青い大地の果てにあるものオリジナル _4_8_一族

「まず状況説明しろよ、馬鹿つくし!」
車で待機していたルビナスを含めたあとの5人が居間に揃うと、ユリはドスン!とソファに腰を下ろして自分にそっくりな双子の兄をにらみつけた。

「誰が馬鹿だっ!馬鹿はお前だろっ、作戦に気付けよっ!」
言われてつくしは言い返す。

「気付くかっ、ば~かっ!お前昔からロクな事しないしっ!」
ユリはべ~っと舌をだした。

コーレア、ホップ、ルビナスの3人は、同じ顔の二人の久々の兄妹喧嘩にしばらくみとれている。
それでもやがてコーレアがこの放っておくと延々と続きそうな兄妹喧嘩に終止符を打った。


「とりあえず…今後の事もあるし本部に報告もせねばならん。
状況を教えてもらえるとありがたい。」
つくしの顔をのぞきこむように穏やかな口調できいてくるコーレアに、つくしはいったんユリとの口論をやめてむきなおった。

「ああ。俺達一族の大まかな事はお館様かユリから聞いているか?」
と言うつくしの言葉に
「ああ、檜、鉄線、河骨がそれぞれ本家、諜報活動、本家護衛をになってるあたりまでなら」
と、コーレアが答えると、つくしはうなづいて話し始めた。

「知ってると思うが現ジャスティスの貴虎様は元々は檜の跡取り、つまり一族の長になる方だった。
それが11歳になられた時、いきなり世界の警察とやらに乞われて異国に連れて行かれて、次男の貴景殿が跡取りになったんだ。
だが兄の貴虎様は元々歴代の檜の長の中でも優れ者として将来を嘱望されていて一族の信頼も厚かったんで、俺を含めてなんだがその時点でそれを不服として失踪する者が続出した。
それでも先のお館様が存命のうちはなんとか持っていたんだが、先日そのお館様が病で急死なされて、貴景殿が元貴虎様の婚約者、貴虎様が去られた後は貴景殿の婚約者となった一位と祝言を上げて一族の長になるという話になった。
が、その時、いきなり一位が元々不満を持っていた一族の有力者をあおって一族あげてブルースターの敵、レッドムーンに与して貴虎様を取り戻そうという動きを始めたんだ。
貴景殿は元々兄にコンプレックスを持っていた事もあって一位にひきずられ、一位に賛同するもの達と一緒に里を出て行った。
そして里では残った一族の者達を末弟貴行殿がまとめて、あそこはあそこでまったりと穏やかに暮らしている。
一位達の目的というのは、レッドムーンの力を借りてブルースターをつぶし、貴虎様にもう一度一族の元へ戻って頂いてお館様となって頂く事なんだが…組む相手が相手だけに手段を選ばなくてな。
まあ俺は一族の諜報活動を一手に担ってた鉄線の長なんでその辺の情報は入って来てたんだ。
俺としてはぶっちゃけ一位達がどうなろうと、レッドムーンがどれだけ悪行重ねようと、ブルースターが潰れようと全然構わんのだが、それがお館様の意向にそぐわない事は明白なんで、いざとなった時にお館様のお役に立つため、手勢10数名と共に帰参したふりをして内情を探る事にした。
俺は元々貴虎様以外のお館様を頂くというのを不服として失踪した身だからあっさり信じてもらえたしな。
んで、今回貴虎様が日本にレッドムーン討伐においでになると知って、一位がな、特になずな様の暗殺を企ててたんで、俺がその任を志願してな、こっそりかくまう事にしたんだ。
丁度数日前からこのペンダントが捨てても捨てても気がつくと首にまきついてくるなんて事もあったしな」

「捨てたんか?!」
つくしがペンダントを指先で回して言うのを聞いて、ホップがあきれた声をあげる。
そのホップの言葉につくしは、あたりまえだろ、とうなづいた。

「うむ。俺の主はお館様もとい貴虎様だけだからな。
世界の警察なんて胡散臭いものにしばられるのはまっぴらごめんだ。
しかしまあ、考えてみればこいつも唯一お館様の敵レッドムーンと戦える便利な道具だしな、首にまきついてるのを許してやることにした」
つくしの言葉にコーレア、ホップ、ルビナスは苦い笑いを浮かべる。

