温泉旅行殺人事件_2

東京から電車で3時間。
山間の駅に着くと、そこからはマイクロバスで旅館に向かう事になっている。
紫葉荘…と書いてあるマイクロバスを見つけると、コウがまずフロウを乗せ、アオイ、ユートとうながして、最後に自分とフロウの荷物を手に自分が乗り込んだ。
中にはすでに老夫婦が一組、中年…30代後半から40代前半くらいだろうか、の男性が一人、それからOLらしき女性3人組が乗っている。

「ね、あの男の子、すっごい美形♪隣の子…彼女かなぁ…」
などと女性陣がコソコソとコウの噂をするのはいつもの事。
「もう一人の男の子もまあいい線いってるけど…やっぱり彼女連れだよね。
惜しいなぁ…二人とも彼女いなければちょっと声かけちゃうのに…」
と、こちらはユートの事らしく、アオイがピクンと硬くなる。
それに気付いたユートは、アオイの肩を少し抱き寄せて
「あ~ホント若い男とかいなくて良かった~。いたらアオイ気になって俺一人でトイレもいけないしっ」
とニカッと笑った。
そのユートの態度にアオイはちょっとホッとする。

そんなカップル二組のユート達に興味が失せたのか、OL達の関心は今度は一人でいる男性へ向かった。
男性は中年といってもまあ整った顔の、イケメンと言ってもいいくらいの容姿で、少し沈んだ様な憂いを帯びた表情が、OL達の関心を呼んだようである。

「こんにちはぁ♪一人旅ですか?私達都内のOLなんですけどぉ…」
と、いきなりOLの一人が声をかけた。
男性は考え事をしていたらしく、声をかけられて驚いた様子でビクっと顔をあげる。
「え、ええ。まあ…。」
男性が笑みを浮かべて曖昧な返答を返したその時、最後の一組らしい、男性と同じくらいの年代の夫婦が乗って来た。
「お嬢ちゃん達、彼に騙されちゃだめよ~。そいつはすっごいタラシなんだからっ」
最後にのって来た夫婦の女性の方が、そう言って、その中年男性に
「光二、おひさ~♪相変わらずじゃない♪」
と手を振った。
手を振られた光二と呼ばれた男性は幽霊でもみたかのように目を見開いて硬直する。
「澄花…どうして…」
それだけ言って言葉をなくす男性の横を通り過ぎて、その後ろに夫と共に座ると、澄花と呼ばれたその女性は、
「お待たせしてごめんなさいね。出して下さって結構です」
と、前の運転手に声をかけて、バスは発車した。

バスが動き出すと、その二人の態度にOL達は興味津々だ。
「お二人お知り合いなんですか~?」
ときゃいきゃい声をあげる。
中年男性はそのまま硬直しているが、女性の方はにこやかにうなづいた。
「20年も前に別れた彼氏よ~♪もうね、浮気はとにかくとして、彼女の親友に手だすって神経がしんっじられないわっ。別れて正解♪今の旦那は結婚15年になるけど一回も浮気なんてしたことないわよっ」
あっけらかんと言う女性に、さらにはしゃぐOL達。
言われた中年男性はやっぱり硬くなって無言だ。
その女性の隣に座っている夫の方は、そんな妻に少し苦笑している。

「…女…こえぇ…」
思わず小声でつぶやくユートに、コウはクスっと
「なんか…あの夫婦、映とヨイチに似てるよな。」
と、やはり小声でささやく。
「あ~そうかもっ!奥さん豪快で、旦那さん優しそうだよねっ」
コウの言葉に先ほどまでOL達の事で少し硬くなっていたアオイも笑顔を見せてうなづいた。

「もしかしてっ、お二人誘い合ってなんですか?」
「こら、旦那様に失礼でしょっ」
ユート達がそんな会話を交わしてる間もOL達の黄色いおしゃべりは続く。

(空気読めよ…OL)
と、ユートもコウも思ったが、妻も夫も気にしてないらしい。
妻はまた豪快に笑って
「そそ!旦那見せびらかしにっ!顔はあれだけど、むっちゃ誠実そうでしょ?結婚するならやっぱり不実なイケメンより普通の誠実な男よっ?」
と夫を振り返って、振り返られた夫の方は
「よさないか、澄花。みなさん、すみません」
と低いちょっとしゃがれたような小さな声で言うと照れ笑いを浮かべた。

「奥さん…今すっごく幸せなんだね」
アオイがそれを聞いて嬉しそうに微笑む。
「だねぇ。なんか昔浮気された男に幸せ見せびらかしにってのがいいよなっ」
と、ユートも笑った。

OL達も同じ事を思ったのか夫婦を冷やかしたりしながら、なごやかな空気で3時過ぎに旅館到着。
高級旅館紫葉荘はフロントとロビー、ラウンジ、厨房その他がある母屋と7棟の離れ、そして広大な庭園で成り立っている。
広大な庭園は散歩道にもなっていて、母屋や離れなどから30分ほど歩いた先には海の見える鍵付き露天なんてものもあったりする。
もちろん、そこまでは頼めば送迎車を出してもらえるが、散歩がてら歩く人がほとんどだ。



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