天使な悪魔_6章_1

ウェディング


「アーサーさん、視線をこちらに向けて頂いて宜しいですか?」

サラサラの黒い髪の青年の指示に従って視線を向けると、パシャッパシャッとシャッターが切られる。

点滴その他は外せないが、撮影の間だけ…と外された酸素マスク。
ベッドの上に半身を起こして、頭にはレースのヴェール。
その上にはハラハラと無造作に白い薔薇の花びらが散らされていて、手には小さな白い薔薇のブーケ。

アーサーは何故か今、先日フランシスが読んでいたウェディング雑誌の撮影に付き合わされている。

敵軍に潜入している身の上で何故かその軍屈指のエリート軍人と籍を入れる事になったというだけで十分ありえないのに、雑誌でその旨を紹介されるなんて…しかも、この格好の写真が載るなんて、本気でありえない。

何故こうなった?
もう現実に起こっている出来事の暴走っぷりは、アーサーにはどうすることもできないレベルになっている気がする。





元々は情報を扱う関係で広報部とも親しいフランシスに、広報部の友人から持ちかけられた話だったらしい。

色々なタイプのウェディングを特集するため、ぜひアーサーを取材したいとのことだった。

相手は軍でも気さくな性格で有名な人気者のエリート軍人のアントーニョ。
同性婚…というだけではなく、休暇中のアントーニョが敵軍に襲われた時にたまたま居合わせて巻き込まれた一般人。
今までは動物ばかりだったアントーニョの天使の中で、初めての人間。
身体が弱く現在も治療中で、手術のため体力が戻るのを待っている。

なるほど、色々な意味で話題性はあるのだろう。

フランシスを介して初めてその話を持ち込まれた時は、当たり前だがアントーニョは反対した。
もうそれはきっぱりと。

あまつさえそんな話を持ってきたフランシスにとりあえず怒りをぶつけかけたところで、間に入ったのはそれを頼んだ張本人、広報部部長の本田菊という人物だ。

部長…と言うにはあまりに若く見えるが、実はアントーニョ達よりかなり年上らしい彼は、年齢に見合った落ち着きっぷりで、可愛らしい外見に似合わない意外に低い声で

「中途半端に知られてしまっている以上、アーサーさんの事は隠すより公にした方が安全だと思いますよ?」
と、にこやかに説得を始めた。

「どういう意味や?」
と百戦錬磨の人間相手にそこで聞き返してしまった時点で、もうこうなることは決まってしまったと言っても過言ではない。

本田は表現する事が仕事の人間なのだ。

「つまり…配偶者となられるアーサーさんが、アントーニョさんの配偶者であって敵軍から狙われる可能性があると周知されれば、怪しい人物が近づけば誰かしらが通報してくれるでしょう?
それと、アントーニョさんのその方との出会い、身体が弱い方で命の危険性がある病気であること…そういう事が公になれば、スパイだのなんだのと言う話も出なくなりますしね。
なによりそういう意味でやましいところがあれば、雑誌に顔を見せたりはしませんから」

そう言われてみればなるほど、と、思ってしまう。
元々アントーニョは論理に強い人間ではないのだ。

「せやけど…今床に臥せっとるから…」
と、もう半ば説得されかけているアントーニョに最後のひと押しとばかりに本田は

「ええ、もちろんベッドの上での撮影で構いませんからっ。
こちらでヴェールを用意させて頂きますので、それをつけて頂いて30分以内にはすませます!」
と、にこやかに請け負った。

「ヴェール?」
「ええ、そうです。特注のレースのヴェールです。
あとは白バラのブーケとか、儚く美しいイメージで良いかもしれません」

もちろん、先日のウェディング雑誌を挟んでのアントーニョとのやり取りをフランシスからしっかり聞いて知っている上での提案だ。

アントーニョの方は深く考える質ではないので、裏でそんなやりとりが成されているなどとは思っても見ないのだが…。

脳裏には先日のような繊細なヴェールの下、白い薔薇を手にする可愛い天使の絵図が浮かんで、ついついOKを出してしまっている。

もちろん、アントーニョ以上に流されやすいアーサーに拒否などできるはずはなく、この日の撮影とあいなったのだった。

こうして約束通り撮影は30分ほどで無事終わり、本田は帰っていった。

初めての事だらけで若干疲れたもののとりあえずは短い時間ではあったし、無事済んでホッとする。

まあ特集記事に載る多数のうちの一人でしかないわけだし、そんな注目されることもなく読み飛ばされるのだろう…そう思ったアーサーは甘かった。

この記事をきっかけにさらに色々な事が動いていく事になるのを、彼はまだ知らない。




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