「まあ、それは良いとして、おかげで一位をだます手段もできた事だし、とりあえずお館様の奥方となられる方に手荒な真似をするわけにもいかん。
かといっていくらなんでもこの状況で知らない者に黙っていきなりついてきて下さるとも思えなかったんで、俺自身がなずな様に今回一族が関わっている事、一族がお館様を取り戻すためにお館様のブルースターに対する未練をなくす事を第一の目的にしている事、そのためなずな様が標的になっている事、そして、そういう状況でお館様がなずな様をお守りしながら戦う事が非常に困難な事をご説明して、ご同行願った。
最初はなずな様も他に内密にという事で躊躇なさっていられたが俺のこの顔を見てユリの兄がお館様や妹に悪しき事をするはずがないと最終的に納得して下さったんだ。
便利だな、この顔は」
つくしが言うと、ユリは
「私を利用するなよっ!」
と顔をしかめた。

「おかげで一位は騙せただろうがっ」

「んなの全然意味なかったじゃないかっ」
「しかたないだろっ!いきなりお館様があんな行動に出るなんて思ってもみなかったし」
「んなもんちょっと考えればすぐわかる!
だからつくしは考えなしの馬鹿だっていうんだよっ!」
と、そこでまた勃発する兄妹喧嘩。

やれやれと肩をすくめたコーレアは
「鉄線と違ってタカとなずな君を日々間近で見ているわけじゃないからな、仕方ないだろう?
それより今現在レッドムーンに残っている勢力はどんな感じなんだ?」
と仲裁がてら先をうながした。

「ああ、とりあえず一位は逃げたみたいだから一位と貴景殿、それに残り40名くらいじゃないかと」
考え込むつくしに、ユリが舌を出す。

「鉄線の長のくせに正確な数もわからんのか、無能!」
「しかたなかろう!一位に着いた者の正確な数なら二人を除いて檜32、鉄線21、河骨47の計100名丁度とわかってるが、今日死んだ者の数まではわからん!
そうまで言うならお前にはわかるのかっ?!」
ム~っとして言うつくしに
「私は7歳で鉄線の家出てるからな。わかんなくても当たり前だっ」
と、ユリはつ~んと横を向いた。

双子というのはジャスミンとファーもそうだが、普段はつくづく性格があわないものなのだろうか…
ことあるごとに再発する兄妹喧嘩に3人は困った表情で顔を見合わせた。

そしてしばらく続く兄妹喧嘩。
それを遮ったのはひのきがこもっていた寝室のドアが開いた音だった。

中からひのきが姿を見せると、つくしがあわててユリを放置してひのきの前に膝まづく。

「お前…それやめろ。もう俺はお館様じゃなくてただのジャスティスなんだから」
疲れきったようにそう言って、ひのきは綺麗な毛筆で書かれた名前の並んだ和紙をつくしに突きつけた。

「いえ、俺にとっては唯一貴虎様のみがお館様ですから。それは一生変わりません」
と言いつつひのきの差し出す紙をうやうやしく両手で受け取るつくし。

そしてそれに目を通して少し顔色を変えてひのきを見上げる。

「これは…」
「今日の死者、檜22、鉄線18、河骨24、計64名。
貴行に…一族の墓に名だけでも刻んでもらえるよう頼んでくれないか?
本家の意向に背いて里を出たとしても、これまで一族のために尽くしてくれたんだ。
それに奴らは奴らで最後の瞬間までそれが一族のためだと信じてたんだと思う。
ああいう風に奴らの判断を誤らせたのは俺の責任だ。
俺は一族から完全に抹消されても良いから、あいつらだけはせめて里に名前を残してやってくれって、貴行に…」
ひのきの言葉につくしは再度和紙に目を落とした。

「かなり…末端の者も多くおりましたが…7年も前に家を出られて一人一人の顔と名を覚えておられたんですか?」

記憶力に優れる鉄線の自分でもあの混戦の中で誰がいたのかまでは認識できなかった。
信じられない思いで聞くつくしに、ひのきは和紙の名前を一つ一つ指差しながら言葉をかみしめるようにつぶやいた。

「こいつは…時期になると本家の庭の木の手入れをしてた。
こいつは毎日寒い日も冷たい水で洗った雑巾で拭き掃除してたな。
こいつは…夏になると親について本家の草むしりを手伝いにきてる働き者だった。
こいつは…」

