ファントム殺人事件 第二幕_5

ファントムは闇の世界へとヒロインを誘う


「悪い…今日はもう帰っちゃだめか?」

ギルベルトに呼び出されたアントーニョとロヴィーノが出ていったあと、普段はワーカーホリックなアーサーがそう言うのに、ローデリヒは目を丸くした。

「ええ。明日も明後日も忙しい日が続きますしね。順番で休む事も必要だと思いますよ。」

いつもは休めと言っても休まないアーサーが珍しいこともあるものだと思いつつそう了承を返すと、ありがとうと言ってアーサーはさっさと帰り支度を始めた。

「アーサー、体調でも悪いの?お兄さん送ってくよ。」
と、それを見て立ち上がるフランにアーサーは
「いや、在校生だけじゃなくOBとかまで一日中誰かしら来てて人に疲れただけだから…。
悪い。一人になりたい。」
とそれを制する。

「そう?じゃあなんかあったら携帯頂戴ね?」
とフランシスは手がけていた衣装のサイズ直しの作業に戻った。

こうしてアーサーはいつもより早めに…と言ってももう夕方六時だが…学校を後にした。




一人で帰るのは久々だ。
いつもは必ず隣にアントーニョがいる。

いや…いつもと言っても自分が知っているアントーニョは去年の7月の終わりからの彼で…18年間の人生の中のたった1年弱。
18分の1に過ぎない。

それに比べてロヴィーノがアントーニョと過ごしてきたのは実に15年間にも及ぶ。
アーサーと同じように不器用な性格で…中学卒業と同時に引っ越していった幼馴染…。
随分と可愛がっていたとアントーニョの妹のベルから聞いたことがある。

もしかしたらアントーニョは可愛い幼馴染が消えた穴を自分で埋めたかっただけなのではないだろうか…。
そんな不安を胸にそれでも二人を引きあわせて後悔した。

ロヴィーノの方は明らかにアントーニョが好きなのだと思う。
いつも用があってアントーニョが自分に近づこうとすると、さりげなく別の用事を作って遠ざけようとしていた。

和樹亡き後、学年こそ違うものの学校では唯一くらいの友人になってくれたロヴィーノのそんな様子に気分は落ち込んだが、家に帰るとアントーニョが甘やかしてくれた。

でも昨日……

思い出すだけで胸が締め付けられ、ツンと鼻の奥が痛くなる。

ロヴィーノと出会ったのは昼休み、誰もこない秘密の裏庭で、一人で作った弁当を一人で食べていた時だ。

何故か弁当持参で何かから逃げるように転がり込んできたロヴィーノは、アーサーの弁当を見て人間の食べ物じゃないと言い切った。
随分と失礼な奴…とは思ったが、食べてみろと差し出されたロヴィーノの弁当は、まるでレストランの料理のように見た目も良く、味も美味しかった。

これだけ美味しい料理を作る人間からしたら、なるほど自分の料理など料理のうちに入らなくても仕方ない、さきほどの失礼な発言もそう思って水に流せるほど美味しかったのだ。

アントーニョがロヴィーノの料理を手放しで褒めるのは当然だ。

そして…もともと身代わりでしかなかった料理一つ満足に作れない自分より、15年もの長い間、慈しんで守ってきた料理上手な年下の幼馴染の方が良くなるのも……




学校から徒歩10分。
電車に乗って最寄り駅まで15分。

閑静な住宅街が広がる駅で降り、人通りが少ないのにホッとする。

気が緩んだ瞬間、それに比例して緩む涙腺。
自宅に付くまで我慢しようと思っていたのに、視界がぼやけて涙が頬をこぼれ落ちた。

ポケットから白いハンカチを出して目元にあてた瞬間、上着の内ポケットの携帯が振動する。
ディスプレイを見るとアントーニョからだ。

…出たくない……。
そう思ってスルーしたが、いつまでたっても振動を続ける携帯に根負けした。
アントーニョの事だ。
出なければ追って来かねない。
それは避けたい。

仕方なしに通話ボタンを押すと、随分と焦ったようなアントーニョの声が聞こえる。

『もしもしっ!あーちゃん、今どこなん?!誤解やねんっ!!』

(……誤解?俺を好きだと思っていたのが?)

泣きたい気分でそんな事を思う。
聞きたくない…またひとりになるのは嫌だ……。


そんな状況で随分と集中力を欠いていたのだろうか…それとも本当に気配もなく現れたのだろうか…
目の前にス~っと白い手袋をした手が伸びてくるまで、アーサーは背後に現れた影に気づかなかった。


『クリスティーヌ……捕まえた……』


どこからか聞こえるしわがれた声…視界が揺れる…


次の瞬間、カクリと膝が折れ、力の入らなくなった手から携帯が落ちた。




『あーちゃんっ?!どないしたんやっ?!!誰かおるん?!!なあ、返事したってっっ!!!!』


耳からはるか離れていても聞こえるくらいの音量で叫び続けるアントーニョの声。
それを遠くに聞きながら、アーサーの意識は闇へと落ちていった。







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