続 聖夜の贈り物 - 大陸編 4章_1

「ほら、ちゃんと冷ませよ。」
イーストタウン行きの馬車が出るのは1週間に1便。
フェリシアーノの不穏な手紙を受け取って心配して大陸まで様子を見に来たロマーノとその護衛のギルベルト、そして途中で拾った見かけは子供な魔道生物マシューの3人は馬車が出る日まで田舎街の宿に滞在していた。


無駄遣いをするなという割に、ロマーノのチョイスは高くはないが安くもない普通の宿で、やはり王子様だけに安すぎる宿は嫌なのかと思ったギルベルトだが、それに対して返ってきたロマーノの答えは
「俺ら二人だけなら一番安い宿にすんぞ。決まってんじゃねえか。馬鹿なちょっかいかけてくる奴がいたらお前が張り倒せばいいだけだ。でもガキ連れだとある程度の宿じゃねえと変な奴に目つけられたら面倒だからな。」
だった。

アントーニョの教育の成果らしく、自分よりも小さい子供に対してはマメな男だ。
宿内の食堂で食事をしている最中もマシューの襟元にナプキンをかけてやったり、熱いモノを冷ましてやったりと忙しくしている。

「子供といっても、僕一応300歳以上ではあるんですけどね」
というわりに、たどたどしい仕草でスプーンやフォークを使っているマシューの言葉に、ロマーノの手が一瞬止まった。

「わりい。つい見かけで判断しちまってたけど、こういうの嫌だよな。」
少し眉尻を下げるロマーノの言葉に、マシューはほわんと可愛らしい笑みを浮かべる。

「いえ、ただ申し訳ないな~というだけで、世話してもらえるのは嬉しいですよ。こんな風に誰かに世話してもらうの280年ぶりくらいなので。」
「あ~、それに身体がチビだと物理的に大人みたいに器用にできないのは確かだよな。」
とギルベルトが言うのにも
「はい。確かに大人用のスプーンとかだと大きく感じます」
とうなづいた。

「もともと僕ら、器用じゃないんです。生まれてからマスターが亡くなるまでは日常の世話とかマスターがやってくれてましたし。いつもこうやってこぼさないように襟元にナプキンつけてくれたり、熱いモノ冷ましてくれたり…だから、なんだかマスターと暮らしてた時みたいで、ちょっと懐かしいです。」
フフッと微笑みながら、マシューはたどたどしい仕草で大きめのスプーンでスープをすくい、小さな口に運ぶ。

「マスターはどんなやつだったんだ?」
ギルベルトの質問に、自分のナプキンでマシューの口の端についたスープをぬぐってやっていたロマーノはナプキンを置くと、パコーンとギルベルトの後頭部をはたいた。

「お兄さま、なにすんだよ?!」
「…っせえ!親亡くしたガキに親どんなやつだったかなんて聞く馬鹿いるかっ!」
「あ~、でも腫れものに触るようにつきあっても仕方ねえだろ。必要な情報は得とかねえと」

そんな二人のやりとりをぼ~っと見ていたマシューは、おっとりワンテンポ遅れて反応する。
「あ~、はい。僕は大丈夫です。話しますよ。」

「無理しねえでいいぞ?」
とそれでも言うロマーノに、ほわほわとした髪を揺らしながらマシューは小さく首を横に振った。

「えと…なんだか少しロマーノさんに似たところがあって、懐かしいんです。弟のアルは最後ちょっとわずらわしがってた時もあったんですけど、僕はマスターがいつも僕達を子供として扱ってくれてて色々してくれるのが嬉しくて、大好きでした。」

そして、僕のマスターは器用だったけど不器用な人だったんです…という一言でマシューの話は始まった。

「森の中の僕達の家は、テーブルクロス、タペストリー、クッションカバー、ベッドカバーにいたるまで、マスターの手作りであふれてました。
男の人なんですけどね、手芸が趣味で、同じサイズの僕らの服や持ち物には必ずマスターが名前刺繍してくれてたんですよ。