延々とそうやって64人全員について語った後、ひのきは大きくため息をついて額に手をやった。

「みんな一族を深く思ってたんだと思う。
下の者の判断を誤らせるのは全て上の責任だ…。
…家を出るってなった時に…何か言ってやってればまた何か違ったのかもしれない。
そうしたらこいつらはまだ里で平和に暮らしてたのかもな。
…まあ、もう取り返しのつく事じゃねえんだけどな」

少しつらそうに笑って、ひのきは
「悪い…ちょっとまた宿に着くまで休ませてもらう」
と、軽く手をあげて寝室に戻って行った。


「たいした記憶力だな」
パタンとドアが閉まってしばらくシンと静まり返った空気をやぶったのは、ため息まじりのユリの声だった。

「鉄線の長だった親父でもそこまで末端の事まで頭に残ってないと思うぞ」

「…俺も残ってなかった」
というつくしに
「お前は馬鹿だから」
とつっこみを入れるユリ。

本来ならそこでまたつくしが返して兄妹喧嘩が始まるところだが、今回はつくしはそれをスルーして大きく息を吐き出した。

「歴代のお館様でもそこまで末端まで見てた方はほぼいないと思うぞ」
言って、再び和紙に目を落とす。


「ずいぶん長い間お館様と一族というのはある種恐怖政治みたいなものだったからな。
頭であるお館様にとって他の分家の長で手足、末端なんて虫けら同様の存在だ。
虫けらの名前や行動なんて一々把握するわけもない」
そこで一度言葉を切って、つくしは和紙を大切そうにたたんで懐にしまった。

「貴虎様が特別なのは記憶力の問題じゃない。
むしろそういう中で末端まで気にかけて大切に思って下さる心根の問題なんだ。
末端にまで無駄死にするなと言って、それでも意向に背いて死んだ者まで全てその死を悼んで下さる。
俺がもし死んだとしても他の誰が忘れてもお館様だけはその死を悼んで覚えていて下さるだろう。
…だから俺はお館様のためなら喜んで死ねる。
それがわからんからお前は浅いと言うんだ、ユリ」

つくしの言葉に、ユリはきまずそうに前髪をかきあげて口をとがらせる。

「んなんわかってるけどさっ。
そういう忠誠心てはっきり言ってひのきにとっては迷惑だと思うぞ?」
ユリが言うとルビナスが大きくうなづいた。

「確かに…死ぬ気で尽くしますくらいにしといた方がいいわね。
あなたのために喜んで死にますって、あなた死んだらその後なんの役にもたたないし」

ルビナスの身もふたもない言葉につくしがいや~な顔をするのに気付いてコーレアが苦笑してフォローを入れる。

「いや、だから必要なら死ねるって事だろ。
何も死ぬ事に意味があるんじゃなくて、命がけの事でも相手のためになるなら喜んでやるって事だ」

「さすがお館様のご友人。ご推察の通りだ」
その言葉につくしが満足げにうなづくと、ユリがまたケッというようにそっぽをむく。

「通訳ないと通じない言い方してるから馬鹿だって言うんだよっ、つくしは。
コーレアはすっげえ大人だからわかってくれようとするから良いけどなっ。
普通の奴には馬鹿の言葉なんて通じないね」

「ユリ~!!」
そこでつくしが立ち上がってまた兄妹喧嘩が始まろうとした時、丁度車が宿について止まった。


「着いたみたいだな。んで?車乗り換えるのか?」
それに気付いてひのきが寝室から出て来て兄妹喧嘩に終止符が打たれて、ホップとコーレアはホッと息をついた。

「いえ、徒歩で。ご案内いたしますので、お降り下さい」
言ってつくしは先に立って降り、そのまま宿に向かって歩き出す。一同それに続く。

つくしがそのまま宿に入ってロビーを通ると、フロント係が黙って頭をさげた。

そして
「変わりないか?」
と、通りがかりにきくつくしに
「はい」
と頭を下げたまま答える。


「まさか…?」
口をひらくひのきに、つくしは笑顔で小さくうなづいた。

「はい。鉄線は世界各国で宿泊施設を経営しつつそこからも情報を集めてもおります。
ここもその一つです。
もちろん基本的には他の2家どころかここに待機している者以外の鉄線家の者にも内密にしておりますので外にでているのは一族ではなく雇った一般人なのですが、オーナーの私の部屋から通じている隠れ家には見知った顔が大勢おりますよ」
言ってつくしはまっすぐフロントを通り抜け、事務所を通り抜け、オーナー室に案内する。

