やっぱりイケメンに限る_1

イケメンは夜の闇の中で画策をする


娯楽か保護か…

同級生の女の交際の申し込みを断りたいアーサーと、退屈しのぎをしたい自分。

興味本位で始まった関係のはずが、振り回されて必死になって、でもそれが思いがけず楽しくて…そうしているうちにアントーニョの中で徐々に気持ちの比重が大きく変わっていく。

どちらが大切か…という点において、付き合う事にした当初は間違いなく前者であった。

もともと関わる事にしたのも娯楽のためなら、簡単に速やかに問題を解決するなら女の方の気を引いて男に対する興味をなくしてやる方が確実なところを、わざわざ男の方を取り込む事にしたのも、難易度をあげてゲーム感覚で楽しむためだったはずだ。

しかしながら今、アントーニョはなるべくなら男、アーサーのストレスを少しでも減らしてやりたいと思っているし、そのために穏便に速やかに事態が進むように根回しをしている。

せっかくの女側との直接対決と言う今回の最大の山場にして面白い部分を潰してまで…である。

そうしてかけた電話。

――あたしに頼むなんて、トーニョらしくないわね。
というその電話の向こうの相手は悪友達と同級生で幼馴染のエリザベータだ。

女には女の上級生から手を回してもらった方が確実だ…なによりアーサー自身を巻き込まないで済む。
そんな今回アントーニョが選んだやり方は確かにそうなのだが、しかし彼らしくはない。
エリザは付き合いの長い幼馴染なので、余計に違和感を感じるのだろう。

まあ良いけど?と了承はしてくれるものの、《トーニョらしくない》…の言葉の中に暗に『説明しろ』の意味を含めてくる。

まあそれも計算のうちだ。
女友達なら数多く居る中でわざわざエリザに頼んだのには理由がある。

アントーニョは電話の向こうにもそれとわかるようにやや大げさにため息をつきながら

――だってな、あの子泣いてんやもん。可哀想で見てられへん。早う解決してやりたいねん。

と話し始めた。

――あの子?
――アーティに決まっとるやん。もうな、親分ほんまこんなに夢中になったの初めてなんや。
――え??あんた男とは本気にならない人じゃなかったっけ?
と言う電話の声は、嫌悪どころか歓喜を含んでいる。

エリザを選んだ理由はこれだ。
そう、彼女は根っからの腐女子なのである。

――そのはずやったんやけどな…もう今は馬鹿みたいに夢中やで?
――どの程度?
――自分ちに招いて手料理振舞って、女との直接対決なんて面白い娯楽諦めて自分にお願いしとる程度には?
――…重症ね…
――…そうやろ?
全て本音。
計算はないとは言わないが、計算のために発言を変える事は全くしていない、まぎれもない真実、事実である。
エリザにはその方が良い。
彼女も面白がりだが基本的には根はまっすぐで優しい。
フランシスよりはギルベルトに近い感覚でつきあってきた仲間だ。

――それでな…まあ俺らの今まで見続けてきた自分ならわかっとるやろうけど、俺がここまで本気やったら…
――フランシスが面白がりそうね。
――ああ、ほんま察し良くて助かるわ。まあ逆やったら俺もちょっかいかけてみたくなるとこやけど……
――あんた達ってそういうとこお互い容赦なくて最低なまさに《悪友》よね。
――もう今までのそのあたりは言い訳できひんけど…俺に関してはほんまその手のお遊びはもうしまいやから。
――はいはい。まあトーニョがそこまで自分を曲げるっていうのはそうなんでしょうし、そっちの虫避けも協力はしてあげるわよ。
――おおきにっ。さすがエリザ。助かるわぁ。
――その代わり…ネタ頂戴ね?
――アーティが傷つかんもんならなんでも。親分だけなら別に脱いでもええで?
――あら、それ素敵。今度デッサンさせてよ。筋肉見たい。
――ええよ~。

まあエリザに関しては性的な関係性になるような要素は全くないので、このあたりは恋人がいようと無問題だ。
交渉成立である。

これで遅くとも2,3日中には結果が出るだろう。

とりあえずはこれで安心と安堵の息を吐きだして、アントーニョは電話をしながら進めていた作業の手を止めた。

クッキングシートの上に絞り出したチュロスの種。
これに軽くラップをかけて冷蔵庫に放り込み、手を洗ってエプロンを外すとキッチンの側のカウンターにある椅子に放り出す。