庭は前庭と裏庭があって、裏庭は食料になる野菜とかを植えてたんですけど、前庭はマスターが丹精込めたバラが咲き誇る綺麗なローズガーデンでした。

家の中にもドライフラワーとかポプリとかがあふれてて、お茶を淹れるのが上手だったマスターはバラをお茶にして飲ませてくれたりもしてました。

そんな風に、僕たちはずっと花とお日様の匂いのする居心地の良い家で暮らしてたんです。

マスターはとてもすごい魔術師だったらしいんですけど、ほとんどそんな風に僕らと森の中の小さな家で暮らしてたんで全然そんな感じしなくて、優しくて繊細で、ちょっと涙もろくて…力仕事とかもダメで、むしろそういうのは力持ちのアルが中心にやってた感じで…なんだかお父さんというよりはお姉さんみたいな感じでした。」

マシューはその頃を思い出したのか、ほわほわした微笑みを浮かべた。

「家事は完璧で、僕らが知りたい事はたいてい知っていて教えてくれて…でも料理だけはちょっと壊滅的で……。今にしても思えば僕らは魔道生物だったので健康被害とかはなかったんですけど、マスターの教えてくれた知識から推察するに、普通の人間だったらたぶん健康に影響を及ぼすレベルでのコゲを食事のたび摂取していた気がします。」

「健康に影響及ぼすレベルのコゲって…どんだけだよ」
呆れた声をあげるギルベルトに、マシューはちょっと小首をかしげて考え込む。

「ん~~僕らしばらく、生じゃない食べ物って黒い色をしているものだっておもってました。」
「ひでえ!」
とギルベルト。
「あ~、でもジャムとかはとても上手だったので、ケーキやスコーンにはたっぷりジャム付けて食べるのが習慣でした。だから…オヤツとかいつも苦酸っぱい感じ?」

「……食え。いいから。俺の分食っていいから。」
ロマーノがハンカチを目頭にあてながら、自分の分のデザートのケーキをマシューの皿に移した。

マシューはありがとうございます、と、ペコリと頭を下げた後、嬉しそうにそれを頬張りながら続ける。

「そんな感じで僕らは生まれてから20年ほどマスターと暮らしたんですけど、丁度僕らが生まれて20年目の春…マスターは1か月くらい寝込んでそのまま…」

「結構年だったのか?」
黙り込んだままのロマーノと対照的に淡々と聞くギルベルト。
「いえ…成人してすぐこちらに寄越されて1年後に僕らを造ってるので、亡くなった当時マスターは実年齢でもまだ36才くらいだったと思います。でもすごく若く見える人だったので、見た目は20代半ばくらいに見えました。」
「そりゃまた若いな。」
「はい。魔力は強かったけど身体はあまり丈夫じゃなかったみたいなので…。」
しょぼんとうつむくマシュー。
大きな蒼色の瞳からじわっと涙があふれてくる。
「…会いたいです…。」
そう言って小さなまだぷにっとした手を握り締めて、コシコシ涙をぬぐった。
そうしていると本当に親を恋しがるただの子供のようだ。

「このうすら馬鹿が変な事聞いて悪かったな」
ロマーノはマシューのフワフワの髪をソッとなでると、マシューはフルフル頭を横に振る。
「え?俺?俺様のせい?」
「当たり前だろ~がっ!てめえが変な話降るから悪いっ!」

「あ~、わかった!じゃ、話題変えるぞっ!超天才な俺様の超天才な子育ての結果超天才に育った俺様の弟の話でもすっか。」
「死ねっ!」
「なんだよっ!」
「一度豆腐の角に頭ぶつけて死んでこいっ!」
「ひでえっ」
言葉ほど殺伐とした風もなく、いつもの軽いジャブを交わした後、今度はロマーノがマシューを振り返って言う。

「馬鹿は放っておくとして」
「馬鹿って誰だ、馬鹿って!」
「お前以外に誰がいんだよ」
「お兄さま鬼っ!」
「うるせえっ!ちょっと黙れ!話がすすまねえ!」
というロマーノ言葉に肩をすくめて黙るギルベルト。
相方が静かになったところで、ロマーノはようやくまた話を再開させた。

