天使な悪魔_7章_7

死に二人を分かたれるよりも


早く…一刻も早く助けなければ…。
焦る気持ちを抑えきれずに指定された地点へと車を飛ばす。

目的はおそらく…というか絶対にアントーニョ自身だろう。
自分が殺されるのは構わない。
でもその後アーサーをどうすればいい?

一人で来いと言われただけで知らせるなとは言われてないと開き直ってギルベルトに場所を言っておくことも一瞬考えたが、そんな事をして相手を怒らせて万が一があっては困る。

自分の命と全資産を条件に、ギルベルトにアーサーを引き取りにこさせることを約束させるか…と、アントーニョにしては珍しく色々考えた。


状態が良くないから体力にはまだ不安があるが手術の決断がくだされたのだ。
自分が誘拐されている事を知らせてショックを与えたり、この空気の中で酸素マスクなしに放り出されたりしただけで、十分発作を誘発してしまう。
ここで万が一ひどい発作を起こせば全てが終わる。
そうならない前にとにかく助けだして、ギルベルトに引き渡さなければ。


指定された場所に行ってみると、相手はなんとひとりきり。
アーサーがいなければ倒して終わりだが、変な動きをして軽く酸素マスクをずらされるだけで、あの子は簡単に死んでしまう。

そのくらいなら確実に自分の命と引き換えた方がいい。

そう思って交渉すると、元々アントーニョの命が目的だった相手は即了承した。

これで…あの子が助けられる…手術を受けさせてやれる…。
安堵が全身を包んだ。

まだ幼いと言える年の頃から手を血に染めながら他者の命を踏み台にして生きてきた自分の真っ黒に染まった命と、ずっと病室のベッドの上で空と花を眺めながら生きてきたあの子の真っ白な命…どちらが永らえるのにふさわしいかなど、比べるまでもない。

むしろ最後に天使を助けるために死ねるなんて、血塗られた罪人の一生にしては上等すぎだと思う。

最後にあの子のはにかんだ笑顔をもう一度見たかったなとは思ったが、自分の命が終わることにはなんの感慨もなく、アントーニョは無抵抗に殺される意思表示として後ろを向いて敵に背を見せた。

が、その背に銃が向けられる気配がした瞬間…

「トーニョっ!!!」
アーサーの叫び声がした。

しまった!意識が戻ったのか…と、振り向いたアントーニョの目に入ったのは、おそらくもう発作が始まっているのだろう…血の気のなくなった顔で苦しいであろう息の下、それでも自分に銃を向けている敵に体当たりをするあの子の姿だった。

まるでスローモーションのように、アーサーの最後の命綱であった酸素マスクが弾け飛んで、地面に叩きつけられるように倒れ込む細い身体。

軍人として染み付いた習性が咄嗟にあの子が弾いた敵の銃を拾い、確実に敵の頭を鉛の弾で打ち抜き、その後、まず敵を倒す事を優先してしまった習性に絶望する。

「アーティーッ!!!」

駆け寄って助け起こすが、大きなペリドットの瞳はもう半分輝きを失いかけ、苦しそうな呼吸を繰り返しながら時折咳き込む小さな口元は吐き出した血で染まっていた。

「アーティー…アーティー…嫌や…行かんといて…嫌や…なあ嫌や」
苦しくて悲しくて辛くて辛くてもう訳もわからず叫んで泣いていると、白い手がソッとアントーニョの頬に伸びてくる。

「……悲しい思いさせて…ごめんな。」
少し困ったような…でも慈愛に満ちたかすかな笑みに心が粉々に砕け散った。

「なんでアーティーが謝るん?!俺の…全部俺のせいやんっ!
あの日俺が声かけんかったらアーティーは襲撃に巻き込まれんかった!
俺がおらんかったらこんな風に殺される事もなかったんやっ!
それでも…堪忍…一緒におりたかった。出会って嬉しいと思うてしまったっ!
俺は最低やっ!最低な男やっ!!
堪忍…出会ってしまって…好きになってしもうて…巻き込んでしもうて…守ってやれんくて……こんな風に死なせてしもうて堪忍っ!!」

意識が途切れたのか軽く目をつむったアーサーにそれでもアントーニョは叫び続けた。
今この瞬間にもアーサーは苦しんで弱っていくのに何故自分はピンピンしているのか…苛立たしげに思った瞬間、アントーニョはふと思い出してブーツに仕込んでいるナイフを取り出した。

銀色に光るその刃をジッとみつめたあと、

「一緒に行こか…」
と、迷うことなくそれを自分に向かって突き立てる。

…が、ナイフは途中で固い物に当たって止まった。
仕事の帰路に買った指輪の箱…。

アーサーが好きな薔薇の……。
二人がずっと一緒にいる事を誓うための……

アントーニョは箱から指輪を取り出した。

「これな…帰ったら渡そうって思うててん。
…式も指輪もまだやったから…。
……受け取ったって…?」

震える手でだいぶ力のなくなったアーサーの手をとると、薬指にソレをはめる。
白い指に光る金色の指輪…。
その指先にキスを贈る。

「例え死にかてアーティーと分かたせるなんて許さへん。
病める時も健やかな時も…死んだあとかてずっと一緒やで?」

そう微笑むと、アントーニョは自分の首筋にナイフの刃を当て、スッと引いた。
一気に失われていく血…。

「これで…ずっと一緒や…」

最後にソッと人生で最後と決めた天使の血の気を失った唇に口付ける。

最愛の天使との初めての口づけは…どちらのともわからない血の味がした。



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