天使な悪魔 第六章 _1

1人でベッドに入るとアーサーはいつも思う事がある…。
それは、このまま眼が覚めなければいいのに…なんて、そんなことで…


だって生きていると言う事はギルベルトにただただ何か迷惑をかけ続けるという事だ。
アーサーはベッドの中で小さくため息をついた。



本当に何を間違ってしまったのだろう…
最初にここに引き取られた時、素直に本当はスパイだと言ってしまえば良かったのだろうか。

いったん嘘をついてしまった今、もうそれを覆そうとしても信じてもらえない。
自分がいると迷惑になるからスパイだと嘘をついて離れようとしている…としかとってもらえなくなってしまった。

確かに何もかも整った環境の中、優しくされて暮らしていける事は幸せなのかもしれない。
が、それを普通に受け入れるには、あの優しい青年に迷惑をかけ過ぎている気がするのだ。

もともと人を1人養っていくというのはそれなりにお金のかかる事だし…
さらにアーサーは病気で医療費もかかる。

それだけじゃない。
病気の人間を引き取ってしまったからには面倒を見なければ…と思うのだろう。
アーサーが体調を崩すたび、ギルベルトは出来うる限り仕事を休んで看病をしさえするのだ。

どうせ拾うのでも普通の健康な人間を拾っていたら最低限の生活費で済むモノを、自分はギルベルトからどれだけの物を奪っているのだろうと心が痛くなる。

だから…発作を起こすたび、アーサーはブランケットを頭からかぶってジッとしている事にしていた。

少しでもそれが長く続く事で生命力を奪うように…。
それで少しでも死期が早まれば良い。

それだけ早くギルベルトを自由にしてやれる…。
そう思って、少しの苦しさと共に緩やかな死を自ら招く。


病気が悪化して死んでしまうのは仕方のないことだから…
人道的に十分すぎるほど手を尽くしたが死んでしまった…
これだけしっかり医療を受けさせていて死んだなら仕方ない…

そうギルベルトが思えるように…。

もちろんそれでも優しい男だから胸を痛めて一時的には嘆き悲しむかもしれない。
が、やがてアントーニョが言っていたところの《大切な他人》を見つけて幸せになってくれるに違いない。

ああ…そうなれば良いな…とアーサーは思う。

誰か素敵な相手と一緒に微笑んでいるギルベルト……

そんな未来の図を想像すると少しチクリと胸に痛みを覚えるが、それでもこのまま自分が彼の人生を食いつぶしてしまうよりはよほど良い。




今日もギルベルトは優しかった。

偉い軍師なのだからとても忙しいのに、どうしても出なければならない会議に出たらすぐアーサーの部屋に駈けつけてくれた。
途中通った街中で見つけてくれた可愛いヌイグルミのお土産付きだ。

アーサーが寂しくないように…との心遣いだろうか。
アーサーのベッドの周りにはギルベルトに貰った大小様々なクマのぬいぐるみが並べてある。

その中で一番のお気に入りは淡いグレーの毛並みに赤いガラス玉の目のクマ。
ギルベルトと同じ色合い…秘かにギー君と名付けているそのヌイグルミは、毎日抱きしめて眠っている。

いつかアーサーが死んだら一緒に棺桶にいれてくれると嬉しいなと思っているが、それをどう伝えるかがアーサーの目下の悩みだ。
死ぬ…などと言う言葉を口にすればまたギルベルトがひどく心配して無理をするから、頼むに頼めない。

だからいつでもぎゅっと抱きしめている事にしている。
死ぬ瞬間も抱きしめていればきっと離れたくないのだと気づいてもらえるだろうから。

本当に一緒にいたい相手には離れたくないのだ…などと言える立場ではないのだから…。



いつものように最近ほぼベッドから起きられなくなったアーサーのために外の色々な話をしてくれて、そしてアーサーのくだらない話を聞いてくれて、最後に一緒に食事をしてギルベルトは自分の部屋へと帰っていった。

アーサーはもう寝るのだが、ギルベルトはこれから仕事だ。

アーサーになんか時間を使わないですめばギルベルトだってこんな時間から仕事を始めなくて済むのに申し訳ない。
本当に申し訳ないな…とは思うのだが、あともう少しだけ甘えさせてもらおうとアーサーは口をつぐむ。

