Me alegro de que estás vivo._2

――イングラテラ、何隠しとるん?
1510年2月12日。
丁度スペインが新大陸から帰国した。

当時イングランドは、自国の故皇太子に嫁いだスペインの王女カタリナをその弟であるヘンリー8世と再婚させる事の条件としてスペインに滞在していて、その日にスペインに渡したい物を用意して帰国を指折り数えていた。

しかし新大陸までの航海ともなると、帰国日は予定は未定。

すでに到着予定日から1週間も遅れていたため、その日に会うのは無理かも…と、イングランドは少しがっかりしていたのだが、帰国の報を聞いて手の中の包みをしっかりと抱えて広間へと向かう。

開け放たれた広間からはおおぜいの人の気配。
おそるおそる覗いてみれば、人間のみならず子分…と呼ばれるスペインの配下の国々の化身も集まって、無事の帰還を祝っていた。

そして…その後方には新大陸から持ち帰ったのであろう山のような金銀財宝。
それを目にした瞬間、イングランドは手の中の袋を握り締め、きゅっと唇をかみしめて反転して駆け出した。

スペインは覚えているはずがない。
よしんば覚えていたとしても、あんな見事な宝の山々を手にしているスペインは、きっとこんな物をもらっても迷惑に違いない。

それは古い古い約束だった。
まだイングランドがフランスの下で召使をしていて、スペインはレコンキスタの真っ最中の頃に出会った二人の約束。
初めてイングランドを可愛いと言ってくれた、初めて頭を撫でて笑ってくれたスペインが、なんとかフランスからの援助を取りつけて、それを土産にまだ戦いの続く自国へと戻ると言う日、自分はこの戦いで消えるかもしれない、これが会える最後に日になるかもしれない、そう言う彼にイングランドは言ったのだ。

今日、2月12日に自分が祝うから。離れていてもどんな状況でも絶対にこの日にエスパーニャが生きている事を自分は祝う。
他に祝える事など何もない自分が唯一祝える理由をなくしたら許さない…と。

その翌年からは戦争が激化…その後は覇権国家に駆け上がってスペインが自国を離れられる事などなく、イングランドも百年戦争を経て自国に戻ったりと色々あって、実際に顔を合わせる事など出来なかったが、イングランドはいつも祝っていた。

自分だって余裕があるわけではないから、フランスが気軽に開いていたお茶会ほどの事も出来ず、妖精達に手伝ってもらって花を摘み、時には手を赤くしながら雪で飾りを作って、毎年毎年祝っていた。


そして今年…数百年ぶりにその日をスペインと過ごせると思ったイングランドはそれまでの数カ月、こっそりと城を抜け出し城下町で身分を隠して針仕事を請け負った。

初めての仕事、初めて自分で稼いだ賃金。
イングランドはその硬貨の入った袋をしっかり握りしめて、街中の店を覗き歩く。

夏頃にスペインに来て4カ月ほど時間をみつけては勤しんだ仕事の賃金。
しかし決して大金ではないため、今現在は覇権国家となったスペインに贈れそうな宝石は非常に高価で手が出ない。

そんな中で立ち寄った雑貨店を兼ねた宝石店。
薄暗い店内には人の良さそうな老人が1人。

「何かお探しかね?可愛い坊ちゃん」

大抵の店ではまだ13,4歳くらいにしか見えないイングランドに胡散臭げな視線を向ける輩ばかりだったが、老人はそう言ってニコリとイングランドに微笑んだ。

「贈り物が欲しいんだ。いつも危険と隣り合わせな相手に、今年も生きていてくれてありがとうって祝う日の贈り物。」
お金はこれしかないけど…と、古びた木のカウンターの上にちゃりんと硬貨が入った袋を置けば、老人はどれどれ…と、袋の中身も見ずに、奥から小さな箱を出してきた。

「黒翡翠。
古来より人の魂を守る守護石として神聖化されてきた石で作った十字架じゃ。
邪気から守ってくれる守護石で作られた神の御加護の十字架。
坊やの要望にぴったりじゃろ?」

中に入っていたモノはつやつやとした黒い石で作った綺麗な十字架のペンダントだった。
確かにぴったりだ…と、イングランドは嬉しくなって、しかしすぐ表情を曇らせる。

「どうした?気に入らんかね?」
「いや、でもこれすごく高そうだ。」
と、イングランドがそれでも十字架から目を放せずに言うと、老人は皺だらけの顔のをくしゃくしゃにして笑ってイングランドの頭をポンポンと撫でていった。

「坊ちゃんが相手の事を一生懸命思って働いた代価の価値と同じくらいの価値のある品じゃ。」
持っていきなさい、と言う老人の顔には本当に他意はなさそうで、イングランドは礼を言ってそれを買う事にする。

