オンラインゲーム殺人事件あなざーその3・魔王探偵の事件簿_1

ブラザー(11日目)


「ごめん。今日は人と出掛けるから…」
それはアントーニョのその朝一番のショックな出来事であった。

朝起きて食事。
そして身支度を整えて出掛けようと思っていた矢先の電話。

可愛い可愛いお宝ちゃんからとわかって機嫌は急上昇。
出掛けたい場所のリクエストや買ってきて欲しい物のおねだりとかなら嬉しい。
今までそんな事は皆無だったが、すぐ会えるのにわざわざ電話をかけてくると言うのは、何かあるのだろう。

そんな事を思いながら電話に出たら、冒頭の言葉だ。
アントーニョはぽか~んと呆けた。

え?ええ?自分一緒に出かけるような相手おらんて言うとらんかった?
ああ、確かに言っていたはずだ。
母親以外と街に出かけた事などないと…。

誰だ?誰が親分のお宝ちゃんに手ぇ出そうなんてしとるんやっ!!
と、叫びだしたいのをなんとか堪え、感情を押さえこんだ声で

「今こういう状態やから、あんま知らん相手と出かけたりとかは危ないで?」
と、まあもっともに聞こえるであろう理屈を加えて暗に止めてみる。

するとアーサーは電話の向こうで少しはにかんだような、嬉しさを押し隠すような声で、
「…兄さんが……」
と言う。

「は?」
「父さんと今の奥さんとの間に兄さんがいるって話しただろ?
で、今回父さんに連絡が行って俺が寮入るって話聞いて、ずっと1人暮らしの俺の事気になってはいて、でもなかなか機会がなくて会えないままだったし、寮入るとなかなか連絡も取りにくいだろうから、食事でもって…。」

なるほど…そういうことか…と、アントーニョは内心呆れ果てた。
きっと政財界の大物の子息が多く、青田買いという形でそこに入る事になった事でエリートコースをたどるであろう異母弟と交流を持って、何かおこぼれにあずかれたら…と、そんなところだろう。

そうでなければアーサーの実母が亡くなって1人暮らしになって2年間も音沙汰がなく、いまさら連絡してくるなどありえない。

(くそったれやな…)
と、心底軽蔑をするものの、今まで全くなかった家族との交流を嬉しそうに話すアーサーに水をさすような事を言えば、逆に自分の方の心証が悪くなりかねない。

しかし今後もアーサーがそんな輩に付きまとわれるのもゴメンだ。
さて、どうする……。

一瞬考え込んで、アントーニョは決断した。

「アーティの大事なお兄さんやもんな。
親分も大事な弟さん預かる身やから挨拶したいけど、せっかくの兄弟水いらずに水さすのも悪いし、ご挨拶がてらお兄さんにちょっとした贈り物したいんやけど、これからすぐ行ってええ?
アーティに贈り物預けたらすぐ帰るさかい。
アーティから親分が身元しっかりしたモンで、弟さんはちゃんと大事にお預かりします言うとったって伝言と一緒に贈り物渡して欲しいんやけど。」

と電話口で言いつつ、もう断らせる気はないので、大伯父の秘書にメールを打っている。

「え?でも、そんな悪いし…」
と、戸惑うアーサーに、アントーニョはにっこり
「そういうご挨拶っていうのは、すごく大事なモンやって、親分は実家でも学校でも教わってきたしな。
大事なアーティの大事なお兄さん相手ならなおさらや。」
と、お兄さんを強調すると、やっぱり嬉しいのかはにかんだ声で
「…うん……ありがとう、トーニョ。じゃあ待ってる。」
と、言って電話が切れた。


通話を終えるとアントーニョはバサっとジャケットを羽織り、秘書に車を寄越してくれるように電話をする。
そしてやがて車が回されるとそれに乗り、秘書から包装された小箱を受け取った。

