ネバーランドの悪魔3章_1

昔なじみ


「あ~、またやったのかよ…」
神山の家に飛んで帰ったロヴィーノがみたものは、赤く染まったモップで床を拭いている魔王の姿。

そして
「てめえも懲りねえよなぁ…」
と、ロヴィーノはため息をつく。

魔王はストレスが限界を超えると、たまに自分で自分の心臓を一突きにしてみる。
普通だったら当然死ぬところだが、ロヴィーノに最初に言った言葉通り、魔王は死ねない。
傷は見る見る間に塞がっていく。
結果…流した血だけが床を汚している…という現象が起こるわけだ。

最初は正直ビビった。
次に止めようと思った。
が、そのうち諦めた。

『たまに何か流さんと溜りに溜まって爆発しそうになるねん』
泣きそうな顔でそれでも笑って言う魔王。

単に血を流したいだけ…と言いつつ本当は、死ねないのはわかっていても何度も試してみて、そして何度も絶望を繰り返しているという事には、じきに気づいた。

死んでも良い。
…というか、死んで生まれ変わってあの子に会いたい…
それがこの魔王のくせに気が良くて滑稽な男の唯一の願いなのだ。

魔王のくせにダメダメだ…。
ロヴィーノは毎回そう思って、決意を新たにする。

アントーニョが探し出せないなら自分がアントーニョの大事な子どもを探しだしてやるのだ。
それまではどうせ死ねないだろうが、万が一にでも死なれては困る。





「おい、今日変な奴に会ったんだけどさ…」
と、ロヴィーノは自分の興味と、魔王の気晴らし、一石二鳥を狙ってネタを投下してみた。

「変な奴?」
さして興味もなさげにせっせとモップを動かす魔王に、ロヴィーノは舌打ちする。

「真面目に聞けよっ!なんだか俺の魔法とか全然ビビんねえってだけじゃなくて、めっちゃ強くて、本人曰く数百年生きてるっていうんだよっ!」

「数百年?」
モップを動かす手がピタリと止まった。

「フカシちゃうの?」
そこで初めて魔王はロヴィーノを振り返った。

「あ~…なんだかな~、勘だけど普通の人間じゃねえよ、あれは。
見た目は俺と同じくらいなんだけど、妙に迫力あるっつ~か…。
あの紅い目で睨まれると思わずすくみあがっちまう。」

「紅い目っ?!!」
魔王はモップを放り出してロヴィーノに駆け寄る。
そしてひどく真剣な顔で、その肩をつかんだ。

「その男…銀髪ちゃうか?吊り目で…色白くて…」
「お、おうっ。心当たりあるのか?」
いきなり食いついてきた事にロヴィーノは少し驚いて魔王を見上げた。

「もしかしたら…いや…死んだって聞いたんやけど…」
ブツブツ呟く魔王に焦れたロヴィーノはガタっと椅子から立ち上がる。

「ここでグズグズ言ってねえで会ってくりゃいいだろっ!」
そう言って促すロヴィーノに魔王は
「外は…大人もおるから…」
と苦笑する。

あ~そうだったか~と、頭をかきながら、ロヴィーノは考え込んだ。
二人してそのまま腕組みをしてしばし無言…。

「なあロヴィ…」
「ん~?なんだよ」
「そいつにな、言うてくれへん?『アントーニョって名に聞き覚えない?』って。
あるなら話したいんや」
少し遠い日を思い出すような、そんな目で言うアントーニョに、ロヴィーノにしては珍しく遠慮がちに声をかけた。

「あの…そいつがもしお前の考えてる奴だったとしたら…どういう関係なのか聞いていいか?」
大抵の事に関しては寛大にして鷹揚な魔王だが、過去については非常に色々デリケートな事情があるので、知りたいには知りたいが、つつきすぎるのも怖い。
そんなロヴィーノの心配をよそに、魔王は穏やかな表情になった。

「あ~、親分のアーティを看取ってくれた例の北の国の王子やねん。」
「……めっちゃ人相凶悪だったんだけど?」
「その前にロヴィ怒らせる事してへん?」
「……した。」

そういえば彼の弟らしき子どもを説明なしに連れて行こうとした。
それでもその気になれば相手はロヴィーノを伸す事もできたと思うのに、あえて脅すだけにとどめていた気がする。
無意味に手を出さない良い奴と言えなくはない。

「まあいいや。とりあえず弟らしきチビ連れだったから家は近くだと思うんだよな。
目立つ容姿だしききゃあ誰かしら知ってるだろ。
いいぜ、探してやる。」

ロヴィーノは言って再度立ち上がってドアに向かった。

「別に今じゃなくてええで?ロヴィ戻ったばかりやん。」
魔王が言うのに
「善は急げっていうだろ」
とロヴィーノは返す。

好ましいと思っている知人と会わせれば、これから先ますます寒くなる中で、心と身体から血を流してのた打ち回る魔王を見ずにすむかもしれない。
そう思えば若干の疲れなど大した問題ではない。

「あ~…でも媒体なしで2往復は確かに疲れるな。これ借りてくわ。」
ロヴィーノは部屋の傍らに立てかけてあった箒を手にとった。

もちろん箒なしでも魔法で空を駆ける事はできるが、空中でバランスを取るのに神経を使うので、バランス棒のような役割のモノがあった方が楽なのだ。

それでも何故普段使わないかといえば…【面倒だから】の一言に尽きる。

魔法でポン!と箒を出したり消したりできるわけではないので、持ち歩くのが面倒というのもあるし、考えても見て欲しい。 
空を飛んでいる時は良いとして、普通に道を歩く時に箒を抱えて歩くなんて少々おかしな光景ではないだろうか?
というわけで普段は使わないわけだが、魔法で北の国まで2往復目となると、さすがにロヴィーノも疲れるので、今回はこれのお世話になることにする。

おかしな光景?
さすらうのはほとんど森の中なのだから、そんな事を気にする人間にもそんなには会うことはないだろう。

こうしてロヴィーノは再びモップで床掃除を始める魔王を残して、北の国へと飛んでいったのだった。
 





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