天使な悪魔 第二章 _1

「ごめんな。ほんっとうに悪い。
1週間前には絶対に中央入りしようと思って休暇も取ってたんだけどな。
仕事でイレギュラーがあって、今速効で戻ってるから。
すぐ…そうだな、明日には中央入り出来る。
ぎりぎり前々日とかほんと心細いよな、ごめんな。」



ただいま絶賛移動中。
しかも軍用戦闘機の中。
もちろん…移動用のソレではない。
最前線に出るとは言ってもギルベルトとて実働部隊の中枢にいるわけではないので、機動性を重視した最新鋭のその戦闘機には初めて乗る。

電話に向かってひたすら謝るギルベルトの横でそれを操縦するのは悪友の一人アントーニョ。

本来なら手術予定の1週間前には戻れるはずが戦闘が長引き現場がどんどん遠いあたりに移動し、気づけば帰還予定を大幅に過ぎていた時点でギルベルトに本気で泣きがはいっていたところに、『ほな、ちょろっと送ったろか?』と、軍の機密でもあるはずのそれをまるで自家用車でも出すように出してくれたアントーニョには感謝してもしきれないと思う。

そう、実動部隊では伝説級のエースなだけに、上司ですら文句が言えないところがみそだ。

そうして通常なら3日はかかる場所から数時間で送ってもらえることになり、なんとか手術前には顔をだせそうでホッとする。

「ほんとに助かった。あいつ、ずっと病院と自宅の往復しかしたことなくて、俺様以外に身内どころか知りあいもいねえしさ」
と、それはアーサーに聞いた彼の境遇を語ってみると、アントーニョはニヨっと笑って

「ええって、ええって。その代わり今度一回会わせたってな~。別にとったりせえへんから。ギルちゃんがこんなに入れ込んどる子ってどんな子ぉか見てみたいわぁ~」
と、実に気楽な調子で言ってくれる。

基地内で適当な相手と遊んでいるように見えるアントーニョは、ギルベルトのように基地の外に一般人の大事な相手を持った事がないのだろう。
非常に気軽に言ってくれるが、まあ悪気はないのはわかっている。
良くも悪くもストレートで裏のない男だ。

「あ~そうしてえのはやまやまだけど、俺ら軍人と関わってるってわかると色々な方面から狙われるからな。
俺でもあまり目立たないようにこっそりたまに会いに行くだけにしてっから。
本当はお前らとか連れてしょっちゅう会いに行けたら、あいつも賑やかで楽しいんだろうけど…」
とギルベルトが言うと、きょとんと1度瞬きをして、それから至極真面目な顔で

「ほな、西ラインの奴ら皆殺しにしたったらええん?」
と、まるで天気の話でもするように普通に口にするのが、アントーニョらしくも恐ろしい。

そうだと言えば今からでも西ラインにチェーンソーでも手に特攻しそうだ。
本当に…冗談じゃなく…自分が見たいと思うものを見るためなら本気でやりかねない男である。

「いや…それ無理じゃね?普通に……」
と引きつった笑いを浮かべるギルベルト。

「そもそもが、軍って形態が崩壊したとしても、それはそれで残党の恨み買ってとかもあるだろうし、一般の無頼の輩が金目当てに…とか、もう潰そうとしたってキリないだろ」
と、一呼吸おいてそう付け加えると
「あー…そうかもしれへんねぇ…」
と、納得したような言葉を返してきたので、ホッと息をついた。



こうして数時間後、基地に着く。
なんと総帥様自らのお出迎えで、もちろんその眉間にはしっかりと縦皺。

「…兄さん…何故止めない?」
と、ため息をつく弟。
何を?と言えば当然、軍事機密を単体で動かして敵に奪取される危険をおかしたことだろう。
それに対しては、心底悪い申し訳ないと本気で思いつつ、しかしここはアントーニョにかぶせるわけにはいかない。

「悪い。処罰とかあるなら1週間後に受ける。
今回は俺の都合だ。トーニョのせいじゃない。
どうしても…早く戻って向かいたいところがあったんだ」

と、頭を下げると事情を察したようだ。
ルートは小さく息を吐きだした。

「あー…今回は本当はもう休暇中だったな。
すまない、兄さん。
でもあそこで叩いておかないと被害が甚大になるところだったし…あなたが指揮に入ってくれないと……」
「ああ、それはいいんだ。終わったことだし。
ただ、悪い。普通のリフレッシュ休暇なら良いんだが、今回は大事な用があるんだ。」
「わかってる。車を出すか?」
「いや、目立つ事はしたくねえ。
いつも通り資材トラックに隠れて基地出るわ」
「そうか…」

すまない…と、ルートはもう一度兄に謝罪をした後、側近たちに本来はすでに休暇中のところを無理に作戦のために兄を引きとめていた事を説明する。

規律は守らねばならない…と言うのはこの兄弟の共通の理念ではあるが、その規律の中には当然休暇中は休まねばならないと言う事も含まれている。

だから確かに機密的な観点から万が一にでも戦闘機が敵の手に渡ったら…と言う事を考えると単体で動くべきではないが、順序としては休暇が先だ。

それを速やかに遂行するために一刻も早く帰還するという事は責められないし、操縦者は実働部隊のエースだ。
何かふっかけられても彼なら大丈夫だろうし仕方がない。

先に破られた規律を正すための行動だとしたら、今回は不問に付すしかない。
そう結論が出て、とりあえず無罪放免。
さあ大急ぎで部屋に戻って支度をするか…と思ったところに、大変ですっ!!と、伝令が飛んできた。

「なんだ?!…ああ、兄さんはもう行ってくれ」
と、伝令の言葉に振りむきつつそう言ってくれる弟に感謝しながら駆け抜けようとしたギルベルトの耳に、とんでもない言葉が入ってきた。

