天使な悪魔_7章_1

エンジェルブランド


「菊…今週分、そこな?」

1週間に1度、本田が訪ねてくるようになった。
理由は…エンジェルブランドの品々の仕入れ。

アーサーが手ずから刺した薔薇の刺繍のハンカチやキーホルダーなどの小物はお守りとして人気があるし、庭で咲かせた薔薇で作ったジャムやお茶も好評だ。

それらはいったん編集部のサイトでオークションにかけられ、売上金は全てギルベルトが戦災地域を回って無償で治療をするための医薬品などの購入に充てられる。

「相変わらず見事な刺繍ですねぇ…」
アーサーが淹れた紅茶を一口飲んでほぉっとため息をつきながら、本田は品々の中から一枚のハンカチを手にとってしみじみと言った。


「…俺なんかが作ったもので本当に良いのか?」

敵軍のスパイなのに…と言う一時よく使っていた言葉は飲み込んでおく。
ここまで有名になってしまうと今更それを言ってもアントーニョに迷惑をかけるだけだろう。

それでも…良いのか?と言う気持ちが拭えずに納品するたびそう聞くのだが、本田はそのつど
「もちろん!アーサーさんが作るから意味があるんです。皆さん、アーサーさんが作ったエンジェルブランドの品物が欲しくて大金はたいているんですから。」
と大きく頷くのだ。


そう、アーサーの作ったものはオークションで落札後、フェリシアーノがデザインし広報部で印刷された天使の羽根模様の包装紙に包まれて落札者の元に届く。

それらはエンジェルブランドとして基地内で大人気だ。

その品の質の高さもさることなあら、アーサーが体調の良い時に合間を見つけて作るものだから、非常に数に限りがあるのだ。

“白薔薇の天使が戦災地域の人々を助けるためにボランティアで作っている品々”
そんなイメージももちろん商品の売れ行きに拍車をかけている。



二人がそんなやり取りをしていると、

「人気あるのはええけど…無理したらあかんで?」
アントーニョがそう言って、自分もソファに座って紅茶を飲むアーサーを後ろから抱きしめた。

アントーニョ自身は実はこの企画にあまり乗り気ではない。

アーサーが周りに受け入れられるのは良いのだが、あまり外の環境に触れさせたくない。

できればこの室内だけで、誰にも知られず干渉もされず、ひっそりと薔薇を育て、刺繍をさしながら過ごして欲しいと思っている。

迷惑をかけている…そんな負い目を感じたアーサーがおかしな方向に暴走しないようにと言う事と、隠せば乱暴な手段をとっても暴きたくなるものだ…だからソッとしておいて欲しいなら逆に適度にオープンにした方がいい…との本田の説得で許可はしているものの、それが少しでもアーサーの健康を害する要因になった瞬間、即やめさせるつもりだ。

安全で幸せのつまった小さな箱庭を作る気は満々なのだが、肝心の天使がその空間でジッとしていてくれない…それが目下のアントーニョの一番の悩みだった。


アーサーは元々はフェリシアーノのようになりたかったらしい。

自分やギルベルト、フランシスなどを目指すよりはまあまあ正しい方向性と言えなくはないが、自分の方がよほど弱った身体でギルベルトの医療ボランティアに付いて行って手伝いたいというのは頂けない。
下手すればボランティアに行った先で遺体になって戻ってきかねない。

どうしても社会貢献できていない事が気になるなら、この自分の居住エリア内で大人しく過ごしてくれるならその分を医薬品代として自分がギルベルトに定期的に払うとアントーニョが提案したのだが、それでは意味がないと肩を落とされた。

アーサーがちゃんと目の届く安全な場所にいてくれないと軍でも屈指の軍人と言われる自分は何も手につかないのだから、その自分が安心して働けるようにしていてくれるのは十分社会貢献だと思うのだが…。

あまり強固に反対して落ち込まれすぎても身体にさわりそうで怖いし、どうしようかと悩んでいたら、壁に飾ってあるアーサー作の美しい刺繍のタペストリーを見た本田が刺繍をオークションで売って、その売り上げを寄付したらどうかと提案したのだ。

最初は2,3点売ってそれで終わりかと思っていたので良い案だと思ったが、それが日常的になり、とうとうブランドまで出来てきたあたりでストップをかけたくなってきた。

出来ればある程度身元不確かな怪しい人間ではないと認知されたくらいでやめておいてくれないか…というのが、アントーニョの率直な意見だ。




(可愛えなぁ…確かにほんま天使なんやけどな…)

本田が帰った後、自室のふわふわの絨毯の上に座り込んでティディベアを抱きしめたままうたた寝をしている最愛の天使を抱き上げて、ベッドに寝かせてやる。

風邪でもひいたら大変だ。
本当に命取りになりかねない。

配偶者というよりはまだ守るべき小さな存在で、実際にキスすら額や頬にしかしていない。
乱暴に触れたら壊してしまう。
まるで身体の弱い子どもの親にでもなったかのように、とにかく無事に生きて健康になってくれと日々願っている。

今ですらこんなに愛らしいのだ。
子どもの頃の愛らしさと言ったら、おそらく本当に天使以外の何者でもなかっただろう。

なのに先天性の心臓病を患った状態のこの子を捨てられた親がいたなんて本当に信じられない。

そんな風に親から諦められて半ば捨てられたせいか、アーサーは自分のことについては悲しいほど諦めが良い子だ。
何もかも…自分の人生も命も簡単に諦めてしまう。
そのくせ他人を優先して、気遣うのだ。

自分がスパイかと疑われた時も、この子は自分の身を守る事を早々に放棄して、自分を落とす事でアントーニョを巻き込まないように画策しようとした。

おそらく…それが誰かのためだと言われたなら、この子は簡単に自分の命を投げ出すだろう。………それが怖い。

それでなくてもいつ止まるかわからない心臓を抱えているのに……守られてくれない。

どれだけ自分が大事な存在なのか、全くわかってない…わかってないのだ。






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