そして机の引き出しを開け中敷きを取ると、その下に0から9までのボタンが現れた。
つくしが一定の順番でそのボタンを押すと、床の一部が開いて中に階段が現れる。

「どうぞ。お降り下さい」
とうながし、全員が降りると最後に自分も中に入り、中から別のボタンを押して床を閉めた。

丁度建物一階分くらいの階段を降りて下につくと大きなドアがあり、そこにも0から9まで10個のボタンが並ぶ。それをまたつくしが押して行くとドアが開いた。



「お館様っ!」
「おお~、お館様だ!いらっしゃいませ」
ドアが開くと数人の鉄線の一族が出迎える。

懐かしい顔ぶれに、それまで少し沈みがちだったひのきの顔に笑顔がうかんだ。

「お前ら…懐かしいな、元気かっ」

「はい!7年間、お館様のお役に立てる日を待ち望みつつ、修行にあけくれてましたっ!」
「今回は同行させて頂きたかったんですが、つくし様の許可がおりなくて…」
口々に言ってひのきを囲む面々につくしは

「当たり前だっ!お前らにはお前らのやるべき事があっただろう!」
と顔をしかめたあと、
「ところで…なずな様は?」
と、辺りを見回す。


「あ、はい。あちらの部屋に…」
一人が指差す方向を見て、つくしは一瞬硬直して、それから走り出した。

そしてガチャっとドアを開けて中に目をやると、
「お前ら~!!!」
と怒鳴り声を上げる。

「なずな様に何させてんだっ?!!!」
その声にひのきが鉄線の面々の輪から抜け出し、つくしが立ち尽くす部屋にかけだした。


「あ、タカ、おかえりなさい♪」
笑顔で振り返るなずな。
そしてその周りには…4~5人の子供がまとわりついている。

「…え~と?」
戸惑うひのき。

「申し訳ありませんっ!!」
ガバっと頭を下げた後、つくしは
「この馬鹿共!なずな様から離れんかっ!!」
と子供達に向かって叫ぶ。

「や~だもん!つくし様きら~い!」
べ~っと舌を出す子、

「や~。怖いよ~。怒った~」
と泣いてなずなに抱きつく子供。

「この人…お館様?」
と、とててっと駆け寄って来て物珍しげにひのきの足にしがみついてくる子供。

「あ、ユリだ、あれ絶対ユリだよ、つくし様にそっくりだもん」
と、まだ入り口あたりにいるユリをめざとく見つけて指差す子供。
反応は様々だ。


「これは…鉄線一族の子か?」
ひのきは笑って足にしがみつく子供を抱き上げて肩車をする。

「はっ。遠出している者の子供を一時的にこちらに置いております。
何かの手違いでこんな事に…申し訳ありません」

頭を下げたままつくしは言うと、駆け寄って来た一族の若者に

「お前らは何やってんだ?!奥方様に子守りなんて…!!」
と叱責を浴びせた。

怒られた若者は少し困ったような視線を子供部屋に向ける。

「申し訳ありません。
お館様の奥方様になられる方がいらっしゃると子供に漏れまして、一人が覗きにいったらなずな様が遊んで下さったらしく、気付いたらその子供がなずな様を子供部屋に引っ張って行ってしまってて」

「お前は~…止めろ、馬鹿者!!」
と怒鳴るつくしに
「でもなずな様が良いとおっしゃったので…」
と困る顔をする若者。

「ああ、いい、いい。子供好きだから一緒に遊びたかったんだろう、なずなも」
ひのきは笑って言うと、幼児二人に抱きつかれているなずなを見る。

その言葉につくしが
「は、申し訳ありません。実はこの隠れ家、もう一カ所、お館様のお泊まりだったお部屋にもつながっておりますので、とりあえずそちらの方に戻ってお休み下さい」
とうながすと、

