スコットさんと僕 続聖なる夜の贈り物ー幕間3-

部屋からかすかに薔薇の香りと、ふんわり漂う紅茶の良い匂い。
ベッドはふかふかで起きちゃうのが惜しいけど、マスターが適温になるように絶妙に調節してくれたミルクティが冷めちゃうのはもったいないな…
マシューは鼻をひくひくさせてそれからニコォっと微笑んだ。

幸せな思い出は薔薇と紅茶と共にあると言っても過言ではない。
このまま目を開ければマスターが優しい声音でおはようって言って額にキスしてくれるはず……



ふわふわした気分でぱちりと目を開けたマシューを見降ろしていたのは優しいマスターではなく、当然額へのキスもない。
それどころかむぅっと眉を寄せて不機嫌な調子で
「ようやく起きたか。」
とつぶやかれる言葉。

あまりの不機嫌ぽさに思わず
「ごめんなさい。」
と謝ると、
「怒ってねえ。いちいち謝るな、うっとおしい」
と、やっぱり怒ってるんじゃないかなぁ…と思う声が返ってきた。

それでも、
「ホラ、飲めっ。」
と差し出されるクマさん模様のマグに入ったミルクティは優しい味がして…
「美味しいです…」
と、思わずほぉっとため息をつきながら言うと、
「そうか…」
と一瞬だけ優しい眼がむけられ、すぐにまた不機嫌な顔に戻った。

聞きたい事はたくさんあるのだけど、こんなに美味しいミルクティを適温で飲まないのはもったいないと、質問は後回しにしてコクコク飲み干す。

ふとカップの合間から覗くと視線は優しくて…でも飲み終えてカップを置いてしっかり表情が見えた時にはしかめつらに戻っていた。

何故僕は生きているんだろう?と、とりあえずマシューは首をかしげる。
確か自分の身体は水の石の魔力で保たれていて、それを取りだしてしまうと魔力切れで動かなくなってしまう…人間で言えば死んでしまうと説明を受けたはずだ。

何かが抜け落ちたような感覚…たぶん石がないせいなんだろう。
念の為と、石があったらしい辺りに手をやってみるが、傷跡一つない。
その動作に
「どこか痛むか?」
と少し眉を寄せて降ってきた声は、マスターみたいに柔らかくはないけどどこかマスターに似た心配そうな声音で、やっぱりこの人はマスターのお兄さんなんだなと思った。




スコットは幼児が嫌いだ。

何故?と聞かれれば、痛々しいから…という答えが浮かぶあたりが、そもそもが幼児に対する認識が間違っていると言わざるを得ない。

しかし彼にとって、幼児と言ってイメージするのは、何かに耐えるようにそのまだ柔らかい小さな手をぎゅっと握りしめて、人恋しい眼で愛情を与えてくれない自分達を見上げる最愛の末弟なので、それは仕方ない事なのだ。

そして今…目の前に幼児がいた。
最愛の弟はいつまでも子供であれと思う兄の気持ちとは裏腹にすっかり可愛く成長して、どこぞの馬の骨に連れて行かれてしまったので、これは別の幼児…もっと言うならその可愛い弟が自分を頼って連れてきた幼児型のマジックドールだ。

宝玉の欠片の一つ、水の石を体内に取り込む事で動いているそれは、水の石の力を失えばじきに動きを止める。
人間でいうところの死を迎えることになる。

それを説明した上で石を取りだす事を告げたのだが、幼児は泣くでもなく怯えるでもなく、ただ邪気のない目で微笑んで、その運命を受け入れる事を了承した。

諦めと許容…甘やかされるために存在するようなフワフワとした容姿でそんな態度を取る事にイライラした。

世の中の子供はもっと泣いて喚いて暴れて甘えて、その小さな身体をいっぱいに使って要求するものなのではないだろうか。

何も望まずにただ大人しく許容するその姿に小さな頃の弟の姿が重なり、心を動かさない訓練を積んできたスコットの心に小さなゆさぶりをかける。

ああ、性質が悪い。だから子供なんて大嫌いなんだ。めんどくせえことさせやがって…
と一人心の中で毒づいて、スコットは禁呪すれすれの魔法を使うために、準備を始めた。

水の石の代わりに自分の魔力でドールの命をつなぐ魔法…。
それはカークランドの中でも限りなく純血に近く高い魔力を持つスコットの魔力だからこそ足りうるだけの分を与えられるわけだが、当然自分の死と共にその効力は切れる。
水の石のように永遠に…とはいかない。

どちらかと言えば自分の自己満足なんじゃないかという気がしないでもない。
前当主であった父親が生きていたら、くだらない事で魔力の無駄遣いをするなと叱責されるのは請け合いな、なんとも意味のない行動だと思う。

