ローズ・プリンス・オペラ・スクール第一章_4

拾ったっ!!


「アントーニョ、助けろっ!ちぎぃ~!!」

悪友二人と分かれて聞いていたロマーノ達の寮の部屋にたどり着いたアントーニョを迎えたのは、オロオロと動揺しまくった様子の愛しの双子。

相変わらず困った事があるとすぐ頼ってくるあたりが可愛えなぁ…でも、泣いてへんあたりが、少しは成長したなぁ…などとニコニコそれを眺めていると、

「呑気にかまえんなっ!!」
と頭突きを食らった。

中等部から一般教養――そう言って良いのか甚だ疑問が残るところではあるが、教科的にはそういう分類に入っている――でも、ダガー、ツインダガー、魔法と、いずれも腕力が要らない教科ばかりを選択しているロマーノは腕力はそうある方ではないが、頭突きになると地味に痛い。

うっとさすがに呻いて少し背を丸めると、弟のフェリシアーノの方が

「ごめんね、アントーニョ兄ちゃん。大丈夫?」

と、心配そうにアントーニョに声をかけつつ、クルリと双子の兄を振り返って珍しく叱るような口調で言う。

「兄ちゃん、ダメでしょっ!」

うんうん、フェリちゃんは親分の味方なんやなぁ…と、少し感動していたアントーニョだが、続く

「アントーニョ兄ちゃんが再起不能になったら誰がアーサー探してくれると思ってるの?!」
なあたりでガックリ来る。

そうか…例のお姫さんか…。

「なんなん?探してって、いなくなってしもうたん?でも学校内にはおるんやろ?
そのうち戻って来るんちゃう?」

と言うアントーニョの認識は間違ってはいないはずだ。

「「ダメなの(んだよ)!!」」

とそのアントーニョの言葉には双子は揃って音声多重で異議を訴える。

「アーサーね、すっごく可愛いからよく絡まれるし…」
「口下手で不器用だから…」
「すぐ泣いちゃうしね…」
「俺らがいてやんねえと…」

双子が交互にまくし立てるのを聞いて出た結論

「わかったっ!親分の嫁やなっ!!」

「「ちが~う!!!」」

いい笑顔で言うアントーニョに速攻声を揃える双子。

「手ぇ出しやがったら殺すからなっ!」
「アントーニョ兄ちゃん…物理には強くても魔法耐性低そうだよねぇ?」

「ちょ、二人共待ったってっ!冗談やんっ!!」

ロマーノはともかくとして、フェリシアーノの黒さを初めて垣間見て焦るアントーニョ。
慌てて顔の前で手を振った。


「とりあえず…探すんやろ?人頼んだろか?」

腐っても太陽の石の適応者だ。
アントーニョが一声かければ数十人くらいは余裕で動く。

しかしその言葉に双子はう~ん…と考え込んだ。

「あのね、アーサー人見知り強いし…」
「変な輩にちょっかいだされてもやべえしなぁ…」
「とりあえず…兄ちゃんがこの部屋で待つとして、俺とアントーニョ兄ちゃんで探すってことじゃだめ?」

ロマーノとアントーニョを交互に見るフェリシアーノに、ロマーノは
「仕方ねえな…」
と溜息混じりにうつむき、アントーニョは、
「任せたって。
で?特徴とか肖像画とか写真とかないん?」
と聞く。

「えとね…ちょっと待って。確かどっかに3人で記念に撮った写真が…」
と、ダンボールにかけよるフェリシアーノの首根っこをロマーノがガシっとつかんだ。

「アレはダメだっ!こいつに見せたらやばいっ!」
「え~…。じゃあどうすんの?」

顔を見合わせる双子に、やばいってなんなん?どういう意味なん?とアントーニョは聞いてみたが華麗にスルーされた。

「あ~、髪はブロンド、目はお前のよりもうちょっと淡い緑、肌は白くて、背は俺くらい?
でも俺より細いな。あと…眉毛が太い。めっちゃ太い。」

「……かわええって言うとらんかった?」
「言ったぞ、このやろう。」
「他はともかくとして…その最後の眉毛はなんなん?」
「それあわせて可愛いんだ、悪いか、ちくしょう!」
「悪ないけど……ようは金髪緑目色白華奢な眉毛の太いここらで見かけんかった学生探せばええんやね?」
「そういう事だ。」

双子の“可愛い”の基準はよくわからないが、とりあえずアントーニョは双子の部屋を出た。



全校生徒の顔など覚えているわけは当然ないが、制服の胸ポケットの刺繍の色が学年によって違うので、1年生を探すだけなら簡単だ。

が…金髪に緑の目の学生など腐るほどいる。

頼りは背丈と太い眉毛くらいか…と、アントーニョは入寮した一年生の集団をかき分ける。

「あ…アントーニョさんだ…」
「ホントだ……」

ざわざわと集まってくる一年生。

一応パートナーはまだ見つかっていないものの、すでに1年間主役として舞台を踏んでいるので、アントーニョは有名人だ。

整ってはいるがキツイ顔立ちで、実際に自他共に厳しいギルベルト、綺麗で物腰も優しく優雅だがどことなく――親しく付き合えばそんな事はないとわかるのだが――洗練されすぎていて一般人が近寄るのがためらわれるフランシスと違って、有名人ではあるがきさくで明るいアントーニョは、中等部などの下級生に人気がある。

