オンラインゲーム殺人事件あなざーその1・魔王探偵の事件簿_1

序章――前日


明日から夏休み、中3の2学期の終業式の日の事である。

「ただいま…」
と、マンションの鍵を開けて中に入ったアーサーは、誰もいない事もわかっていて、それでも帰宅を告げた。

1人で暮らすそのマンションからは当然返事がないので、そのままドアを入ってすぐのダイニングのテーブルの上に郵便物を一旦置く。
ダイニングから一歩踏み出せばすぐに寝室を兼ねた私室がある。
そこの勉強机の横に紺のブレザーが気崩れないように、アーサーは背負った通学用のリュックを注意深く降ろした。

そして忘れないうちにと机の引き出しから印鑑を出し、リュックから出した成績表の保護者の欄に印鑑を押す。

5段階評価で全て5が並んでいるその通知表は、一般家庭であれば親に褒められ、もしかしたらその夜はご馳走にでもなるかもしれない。

しかしアーサーには褒めてくれる相手はない。
だから、今日も大きめの冷凍庫に詰め込まれたレンジでチンすれば食べられるプレートの食事だ。

小さな会社を経営している父親は金銭は生活に不自由しない程度にはあって、アーサーにこうして小さなマンションを与え、普通の生活に困らない程度の生活費をふりこんではくれる。
しかし2年ほど前、アーサーが中学に入りたての頃にアーサーの母親が亡くなると同時に、アーサーが生まれる前から関係がある女性と再婚し、長く関係が続いたその女性との間にはアーサーより年上の子どもすらいて、女性とその息子達と暮らしているため、顔を見せる事はない。

――来年は高校だし、いっそのこと全寮制の高校でも入ればいいのかな…

などと漠然と思うが、進路を心配してくれる親もなく、入りたい高校には大抵入れるであろう成績もあるので、具体的に考えた事はない。

そんな中での夏休みというものは、アーサーにとっていつも以上に楽しい時間にはなりそうになかった。
あまり人づきあいが得意ではないアーサーは、それでも学校にいる間は先生なりクラスメイトなりと少しは接する機会もあるのだが、それも夏休みになると一気になくなる。

塾にでも行けばいいのかもしれないが、単に人恋しいからという理由で行くには、おそらく厄介者であるのだろう自分に不自由ない暮らしを提供してくれている父にさらに負担をかけるのではと心苦しく思えた。

こうしていつものように1人で参考書に向かう前に食事をしようと着替えてダイニングへ戻って、ふと普通の郵便物にしてはかなり大きなその茶封筒の存在を思いだした。

…差出人は日本でも有数の大企業、三葉商事だ。

なんだこれ???
開けてみたら入っていたのは手紙と一枚のゲームディスクとそのマニュアル。
とりあえずディスクは置いておいて、白い封筒の封を切ってみる。


『【拝啓 アーサー・カークランド様】

今回当社はある試みのため、都内在住の12名の10代の学生の皆様に無作為に同封したオンラインゲームのディスクを送っております。
このゲームは魔王を退治する事を最終目的としたRPGです。
そして魔王を倒した一名様に賞金1億を差し上げます。
なお、この他にもミッションを一つクリアするごとに賞金10万円を進呈いたします。
もちろんネットにつなげる環境さえあれば、費用は一切頂きません。

受付開始日時  :7月25日午後8時。

アクセス可能時間:
開始日~目的達成時までの午後8時~0時
(この時間以外はサーバーにアクセスする事はできません)

参加資格   :
この通知を送られたご本人様のみ。他者への譲渡は不可とさせて頂きます。
なお、ご本人様であれば一度不参加の意思表示を取られたあとでも再度の参加は可能。
キャラデータ等は目的達成時まで保存しております。
また、ディスクを紛失、破棄してしまった場合も再度送らせて頂きますので当社窓口までご一報下さい。

その他詳細につきましてはマニュアルをご覧の上、ご不明な点がございましたら当社窓口までお問い合わせ下さい。

※すみやかにゲームを始める為に、あらかじめゲームのインストール作業を行い、マニュアルに目を通しておいて頂く事をオススメします。』




えええ??
問い合わせ先は確かに三葉商事の代表窓口だ。
念のためにこういう物が送られてきたんですが?と問い合わせてみたが、確かに三葉商事でやっている試みだと返答が返ってきた。
嘘や釣り、また怪しいセールスの類ではないらしい。

一応本当らしいとの前提の元に、アーサーはいったんそれをテーブルに置いてレンジにプレートを放り込み、温めたプレートで昼食を取りながら、とりあえずマニュアルを開いてみる。

基本操作…はまあやりながら覚えた方が早そうなので、先に即必要になるであろうキャラメイクに目を通してみた。

全ジョブ7種類。
1ジョブにつき選択できる人数は二人。
ようは…戦士というジョブをやりたい人が三人いても、二人までしか選択できない。
だから残った一人は別ジョブを選択しなければいけないと言う事だ。

ジョブの選択は早いもの勝ち。
ただし、キャラを作り変える事や、ジョブを変える事はできない。


選択できるジョブは以下の通り

攻防の値の基本になっているのはウォーリア。
○ウォーリア: 攻守共にバランスの取れた近接アタッカー
○ベルセルク:攻撃特化の近接アタッカー。攻=倍、防=半分
○アーチャー:遠隔物理アタッカー。攻=倍、防=4分の1
○ウィザード:魔法アタッカー。物理攻=10分の1、防=10分の1、範囲攻撃可、属性によって得手不得手がある。
○プリースト:ヒーラー。神聖、治癒、蘇生魔法。攻=10分の1、防=5分の1
○エンチャンター:攻防命をそれぞれ倍加する魔法。攻=4分の1、防=半分
○シーフ:近距離&遠距離物理アタッカー。攻=半分、防=3分の1、回避=4倍



男女でパラメータの差はないから、外見はまあご自由にといったところか。

ミッションを一つクリアするごとに十万円。
察するに…新しいソフトのテスターなのだろうか。

オンラインゲーム…ということは、他のプレイヤーもいるのだろう…
1人きりの夏休み、たとえそれがディスプレイの向こうであろうと、誰かと接することができるのは嬉しい。
あわよくば友達が欲しい…。

なんとも寂しい考えだが事実だ、仕方がない。

こうしてアーサーは棺桶に片足突っ込むような事になるとは思わずに、このゲームを始める事にして、迷わずディスクをPCに放り込んでゲームをインストールしたのだった。




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