Scabiosa-私は全てを失った_3

西の神託


北の国の兄弟がそんな健気なやりとりをしている一方で、唯一驚かなかった西の国の王族達は、クジの結果を前に円卓を囲んでいた。

「相方は南の戦闘馬鹿か…。頭でっかちなうちの跡取り様とはお似合いじゃないか?」

「いっそのこと事故に見せかけて殺るってのはどうだ?別にこの際中央の所有権などどうでもいい。要は…今の仮初の平和が終わった時にあの戦闘系に特化した魔力はやっかいすぎるし排除することの方が大切だ。」

「ああ、いいな。中央行事も他国の刺客に対しての用心はしていても、
“お互いにヒートアップした子どもの喧嘩の果てに事故死”
までは想定してねえもんな。」

王族兄弟が集まってのそのやりとりに、ただ二人だけは笑わない。

仏頂面の長男と、唯一正室の子どもである跡取りの末息子。
口を開いたのは長男の方だった。

「間違っても奴を殺すな。…というか死なせたらてめえをブチ殺す。」
長男の視線が向かった先は跡取りの方だった。

「兄上?」
今までニヤニヤ笑っていた他の兄弟が一斉に長兄の言葉に疑問の視線を送る。

「占いに出た。」
長兄はそれに対して他を放置で視線を跡取りに向けたまま告げた。

「南の跡取りが今回の行事が終わる前に死んだ場合、この世に未曾有の大災厄が訪れる。
だからてめえの使命は行事での勝利でも南の馬鹿の暗殺でもねえ。
行事終了まで南の馬鹿が死なねえように見張る事だ。
以上!」

吐き捨てるようにそう言って立ち上がる長兄に、跡取りは恐る恐る声をかけた。

「兄上…」
「なんだ?」
「南は…我が国を嫌っていますし、信用もしていません。どうやって守ったら…」

北は戦略という意味では画策するものの、戦地以外では比較的真っ直ぐ真面目な民族であるし、東はそもそもが戦闘自体を野蛮と好まない風潮がある。

だから、戦場以外でのあれこれまで利用して策略をしかけるのは、ほぼ西だけで、さらに言うなら、単純な戦闘力に長ける分、腹芸を好まない南の国は、過去、西の策略に何度もひっかかり、痛い目を見ている。

ゆえに南の国は西に大して油断のならない気の許せない国という印象を強く持っているのだ。

そんな国の人間がいくら守ると申し出たところで信憑性などかけらもない。

そう口にする跡取りに、長兄は
「知るか。そんなもんてめえで考えろ。」
と、冷ややかな視線を向けると、円卓の間を出ていった。
それに従うように、他の兄弟達もぞろぞろと部屋を出ていく。

こうして最後に一人残された跡取りは…これからの困難を思って一人誰に聞かれる心配もないため息をこぼした。




南の王子


行事当日…。
南の跡取りアントーニョは、わかりやすく不機嫌だった。
原因は言うまでもなく今回の神山中腹までの自分のパートナーとなる相手。

西の国には先祖代々、散々卑怯な手で煮え湯を飲まされてきたと聞いている。
その相手を嫌でも山の中腹までは引きずっていかなければならない。

例えそこらに敵の刺客の10人や20人潜んでいたとしてもそれがどうだというのだ。
自分の戦闘力を持ってすればその程度何も恐れるものはない。
捻り潰せる。
むしろ後ろに守っていたはずのものからいきなり攻撃を受けるほうが嫌だ。

それでもルールはルールだ。仕方ない。

中央エリアの肥沃な土地から取れる物資は魅力的だ。
南の国は去年まで土地の所有権を有していたのだが、これがあるとないとでは、国民の生活の豊かさが違う。
自分の代でこの豊かさを手放さなければならないような事態は避けたい。

つまりは仕方ないのだ。
例え厄介だろうと面倒だろうと、とにかく相手を殴り倒して麻袋に詰めて抱えてでも、自分は西の跡取りを連れて山の中腹までたどり着かねばならないのだ。

とりあえず各国跡取りは組み合わせごとに麓に用意されている小屋で落ちあい、一晩は準備や打合せに費やされることになる。

アントーニョとしてはただただ恐らく潜んでいるのであろう敵をなぎ倒しながら山を登るだけなのだろうから、ちゃっちゃと出発したいところではあるが、翌昼にスタートする、これもルールなので仕方ない。

策略と謀略の国の王子はきっと先に来て何やら画策しているのだろうと、ひどく憂鬱な気分で約束の時間ギリギリに小屋にたどり着いたアントーニョだが、意外な事に相手はまだ来ていないようだった。

小屋のドアを開けて中に入ってみると、部屋は簡素なキッチンのついた居間と寝室の二つだけ。
2国の王子の滞在場所としてはあまりに粗末だが、まあ今日一日寝泊まりするだけだ。
アントーニョ的には全く問題はない。
ただ、寝室の二段ベッドのどちらに寝ることになるのだろうかという事だけ少し悩んだ。

信頼のできない相手と一緒なら下のほうがいいかもしれない…などと考えていると、小屋のドアが遠慮がちにノックされた。
荷物をとりあえずベッドの脇に置くと、アントーニョは居間に戻り、ドアを開ける。

外はいつのまにか小雨が降ってきたようだ。

「はよ、入り。」
と、ドアの前で震えていた人物を中にうながしながら、アントーニョは、ああ、これはあかん…と、内心思った。

凶悪最悪なはずの西の国の王子はずいぶんと華奢で頼りない…もっと言うとまだ幼なくて可愛らしい感じがする。

「あの…遅れてすまない。こういうの慣れてなくて…」
と大きな新緑色の瞳を不安に揺らせて見上げてくるのに、アントーニョはふいっと顔をそむけた。

「別に…どっちにしろ明日まで出発できひんのやから、時間なんてええんちゃう?」
自分でもそれと分かるくらい言葉に棘がまじる。

それにすぐ側で動揺する気配も感じているが、アントーニョは敢えて気付かないふりをした。
突き放さなくては…と、頭が警告を鳴らす。
そう…アントーニョは子どもに弱いのだ。絆されないように関わりを少なくしなければならない程度には。

「あの…俺はアーサー…お前は?」
おずおずとした問いかけにも、
「アントーニョや。今日は疲れとるから休むわ。明日の朝一に支度して午後一には急いで出発するで。」
と、視線も向けずに返すと、早々に寝室へと駆け込み、ベッド脇に置いておいた荷物を手に取ると、ベッドの上段に駆け込んだ。

続いて寝室のドアが開き、下に荷物を置く気配がして、小さなため息が聞こえる。

「おやすみ、アントーニョ。」
恐る恐るかけられた声を無視して、アントーニョは頭から布団をかぶった。





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