「いや~!!(泣」
「いっちゃだめ~!!(号泣」
と子供達が泣きながらなずなにしがみついた。


「お前らいい加減にしろ!今まで遊んで頂いただけですごい光栄な事なんだぞ!!」
と、怒鳴るつくしに子供達は更に激しく泣き出す。

「ああ、いいから。子供達が寝るまでな。俺もここにいる。
コーレア達は部屋で休ませてやってくれ」
ひのきは子供を肩車したまま子供部屋に入っていった。

「わ~い、お館様、大好き~♪」
「お館様、あそぼ~」
子供達はとたんに元気になって、ひのきの周りにもまとわりつき始める。

「お前らな~、もう寝る時間だ。ここにいてはやるから布団に入れ」
と、ひのきは肩車をしていた子供を下ろして他の子供と共に抱えると布団に放り込み、自分もその間に寝転がって布団をかけてやる。

恐らく一番小さい2歳くらいの子供はなずなにしがみついたままうとうと始め、なずながその背中をポンポンと軽く叩いて寝かしつけ始めた。


「子供寝るまで子供の気が散るからお前も部屋出てろ」
とひのきが言うと、つくしは
「申し訳ありません」
と恐縮しながら部屋を出て行った。

やがてなずなが柔らかい声で子守唄を歌い始めると、時間も時間なだけに子供達はすぐスヤスヤ寝息をたてる。



「…子供は…いいな」
なずなの手から熟睡してしまった最年少の子供を受け取って布団に運ぶと、ひのきは目を細めて一人一人の布団をかけなおしながらつぶやいた。

「ああは言ったけど、やっぱり早く子供欲しいな。
色々無くしすぎたから…たくさん子供欲しい」
少し肩を落として言うひのきにぴったり寄り添うと、なずなはコトンとその肩に頭をつける。

「お疲れさま、タカ。
今日はいきなりごめんね?つくしさんに私いてもかえって戦いにくくなるって言われたから知らせずにここに避難してたんだけど…もしかして心配させちゃった?」

「なずなが殺されたって思って死にたくなった」
ひのきは言ってなずなを強く抱きしめた。

あの時の事を思い出すだけでゾッとして身体の震えが止まらなくなる。

「俺なんて生まれてこなきゃ良かったって本当に思った。
俺が幸せになりたいなんて望んじゃいけない事考えたからなずな殺したのかと思って、自分で自分を切り刻みたい気分になった。
本当に後悔したんだっ…」

子供のように嗚咽をもらすひのきの背中にそっと腕を回してゆっくりなだめるようにさすると、なずなはもう一度
「ごめんね」
と謝罪した。

「でもね、覚えておいてね?
この先何があったとしても…タカと過ごしてる一瞬一瞬が私は幸せだからね?
タカは私を幸せにしてくれてるの。
何が起こっても出会わなかったよりずっと良かったんだからタカは私に対して何も負い目感じる必要ないのよ?
大丈夫。ちゃんとみんな幸せになる権利はあるんだから」
なずなはひのきを見上げて笑った。

「私ね、幸せ体質な人だから。
タカに会って他の人の倍は幸せになったし、タカに幸せが足りないなら私の幸せ半分わけてあげるね♪」
言ってなずなはひのきの頭を自分の膝に誘導して、膝枕をする。

優しい手が髪を撫で始めると、ひのきは口を開いた。

「なずな…俺、今まで残された奴らの事なんて全然考えてなくてさ、俺がいなくなっても弟がさ、自分の代わりに家継ぐんだくらいにしか思ってなかった。
無責任だよな…。
7年間ほとんど実家の事思い出す事なんてなくて気ままに自由を満喫してて…奴らが俺の事待ってるなんて思ってもみなかったんだ。
そんな俺の身勝手さが今回みんなをレッドムーンに走らせて…死なせたんだ」
そこまで言ってひのきは両腕で目を覆う。

「64名も…。俺が奴らにしてやれる事なんてもう、つくしに実家継いでる末の貴行に奴らの名前を一族の墓に刻んでもらうように頼んでもらうよう手配するくらいだ。
あいつらの7年間の思いに対してあまりに軽いよな。
もし貴行が名前刻む事許してくれても墓参りすら多分もう来てやる暇なくて、また性懲りも無く記憶が薄れていくんだ、きっと」

「ん~、じゃ、一緒に頼みに行こうか。タカの実家に。
基地攻めは終わったし後は各地に少数の残党を倒すだけだし…
一日や二日タカがいなくてもつくしさんも加わったしコーレアさんがなんとかしてくれると思う」