それでもスコットはそれを行う事にした。
ただ…自分のなかのイライラを収めるために。




「どこか痛むか?」
という質問にいいえとマシューが首を横に振ると、
「嘘つきやがったら殺すぞ」
とギロリとにらみつけてくるスコット。

しかし…元々死ぬはずだったんじゃないだろうか?と、そこでまたもたげてきた疑問を、マシューは今度ははっきり口にした。

「僕…死ぬんじゃなかったんですか?」

……何か悪い事を言ったのだろうか…。
スコットは少し怒ったようにクルリと後ろを向く。
それからしばらく無言。
そしてまたこちらを向いた。

「カークランドの当主は暇じゃない。ただで手術なんぞせん。貴様は手術代として死ぬまでこき使ってやる事にした」

うん…今考えましたね…と、みかけは幼児だが一応300年間生きてきたマシューは思う。
暇じゃない…というわりに、自分がきちんと目覚めて、術後に不具合がないかを確認するため側についていてくれたらしいし…と、少しおかしくなる。

ひたすら優しかったマスターとは表面に出る態度は正反対だが、この人は素直じゃないだけで優しい人らしい…もしかしたら不遇なドールに同情しているだけかもしれない…が、同情されるのも嫌いじゃない。優しくされるのは好きだから…とマシューは少しの苦みと共に喜びを感じた。

優しかったマスターを失って280年…自分は優しさに飢えているのだろうと思う。
同情でもいい…優しくして欲しいな…そんな思いをこめて、マシューはこの新しいマスターの元で生きて行く決意を固めた。


とりあえず…優しくされるためには好かれる努力をしなければならない。
自分達を造ったマスターと違って、この人には本来自分の面倒をみる義務はないのだ。

そういう認識の元、マシューは自分が好きになってもらえる要素を考えて見る。
研究補佐型マジックドール…ようはマスターに必要な知識を調べて記憶したり、簡単な魔法実験を手伝ったり…そんな事を得意としている自分は、この魔術師一族の専属ドールになるのには確かに向いているのだろう。

森でマスターと暮らしている時には魔道の研究よりは日々の暮らしの作業が中心で、力持ちの戦闘型ドールのアルに比べると今一つ役に立てなかった自分をじれったく感じたモノだが、今回は自分のためにあるような場所だ。

「僕…何かお手伝いします。」
ポンとベッドから飛び降りるが、今までは癒しを司る水の石が全ての衝撃を吸収してくれていたのだろう、それがなくなって初めて飛び降りた時の反動を足に感じ、トテっと転びかけて、思わず小さな手を床に着く。

すると
「この馬鹿がっ!ガキは大人しく寝てろっ!」
舌打ちと共に声が降ってきて、腰を抱えあげられ、ベッドに下ろされる。
言葉は乱暴だが、その動作はひどく優しい。

そのまま頭を抱えられて横たえらされ、手に可愛い白いクマのぬいぐるみを握らされて、掛け布団をかけられる。
あくまで造りモノのマジックドールである自分なのに、まるで病気の子供にするような態度で接してくれる事にマシューはなんだか嬉しくなった。

しかしそれに、とうになくしてしまったはずの温かい空間…マスターのぬくもりが重なる。
思い出すと切なくて恋しくて…涙がぽろりと零れおちた。

「さきほどのでどこか痛めたのか?」
少し焦ったような声が降ってきて、優しく優しく頭をなでられた。
ああ…温かい…涙は止まらないのに今度は笑みがこみあげてくる。

「…頭…打ったのか?」
泣きながら笑みを浮かべるマシューに、スコットが眉を寄せて顔を覗き込んできた。
ああ…誰かが自分を気にかけてくれている…嬉しい…。
同情だろうと勘違いだろうと何でもいい。
マジックドールだから…人間じゃないから、自分から求める事は許されないその思いを向けられている事に、マシューは本当に胸が締め付けられるくらいの喜びを感じた。

「…痛いなら我慢して笑うな。愚か者。」
やがてスコットがボソリとつぶやく。
「…痛く…ないです。」
「では何故泣く?」
深い森の色を思わせる緑の瞳でマシューに視線を合わせてくる。
大好きな…懐かしい色…。

「少し…昔思い出しちゃいました。マスターと暮らしてた頃。」
ちょっと苦笑して言うと、森色の瞳が少し複雑な色をみせた。
そして
「そうか…。」
と言うと離れて行く。

失敗した?
ひどく焦りを感じてマシューは起きあがり、そのまま離れかけるスコットのローブを思わずつかんだ。

ピタっと止まる空気。

スコットの視線がローブを掴んだマシューの手に注がれる。

「あ、ご、ごめんなさいっ!」
パッと慌てて放すマシューだったが、スコットは一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに一歩マシューの方に歩み寄って、ポンポンと軽くマシューの頭に手をやった。