「ちょお急いでるから堪忍な~」
と、寄ってくる一年生達の頭を軽くポンポンと叩いて進むと、歓声があがった。

まあ…下級生は下級生というだけで可愛いものではある。



「みつからんなぁ…」

1年生の周りをグルグルしてみて、ちょっと懐いてきたあたりをからかって、結局みつからないまま、一休みとばかりにアントーニョは廊下に出た。

外は雨。
ザーザーと激しく降る雨の音に混じって、ふと耳をすませると小さな歌声。

それに誘われるように中庭に足を向けたアントーニョの視界の先に妖精がいた。

背に薄い透けた羽が見えないのが不思議なくらいな透明感を持って、その濡れたような淡いピンクの唇から漏れる可愛らしい歌声にあわせて、そこだけ雨の水分がまるで意志を持っているかのようにクルクルと楽しげに踊る。

無邪気な子どものようなその綺麗な歌声に、思わずアントーニョも声をあわせて歌うと、妖精は初めてアントーニョに気づいたように、ビクっと身を震わせて振り向いた。

大きなガラス玉のような澄んだ緑の瞳が丸く見開かれる。
パチパチと瞬きをすると、瞼から伸びた長いまつげがキラキラと揺れて光った。

そして…目があった瞬間、アントーニョは直感する。

――この子、親分の対の子や。


「驚かせてもうて堪忍な?」
にこり、と、よく太陽のような、と、称される、他人を惹きつけるような明るい笑みを浮かべて、アントーニョは一歩前に出る。

「邪魔する気はあらへんかってん。
単に、今度の舞台…いや、これからの舞台はみんな一緒に立つさかいな、これからこんなふうに寄り添うんやなぁ…思うたらはしゃいでもうた。」

スっと気配もなく隣に歩を進め、

「…1年……めっちゃ待ったんやで?お姫さん。
ようやっと会えて嬉しいわ。

――もう……離さへんよ?――」

と、片手をその腰に回して引き寄せ、片手で少年の片手を手に取り、口元まで持ってきてチュッと口付けると、そこで少年はようやくハッとしたらしく、ワタワタと小さく抵抗をするが、石の適応者の中でも怪力のアントーニョの手の中からは抜け出せない。

「あ、あのっ、一体???」

動揺しすぎて涙目になって見上げる様子の可愛らしさに、アントーニョはますます力を込めて、少年を抱き寄せた。

「自分、かっわかわええなぁ。」

ハハっと、とうとう笑い声をあげるアントーニョに、腕の中の少年はますます動揺した。

「お前誰だ?いきなりなんなんだよっ!」

とうとう半泣きになる声に、アントーニョはハッとした。

「へ?自分親分の事知らへんの?」

よもやこの学校で自分の事を知らない人間に出会うと思わなかった。
そこで少し身体を放して顔を覗きこむと、そこでようやく気づいたらしい。
少年が、あぁっ!と声をあげた。

そこでアントーニョはにこりとまた微笑んだ。

「オーラ、親分やで?」
「…アントーニョ・ヘルナンデス・カリエド……さん……」

――…本物……だ……なんでこんな所に……

と、おそらく少年の脳内では舞台の上にしかいないはずの相手が身近にいるという実感があまりにわかなかったのだろう…今度はぽか~んと小さく口を開けて呆ける様子の可愛らしさにまたアントーニョは少年を強く抱きしめる。

「本物やで~。驚かせて堪忍な。
でもようやっと対の月の石の適応者みつけて、嬉しすぎてついつい声かけてもうたんや~」

「月の石の……適応者?」

「そうやで?自分、月の石の適応者や。間違いあらへん。」

「俺が?まさか…」

驚く少年をヒョイっと横抱きに抱え上げると、少年はまたワタワタと慌てる。
しかし当然アントーニョは放すつもりはなく、そのまま歩きはじめた。

「親分太陽の石の適応者やさかい、わかるんや。
絶対に自分で間違いないわ。
せやからとりあえず引越しやな。
まあ…今日はこのまま離れ帰ろうか。荷物は明日親分が運んだるさかい。」

「え?ええ???で、でも…寝間着とか着替えとか……」

「ええよ、ええよ。それも親分の貸したるわ。
制服のシャツは変わらへんし、寝間着くらいやろ?」

「で、でも……」

「1年間も一緒に行動できひんかったからな。もう一刻も待てへん」

それを言われると何も言えないというか、舞台の上にしかいないはずの人物に今抱き上げられているという突発事項に動揺しすぎて、反応できないで硬直している間に、すでにどう帰っていいかもわからない入り組んだ裏道を通って、アーサーは気づくと昨日までは雲の上の人だった大スターの住む離れへと連れて行かれたのだった。

もちろん…目の前の事にのみ気を取られやすいアントーニョの脳内からは、幼馴染に頼まれていた人探しの事などすっかり消え去っていた。



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