なずなのいきなりの提案に、ひのきは腕をどけてなずなを見上げた。

「一緒に?なずなも?」
「うん」
なずなはニコニコうなづく。

「タカのルーツ見てみたいし♪」
「自分で頼みに行くのは確かに良いかもしれねえけど…なずなはみんなと残れ」
確かに戦力的にはなずなの言う通り一日くらい抜けられるかも知れないし、自分で頭を下げに行く方が筋が通っていていいかもしれない、とひのきは思った、しかし…
「一族がバラバラになったのは俺のせいだしな。
…そんな一族を最後に押し付けられたんだ、貴行だって良い気はしてねえだろうし。
一緒に行ったらなずなに嫌な思いさせるから。下手すれば門前払いだしな」

顔をゆがめるひのきの前髪をそっとかきあげ、なずなは
「それでも家の周りくらいは見られるでしょ?
タカが過ごした山や川、それにつくしさんが言ってた落とし穴に落ちた場所とか。
家の中に入れなくてもそれはそれで見所満載じゃない♪」
と、楽しそうに笑った。

本当に…幸せ体質だな、と、ひのきは内心苦笑する。

「適わねえな、なずなには。んじゃ、コーレアに頼んでおくか」
言って膝枕で寝転んだままコーレアに電話で了承を取った。

「ん、了承取れた。明日つくしに車借りるか」
電話を切るとひのきは言って少し目をつむり、髪をなでる小さな手の心地よい感覚に身をゆだねる。

しばらくして部屋が静かになっている事を確認しつつ、つくしがソッとドアを開いて顔をのぞかせた。

「…お館様、なずな様、ガキ共寝ました?」
コソコソ中をうかがうつくしに、なずなはシ~っというように人差し指を口に当てて小さく笑う。

「あ…申し訳ありません。
…ガキ共寝付いてるようならお部屋でお茶でもと思ったんですが…」
言ってつくしはなずなの膝に目をやって苦笑した。

「お館様も…お休みになっちゃいましたか」
なずなの膝で意識を手放しているひのきに目を向けてつくしが言うと、なずなは軽くうなづいて
「何かかけるものをお願いできますか?風邪でもひいちゃうと大変なので」
とつくしをみあげる。

その言葉につくしはちょっと困った顔で考え込んだ。

「たぶん俺が近づくと気配で目を覚まされると思うので…部屋の温度あげておきましょう」
言って暖房の温度を上げる。

「ありがとうございます」
微笑むなずなに
「いえ、こちらこそ。お館様を今まで支えて頂いて、本当に感謝しております」
つくしは丁寧にお辞儀をした。

「いえ。私は何も…むしろ色々してもらうばかりで」
苦笑して首を横にふるなずな。

「お館様が今までこうやってやってこられるには、確かになずな様が必要でしたよ。
俺が思ってた以上に…。
俺はその重要度を取り違えてあやうく取り返しのつかない事態を巻き起こす所でした」
とこちらもひのき同様その時の事を思い出すとゾッとするつくし。

てっきり一位達に怒りをむけて滅する方向に向かうと思っていたお館様が、生き残る事を第一にと言う事を幼い時から誰よりも教え込まれていたはずのお館様が、この可愛らしい頼りなげな少女一人の事でよもや生きる事を放棄するとは思ってもみなかった。

それでも今こうしてその膝で寛いで他には見せない和やかな表情で眠る顔を見れば、その場所がどれだけ大事で必要な場所だったかが、容易に想像がつく気がした。

自分達が心の拠り所とするお館様もまた人間で、その心を支える者が必要なのだ。
そして自分にとってお館様は他に代わりがいないように、お館様にとってもおそらく…


「なずな様、お願いが…」
「はい?」
つくしの言葉になずなが首をかたむけた。

「これから俺の言う事を一番に信じて下さい」
「はい?」
つくしの言葉の真意をはかりかねて、なずなが不思議そうな顔をする。

「今日の騒ぎの黒幕は一位は今回逃げ延びました。
ゆえに今後もなずな様は一位に付け狙われる事と思います。
お館様を取り戻すために一位は色々周りを惑わせるような事をしてくるでしょうし、あまりになずな様の身に危険が及ぶ様な状態になれば、お館様自身、ご自身の本意にあえて背いてでもその身の安全を図るために、なずな様から離れたいというような事をおっしゃられる事もあるかもしれません。
それでも…お館様には確かになずな様が必要なのです。
ですからお館様が何を言おうと、周りが何を言おうとお館様の元を離れないで頂きたい。
そのかわりなずな様の事は俺が鉄線家をあげてサポートし、命に代えてもお守りしますので。
周りの言葉にもお館様自身の言葉にも惑わされないで下さい」