…あと少し…少しだから……

最近発作が増えて来た気がする。
たぶん病気は悪化しているのだと思う。
だから…おそらくそう長い期間ギルベルトを煩わせなくても良さそうだから、もう少しだけ……


――おやすみ
その言葉を口にする時は、ギルベルトは明日になったら
――おはよう
と言うつもりで口にしていると思うのだが、アーサーはいつもその
――おやすみ…
の言葉のあとに心の中で
――今までありがとう
と付け足している。

このまま分かれて眠ったら明日は目を覚ます事なく
――おはよう
とかわす事はないかもしれないのだから。

いつもいつも永久の別れのつもりでかわす
――おやすみ
の言葉。

今日もやっぱり別れがたい気分で、それでもそれを口にした。


そうしていつものようにベッドの中で眠ったふりをして、眠ったアーサーを起こさないようにとギルベルトがそっと閉めるドアの音を聞く。

日々その音を合図に完全にギルベルトの気配がなくなるのを感じる。

ああ…会えるのはこれが最後かもしれない…
毎日そう思って心細さと寂しさに少し泣く。

その涙を吸い取るギ―君は、泣きはらしたアーサーの代わりに赤い目をして、黙って腕の中にいてくれる。

今日も一通りいつものようにそんな事があって、アーサーはしかし思い出したようにベッドから身を起こした。

日中ギルベルトが会議に出ている間アントーニョが来ていて色々な話をしていたのだが、その時にふと目が赤い事を指摘されて、
「アーティ、よう寝られへんの?」
と、それなら…と薬をもらったのだ。

薬は人によって効きやすい効きにくいがあるから、今日寝る前に必ず飲んで結果を教えてくれと言われていたのを思いだして、アーサーは水差しからコップに水を注いでその淡い水色のカプセルをのみ込んだ。

そうして改めてブランケットのしたでギ―君を抱きしめていると、ゆるりゆるりと柔らかな眠気が襲ってくる。

薬が効いたのか、この体勢のせいなのか
それはアーサーにはわからないが、せっかく訪れた穏やかな眠気にアーサーは逆らわず身をまかせた。




次に意識が浮上したのは小さく争うような声だ。
不思議な事にそれで初めて側に人がいる事に気づく。


――…ギル……?
アーサーの部屋に来る相手なんてギルベルトかその悪友2人かで、悪友の1人フランシスは予定になく来る事はないし、もう一人の悪友アントーニョは非常に賑やかな男なので来たら部屋に入ってきた瞬間の声の大きさで気づく。

だから消去法で今ここにいるのはギルベルトなのだろうとアーサーがゆるく目を開けると、まず目に入ってきたのは銀色の銃口。

そこで半分寝ぼけていたアーサーは一気に目が覚めた。


「…え……」
と慌てて半身起こそうとすると、銃口を向けているのと反対側の手が伸びてきて首をガシっと掴んでそのままベッドに押し戻される。

締め付けられる形になった喉が苦しくて咳き込むと
「乱暴にすんなっ!!!」
と悲鳴のような声が聞こえて声の方に目を向けて、そこにギルがいる事に初めて気づく。


こみ上げてくる息苦しさ。
視界が遠のきそうな中でギルが何か叫んでいるのが聞こえるが、内容はもうすでにわからない。

ただそこで目に入った赤いもの…血……
ギルが怪我をしている……殺され…る?
おそらく襲撃者であろう男の片手は銃を掴んだままアーサーの喉元に添えられていて、もう片方はアーサーの頭のあたりに向けられているのがわかった。

両方の手…二つの武器が自分の方を向いている…

ギルの方に向けなければ…ギルは逃げられる…助かる……

それは当然すぎる選択だった。

――ギル…逃げて……

最後の力を振り絞って力の入らない両手を叱咤して男の両手を掴んで言う。
すぐ男が振りほどこうとするが、振り払われないように必死に掴む。

男が腕を動かすと身体がグラグラと揺れ、胸の痛みは最高潮に達して呼吸も上手く出来なくなってきて意識が薄れて行くが、それでも掴んでいると肩口が熱く熱を持った。


ああ…終わった……
と、そこで身体の力が抜けた。

でもいい…きっとギルは逃げてくれただろう。
今まで迷惑をかけた分くらいはこれで返せただろうか…

寂しいけど悲しくはなかった。
だってこれでギルを幸せにしてあげられる。
自分がいなくなればギルは彼に相応しい素敵な”大事な他人”を探せるし、きっと巡りあえるだろう…


…ギル…今までありがとう……
これで…ようやく……自由に…してあげられる…
これから…は…優しい相手を…みつけて、幸せに……

最後にそう心の中で呟いて、アーサーは安らかな気分で静かに意識を手放した。




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