ネバーランドの悪魔2章_1

魔王の悪夢


「待ってるから。行ってこいよ。」

頂上にたどり着いた王族の国が向こう50年間の中央の土地の権利を得られる…そのために集まったわけだから、王族としては頂上を目指すのが当たり前だった。

それでも愛しい子どもが床に伏して熱に苦しんでいるのを他の人間に託して、この子から離れて一人旅立つのは嫌だった。

しかしそこでアントーニョが飽くまで残る事を主張すれば気丈でけなげなこの子どもは高熱に侵された身体に鞭打って、自分も行くから進めと言い出すだろう。

王族になど生まれなければ良かった…それまで国民のために尽くし彼らを守ることを誇りとして育ってきたアントーニョが、今回この子どもと…大事な者と出会って以来何度も感じた事…アントーニョはそれをこの瞬間も痛烈に感じていた。

「ほな、行くな。すぐ戻ってくるから、ええ子にしとるんやで」
身を切られる思いでそう言うアントーニョに口では
「待ってるから…」
と繰り返しながら、無意識にかアントーニョの服の裾を掴む手。

アントーニョと同じく王族としての義務の中で生きてきて我儘を言う習慣のない愛し子の精一杯の意思表示に、アントーニョは泣きたくなった。

振り向いたアントーニョに
「待ってるから…」
ともう一度だけそう言って放される手。

今にして思えば、あの子はこれが最期の別れになるのを心のどこかで予感していたのかもしれない。

もうこれきり二度と会えない…そうわかっていたら絶対に一人で旅だったりしなかったものを……。





戻ってきたアントーニョを迎えたのは待つことが出来ずに神の元に旅立った、愛しい……この世の誰より愛しい子どもの物言わぬ遺体だった。

アントーニョの大事な大事な子どもは、王族である子どもが生きていることを望まない…欲に目が眩んだ大勢の大人達に放置されただけでなく、助けに入ろうとした僅かな人間の手からも阻まれ…病に苦しみながらアントーニョの帰りを待つ事が出来ずに死んでいった…。

最期を看取ってくれたのは、本人曰く神に仕える医療の国の人間としての良心と人道的観点から、それでも邪魔をする大人達を押しのけて介入し、その時にはすでに手遅れだったにも関わらず、少しでもその死が安らかなモノになるようにと手を尽くしてくれたまだ若い北の国の王子だった。

大人は汚い…その時アントーニョの胸に強くそう刻まれた。
苦しくて悲しくて…それ以上に汚い大人が憎かった。
体の中の魔力が真っ黒に染まっていくのを感じながらも、それを止めようとも思わなかった。

憎い…憎い…憎い!!
いっそ一緒に殺してくれたって良かったのだ。

どうせこの行事が終わったら二度と会えないというのはわかっていたのだから、一緒に死にたいと何度か思ったのを、それでも王国の跡取りとして国に尽くさねばという義務感が押し留めて、ここまでやってきた。

その結果がこれか?!
あまりにひどい裏切りだ。
あの子は自国でもない南の国が中央の土地の権利を得るために、病で心細いであろうに自分に一人で行けと勧めるような優しい子だったのに…。

その子どもが治療もされず、水さえ与えられず、苦しんで苦しんで衰弱していく様が脳裏に浮かんだ。

胸が焼けるように痛み、心が砕ける音がした。

許さない…絶対に許さない…。

子どもの幻が悲しい顔で止めている…が、憎しみはとどまる事を知らない。

真っ黒な憎しみに染まった自分は天国に行ったであろう真っ白なあの子にはもう二度と会えないだろう…。

死にたい…いっそ無に帰してしまいたいと思うのに喉を掻き切ったところで即傷は塞がり、食事を絶ったところで飢えを感じることはあっても死ぬことができない。

これは憎しみに身を委ねた天罰なのか…終わる事のない地獄のような生…。

…つらい…苦しい…誰か……


「……にょ…おいっ!……起きろっ!!!」

ベチャっといきなり何かが顔に押し当てられる。
潰れて水気を含んだモノをさらにグリグリと押し付けてくるのは、養い子のロヴィーノ。

「ロヴィ…食べ物粗末にしたらあかんで」

涙が出るのは夢のせいなのか、押し付けられて潰れたトマトの汁が目に入ったせいなのか、アントーニョ自身にもわからない。

「ほんま…目ぇ痛いんやけど」
ポロポロ泣きながら言うアントーニョに、ロヴィーノは
「いつまでも寝てるてめえが悪いっ!良いから顔洗ってこいっ!」
とピシっと寝室のドアを指さした。



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