温泉旅行殺人事件アンアサ 中編_2

一番端にある現在宿泊客の泊まってない離れ。
誰もいないはずなので鍵はかかっていない。
二人は靴もぬがずに中に入って寝室の洋室に駆け込んだ。

「…フラン…」
フラリと布団に歩み寄るアントーニョとアーサー。
布団の上には消えた時のまま、蝶の浴衣姿でグーグー眠っているフラン。

「…フラン、起きっ!」
アントーニョがまずパチコンと頭をはたく。

おそらく後ろから何かで眠らされて、そのままずっと眠っていたのだろう。
下手に抵抗する間もなかったのが幸いしたのかもしれない。
かすり傷一つない。
頭を襲う衝撃に、フランはちょっと眉をよせた。

「…ん…もうちょっと…だ…け…」
薬がそろそろ切れて目覚めかけてるらしいが、途切れ途切れにそうつぶやいてまた眠りに落ちそうになるフランに、アントーニョは今度は
「…ええ加減にせんかいっ!ぼけぇ!!」
と、デコピンする。

「…ってえ!!!なによっ、トーニョっ!!!」
と、そこでフランはようやく額を押さえて目をあけた。

そしてガバっと起き上がってキョロキョロとあたりを見回し、
「どうなってんの?」
と、最終的に布団の横に立つアントーニョを見上げる。

「それはこっちが聞きたいわっ、何やっとるんじゃ、ボケェ!!」
アントーニョにまたデコピンをされて、
「いた~い!お前愛が足りないよっ!もっとお兄さんを愛してよっ!!」
と、額を押さえながらいつものお約束のセリフを吐くフランシスにホッとして、アーサーはフラフラとその場に崩れ落ちた。

その後、母屋の取り調べ用の部屋に移動し、アーサーの手の手当をする横で和田がフランに事情を聞いたが、結論からいうとフランは何も覚えてはいなかった。
ギルとベンチに座ってからの記憶が全くなく、気付けば目の前にアントーニョがいたとのことだ。
おそらく…座った瞬間眠らされたらしい。

何度か行方不明になるまでの記憶を確認したあと、そちらの方の質問は諦めたらしい。
和田は
「ボヌフォア、別件の質問なんですが…」
と切り出した。

「あなたは昨夜露天風呂に忘れ物を取りに行かれたとの事ですが…その時ご自身の忘れ物の他に何かみつけられませんでしたか?」
当日…アーサーにした質問だ。
その言葉にフランは、あ~っと声をあげた。

「はいっ。時計を…これなんですけど…」
と、浴衣の袂から腕時計を出す。
「洗面台においてあったので忘れ物かと思ってあとでフロントに届けようと思って忘れてましたっ」

フランの手から時計を受け取ると、和田は
「ありがとうございます。さらに確認させて頂きたいのですが…この時計はあなたが露天に入られた時にはありましたか?」
と、さらに聞く。
それに対してフランは
「ん~、少なくとも露天途中で出てトイレ行った時には置いてありませんでした。」
と、フルフルと首を横に振った。

「確かですか?」
とそれに再度確認をいれる和田。
それにもフランはコックリうなづいて言う。

「はい。丁度俺が置き忘れたブラシのすぐ横に置いてあったので…。さすがにあればブラシ置く時に気付きます。」
「そうですか、大変参考になりました。ありがとうございます。」
和田はにっこりと笑みを浮かべてフランに頭をさげる。

その時、警察官が一人
「失礼します」
と部屋に入って来て和田に何か耳打ちした。
和田はそれにうなづくと、その警察官は部屋を出て行く。
それを見送って和田は犯人が今度はギルベルトの身代金としてもう5000万、同じくルイヴィトンのスーツケースに入れて今日中に用意するよう要求して来た旨を伝えた。
それに対してアーサーはまた報告もかねてフランソワーズに連絡をいれる。
事情を話すとフランソワーズは当たり前にもう5000万即届けさせる事を申し出た。
アーサーはそれをまた和田に伝える。
全てが終わると
「お疲れでしょうし、もうお戻り頂いて結構ですよ。」
と言う和田の言葉で、丁度手当の終わったアーサーはフランと一緒に部屋を出た。

