ドラマで始まり終わる恋の話_5

別れは静かに…


それは随分とあっけなく訪れた。

二人一緒に撮るシーンが全て終わり、あとはそれぞれ別に撮るシーンがいくつか残るのみになったその日。
『完全には終わってないけど、二人の努力の成果は出たっちゅうことで、今日はちょっと美味いもんでも食うて行こうか』とアントーニョが言った。

そうして二人で行ったアントーニョのおススメだと言うイタリアンレストラン。
本当は金を払えばいつでもいけるレストランよりも、アントーニョの手料理が食べたかったが、以前なら当たり前に言えた言葉が今は言えなくなっていた。

アントーニョが美味いというくらいだから美味いのだろうが、料理の味なんかわからなかった。
でも、ただ美味しそうに食べる事は出来る。
アーサーは感情を隠すのは得意だった。
あの日からまるで全てが画面を一枚隔てた向こうの出来事のようで、感情を素直にそのまま出す事が出来ずにいる。

そう言えば…と、まるで他人事のように笑みを浮かべてパスタを口に運びながら、脳内でふと思う。
これが仮初めのいずれ消える物だとアントーニョは意識していたのだろうか…
考えてみればいつも優しくて何でも用意してくれて何でもやってくれたアントーニョだったが、残る物を貰った事がなかった。
贈り物はいつも花か菓子で、アーサーは実は花は秘かに一部押し花にして取っておいたりもしているのだが、アントーニョの方はそんな事は知らないだろう。

形として残る物が欲しい…
出来ればアントーニョの物らしい物で……

それは唐突な欲求だった。
物を貰ったからと言ってこの関係が続くわけではない。
何故そんな事を思ったのかわからないのだが、それでも欲しいと思うといてもたってもいられなくなった。

「…アントーニョ、それ…」
「ん?」

正面に座ったアントーニョの胸元に揺れるクロス。
仕事の時には外している事も多かったが、お気に入りなのかプライベートではいつも身につけていた。

「そのクロス、いいな。それ欲しい」

最大にして精いっぱいの我儘だった。


「へ?これ?親分が今かけとるやつ?」
「そう、それ。」

突然だったからだろう。
アントーニョは驚いたように目をぱちくりさせた。
そうしてアーサーの言葉を確認して、少し迷う。

しかし今はまだ“恋人”なのだろう。
『ええよ。』
と微笑んでそれを自分の首から外し、テーブルを回ってアーサーの方に来ると、自らアーサーの首にかけてくれた。

そうして二人は食事を終えると、いつもの通り手をつないで家路へと向かう。
撮影の事、さっきの店の事、取りとめのない話をしながら川沿いの遊歩道を歩いた。

そうしている一瞬一瞬に、アーサーの胸はズキズキと痛む。
まるで陸にあがって足の痛みに耐える人魚姫のようだ…と、そんな事を思って、自分の少女趣味な発想に自嘲した。

そうやって歩いているうち、アントーニョがふと足を止める。
それにつられるようにアーサーも足を止めると、アントーニョはチラリと腕時計に目を落として、そして言った。

『アーティ、先帰っといて。
親分、ちょっとコンビニ寄っていくけど、何か要るもんある?』
「いや、特にない」

自宅マンションまではあと少しで、でもなんだか1人で帰るのが不安な気がした。
いつもいつもアントーニョが一緒なせいだろう。

そこで一緒に行きたい…と、何故言えなかったのかわからない。
それを言っていたら何か変わったのか…というと、最終的には変わらなかったのだろうとは思う。
でもそこで1人でマンションへと足を向けた事を、やがてアーサーは後悔する事になる。



自宅マンションに着くと、暗い部屋に明かりをつけた。
普段はアントーニョが一緒で、そんな些細な事も全てアントーニョがするので、その程度の事をするのも久々だ。

まだ2月の始めで留守にしていた室内は随分と寒かったが、暖房をいれるという発想すら今のアーサーにはなかった。
いや、意識的にその考えを押しやっていたのだろうか…。

『なんや、暖房つけえや。寒いやろ。風邪ひいてまうよ?』
きっともう数十分もすれば戻ってくるアントーニョがそう言って暖房をつけ、何か温かい物をいれてくれる。

そんな事を思いながら、アーサーはリビングのソファに腰をかけて、その時を待った。
カチ、カチ、と、それはアーサーの趣味で買ったクラシカルな時計の針が静かに時を刻む。

戻ってきたのが10時半。
それから30分が過ぎ、1時間が過ぎ、1時間半…。
日付をまたいでも玄関のドアは開かれない。

そこでアーサーは悟ったのだ。
ああ…もうアントーニョは帰ってくるつもりはないのだ…と。

それでもまだ諦めて自室に戻る気にはなれず、そのままソファで目を閉じた。
しかし…1時を過ぎても2時をすぎても、玄関のドアは開かれる事はなく、アーサーが目を覚ました時にはやはり1人きりで、冷え切った部屋で吐き出す空気は白かった。


それでも世界では日が昇るらしい。
窓から弱々しくはあるが日差しが差し込んでいる。

その光を追ううち、ふと目に付いたアントーニョの部屋のドア。

ほとんどお互いリビングで過ごし、そこには寝に帰るだけだったが、唯一くらいのプライベートスペースだ。
そう言えばこの1年近くの間、アントーニョはアーサーを起こしにアーサーの部屋に入ってくる事はあったが、アーサーがアントーニョの部屋に入った事はない。

光に吸い寄せられるようにアーサーは、ここに越して来て初めて、その扉を開けてみた。

部屋の間取りはアーサーと一緒。
クロゼットの中を開けてみると、案の定、着替えや私物はもう運びだした後らしく、ガランとしている。
家具と言えるのはアーサーと同じくベッドだけ。

…ここに…アントーニョが寝てたんだな……
と、そっと触れてみるが、それは出て行くことを想定していたのだろう。
綺麗にベッドメイキングをされた状態で、使われた形跡すらもう感じられない。

アーサーは綺麗なベッドを見てこんなに悲しい気持ちになったのは初めてだった。

去年の春先…初めてこの、まだ家具すら入らない何もない部屋を見に来た時より、今のこの部屋は寒々しい。

悲しくて胸が痛くて、それ以上ここにいるのは耐えられず、アーサーは逃げるようにアントーニョの部屋を出てリビングに戻った。


そうしてまた、昨夜部屋に戻った時のように、リビングのソファの上で膝を抱えて丸くなる。

『こんなとこで暖房もかけんと寝たら風邪ひくやん。ベッドに行きぃ?』

そうしていると、そんな声が聞こえるのではないかと、思いながら…
心の中で、もうそんな日々は終わったのだ…と告げる声を無視して、アーサーはそのまま眠り続けた。


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