俺たちに明日は…ある?!弐の巻_2

第一日目


雅とは程遠い。
クシャクシャっとした黒髪癖っ毛。くるくるとよく動く生き生きとした緑の瞳。
よくよく見ればなかなか整った顔をしているのだが、言動と行動が全てをだいなしにしている気がする。

「だめ…だな。」
夕食時、アントーニョの隣に設けられた席で杯代わりになみなみと酒を注いだグラスを傾けながらしみじみとアントーニョを観察していたアーサーがぽつりとつぶやいた。

「ア~サァ~~!」
アントーニョが情けない顔で頭を抱える。

「ねえ?いつもそうなん?なあ、そうなん?それともオレに恨みでもあるん?」
「いや、別に見たまま感じたままを口にしただけだが…」
アーサーはグラスの中身をぐ~っとあけて、隣に控えるフェリシアーノの方にグラスを
差し出した。フェリシアーノが慌てて酒を注ぎ足しながら言う。

「しかし…恐ろしく場になじんでるね。アーサー。」
大広間に30人ばかりの男たちがコップ酒片手にアーサーの歓迎会がてら食事をしているわけだが…その中においてもなじむどころか、さらに豪快にやっているわけで…

「お酒も良いんだけど、ちゃんと食事も取ってね」
食事量をはるかに上回る酒量に、甲斐甲斐しく酌をするフェリシアーノは気遣わしげに声をかけるが
「まあそう固いこと言うなよ、フェリ。同じ瓶の酒呑んで初めて仲間だろうが。
ほら、お前も呑むか?」
と、逆にアーサーに酒を注がれそうになって、慌てて顔の前で手を振った。

「無理だよ!そんなペースで呑んだら死んじゃうよぉ!」
その様子を見て、周りの屈強の男達も
「漢だな…」
とボソボソっとつぶやく。

宮中になじんだお堅い奴が、こんな連中に馴染めるのか…というギルベルトの杞憂はただの杞憂だった事がここに証明された。

「美味いな。」
とつまみを口に放り込みつつ、また一杯。
その溶け込みっぷりは、隣のアントーニョと勝るとも劣らない。
周りの男達が青くなるようなペースで杯を重ね、すでにそのペースについていけるのは、隣のアントーニョのみである。

(こいつは本当にお貴族様なのだろうか?)
…と誰もが思い
(まあ、とりあえず気にしないでおこう)
…と皆が暗黙のうちにそう決めたのを本人はもちろん知らない。

「よし!歌うでぇ!」
すっかり上機嫌で意外に良い声で歌い始めるアントーニョに、やんやの喝采。
一緒に歌いだすもの、食器をちゃかぽこ鳴らすもの、ちょっとした小宴会になっている。

楽しい…と思った。
すごい開放感だ。
所作隅々に一々目くじらを立てる奴も、陰口をきくやつもいない。
みんなでのびのびと楽しい気分を共有できる。

周りの目を気にしないでいい、それはなんと気楽で楽しい事なのだろう。
と、奇しくも尊敬する軍師と同じ理由でこの集団が好きになりかけているアーサーなのであった。

そして…
(でもそういえば…もう一人来ると言ってたか…お堅い奴じゃないといいが…)
と自分の立場を差し置いて、思っていたりもする。
そんな事を考えていると、不意にガラっと障子が開いた。

「もうみんな出来上がってたか…」
頭上からため息まじりの声がふってくる。
見上げると額に手を当てつつ大きく息をつくギルベルトの姿が…
見渡せば散らかり放題散らかった中に、撃沈した男の数々。

「ギルベルト、おかえりなさい、食事どうする?」
さほど呑んでいないフェリシアーノがしゃもじを片手にかけよってきた。

「この惨状は・・・さすがに見せられねえな。卒倒されそうだ」
眉をひそめたギルベルトが額に当てていた手を下ろした瞬間、フワっと芳しい香りが鼻をくすぐった。恐らく移り香であろう。

「梅花の香…か?」
呑んでいても嗅覚は鈍っていない。
アーサーが言うと、初めてアーサーに気づいたように、ほっとした口調でギルベルトは言った。

「お前は素面か。」
「素面ではないが…酔うほどには呑んではいない。」
「ウソやし…それ絶対にウソやし…」
化け物を見る目でアントーニョがうわごとのようにつぶやいている。
それに軽く肘鉄を食らわせると、迷うギルベルトに
「多少酒が入っていても、貴族の娘の相手くらいはできるが?」
と問いかけた。
お祭り気分はすっと冷め、瞳に平静な色が戻る。

「貴族でも酒くらいは飲むからな」
と言うと、ギルベルトはアーサーにうなづいた。
「頼めるか。正直…オレもどう扱って良いやらわかんねえ。」
「それも仕事だからな。」
アーサーは立ち上がった。

「膳を用意しておけ。俺は着替えてくる」
フェリシアーノに言い置いて部屋に戻った。

貴族も酒を飲む…とはいうものの、自らを振り返ればあまりに酒くさい。
部屋に戻るとまず香りのついた水で口をすすぎ、香を焚き染めておいた服に着替え、髪を整えた。

身なりを整えて姿見の前に立ち、姿を映す。
幸いまだ酒には飲まれず、顔にも出ていないほうだ。
まあ、多少酒の匂いが残るのを抜かせば、初対面の貴族の姫の前に出るのも差し支えない程度ではある。
この離れにはアーサーと貴族の娘のそれぞれの部屋、台所、浴室の他に、共有の間が用意されている。
膳はそちらに運ばせるらしい。