「どうやった?」
部屋を出ると外で待っていたアントーニョが聞いてくる。
「ごめん…ベンチ座ってからの記憶が全然なくて…」
ギルベルトがまだ行方不明なのは聞いているフランが、さすがにしょぼんとうなだれた。

「まあ…結局身代金を二重取りしたいってことなんやないか?」
アントーニョがチラリとアーサーに目をやると、フランはうなづいて
「そのあたりは大丈夫っ。うちで責任を持って出すからっ」
と、請け負った。

とりあえずお金の心配のなくなったところで、アントーニョはぼそりとつぶやく。
「まさか次もあーちゃんに運べ言うんやないやろうな…」
「あ~、その時はまた俺が責任持ってやるから」
それに対してはアーサーが即請け負うが、フランは首を横に振った。

「いや、もし運ぶだけなら俺がやるよ。アーサー重いもん持たない方がいいって。手…こんなにしちゃって…綺麗な手だったのに…ごめんね」
フランが包帯の巻かれたアーサーの手を取って少し涙ぐむと、アントーニョがそれを奪い返して言う。
「それ言うなら俺やろ。フランも力ないやん。」

「犯人じゃあるまいし、“も”って言うな!」
それを聞いてアーサーがムスッと言った。

「へ?あーちゃん犯人に何か言われとったん?」
きょとんとするアントーニョに、アーサーはむぅっと太い眉をよせる。
「やたらか弱い身でとかレディとか大の男でもできないと思ってたのにとか、なんだか人の事を女みたいに言いやがって、あの犯人」
「あ~、あ~ちゃん可愛ええもんなぁ。」
と、それに対して笑みを浮かべるアントーニョにフランは
「ちょっと待って!」
と声をあげる。

「あのさ…4人で来てて他がどうみても男だったら、さすがにアーサーでもいきなり女には見えないよ…」
「だからなんなん?」
「いや、だからさ、犯人、アーサーが昨日浴衣来てるの見て女だって思ってるってことない?」
「あ~!それはそうかもしれへんな」
「俺確認してくるわっ」
と、フランは和田の所に戻った。
そして数分後、また部屋から出てくる。

「アーサー・カークランドに、じゃなくて、俺たちと一緒にいた一緒にいたブロンドの娘に持たせろって指定されたらしいよ。で、和田さんが聞き返したら黒髪じゃなくてブロンドの方だって。」
「あ~、それであーちゃんに話きてんな。」
納得するアントーニョと
「娘ってとこ訂正しとけよ」
と口をとがらせるアーサー。

「とりあえず次どないするん?俺いこか?」
「いや…トーニョ、それ決めんの犯人だから。」
「確かにな…」

「とりあえずさ…アーサーいったん部屋戻って休めば?俺も部屋で寝とく」
と、運び屋論争に一段落ついたところでフランが提案した。
「そうだな…。」
アーサーはそう言った後に、
「フランもどうせなら部屋来ないか?」
と誘う。
一人だと色々嫌な想像もまわるだろうと思ったアーサーの言葉に、フランは苦笑。
「いや、起きてる時は大勢の方がいいかもだけど、寝る時は一人の方がゆっくり寝れるから。気持ちだけもらっとく」
と、自分の離れに戻って行った。

しかたなしにアントーニョと共にアーサーは自分達の離れに戻る。
部屋に入るとアントーニョがまず宣言する。
「とりあえず…寝る前にアーサーは風呂はいり?あちこちボロボロやし、髪の毛とかも葉っぱやクモの巣や色々ですごい事になっとんで。」
確かに…あちこち走り回って木登り崖登り色々やったからそうかもしれない…が…

