ドラマで始まり終わる恋の話Verギルアサ_1_ラストシーン


――1人で大丈夫か?
少し身をかがめて視線を合わせると、ギルベルトは気遣わしげにアーサーの顔を覗き込んできた。
本当に綺麗な澄んだ赤い目。
頬に添えられた温かい手。

それはこの1年間慣れ親しんだもので…そしてこれが最後になるもの。


「うん、もうエレベータで上にあがるだけだし」

と、アーサーがかれこれ1年間を過ごしたマンションの駐車場に停まった車から降りてエレベータに視線をやれば、ギルベルトはまだ少し心配そうに、それでも

「…家着いたらちゃんと着替えて温かくして横になってろよ?
それもしんどかったら俺様が戻ったら着替えるもん出して着替えも手伝ってやるから、ソファのリビングでひざかけでもかけて寝てろ」
そう言って身を伸ばしてアーサーが降りたあとの助手席のドアを閉めた。

…これで最後だ……
とアーサーは思ったのだが、そこで開く助手席の窓。

「…?」
不思議に思って振り向くと、別にこれからの事を予測しているわけでもないのだろうにどこか辛そうな紅い目…

――気づかなくて無理させてごめんな?
それは単に酷く頭痛がするというアーサーの言葉を信じて、それに気づかずに撮影を進めてという事なのだろう。
それでもなんだか聡いギルベルトの事なので全てを見通している気もしてきて、

――いや…。色々ありがとう
と、アーサーは微笑んだ。

それはギルベルト・バイルシュミットの映画の相手役としてのアーサー・カークランドのラストシーン。
アーサー自身が決めたラストだった。

――じゃ、すぐ戻るから、あとでな

と、閉まる窓。
走り去る車。

アーサーは最後にギルベルトの言葉に頷いたが、これは2人のラストシーンだ。
“あとで”はもうないことをアーサーだけが知っている。

夕食を摂った店にわざと忘れた忘れ物を取りに戻ってくれたギルベルト。
アーサーが撮る最後のシーンが終わって行ったその店は2人のマンションから車で1時間ほどのところにある。
そして…2時間後、彼が自宅マンションに戻った時にはアーサーはもう2人の部屋から姿を消しているだろう。
アーサー自身がそう決めたのだ。

始まった瞬間に始まった終わりへのカウントダウン。

笑顔で…が理想だったのだがそれはやっぱり無理で、でもギルベルトの車が見えなくなるまで涙を堪える事は出来たので良しとする。
これで全てが終わった…そう思うと堪え切れない嗚咽。
力なくその場にしゃがみこんで泣く事ほんの1,2分。

時間はなくはないが有限だ。
一応ギルベルトに気付かれないように朝彼が起こしにくるまでは目に見えるところはそのままにしてきたので、急いでマンションに帰り、自分の部屋に飛び込む。

身辺整理…と言っても元々アーサーの私物は限りなく少ない。
必要なものはほとんどが一緒に住むようになってギルベルトが買いそろえてくれたもので、元々の自分の私物なんて小さなボストンにおさまってしまう。
なので、今朝ギルベルトが作った朝食を食べて身支度を整えに部屋に戻った時に、ここに来た時同様に小さなバッグに私物を全部詰め込んでそれを部屋の隅に置き、ベッドを綺麗に整えて、部屋に掃除機をかけておいた。

そして今、小さなボストンを手に1年間幸せすぎるくらいに幸せに過ごした部屋をみまわしている。

…あ………

ベッドの上に鎮座している銀色の毛並みのクマのぬいぐるみ。
それはクリスマスにギルベルトが贈ってくれた物だ。

買いそろえてもらった物は飽くまでギルベルトの恋人役のための物でアーサーの物ではないから…と、全て置いていくつもりではいたのだが、彼だけは持って行ってはダメだろうか…

一瞬そんな風に迷ったが、結局アーサーはベッドに駆け寄って彼を抱き上げた。
たった一つくらい、おそらくアーサーの人生の中で唯一くらいの幸せな生活の思い出をもらって行ってもいいだろう、そう判断してアーサーはヌイグルミを抱きしめる。

そうして小さな鞄とクマを手に、アーサーは静かに自分の部屋だった場所のドアを閉め、リビングを通り抜け、玄関で一度だけ後ろを振り返った。

しかしこみ上げてくる思いが溢れ出て動けなくなる前に…と、自分を叱咤して玄関の扉を開けて廊下に出ると、ドアを閉める。

バタン…と閉まったドア。
それはまるでアーサーの人生の中の幸せを永遠に封じ込める音のように思えた。


>>> Next


0 件のコメント :

コメントを投稿