「えと…そういう意味なら大丈夫ですよ~。
私の方がタカいないと何もできない人なので。
ジャスティスとしては最弱ですし、極東支部から本部に転属してからずっとタカに頼りっぱなしですし…」

少し恥ずかしそうにうつむいて言うその姿は儚げと言っても良いくらい頼りなげで、いつもまっすぐ自信満々に見下す様な話し方をする一位とは随分と対照的な気がする。

「お館様は本来物理的には何でもできる方なので、頼りたいというより安らぎが欲しいんでしょうね。
うちのガキ共ももすぐ懐いてましたし、なずな様といると…なんとなくみんななごむんですよ。
俺的には早くお子様を作ってお館様に温かな家庭を与えてさしあげて頂きたいんですが」

「あら…」
つくしの言葉になずなは少し赤くなる。

「お館様の事を別にしても、俺もなずな様のような母上に育てられる子供は幸せだと思います」
クスっと笑ってそう言うとつくしは
「このままお館様がお起きにならないとなずな様がお休みになれませんし、もう1、2時間くらい立ってお起きにならないようなら起こしましょうか。
俺はその間に本家に連絡を…」
と、部屋を出ようとする。

「あ、待って下さい」
そのつくしをなずなは呼び止めて、ひのきが直接本家に向かうので車を借りたい旨を伝えた。

「ああ、車は構いませんよ。明朝までに用意させます。
ではどちらにしてもお館様が本家に向かわれるという連絡いれておきます」
それを了承してつくしは部屋を出て行った。


それを見送って一人部屋でポツネンとするなずな。
そっとひのきの額にかかった前髪を払って、まじまじとその寝顔に見入る。

「タカって…よくよく見ると私よりよっぽど美人よね…」

ユリもかなり美人だと思うし、もちろんそれにそっくりなつくしも綺麗な顔をしている。
里の中での婚姻を繰り返していたせいか、一族それぞれなんとなく似通った端正な顔立ちをしているのだ。

ひのきの元婚約者、一位もやっぱりこんな綺麗な顔立ちをしているのだろうか…。
そんな事を考えていると、膝の上でひのきが目をあけた。


「…眠ってたか?」
そのままの体勢で言うひのきの髪をそっとなでて
「うん。…さっきね、つくしさんが様子見にいらしたから車頼んでおいたよ」
となずなは少し笑みをこぼした。

「よく眠れた?」
「ああ。なんだか良い夢みてた気がする…」
穏やかな顔で言ってひのきはそのまま身を起こして
「上行くか」
と立ち上がった。

「うん」
ひのきにうながされてなずなも立ち上がる。



部屋をでるとつくしが駆け寄って来た。

「ああ、お目覚めになりましたか。
明日の車の手配はいたしましたのでいつでもお申し付け下さい。
あと貴行様にもご連絡しておきましたので」
「ああ、さんきゅー」
つくしに軽く手を振って部屋へと続くと教えられた隠し階段を上って扉をあけると、そこは最初に泊まっていた部屋の洗面所の戸棚の中だった。

「こんなとこに続いてたんだな」
プっと吹き出すひのき。

「うん、最初びっくりした。
元々ね、私をここから連れ出すつもりでこのお部屋だったんだって」
なずなもクスクスうなづいた。

部屋に入るともうきちんと布団の用意がされていて、すぐにでも寝られる様になっている。
二人はそれぞれ着替えると、ひのきは並んだ布団を少し離して、布団にもぐりこんだ。
なずなは自分の布団に目を落とし、少し離れた布団で寝ているひのきに目をやる。