「お前のマスターはカトル・ビジュー・サクレを探しに来たって言ってたけど、結局みつかったのか?あと、何かそれについて知ってる事ってあるか?」
過去は過去として、今未来に向けて聞きださなければならないのはそのあたりだ、と、ロマーノは思う。

マシューはロマーノの言葉に顔をあげた。
ふくふくとした頬に残る涙のあとが可愛らしくも痛々しい。

「えっと…ごめんなさい。思い出したらちょっと感傷的になっちゃいました。もう大丈夫です。」
とまず子供のような風貌に似合わず謝罪を述べたあと、
「カトル・ビジュー・サクレについて…ですかぁ…」
とぽよぽよの眉を少し寄せて考え込む。

「願いをかなえる宝玉って言われてますけど、実は4属性、炎水風土の力を増幅させるモノだと聞いてます。
4つに分かれた欠片は身の内に取り込む事でその属性にあった力を与えるらしいんですけど、属性と著しくシンクロ率が高い人じゃない場合は自然に力を引き出す事は難しくて、大抵の人は宝玉自体とシンクロ率が高い“選ばれし者”に一時的にシンクロ率を高めてもらうという方法でしか力を使えないそうです。
炎の石は情熱、活力、攻撃。
水の石は慈愛、癒し、治癒。
風の石は無邪気、自由、移動。
土の石は忍耐、耐久、防御をそれぞれ司っています。

例えば…炎の石の場合、情熱という性質にシンクロすれば、活力に満ちて疲れ知らず、攻撃力も強くなる、そんな感じですね。

マスターも最初の一年は宝玉を追っていて、それぞれ大陸の東西南北の方向に欠片の力を感じたらしいんですが、細かい範囲までは確定できないまま森にこもっちゃったので、手元には欠片はありませんでした。」

「あ~、お前が調べてきたの、大まかな部分ではあってたってことか。」
チラリとギルベルトに目をやるロマーノ。
「当たり前だろ。」
「ま、大雑把だけどな。」

「まあそれは良いとして…」
ギルベルトがいったん話題を切ると、今度はロマーノが黙る。
「これちょい重要なんだけどな、」
と、ギルベルトがマシューを振り返った。

「確認しときてえんだけど、」
「はい。なんでしょうか?」
「結局今でもお前は宝玉手に入れてえの?」
「あ~、そのことですか」
マシューは言って小さく首を振った。

「本当に願いがなんでも叶うならマスターとまた暮らしたいっていう願いはありますけど、実際はそういう類のものではないので僕は特に欲しいとは思ってません。森の外に出てきたのは本当に暮らしていけなくなったのと、アルが他に迷惑かけないうちに連れ戻さないとと思ったからで…」

「…わかる。」
その言葉でロマーノが眉間に手をあてて大きくため息をついた。

「暴走気質の弟持つと苦労するよな。」
「はい。…ロマーノさんも?」
「ああ、双子の弟なんだが、これがちょっと暴走しかけてて…。ああ、そうだ、そいつとその同行者一行が炎の欠片は手にいれたらしい。」
「わ~、そうなんですか。すごいですねっ。炎は確か東だったから…あとは西南北の地域ですか…出発しちゃう前に追いつかないとですね。」
「あ~、そうだな。それがあったか。明日馬車乗り過ごさねえようにしないと。今日は早めに休むか。」

ちょうどマシューがケーキを食べ終わったので、ギルベルトが勘定を払っている間にロマーノがマシューの口を拭いてマントを着させる。
瞳の色に合わせた淡いブルーの生地の首元に白いファーのついたマントは、街についてからロマーノがマシューに買ってやったものだ。
こうして自分より小さい子供の世話をしてみると、アントーニョが自分の事を後回しにしてまでも小さなロマーノの世話に明け暮れた気持ちが少しわかる気がする。
意外に大変さよりも楽しさが勝っている。

「じゃ、行くぞ。」
ギルベルトは勘定をすませてくるとそう言って、ロマーノが握っているのと反対側のマシューの小さな手を当たり前につかみ、3人はマシューを真ん中にして食堂を出た。





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