疲れきっていたせいか、ギルベルトにしては長く寝ていたらしい。
14時にベッドに入って時計に目をやるともう18時だった。
気持ちよさそうに腕の中で眠っているその寝顔は可愛くて、胸が高鳴る。
急いででないとならない内線で起きたのは、そういう意味では幸いだった。
すぐ注意がそちらにむけられる。
「はい、ギルベルトです」
と、内線を取ると
「お休み中でしたか?申し訳ありません」
と和田の声。
これでもう事件関係決定だな、と、ギルベルトの頭は切り替わって行く。
「いえ、何か進展がありましたか?」
完全に目も覚めて情報を収集する体勢のできたギルベルトが聞くと、和田が
「はい、犯人から身代金の受け渡しについての連絡が入りましたので、母屋までご足労願えますか?」
と言うので、ギルベルトは電話を切り、洋服に着替えてアーサーを起こした。
母屋に行くと各宿泊客が母屋の広間目指して集まっている。
殺人事件があったので、従業員でも暗くなってから離れのあたりを何度も料理を運ぶためにうろつくのは色々な意味でよろしくないということで、宿泊客は夕飯は母屋の広間で取る様になっているためだ。
OL3人組、老夫婦、氷川夫妻がそれぞれ並んですれ違った時、アーサーがふいに立ち止まって首をかしげる。
「どうした?お姫さん」
ギルベルトは遠ざかる3組の宿泊客とアーサーを交互に見て、アーサーに声をかけた。
ギルベルトの声は考え込むアーサーには届いてないらしい。
そのまま無言で首をひねるアーサーに
「お姫さん?」
と、ギルベルトが声をかけて少しかがんでその顔を覗き込むと、アーサーは初めて気がついたようだ。
「いや、なんでもないんだ。行こう」
と、ギルベルトの腕を取った。
全く何でもなければ立ち止まらないだろうし、いつもならゆっくり聞いてやるところなのだが、今回は時間がない。
だから一瞬迷うモノの結局ギルベルトも今はそれ以上は追及はしない事にした。
時は少しばかり遡り、前日の夜のこと。
アーサーが身代金と引き換えに無事に戻った…そして新たな身代金の要求。
まあ…それでフェリシアーノも無事戻るのだろう…
ルートは自分達の離れに戻るギルベルトとアーサーを見送って自分も自分達の離れに戻ると、ベッドに身を投げ出した。
そして、ホントに…”凶”だったな、と内心苦笑いを浮かべる。
せっかくの旅行だというのにホントについてない。まあ…半分以上は自分のせいなのだが…。
毎年この時期には花火があがって、娯楽の少ない田舎だけに、この日だけは近隣の住民達もこっそり花火見物のために敷地内に入って来てしまうのも恒例で、今までは実害もなかったので黙認されていたというのは、あとで従業員から聞いた。
おそらく今年はその中に不埒な輩がいて、この高級旅館に泊まっているのが丸わかりの旅館が用意している浴衣を着た少女達が二人、無防備にいると思って目をつけて誘拐にいたった、そんなところだろう。
離れの方には母屋を通らなければ行けないし、母屋を通るにはフロントの前を横切る必要がある。
フロントに人がいない時には母屋から離れのあるエリアに行くドアは閉められていて、各離れの鍵と一緒に渡されるカードキーがないとドアは開かない。
ゆえに外庭に部外者が入って来ても離れの方には入れないため心配ないということだ。
ちなみにカードキーは各離れ1枚で、ルート達の場合は自分達兄弟が持っている。
だから露天へ続く外庭と離れのある内庭では安全度が全く違うのだ。
その辺を考慮して内庭から母屋まで普通にフェリシアーノ一人に鍵を返しに行かせていたギルベルトを見て、その違いを理解していなくて外庭でフェリシアーノとアーサーを二人だけで放置させた自分の甘さが完全に今回の騒ぎの原因だとルートは深く反省する。
とりあえず…フェリシアーノが戻ったら何をしよう…と、ルートはうつらうつらしながら思いを巡らせる。
アーサーと同じく寝かされたままで怖い思いとかしてないといいのだが…と、次に思う。
今日中に身代金の用意をという話だったなら、早ければ今晩には帰ってくるのではないだろうか…。
(落ち着いたら…まず巻き込んでしまったアーサーと兄にはもう一度ちゃんと謝って…ヴァルガス家にも謝罪して…あとは……)
謝って謝って謝って…と考えているうちに眠りかけたが、その時内線がなる。
『あ、ルート君かい?わかるかな?氷川です』
相変わらず穏やかな声。
『今身代金と交換に人質の子が返されたって旅館の人に聞いてね、おめでとうだけ言いたくて…』
わざわざそれでかけてくれたのか、とは思うものの、手放しでは喜べない状況なわけで…。
そのままベッドに寝転びながらだと眠ってしまいそうなので、ルートは身を起こして苦笑した。
「一応、まだ返還されたのは兄の恋人だけで…。
犯人が二人同時に連れて来れなかったらしいです。
…本当はもう一人分身代金が欲しかったのかもしれませんが…」
ルートの言葉に雅之が電話の向こうで
『どういうことかな?』
と不思議そうな声できく。
「ああ、実は…」
ルートは事の顛末を雅之に説明した。
『なるほど…そういうわけだったのか』
「はい。だからまだ完全に終わったわけではないんです」
『でも…まあ身代金を渡せば無事に戻って来る事はわかったんだ、もうすぐだね』
「ええ、たぶん今日中にはなんとかなるのではないかと期待しているのですが…」
話しているうちに少し目が冴えて来て、それからしばし雑談。
『じゃあ疲れてるところに悪かったね。ゆっくり休んでね』
「はい、ありがとうございます」
電話を切ってルートはチラリと時計を確認した。
3時半…少し寝ておくか…。
寝転んでからはもう早い。ギルベルト同様前日は徹夜なこともあって、ルートも即眠りに落ちる。
そしてルートが目を覚ましたのも和田からの内線でだった。
ギルベルトと違うのは…
「犯人が身代金の受け渡しにルートさんを指名しています」
という一言。
今度は自分なのかと少し驚くと共に、おそらく危険な事は自分が背負いたがる兄に言い訳がたつ事にホッとする。
前回は犯人も身代金を二重取りをするために、身代金を受け渡すのと同時に無理難題なタイムトライアルをしかけてきたわけだが、今回はもう受け渡すだけのはずだ。
それだけなら自分の恋人の身代金なわけだし、自分が運んだ方がいい。
それについての説明をするからという和田にすぐ行く事を伝え、ルートは動きやすい服装に着替えた。
テーブルの上にはおそらく時間的に食事がとれないルートを旅館側が気遣ってくれたのだろう。
カプセル状のサプリメントと空腹を抑える系のグミ。
ルートはそれを急いで口に放り込むと部屋を出て母屋へと向かった。
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