「……」 
とてて、と、なずなは背を向けて寝ているひのきの布団に潜り込んで、背中にぴったりくっついて横になった。

「おい…なずな。意味ねえ」
ひのきが顔だけ後ろを少し振り返って言うのに
「…どうして?どうして今日は離れて寝るの?」
となずなは上目遣いにみあげた。

「とにかく離れろ」
ひのきはそれには答えずにそう言って前を振り返る。

なずなはそう言われてもわけがわからず戸惑って、それでもソロっと布団を抜け出して、自分の布団とひのきの布団の間にペタンと正座した。

「…おい、ちゃんと布団入って寝ろ!」
なずなが正座する気配を感じてひのきが飛び起きる。

「身体壊すだろうがっ!なんのために俺が我慢してると…」
「我慢?」
全くわけがわからない様子できょとんと童女のような無邪気な表情でひのきを見る。

他の事には妙に察しがいいくせに、何度抱いても色事関係にはとんと鈍いなずなに、ひのきはため息をついた。


「一緒に寝てると抱きたくなるんだよっ!
でも明日はでかけるし、明後日からは連戦になるしな。
んでなくても昼に予定外でやっちまってるし、これ以上やるわけにいかねえだろっ」

「ん~、でも明日は戦闘するわけじゃないから…タカ我慢するくらいなら多少体力消耗する方が楽じゃないの?」

「だ~れ~が~、俺の話してんだよっ!」
ぜんっぜんわかってないなずなに軽く頭痛を感じながらひのきは言う。

「お前だよっ、お前の話っ!!
俺はよしんば一晩や二晩寝なくても死にやしねえし2回や3回やったくらいで全然平気だけど、お前は身体壊す!
特に…今俺あんま精神状態安定してねえから、たぶん加減できねえし」
ひのきの言葉になずなはしょぼ~んとうつむいた。

「私…タカに無理させてる?
私のせいでタカいっぱい我慢しないといけなくなってるのかな…私じゃなかったら…」

「違う!!なずなじゃないと意味ねえだろっ!
逆だ!俺が無理させてなずななくすのが怖えんだよっ!!」
実際失ったと思った時のあの喪失感を思い出し、震える腕でひのきはなずなを抱き寄せた。

「なずながいれば何も要らない。でもなずなだけはなくすのやなんだよっ、俺は」

「ん…じゃあね、キスして?」
少しうるみかけた目で見上げておねだりするなずなに、ひのきは少したじろいで視線をそらす。

「な、なんでそうなるんだよっ」
「えとね…私ウサギ年のウサギちゃんだから…寂しいと死んじゃうんだよ?」

ジ~っと大きな丸い目で見上げながらひのきがそらした視線に視線をあわせるなずなに、ひのきはクラっと目眩を感じた。

この不意打ちは、絶対に…反則だ。可愛すぎる。
目をそらしてももうその可愛いうる目の上目遣いと台詞がクルクル頭の中をまわる。

ひのきの花言葉のはずの強い忍耐力も、まだ完全に清い仲だった頃ならともかく、何度もその甘美な肢体を味わって知ってしまった後の、したい盛りの若い男にとっては、風の前の塵に等しい。

そしてさらにとどめの一言…
「おやすみのキスしてくれたら、ちゃんと良い子で一人で寝るから…」

わ…わかってねえ~!!!ひのきは一気に脱力した。
そこでそうくるのか?!遊ばれてるのか?!そうなのかっ?!!

なずなの天然さ加減にひのきは不覚にも泣きそうになった。
あれだけ気が回るはずのなずなが、どうして性に関してだけここまで見事にはずすんだ…

「あの…なあ、それ無理。どっちかだ、なずな。
おやすみのキスしたらな、一人で寝かせられなくなる」
力なく言うひのきの言葉に、やっぱりきょとんと丸い目で首をかしげるなずな。

「…もういい。死にそうでやばかったら言ってくれ」
ひのきはなずなの腕をつかんで布団に引き込んだ。



「あ~あ、やっちまった」

行為の後、ふにゃあっと腕の中でへたっているなずなに寝間着を着させながら、ひのきは自分の自制心のなさにため息をつく。
色々な意味でなずなに関する事だと理性が働かない。

「これ…最悪一人で出発か…」

自分も寝間着を着て寝転ぶひのきのふところに、ふにゃふにゃしながらなずなが潜り込んでくる。
桃の甘い香りと柔らかい感触。
ひのき自身はすっきりして、その温かさを感じながらすっかりリラックスして眠りに落ちた。



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