「正直…きついな、これは。」
出動組が研究室につくと、すでにジャスティス全員が揃っていた。
他にはブレインからロヴィーノ、そしてフリーダムからアントーニョもいる。
声もなく呆然としていたアントーニョの代わりに口を開いたギルベルトの問いにロヴィーノは真っ青な顔で
「隠してもしかたないな。
まだ…詳細についてはわからない。
飽くまで今の時点で回収したイヴィルを調べた範囲の情報だ…」
と息を吐き出した。
「イヴィルは強化人間という事は知られてるよな。
さらに正確に言うと特殊な形の種子を埋め込まれた人間なんだ。
詳しい方法はわからねえが、一部の人間に限られているって事は空気感染とかそういう簡単な方法ではないとは思う。たぶん簡単な手術なのかもしれねえな。
体内に埋め込まれた種子が体中に根ざして触手だったり特殊な形態の手や足だったりになるみたいだ。
もし手術だと仮定するとだ…本人の意に沿わない形でイヴィルにされるという事も起こりうるわけだ。
…その後の敵対行動は暗示なのか脳手術なのか、もしくは種子に浸食された事による破壊衝動なのかはわからないけどな。
ただ確実に言える事は誰でもイヴィルになりうるという事だ」
「この二人はレッドムーンの基地探索中に行方不明になってたんや。
この他現在連絡が取れへん隊員が5名。
単に連絡が取れない状況にある可能性もなくはないけどな…捕まってイヴィル化している可能性も高い…」
ロヴィーノの後を引き継いでアントーニョが辛そうな表情を浮かべながら言う。
「もし…なんだったら後で報告するから、少し別室で休むか?トーニョ」
いつになくまいっている表情のアントーニョにロヴィーノが小声で声をかけるが、
「いや、気遣いはありがたいけど、大丈夫や。
一番つらいのはジャスティス達や。
フリーダム本部長の親分が逃げるわけにはいかへんわ」
と、アントーニョは少し表情を柔らかくしてロヴィーノにやはり小声で答えた。
「そうか。長丁場になるから、お互い無理はしないようにしような」
とそれにロヴィーノが珍しく柔らかく微笑む。
そして続ける。
「これからはその辺りも踏まえてチームを組んでいかないと駄目だな。
実は今後、敵が来て対応するという守勢から敵の基地に遠征するという攻勢に転じようという計画を進めてんだが…。
まあこうなった以上、元仲間が敵になるわけだから…そのあたりを割り切れる人間だけ外に出す形で。あとは本部の防衛に回すしかねえな」
うながすように視線をむけられてギルベルトは少し考え込む。
「まあしゃあないな。俺様は出るわ。
他はタマは良いとして…あとはエリザか?
他はタマは良いとして…あとはエリザか?
梅とフェリちゃんは無理。動けねえだけじゃなくて邪魔になる」
そういうギルベルトもギリギリだとエリザは思った。
普段なら実際にはそうであっても“邪魔”とまでは言わない。
もう少し上手く言葉を使っているだろう。
それでは自分は大丈夫なのか…と言われれば、比較的感情に流されないギルベルトですらああなわけだから、あまり自信がない。
自分がまだ冷静に分析していられるのは“実際に見ていない”からだ。
目の前に友人知人が改造された化け物がいたら、果たして平静でいられるのだろうか……
かといって…ギルベルトと並んで数少ないベテラン勢としては“出ない”という選択はない。
それがわかっているからこそ、エリザは重いため息を飲み込んだ。
これ以上空気を重くして参っているであろうギルベルトにトドメを刺したら終わる。
エリザがそんな事を考えつつ無言を貫いていると、
「本部長、俺も外組で頼む。」
と、腕組みをして難しい顔で考え込むロヴィーノに、ルートが手を挙げる。
「正直…どこまで戦えるかはわからんが、唯一の盾としては今後激しくなっていく戦いのために精神修養は大切だ」
「お前がそう言ってくれるのは助かるけど……」
と、そこでロヴィーノは少し眉を寄せて考えこむ。
「結構キツイと思うが…大丈夫か?」
真面目さゆえに無理をしているのではないかと心配したのだが、ルートヴィヒは
「ああ。だから兄さんとエリザが揃っていてフォローが入るうちに鍛えておきたい。
盾役が他にいない以上、俺が崩れたらそれなりに困るだろう?」
と、珍しく笑みでそれに応えた。
無理をしないといけない時に無理しすぎないために…と言われれば上司としても反対する理由はない。
そこで
「ルートが行くなら俺もっ!」
フェリシアーノもあわてて言うが、
「フェリは駄目だ。お前は感情に流されすぎる。」
とロヴィーノは即却下した。
「でもっ!」
さらにフェリシアーノは食い下がるが、実の兄だけにロヴィーノはそこはきっぱり
「お前、今回自分が動けなくなるだけじゃなくて、動く味方の邪魔しやがっただろっ!
