。

フランて誰だとか今回の護衛の条件をどこまで知ってるんだとか、聞きたいことは色々あるのだが、どれも言葉にならず、アントーニョはガタっと席から立ち上がった。

そのままツカツカとテーブルの反対側、アーサーの所まで行くと、まだ小さな肩に両手を置いて、少し屈みこむと視線を合わせた。

「ええか?よう聞き。俺は自分の死でこの仕事から開放される気はないで?
俺は自分の護衛や。自分より後に死ぬ気はないし、自分残して早死するほど弱くもない。
せやから自分は俺の側におって俺に守られとき。ええな?」

護衛としてはしごく当たり前の事を改めて言うと、アーサーの大きな目がさらに大きく見開かれた。

小さく震える肩に気づいてアントーニョは少し表情から力を抜いて、
「別に怒っとるわけやないで?」
と微笑みかけるが、アーサーの目からはまたハラハラと涙がこぼれ落ちた。

あ~、なんかやってもうたか?…と、内心焦るアントーニョ。

「堪忍っ。堪忍な~。もう、泣かんといて。」
と抱き寄せようとしたら、思いがけず強い力ではねつけられた。

「お前まで酷いこと言うなっ!!」
全身で思い切り拒絶しながら少年が叫ぶ。

「酷い…こと?」
アントーニョは首をかしげた。
そして自分が言った事を頭の中で反復する。

「俺はただ自分の護衛やし自分を死なせたりせん、守ったるって言うただけやで?」

何が酷いことなのか本当にわからない。
アントーニョの戸惑いにも気を向ける事無く、アーサーはただ自らを守るように自分で自分を抱きしめた。

「皆が死を望む中、生き続けなきゃいけない俺の気持ちなんかわかりもしないくせに勝手な事言うなっ!!
それとも神に背いて自ら命を絶って永遠に地獄をさすらえって言うのかっ?!
死後の幸福を夢見る権利も与えないのかっ?!!」

静かに諦めの様相を見せていた少年の思わぬ激しい感情の発露に、アントーニョは一瞬言葉を失った。

確かに…いくら子どもでも城中から向けられる悪意に気づかないはずはない…。
いや、心の柔らかい子どもだからこそ、余計に悪意の刃は用意に心を傷つける。

血を流し続ける心に、さらに痛みを与えようと言う者はいても、痛みを和らげよう、癒そうという者は皆無だ。
それでも自殺は神に背く行為として禁じられている。

そこで生きろというのは、楽になるな、苦しみ続けろという事と同義語なのか……。

その事実に気づいた途端呆然とした。
そんな壮絶な人生など考えた事もなかった。
何か言わなければと思うものの、言葉が出ない。

中途半端な慰めの言葉など、傷口に塩を塗りつけるだけにすぎない…そう思うとうかつな事も言えず、アントーニョはただ震える少年の身体を抱きしめた。
触れた瞬間に拒絶されるが、それでもその抵抗を封じ込めるように、その身体を抱え込む。

自分がその温かいぬくもりに癒されたように、ただ体温を分け与えることで少しでも冷えた心が温まれば…と思った。

アーサーは腕の中でしばらくはか細い抵抗を続けていたが、やがて諦めたのか力を抜いて、アントーニョの胸に額を押し付けて静かに泣き続けた。




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