「西ライン軍の軍用輸送機が中央のホワイトアースの病院に墜落したそうですっ!」
「兄さんっ!!」
と、それを聞いてルートが振り返る。

「ちょっと待てっ!!それ、ホワイトアースのどこの病院だっ?!!!」
伝令に駆け寄って、しかし返事を聞く前にギルベルトは胸の内ポケットから携帯を取り出した。

(アルト…アルト…無事でいてくれ……)
泣きそうな顔でプライベートの携帯をかける兄に、ルートも厳しい顔で伝令に状況を聞く。

伝令の口から伝えられたのは、ホワイトアースでも一番くらいに医療設備の整った大病院。
そう、ギルベルトがずっと老人を、そして今は助けた少年を入院させているあの病院だ。

はぁ…と、額に手を当てて難しい顔で息を吐きだすルート。
ギルベルトは繋がらない電話にしがみついたままだ。

緊迫しつつも凍りつく空気。

しかし
「ちょお、ギルちゃん、行くで。乗り」
と、そこで怒ったような顔でギルベルトの腕を掴んで今降りて来たばかりの軍用機に引きずっていくのはアントーニョだ。

「ちょっと待てっ!どこに行く気だっ?!」
と、引き留めるルートの手をパン!と弾く。

「ここで色々言うててもしゃあないやん。
とりあえず現場向かうわ」
「待てっ!もう少し状況を……」
「状況なんて調べるよりギルちゃんの大事な子ぉ助ける方が先やろ。
ごちゃごちゃ考えとるより時間との勝負やなんてアホでもわかるわ。
せやから後ろに居る奴はあかんねん」

アントーニョはそう言いつつ操縦席に放り出したヘルメットをかぶり、ギルベルトにも同じく投げてよこす。

「貴様っ!総帥に向かってなんというっ…」
「ちょっと待てっ!敵がうろついているところに軍事機密をっ…」

側近たちが止めようと駆け寄ってくるのを

「じゃかあしいわっ!!!」
で一喝。

「止める気なら殺される覚悟でかかってきぃ!!
親分に勝てる思うんやったらなっ!
機密?!たかが機械やんっ!
例え壊れたかて親分1人でこんな鉄の塊の2台や3台分の仕事くらいしたるわっ!」

一気に殺気を撒き散らして恫喝する実行部隊のエースに事務方がメインの面々は動く事すら出来ない。
凍りついたような側近達や伝令の横を通り抜け、ギルベルトはルートを振り返り

「ルッツ悪い。本当にあとでなら処罰はいくらでも受けるから。今だけは行かせてくれ」
と、へにゃりと眉尻を下げて言う。

いつでも自身の事を後回しにして弟である自分の都合を優先してきた兄が初めてくらい通す自我だ。それを無下にできようはずもない。
ルートは小さく首を横に振った。

「いや…今回のは兄さんが予定通り休暇を取れて現地に向かえていれば起こらなかったことだ。
つまり…兄さんを予定期間を超過して現場に引きとめた俺に責任はある。
だからその…兄さん自身も気をつけていってくれ。」
と、こちらも少し困ったように眉を八の字にしてそう言う弟。

「…ダンケ、ルッツ」
と、その言葉にホッとしたように…しかし泣きそうな顔で微笑んで、ギルベルトはアントーニョに続いて戦闘機に乗り込んだ。





「…トーニョ、悪い。…でもダンケ。ほんとに助かった」
こうして離陸。
一路中央地域へと急ぐ中、ギルベルトは本当に困った時には頼りになる旧友に手を合わせた。

自分はいつでも冷静で…恵まれない環境で育ったのもあり打たれ強いと思っていたが、今こうなってみると、こんなに無様なくらい動揺している…弱い…
手の震えが止まらず、心臓が痛いほど脈打っている。
怖い…どうしようもなく怖い…

切れぬままの携帯を握りしめる手は震えていて、全身はありとあらゆる温かみが消え去って冷気に埋め尽くされたように寒気がした。

不安は頭の中を覆い尽くし、その中でぽつりと嫌な考えが生まれては広がっていく。

西ライン軍の輸送機と言っていた…
普通なら通らない中立地帯の上空。
そこそこ広いホワイトアースの中で自分に関わりのある少年が入院している病院にピンポイントで墜落…
しかも…本来は今頃自分はそこにいたはずで……
今回滞在が延びたのはたまたまで……


「考えてもしゃあない事考えるのよし?
それよりフランに連絡して、搬送準備してもらいや。
病院ぐっちゃやったら手術できひんし、それやったら軍で治療してもろうたらええやん」

不安と悔恨それに自責に押しつぶされそうになった時、褐色の手が伸びてきて、くしゃりとギルベルトの頭を一撫で。
それからアントーニョはまた操縦桿を握りなおした。

なるべくレーダーなどにかからないようにギリギリの低空飛行をしてくれているらしく、アントーニョにしては少し緊張した面持ちで前を見ているが、そう言葉をかけてくる声は優しい。

実は悪友の中で自分だけ2歳ほど年下だ。
普段はおちゃらけた態度を崩さないフランややりたい放題やるアントーニョといて彼らのストッパー的な役割を務めているのでそんな事は忘れてしまっていたが、今、初めてくらい年下として甘やかされている気がした。
自分はずっと頼れる人間もなく、自分の身は自分でなんとでもして行かなければならないと思い込んでいたが、どうやら違うらしいとここで気づく。

心の荷が少しおりた気分で
「…ん…そうするわ」
とそこでギルベルトがそう言うと、アントーニョは
「ほな急いでお姫さん迎えにいかなあかんな」
と、少し笑って頷いた。





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