動けなくなるだけでも、他も動けなくなるお前のフォローしてる余裕はないからな?
そこで邪魔までされたら下手すれば全滅だぞっ!
それに遠隔のお前の能力は防衛向きだ」
と、言い放つ。
言われてフェリシアーノは真っ青な顔で俯いて涙ぐんだ。
しかしそこで珍しく
「その…お前が本部で待っていてくれると思えば、俺も無事に帰れる気がするのだが…」
と、ルートのフォローが入り、
「ホントに?!じゃあ俺美味しいご飯とかいっぱい作ってルートの帰り待ってる」
と、とたんに少しもち直す。
「...とりあえず部長レベルと確定組であとの人選をしないか?
外も内も検討段階でいちいちもめてると先に進まない」
と、そこでアーサーが手を挙げて言う。
「ああ、それがいいな。じゃあ部長組とベテラン2人、アーサーとルートか…とりあえず確定は。あとは席を外してくれ」
それぞれがその発言に不安げな表情で、それでも部屋から出て行った。
そして残された部長2名、ジャスティス4名の計6名。
「ふ~、人数減って少しほっとしたわ。
悪いけどちょっと飲んで良いかしら?酔ったりはしないから。」
どこに隠し持っていたのかエリザがブランデーの小瓶を揺らす。
「どうぞ。強いって話だし?」
それを見てロヴィーノが小さく笑った。
「親分にも少し注いだって、エリザ」
アントーニョは棚からビーカーを出してそれを洗うとエリザに差し出す。
「よくそんな物で飲む気になるわね」
エリザは眉をしかめながら、それでもそれにブランデーを注いだ。
ロヴィーノがそんなアントーニョに少し心配そうな目を向ける。
「悪い、俺様にも少しくれ、エリザ」
と、ギルベルトがやはりビーカーをエリザに差し出した。
「あら、あんたがこんな時に飲むなんて珍しい」
と言いながらエリザが小瓶を持って近づいていく。
「俺様は飲まねえけどな。だからほんの少しでいい」
「?」
ギルベルトの言葉にエリザは不思議そうにほんの少しブランデーを注いでその様子を伺った。
ギルベルトはブランデーを片手にロヴィーノに聞く。
「飲ませて構わないか?...最後だからな」
言われてロヴィーノは一瞬不思議そうに目をパチクリさせるが、ギルベルトの視線の先を追って
「ああ、そうだな。そうしてやるか…」
と柔らかい口調で言った。
「ダンケ」
と、ギルベルトは言って手術台に並べられた遺体に歩み寄った。
そして
「お疲れ。今までありがとな」
そう言ってかすかに開いた口にブランデーを数滴流し込む。
みんなそれを無言で見守った。
シン...とする中、突然ルートが口を開く。
「そうやって…死を悼むほどに思い入れがある相手でも、必要なら迷いなく殺せるのがすごいな…俺は…迷った」
単純に…自分の未熟さを深く考えずにポロっとつぶやいたのであろうルートの言葉に一瞬周りが凍り付いた。
「お、お前なぁ!そういう無神経な事っ……」
と、次の瞬間飛んで来たロヴィーノのあきれたような怒ったような言葉に、ルートは初めて失言に気づいたらしい。
慌てて言う。
「す、すまないっ!
単に任務に対する己の未熟さを口にしたつもりだったんだが、無神経だったっ!!」
単に任務に対する己の未熟さを口にしたつもりだったんだが、無神経だったっ!!」
周り中さすがに頭を抱える中、ギルベルトは苦笑しつつルートの肩をポンポンと叩いた。
「気にすんな。わかってるから。
あのな、なんで最終的にそれができるかというとだな、イヴィルになって敵対行動取ってる時点でこいつは多分自分の意志とかもうなくてな、自分や味方に危害を及ぼす敵の傀儡だったから倒したんだ。
こいつだってさ、自分の意志があったら俺らに攻撃しかけたくはなかっただろうしな。
意志の疎通ができれば自分の意志に関係なく敵に操られるくらいなら殺して欲しかったんじゃねえかなって俺様は勝手に思ったんだ。
俺様がそういう事になったならそう思うしな。
でも敵の操作から解放されたらもう元のダチだろ?