城に戻って綺麗な絹の布地に刺繍を施して、プレゼントを入れる袋を作り、そこにソッと十字架を入れた。



その包みを手に、イングランドはスペインの館の中庭の隅でひざを抱えて泣いていた。
自分にしてはとても素敵なプレゼントだと思っていたが、スペインはあんなに高価な宝石をたくさん持っている。
あの約束をした頃とは違うのだ。

悲しさと、そんなことにも気付かなかった事に対しての恥ずかしさでそのまま泣いていると、上から声が降ってくる。

――イングラテラ、何隠しとるん?
と…。


「戻ったら真っ先に会いたかったんに、おらへんから探してもうた。」
と、明るい笑みを浮かべながら後ろからふわりと覆いかぶさるようにイングランドを抱きしめた。

温かい…潮とお日様の香り。
愛おしくて切なくて、また目からぶわりと涙があふれ出してくる。
しゃくりをあげて震える肩に、スペインが少し眉を寄せて前に回り込んできた。

「どないしてん?誰かにいじめられたり嫌な事言われたりしたん?」
真剣に心配していますという表情をはりつけてそう聞いてくるスペインに、イングランドはふるふると首を横に振ったが、ではなぜ?と聞かれるとどう答えて良いかわからない。

ただただ泣いているイングランドにスペインは心底困ったように少し考え込み、そして大きな手でイングランドの頬に零れ落ちる涙をぬぐって言った。

「なあ、イングラテラ、今日だけは笑ったって?
笑って親分がいて嬉しいって、生きていておめでとうって言うたって?」

そう言うスペインの言葉にイングランドはポカンと固まった。

「覚えてた…のか…」
と呟いた小さな声は、どうやら拾ってもらえたらしい。

「なんや、イングラテラも覚えててくれてたん?」
と、本当に嬉しそうに笑うスペインに、イングランドの涙もピタッと止まった。

「親分なぁ、あれから毎年2月12日を迎えるために頑張ってたんや。
側におれへんでもイングラテラがきっとその日に親分の事考えてくれとるって思うたから、色々乗り越えてこられてん。
いつか…頑張ればこの日をイングラテラと一緒に迎えて、おめでとうって言うてもらえるかなぁって思うて、ここまで頑張ったんやで」

まるで思ってもみなかった…でも夢のような言葉に茫然としていると、ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、その苦しさにこれが現実だと言う事を知る。

「…俺も…本当に毎年本当に祝ってたんだからな。」
「おん。」
「妖精さんに頼んで花探して…雪降ってる時には雪で飾りを作ったりもして…」
「おん。おおきに。」
「今年だって…あれから初めて一緒に過ごせると思ってすごく楽しみにしてて…」
「親分もやでっ。めっちゃ楽しみにしとったっ!」
「…プレゼントだってちゃんと用意して……したけど……でも……」
「もしかして、手の中にあるのがそれ?」
と、イングランドがしっかり握りしめた袋に視線を落とすスペインに、それでもせっかくそれを出して来てくれた老人の気持ちもあるのだし…と、イングランドは黙ってその袋をスペインの手に押しつけた。

「Feliz cumpleaños mi preciosa España. Me alegro de que estás vivo.」
とたどたどしいスペイン語で伝えれば、驚きの表情が徐々に笑顔に変わっていく。

「おおきにっ!どんな賛辞や贈り物より嬉しいわ。」
とイングランドの額、頬、鼻先と、顔じゅうにキスをおとしたあと、スペインが手の中の袋を見てまず、
「綺麗な刺繍やね。」
と、そこにも気付いて一言。そのあとに袋を開いて中から十字架を取り出した。

「…黒…翡翠やん。翡翠は海を渡った大国ですごく珍重されてるんやけど、通常は緑とか白とかで、黒はめっちゃ珍しいねんで?よおこんなん手に入れられたなぁ」

親分でも話に聞いた事しかないわ…と言うスペインにイングランドがホッとしてそれを買った時の話をすると、スペインはイングランドの手を取って、指先で軽く撫でる。

「こんなちっちゃい手ぇで親分のために慣れない異国で仕事なんてしてくれたんか…。」

と、そのままイングランドの手を口元に持っていき、チュッと軽い音をたてて口づけた。
すると何故か濡れた感触がしたので、それまで恥ずかしさに顔を伏せていたイングランドが顔をあげると、いつも笑みを浮かべてキラキラしていたスペインの目に涙があふれていた。

「嬉しいわぁ。イングラテラの気持ちがめちゃ嬉しい。
来年も再来年もずぅっと側におってな?」
と、その望みはかなえられる事はなかったのだが……



(今年も生きていてくれてありがとう。おめでとうスペイン)

あの日から数十年後、国情で何よりも大事に思っていたはずのあの笑顔を踏みにじって、それ以来この日を一緒に過ごす事はなくなっていたのだが、何故かスペインは他の国がそうするように建国記念日を誕生日とはせず、この日を誕生日と定めたらしい。

そして今年もイギリスは1人心の中で祝いの言葉を述べた。


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