「さすが、仕事早いな。」
と、なんと自ら届けに来た秘書に言うと、秘書は
「まあ…突然の依頼にしては少しこみいった物ではありましたが…会長の依頼に比べればまだ可愛いですね。」
と、澄まして言う。
「あ~、おっちゃんは平気で無茶言いよるなっ」
と、それにアントーニョが噴き出すと、秘書は
「そう思われるなら、アントーニョ様からもどうぞお手柔らかにお願いしますとお伝え下さい。」
と、小さくため息をついた。


そしてアーサーのマンションの前。
車を待たせて自分だけ降り、アーサーの部屋まで向かう。
ちらりと手の中の小箱に視線を落とし、そして顔をあげてチャイムを押した。
パタパタと相変わらず軽い足音。

「トーニョ、おはようっ!」
と、兄との約束があるからか、自分が来たからか、――後者であれば嬉しいのだが――いつになく機嫌よく顔を覗かせる宝物に、

「おはようさん。じゃ、これと一緒に伝言頼むな?」
と、小箱を手渡す。
そして反転しかけると、くいっとシャツを引っ張られた。

「トーニョ?もう帰るのか?兄さんが来るまでまだ時間があるしお茶でも…」
と、見あげてくるアーサーに後ろ髪を引かれないでもないが、そこを、えいっと思い切って断る。
「堪忍な。急いで来よ思うて車で来て、外でそのまま待たしとるんや。
今日は名残惜しいけどまた夜イルヴィスでな。
気をつけて楽しんでおいでな?」
と、ポンポンと軽く頭を叩いて、アントーニョは今度こそアーサーの部屋を背にしてエレベータに向かった。

そして戻る車内。
車内に置きっぱなしにしておいたサマージャケットをシャツの上に羽織る。
そして秘書から受け取るブロンドのウィッグとサングラス。
それで変装終了。
…そして、イヤホン。

「じゃ、あとは自分でやるわ。おおきにな。」
と、全てを装着して車を降りると、秘書と車を返し、自分は商店街の方へと歩き出す。

手段なんて選ぶ余裕も選ぶ気もない。
自分の可愛い可愛いお宝ちゃんにちょっかい出そうなどという輩は、どんな手を使ってでも踏みつぶす気満々だ。

それにはまず情報収集。

調べさせたアーサーの父親の家族構成によると、異母兄はアントーニョ達と同じ高校2年生のはず。
ということは、出かけるとしても移動はおそらく電車だろう。

そう検討をつけて、駅前のファーストフード店で待つこと40分ほど。
イヤホンから包みを開ける音がする。

『すごいな…俺にまでか。ずいぶん気に入られたんだな…』
とさきほどまでとは違いクリアな声。
贈り物の高級腕時計に仕込んだ超小型盗聴器の調子は上々のようだ。

年が違うと言うのもあるし異母兄だから似てないのもおかしくはないが、あの可愛らしいアーサーの声とは違う、妙に気に障る声。
元々心証が良くないせいも多分にあるだろうが…

それに対して
『トーニョが…こういう挨拶は大事だって。俺の大事な兄さん相手だしって…』
と、この世の悪意、不純なものから完全に隔絶されているに違いないアーサーの可愛らしい…天使のような声。
ああ…あんな嬉しそうな声、そんな奴に聞かせたらあかん。

フライドポテトの塩をトントンと少し払ったあと口に運び、苛々と噛み砕く。

日本各地、どこにでもあるこのファーストフード店に来るとイモ好きのギルベルトが必ずと言って良いほど注文するので、半ば習慣のように注文した細く切って油で揚げたイモは、しかし1人でいると全く減らない。

(ギルちゃんのせいやっ、これっ!!どんだけイモが好きやねんっ!!)
と、八つ当たり気味に苛々とイモを握りつぶすアントーニョ。

そんな間にも、異母兄はしばらく自宅で親の近況など話したあと、どうやらマンションから近いファミレスに食事に行くという話をするので、アントーニョも立ちあがってほとんど食べていないポテトをゴミ箱に放り込んでトレイを置いた。
もちろん、一足先にそのファミレスに移動するためだ。


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