「ん~洗面台で髪だけ洗って体はタオルで拭くからいい」
どちらにしてもこの手じゃロクに洗えない、と、アーサーはすりむけて包帯を巻いた手をかざすが、アントーニョは当たり前に自分のジーンズの裾をたくしあげると、浴室に向かう。

「何言うとるん?一緒に入るに決まってるやん。今湯張ったるからな~。俺ちっちゃい頃はベルの髪とか洗ったったこともあるし、うまいんやで~」
二人きりで風呂とか少し恥ずかしいのだが、こんな風に思い切りお兄ちゃん色を出されると、どうにも断りにくい。
結果、内風呂に二人で入る事になる。

包帯を巻いた手はビニールで覆って体だけは断固として断って、髪だけはどうしようもないので洗ってもらう事にする。
とりあえず包帯は掌だけで指先は無事なので、タオルくらいはなんとか持てるので体は洗ってシャワーで流し、いったん湯船に入り、頭だけ出して髪を洗ってもらう。
マッサージするように髪を洗ってくれるアントーニョの手の感触はとても気持ちいい。
「たまには…こういうのも悪くないな」
と思わずつぶやくと、
「東京帰っても洗ったるから、しばらくうちに来たらええよ」
とアントーニョは笑みを浮かべて言った。

髪を洗ってもらって風呂を出て、バスタオルで体を拭いて下着をつけると、アーサーはちょっと迷ったが結局備え付けの浴衣を手に取った。
そして手の自由が利かないためアントーニョに帯を結んでもらう。

ふわっと浴衣から漂う良い香りが気になって、浴衣の置いてあった備え付けのタンスの下のスペースを覗き込み、香が炊いてあった香炉を手に取って匂いをかいだ。

「香の匂い…だったんだな。」
アーサーのその言葉でアントーニョも、浴衣の袖を顔に近づけて匂いをかぐ。
「ああ、そうやね。その匂いが浴衣にも移ってる。」
そこで初めてアントーニョは玄関を始めとして、各部屋に置いてある香炉に気付く。
床の間には掛け軸や花が飾ってあるのにも、それまでは全く目がいってなかった。
なるほどそういうところは高級旅館らしい。

「トーニョ…起きてるか?」
夜、二組並べて敷かれた布団に横たわっていると、不意にアーサーが口を開いた。
「ああ、起きとるよ。何?あーちゃん眠れへんの?」
仰向けに寝ていたアントーニョはごろりとアーサーの方を向く。
月明かりだけがたよりの暗い部屋の中で、猫のような少し釣り目がちだが大きく丸いペリドットの瞳がじ~っとアントーニョを見つめている。

「こっちおいでや。なんか少し寒いし。」
少し不安げなその視線にアントーニョが自分の布団を叩くと、もそもそっと白い影が動き布団の中に潜り込んできた。
「寒いからっ、それだけなんだからなっ!」
と、不安を見透かされたのが悔しいのか、拗ねたように言うアーサーにアントーニョは小さく笑った。
「ああ、そうやな。冬やしちょぃ寒いもんなぁ。俺体温高いし湯たんぽみたいで気持ちええやろ。」
「…うん…」
大の男ですらこなせない…そう思われるようなサバイバルをこなしてきたらしい日本一頭の良いエリート高校生。
なのに可愛らしく思えるのはこういう部分があるからだろうか…。

「なぁ…ギルも…大丈夫だよな?」
と上目遣いの威力をわかってないあたり、アーサーがアレなのか、まだ一人行方不明な時にそんな気分になってしまう自分がアレなのか……とりあえずギルベルトは戻ったら一発殴っておこうとアントーニョは心に決める。
「大丈夫やから。明日も忙しい日になりそうやし、眠っとき」
と、アントーニョはその視線を隠すように、アーサーの頭を引き寄せると、自分の胸に抱き寄せた。


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