こいつはこれまで俺様達ジャスティスを一生懸命サポートしてくれたんだ。
そのおかげで今の俺様達がある。だからねぎらいの一杯くらいやりたかったんだ」
ルートはうつむいてしばらく考え込んで、それからギルベルトに目をやった。
「すごくよくわかる。
でもそれをあの一瞬で判断できる兄さんはやはりすごいと思う」
でもそれをあの一瞬で判断できる兄さんはやはりすごいと思う」
ルートの言葉にギルベルトはまたルートの肩をポンポンと軽く叩くと、
「んじゃ、本題入ろうぜ」
とロヴィーノ達を振り返った。
「あ、ああ、そうだな」
その言葉で凍っていた空気が動き出す。
「…あと…決まってないのは桜だけか?」
とのギルベルトの言葉にロヴィーノは即
「桜は内だ」
と、断言した。
「は?桜は出動組だろ?
この心身ともにキツくて危険な任務に回復なしかよっ!」
と、それにギルベルトが噛みつくと、
「ベテラン2人が出ちまえば基地の防衛はかなり薄くなる。
さらに厳しい戦闘慣れしてるアーサーと唯一の盾のルートまでつけるんだ。
これ以上の人員は裂けない。
基地内の防御は本当にフリーダムの人海戦略にならざるを得ないから、そうなったら即回復いれられる桜は必須だ」
と、ロヴィーノは苦い顔をする。
「そのために梅とフェリが居るんだろ?」
と食い下がるも、
「たぶん…あたし達とアーサー君とルートがいない時点であの子達はメンタル的にもそう厳しい戦いだと持たないと思うわ…」
と、エリザがため息をついた。
「…っ!…わかった…じゃあそう言う事で…」
苛立ちを抑えきれない。
このままだと無意味に暴言を吐きそうだ…
そう思ってギルベルトは
「支度する。出発日時が決まったら連絡くれ」
と、部屋を出て行った。
部屋へと戻る廊下…
何故…と思う。
わかっている。
世の中なんて不条理で理不尽に満ちあふれているし、不平等なんて当たり前だ。
世の中なんて不条理で理不尽に満ちあふれているし、不平等なんて当たり前だ。
それでも思ってしまうのだ。
何故、“仲間を手にかけないで済んだ2人”のメンタルが、“自分の手を汚して仲間を手にかけた”自分のメンタルより優先されるんだ……
そんな事を考えながら自室のドアを開け中に入ってドアを閉めようとすると、するりとドアの隙間から野良ネコ様が入り込んだ。
「…タマ……悪い。俺様今すごく精神状態よろしくねえから……」
…だからしばらく距離を取ってくれ…と続けようとしたギルベルトの手を、アーサーが両手で握った。
「うん。お前はすごく頑張った。
この手がな、今までずっと俺やみんなを守ってくれたんだ。
そしてこれからもな。そうだろう?
俺は知ってる。分かってるから。
この手はな、俺にとっては世界で一番大好きな大切な手だからな?」
「…ああ……」
「どんなに汚れても他の誰にわからなくても、俺にはちゃんとわかってるから。
洗って綺麗にしてやる。何度だって洗ってやるからな?」
柔らかい声音に涙腺が決壊した。
「…っ…おれさまっ…だって……好きでっ…殺って…じゃ…ねぇよ……」
「うん。そうだよな。わかってる…。
お前はみんなのために…俺達を守るために矢面に立って自分を傷つけても戦ってくれてる。
平気なわけじゃねえ。わかってるからな?」
物ごころついて初めてくらい、子どものように泣きじゃくった。
自分よりも小さく細い身体に縋って……
自分よりずっと小さな手が、優しく頭を撫でてくれる…
それがひどく心地よく…ひどく安らいだ。
すごく大切だ……
そう思う。
この場所が…この手が…この声が…この存在が……
これを守るためなら、また頑張れる……
――じゃ、約束どおり…するか?
少し落ちついたところで、やや離れる身体。
引き寄せられる頭。
寄せられる唇……柔らかい…唇……
――お前はいっぱい頑張ったから…今夜はお前がしたいようにして…いい……
甘く優しい声に色々が癒されて、ギルベルトはアーサーを抱き上げて寝室に籠ると、白いシーツの波の中で甘く甘く溺れて行った。
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