そうしておいてチラリと時計に目をやると、時間は午後9半時。

(ん~微妙な時間やけど…今日は大丈夫やろ)

少し迷ってそれでも薄手のジャケットを羽織ると車のキーを持って自宅を出た。


「オーラ、親分やで。こんな時間に堪忍な?」
駐車場へと向かう道々電話をかける。
もちろん相手は愛しの恋人である。

彼にはつい1時間ほど前にも電話をいれている。
付き合い始めたらなるべくマメに連絡を…というのは、もうアントーニョとしては常識だ。

たとえ前日に一日家でデートをしていたとしても、今日一日は時間が合わず会えなかったのだから連絡を取るのは当たり前。

相手に会えない一日がいかに味気なくつまらないものであったか、それを訴えつつも、少しでも会えるようにスケジュールを確認する、そんないつもの調子で出来たての恋人に今日かけてみた電話の向こうから聞こえて来たのは、今にも泣きそうな愛し子の声だった。

そこで話を聞いてみると、どうやら例の女に自分と付き合っているからと断りをいれてみたのだが、思い切り失敗したらしい。

言いにくそうに口ごもるから優しく促して見ると、どうやら異性とそういう関係になるなんて異常だし気持ちが悪いというような類の事を言われたようだ。

それで自分が不用意な発言をしたことによってアントーニョまで貶められたら…と落ち込んでいたあたりがいかにもあの子らしくて可愛らしい。

そこで今回の事は、アントーニョが自分の方から言いだした事なのだからアントーニョに関しては何も気にしなくてよいのだと言い含めた上で、あとでまた連絡する旨を伝えて一旦は電話を切り、エリザに電話をしたというわけだ。

自分としてはもう相手をやり込めてやりたいという気持ちが沸々と沸いてくるところではあるが、それをやるとアーサーを傷つける。

以前のアントーニョならそれがどうした?元々はアントーニョの問題じゃなく相手の問題なのだから仕方ないだろうと思っていたところだが、今では電話越しで泣きそうな声を聞いた時点でもうダメだ。

可哀想で可哀想で傷つく事などさせられない。
全身全霊、全力で力いっぱい守ってやりたくなっている。
そして、それが楽しい。幸せだ。

こうしてそのためにエリザに依頼して女の方を抑える事が出来る事を確信したら、あとはあの子の不安や悲しみを払しょくしてやらねばならない。

そのつもりでエリザと電話をしながらあの子が好きな甘い物を作る。
アントーニョが完全に自分だけの時は朝食代わりなどにもよく食べるチュロス。
あの子に振るまった事はまだないが、自分が好きなだけに気に入ってもらえると嬉しい。

考えてみればこれもアントーニョ的には新しい。

これまでは相手に自分の側に入って来て欲しいなどという事はなかった。
自分が好きなものを共有したい…そんな事を思ったのは今回が初めてだ。

同化したい、同化させたい、いや、いっそのこと腕の中に抱え込んで閉じ込めてしまいたい。

そんな独占欲とは無縁だと思っていたが、単に今までそれほど強く欲する相手がいなかっただけで、自分は本来は随分と強欲で貪欲な人間らしい。

アントーニョの気持ちの方向性は、女と対決して楽しむ方向から、いかにアーサーを自分の方へと取り込むか…という方向へと変化している。

自分があの子に嫌な思いをさせたり、そのきっかけになるような行動は極力避ける。
それは当たり前だが、自分と関係ないところであの子が嫌な思いをさせられてくるのは、ある意味チャンスだ。

1人暮らしのマンション…
疎遠な実家の家族…
ほとんどいない友人…

気持ちが落ち込んで心細くなっている時にそれを埋めたり頼らせたりしてくれる相手は、あの子にはいない。

ただ不安に膝を抱えているところに手を差し伸べてやれば、コロンと手の中に落ちて来るだろう。
もっともそれは子どもが保護者に感じるような感情でしかないだろうが…

まあ、それは良いのだ、
今はとりあえず信頼と愛情を勝ち取って、それを恋情の方向へ軌道修正させるのはそのあとだ。


本日二度目の電話。
それに電話の向こうで安堵したような声が聞こえて来た瞬間、アントーニョは勝利を一つ確信した。

そして伝える。

――親分な、今そっちに向かっとるんやけど……


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