フェイク!5章_1

ピンチ!


ロマーノは追い詰められていた。
はっきり言ってピンチだった。

書類の入ったカバンを持っている手と反対側の手を呼び鈴に伸ばしては引っ込めるという動作を繰り返す事数回。

押せない。
押すのが怖い。

普段はそんなもの押すこともなく当たり前に出入りしていた元宗主国の家のドアがまるで地獄の入り口のように思えて、どうしても越える気にならない。

はっきり言って…怖い。
この家に入るのが怖い。
この先に待ち構えているであろう恐怖の大魔王と顔を合わせるのが……怖すぎるっ!!
今回は本当にロマーノ一世一代のピンチだった。






年下マンマ


「兄ちゃん、これスペイン兄ちゃんとこへ届けてサインもらってきてくれない?
俺明日からドイツで会議なんだ。
そのあとのEUの会議の時にはこれ元に書類整ってないと困るんだよ~。」

主に表に立って仕事をしている弟がそういってきたのは昨日のことだ。
うっかり者の弟はスペインのサインが必要な書類を送るのを忘れていたらしい。

普通ならここで郵送しろというところだが、あちらも仕事に関してはうっかり国家だ。
直接目の前でサインをさせないと、期限に間に合わない恐れがある。
ロマーノほどではないがスペインと付き合いの長い弟はそれを危惧しているらしい。

しかたない…と、スペインに連絡を取ると、今スペインは最近結婚した ―― そう!恐ろしい事に何故か結婚した ―― かの大英帝国様と共にフランスとの三カ国会議のために英国にいるらしい。

しかしロマーノが事情を話すと、明日には戻れるということなので、スペイン宅で待つことにした。

…できればスペインの伴侶にしてロヴィーノにとっての恐怖の大魔王、イギリス様がそのまましばらく実家にとどまっていてくれればいいな…という願いと共に。


こうして書類を手にイタリアを出発してスペインの空港に降り立ったロマーノの携帯に1通のメール。
いわく

『ロマ~、堪忍っ!
親分ちょおベルギーとの二国間会議に突入することになって今日中に帰れんくなってもうた~。
せやからイギリスに帰ってもうたから書類渡しといて。
そしたら忘れへんやろ。
で、明日帰ったら即サインして送り返すわ~。』

や~め~ろ~~~~!!!!!
あやうく空港で絶叫するところだった。

帰れなくなるまでは仕方ない。
でもよりによってイギリスを帰すから渡せとはどういう嫌がらせだ……。

それくらいならまだ英国まで来いと言ってくれたほうがマシだ。
かの大英帝国様と二人きりになるくらいなら、そのくらいの手間はなんてことない。

「これ…やっぱり英国までサインもらいに行くとかだめだよな…イギリス様はもうそのためにスペイン入りしてんだろうし……」
その場にへたり込むロマーノ。

周りの目が痛いが気にしている余裕も無い。

これは…もう行くしかないのか……。
いや、無理だしっ。真面目に怖ええ。
しかし…避けたのがバレルのはもっと怖い……

「しかたねえ……書類渡して即帰るか……。」
一通り悩んだ挙句、ロマーノは重い腰を上げた。

できるなら玄関先で書類を渡して、急ぐからと即帰ろう。
そう決意して、ロマーノはタクシーを拾ってスペインの自宅へと向かった。




こうして文頭に戻るわけだが……

「あ~、こうしてても仕方ねえかっ。さっさと済ませよう!」
何度も伸ばして結局押せなかった呼び鈴にロマーノの指が触れた時、中からガタガタっ!!とすごい音と高い悲鳴が聞こえてきた。

「なんだっ?!!!」
と、反射的に指紋認証になっている鍵に指をかざす。

結婚前は何十年前につけたのかもうわからないくらい古い普通の鍵だったのが、結婚を機にセキュリティを見直す事にしたスペインが、何故かロマーノの指紋も登録しておいたのだ。
それを聞いた時には余計な事を!と思ったものの、今回は思いがけず役にたった。
ドアを開けて中に入ると、物音がしたキッチンの方へと駆け込む。

「あんた…誰だ?」

キッチンの床にはおそらくクッキーを入れておいたらしい瓶のガラス片とクッキーが散乱していて、その真ん中で少女が呆然とへたり込んでいる。

身元を尋ねるのと同時に当たり前に少女を助け起こして

「怪我ねえか?危ないからどいてろ。片付けるから。」
と、ふわりと軽い体を抱えて少し離れた椅子に座らせるあたり、ロマーノはどこまで行ってもイタリア男だ。

「あ…俺がやるから……」
と伸びる少女の白い手をつかんで、

「俺が、万が一にでもこの綺麗な手に傷なんて作りたくねえんだよ。任せてくれ」

と、チュっとロマーノがその細い指先に口付けると、少女は零れ落ちそうに大きなグリーンの瞳を潤ませてロマーノを見上げて頬を薔薇色に染めた。

瞬きするたびクルンと綺麗にカーブした長い金色のまつげが揺れる。
はっきり言って可愛い。
そこだけ空気がふわふわと違って見えるくらい可愛い。

「なるべく早く済ませるから。話はあとな。」
となるべく優しく笑いかけると、ロマーノはキッチンの片付けに集中した。






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