「さて、行くか」
自分を叱咤するようにパン!と両手で頬を軽く叩くと、アーサーは重い腰をあげた。

「失礼する。」
声をかけて食膳の間のふすまをあける。
とたんに梅花の香にまじって、かすかな酒の匂いがただよってくる。

縁側の御簾を上げ、丁度庭に咲く夜桜が見えるように、膳は配置されていた。
そして…縁側に用意された座には二つの人影。
絵物語のように雅な光景に、アーサーは一瞬足を止めた。

こちらに背を向け、かすかに端正な横顔を覗かせるギルベルト。
その手には朱塗りの杯が握られている。
そしてその杯に舞を舞うような優雅な仕草で酒を注ぐ真っ白な細い手。
絹糸のように細く艶やかな金糸の髪が、桜色のドレスにはらりとかかる。
アーサーの気配を感じ、ツ…と酒を注ぐ手が止まった。

白い顔がゆっくりとアーサーにむけられる。
長い睫にふちどられた澄んだ瞳がアーサーの姿を捉えた。
声なき小さな悲鳴が桜色の唇からもれるにいたって、ギルベルトもゆっくりとこちらに目を向ける。

「来たか…。」
というギルベルトの言葉に
「酔いが回ったか…桜の精が見える。」
と、アーサーは相手を驚かせないように、なるべく表情を柔らかくしてゆっくりと二人の方に歩を進めた。

「リヒテン、さきほど話したアーサーだ」
ギルベルトは杯を置くと固まる娘の手から銚子を取り上げる。
すると娘ははじかれたようにその場で膝を折った。
「リヒテン…でございます。」
小さな手を揃えて床につけ、深く頭を下げる。
細い肩がかすかに震えている。

「アーサーと言う。驚かせてしまったようだ。すまない。」
驚かせたら消えてしまいそうだ…。
物腰がもはや女官達とも違う。本当に深窓の姫らしい。

ローマの言葉を借りれば身分に気後れをする事のないというギルベルトが
『どう扱って良いかわかんねえ』
と称するのもわかる気がした。
宮中に上がって長いアーサーですら、いささか扱いに躊躇する。

「お疲れのようだ。あまり外を出歩かれた事がないのでは…?」
伏したままの娘の手を取っていったん立ち上がらせ、座にうながす。
「お心遣い…痛み入ります…」
娘は俯き加減に視線を伏せたまま、小さく小さく答えた。
「慣れぬ場所でさぞお心細かった事だろう。
こちらへ向かう時ご一緒させていただくよう、手配するべきだったな。気づかずに申し訳ない」
アーサーは視界から桜をさえぎらぬよう、ギルベルトの横に腰をおろす。

「重ね重ねのお心遣い、感謝いたします。でも…」
リヒテンは、アーサーの言葉に再度床に手を添え頭を下げる。
そして杯を手にしたアーサーに気づき、どうぞ、と酒を注いだ。
「ありがとう。」
アーサーは杯をあける。
さらに一献注いだところで、リヒテンは自分の座に下がり、言葉を続けた。
「ローマ様より、下々に慣れるように、一人でこちらへ向かうよう言われておりましたので…」

丁度同じように杯を口に運びかけていたギルベルトとアーサーの手が、やはり同じタイミングで止まる。
そして同じように空いている手を額にあてて
「なんて無茶な…」
とまさに同じ言葉が口からもれるにいたって、終始俯き加減で固くなっていたリヒテンからコロコロと銀の鈴がゆれるような綺麗な笑い声がもれた。

「・・・?」
本人達はきづいていなかったらしい。
やはり同じように不思議そうな視線をリヒテンに向けた。
「お二人とも…先ほどから同じ動作で同じ事をおっしゃっておいでです。」
両の手を口に当て、まだ笑っているリヒテンをアーサーはじっとみつめた。

「笑ってると…可愛いな。」
酒がはいっているせいか、カリエド邸へ来てから緊張感がなくなっているのか心の声がそのまま口にでてしまっている。

「…!」
アーサーの言葉に一瞬息をのんで、次に真っ赤になってうつむくリヒテン。
ずっと俯いていた時には気づかなかったが、コロコロと面白いように表情が変わる。

「可愛い!…うん!リヒテン可愛いな」
笑いがこみ上げてくる。緊張の糸が切れたように笑いが止まらない。

「お前も…パブってるな。」
あきれたようなギルベルトの声。

しかし、アーサーが崩れた事で、リヒテンの緊張も少しほぐれたらしい。
真っ赤になって俯いているものの、さきほどのように固くなっている様子はない。
(まあこれはこれで…良いか)
ギルベルトは安堵のため息をついた。

二人の小うるさい監視者がくるかと思いきや…フタを開けてみれば世間知らずの子供を二人預けられたようなものだったな…と
ギルベルトは慌しかった一日を振り返る。

そしてその子供二人に振り回されるであろう今後を考えると…頭の痛い事だ。
…だが、夕刻の頃のような憂鬱さは何故かない。
こうして嵐のような一日目は、まさにお互いに新しい風を送り込みつつすぎていった。


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