ローズ・プリンス・オペラ・スクール・ねくすと後編_2

「…ごめん…キク…」

楽屋前でアントーニョと分かれて中に入ると、アーサーが来たらすぐに身につけられるようにと衣装を用意していたキクが目を丸くした。

その視線は当然アーサーの首元や鎖骨のあたりに向けられている。

本当に自分は役者失格だ…と、うなだれるアーサーに、キクは瞬時に我に返った。

「緊張で眠れず寝不足のままよりいいじゃありませんか。
その割り切りの良さがさすがアントーニョさんですよね。
大丈夫。その程度ならドーランでちゃんと隠れますからね」

と、まるで全ての事情がわかっているように、よどみなくそういう言葉が出てくるところが、すごい。
さすが、中等部の頃、学校一空気が読める少年と言われ続けただけのことはある。

アーサーとしても、キクのそんな言いにくい事を瞬時に察してくれるところがすごく安心出来るし、ありがたい。

「身体の方は大丈夫ですか?
昨夜の後始末とかはちゃんとされてますよね?」

と、他の人間ならとりあえず殴っておこうと思うか、羞恥で泣きそうになるか、どちらかになりそうなそんな質問も、キクがしてくると感情の揺れが起こらないのが不思議である。

「後始末?何の?
シーツとか着替えとかはたぶんアントーニョがちゃんとしてくれてるんだと思う。
俺はだいたい途中で寝ちゃうから…」

と、とりあえず思いつく限りの事を答えると、キクはクルンと後ろを向いた。
肩がふるふる震えている。

「キク?」

不思議に思ってその顔を覗きこむと、

「いいえ。なんでもありませんよ。
じゃあ身体清めたりとかもきっとアントーニョさんがしてくださってるんですね」

と、いつもの今一つ表情が読めないアルカイックスマイルだ。

「ああ、そういう事か。
うん。ちゃんと風呂入って洗ってくれてるぽいな。
もちろん朝起きたら自分でもシャワー浴びるし、汗とかは大丈夫」

アーサーがそう答えると、またキクは俯いてふるふる肩をふるわせる。

「キク?」
「いえ、なんでもありませんよ。さ、着替えましょうか。」
「ああ。」


(ああ…意識飛ばすまで抱き潰してるんですねっ!
中を洗っても気づかないくらい抱き潰してるんですねっ!
さすがラテン!さすが太陽の適応者!さすがアントーニョさんですっ!
てか、なんなんですっ!
アントーニョさんに抱かれてもう長いくせに、この子どもみたいな純真さはっ!
ああ、もう可愛いですっ!萌えますっ!!)

……などと、穏やかな笑みの下でキクが思っていることなど、アーサーは当然知る由もない。



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