続 聖夜の贈り物 - 大陸編 3章_1

「やはり…さだめは変えられないあるか…。面倒あるね。」
照明をかなり落とした部屋の中で水晶球を前に男はつぶやいた。

白とも褐色とも違う…象牙色の肌。
少しの癖もない漆黒の髪を後ろにたばね、瞳も髪と同じく黒曜石のような黒。
顔の造形的に目が大きく額が広いためともすれば若く見えるが、その視線の思慮深さが男が長い人生を歩んできた事を伺わせる。

王耀…ひとは彼を“仙人王”と呼ぶ。



大陸の最東端。険しい山脈が連なる霊山とも呼ばれる場所に居を構える彼は、いつから生き、いつからそこに住んでいたのか誰も知らない。
人の身ではその険しい頂上にはたどり着けないからだ。

ただその山の麓にはここ十年ほどの間に小さな庵ができ、それはたまに気まぐれに人里に下りてくる彼の仮の住まいとなっていて、彼がいない間も近くの村の者が、もしくは話を聞きつけて遠くからやってきた者が、彼の奇跡に縋るためにその庵の傍らに立った小屋でいつ来るともわからない彼を待っている。

病を治し、天候をも操る不思議な仙人…常ならぬ能力を持てば恐れられそうなものなのだが、まるでそれがそこに存在するのが自然であるかのごとく、彼は近隣からは受け入れられていた。

風のように飄々と何事にもとらわれずに生きてきた彼の身辺には、やはりここ十年の間にちょっとした変化があった。
正確には…麓の庵を仮の宿とするようになってからだろうか…。

最初は単に弟子志願者だった。

我が子を仙人の弟子にと教育熱心な親が庵に子供を置いて行く。
もともと子供が好きだった王は自分が庵に身を置く間は勉学や薬草などの知識を教えてやり、しかし山の上に戻る時には子供を各親の元へと戻してやった。

そんなやりとりを繰り返すうち、今度は育てられない子を置いて行く親が現れた。
王はそんな子供の中から、親がどうやっても育てられない子供だけを連れて行った。
その子供の多くは子供を望んでも得られない夫婦の元へと届けられたが、どういう基準なのか極々少数手元に残した子供もいて、そうして彼自らの手で育てられた子供達の中でも外に出て身を立てた者もいれば、いまだ霊山の館にとどまる者もいる。

王は基本的に子供達を愛情を持って育てるものの、執着は持たない。
学んだ技術を外で試したいという子供がいれば路銀を与えて送りだし、とどまるという子供はそのままにしておいた。
全ては子供達の意志のまま。
しかし人というものがえてしてそうであるように、王にもまた例外はあった。

「耀、菊さんいない的な?」
開いた扉を軽くノックしたのは王と同じく黒髪の少年。
王が引き取っている子供の一人だ。
「またあるか…」
手にした水晶球を台座に置いて王は立ち上がりかけたが、ふとまた水晶球に目をやった。

「香…菊は下に降りたあるか?」
「たぶん?」
「そうあるか……香」
「ん~?」
「菊が…子ウサギを拾ってくるある。」
「意味わかんないっす。」
「わからないでもいいあるよ。おそらく我はその後子ウサギに関わる事になって手が離せなくなる。お前は庵に向かい、もし我が子ウサギに関わっている間に子ウサギの連れがきたら通すある。だが…その他の者がきたら……」
「来たら?」
「逃げるある。我には構わず皆を誘導して全力で逃げるあるよ」
「超意味わかんないっすけど…とりあえず連れ以外が来たら逃げればいいんっすね?」
少年、香はわけがわからないと言いたげに眉をよせ、王はそれにうなづく。
「子ウサギはとても厄介な星の巡りの中にいて、厄介な連中がこぞって手に入れようとしているあるよ。我ですら御しきれないほど厄介な連中ばかりある。」
平和な時の終わりが近づいているのかもしれない…と王は穏やかなこの時を惜しんで表情を固くする。

しかし一息後、
「まあ…運命に愛されれば厄介な事が一つ解決するある。」
と、難しい顔のまま、それでもそう言い、何かをふっきったように大きく息をついた。




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