そして
「食事を持ってくるだけだ。大人しくしてろ。」
と、言い置いて、今度こそ部屋を出て行く。

「な、なぁんだ~」
ほ~っと思い切り息を吐き出すマシュー。
思わず初めてくらい自分からアクションを起こしてしまったが、拒まれなかったらしい事に少し安心した。


スコットさんは本当に忙しい人らしい…と、マシューが知ったのは食事を持ったスコットが戻ってきた時だ。
食事のトレイを片手に、もう片方の手には山と書類を抱えている。

「食え」
とマシューを起こして背中に大きなクッションを置き、膝の上にトレイを乗せた。

その一方で自分は傍らのサイドテーブルに書類を広げて、何かペーストのようなものを挟みこんだパンをかじっている。

「えっと…スコットさんは普通のご飯…食べないんですか?」
「栄養の摂取にかける時間はない。」
マシューの質問に書類にサインしながら即答するスコット。

そう言う割に死ぬまで働けと言った自分に用意してくれた食事はほかほかと湯気をたてている美味しそうなシチューに柔らかいパン。サラダにフルーツ、プリンまでついている。

いいのだろうか…と、スコットに目をやると、視線を感じたのかやっぱり視線は向けないまま
「ガキは食え。」
と、言う。

「頂きます」
そうしていても仕方ないので、マシューは手を合わせると、きちんと用意された小さな子供用のスプーンを手に取った。

「スコットさんは…忙しいんですか?」
もぎゅもぎゅと食事を食べながら、マシューはスコットに声をかけてみた。
「見てわからんか?」
とそれに対してそっけなく返ってくる返答。
黙々と書類に目を通し、サインをしては書類を積み上げて行くその様子はどう見ても忙しそうだ。

「…お仕事…ここでやるとはかどったりするんですか?」
サイドテーブルの上はどう見ても狭くてやりにくそうだ。不思議に思って聞くと
「いや。やりにくい。」
と当たり前だが、今の状況を考えると不思議な答えが返ってきた。
「じゃ、どうしてここでお仕事を?」
とマシューがさらに聞いてみると、スコットはふいっとそっぽをむいた。

そして一言
「お前が側にいて欲しがったんだろうが」

うあぁぁ…
ポロっとマシューの小さな手からスプーンが落ちる。
まん丸の大きな目は驚きのあまり零れおちそうなくらい見開かれた。

まさか…さっきのあの行動で?

どうしよう…どうしよう、嬉しい。

一人にしないで…側にいて…僕を見て…。
マスターにさえ言えなかった。
生まれてからずっと何かを望んではいけないと思っていた自分の、たぶん初めての我儘。
それを聞いてもらえた。
聞いてくれる人がいた。

「ふ…ふえぇぇ~ん!」
マシューは初めて声をあげて泣いた。

「っ?!どうしたっ?!」
スコットさんはそれを怒りはしないで、慌てて羽ペンを放り出して来てくれる。
ああ…嬉しいなぁ……
マシューは膝の上からトレイをどけて、自分をギュッと抱きしめてくれるスコットのローブを小さな手で握り締めた。

「ぼ…僕…一人…やだっ。一人にしないで…。側にいて…」
泣きながら訴えるマシューの言葉にスコットは相変わらずしかめつらで鼻をならす。
「愚か者。言っただろう?死ぬまで俺の元で働かせると。一人になれるなんて甘い事は考えん事だ」
「うん!うん、スコットさんが生きてる間は一人じゃないんだよね」
たぶんマスターアルトゥールは早世だったが、一般的な人間の寿命からするとあと数十年は一緒にいられるのだろう。
その数十年が過ぎれば死ぬほどつらいだろうが…でもそれでも幸せだ…とマシューは思った。
が、そのマシューの杞憂はスコットの言葉で一蹴される。

「人は一人で生まれ、死んでいくものだが、死んだ後の事なんか知らん。ただ言える事は貴様は俺の魔力で今命を繋いでいるから、俺が死ねばお前も死ぬぞ。水の石のように永遠に生かすなんて器用な真似はできん。」

「え……?ホント?」
初耳だ。

「そんなばかげた嘘をついてどうする。」
「ホントに…僕…死ねるんだ?」
大好きなマスターと一緒に眠りにつく…。そんな幸せを手にする事ができるなんて夢にも思ってなかった。
嬉しい…嬉しい、嬉しい!僕はもう一人ぼっちにならなくてすむ!
マシューが笑顔で見上げると、スコットは苦虫をかみつぶしたような顔で見下ろした。

「幼児が死ぬ死ぬ言うな、うっとおしい!」
「うん!」
「ガキはガキらしく、遊びに連れていけだの、菓子食わせろだの、小うるさく叫んでろ!」
「うん!!」


ああ…これだから子供は嫌いなんだ…と、スコットは思う。
物心ついた頃から続けた感情を制御する訓練を、一瞬で取りはらってしまう。
明日…このガキを森にピクニックに連れていくため、今日は徹夜だ、くそったれ!



カークランド家28代目当主、スコット・カークランド。

後の世に“宝玉からの解放者”と呼ばれるこの優秀な魔術師のかたわらには、常に青い目の可愛らしいマジックドールが寄り添っていて、彼の死と共に動きを止めたこの幸せな人形は、彼のたっての願いにより、彼の棺に一緒にいれられた…と、カークランド人物事典に記されるのは、まだ随分と先の事であった。







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