世界を敵に回しても世界で一番幸せです_1

その日の気分は最悪だった。
というか、世界会議のあとはいつだって居心地が悪い。

最終日以外は夕方に会議が終わったあとはいつも自由解散で、他の国はだいたい仲の良い国と夕食に出かけたりする。

しかしイギリスにはそんな風に自分から誘えるような仲の良い国はいない。
だから忙しいのだというポーズでそそくさと帰り支度をするのだが、よほどイギリスの事が嫌いなのだろう。
毎回のようにアメリカやフランスがやってきて、イギリスが1人なのを揶揄っていく。
今回も急いで鞄に荷物を詰め込んでいるのに、2人が競うようにやってくるので

「ほんっと、君って辛気臭いし、友達いないよねーDrrrr
仕方ないからヒーローの俺が……」
「坊ちゃんどうせこのあとぼっちでしょ?
お兄さん優しいからさ、はぶってるみたいなのも嫌だし、このあと……」
と、それぞれに全てを言わせる前に鞄で顔面を殴っておいた。

そして2人がそれぞれ顔を押さえてうずくまっている間に、イギリスは大急ぎで会議室を後にしたのである。

そんなイギリス的にはいつもと同じ嫌な気分の帰り道。
気分は非常に良くないが、なんとなく慣れてしまった帰りの時間のはずだったのだが、今回は不思議なイレギュラーがあった。

「イギリスっ!ちょっと待ってくれ!!」
息を切らして追って来たのは珍しい人物だ。

元軍国、現在は亡国になったプロイセン。
言わずと知れたドイツの兄だった。





「…悪い、ルッツ。
俺様ちょっとこれから野暮用なんで、必要なデータはメールで送っておいてくれ」

開いたままの会議室のドアの所で弟のドイツと資料を片手に話していたプロイセンは、珍しく自分から話を打ち切ってドイツの手に資料を押しつける。
そして返事も待たずに飛び出して行ってカツカツと若干早足で廊下を進んだ。

一応やんちゃをする年でもないので77回。
77回数えて自然修正されなかったのなら、久々に闘争心と騎士魂の赴くまま行動してみよう。
そう思い始めてから早10年。

結局何も変わる様子もなかったので、プロイセンも久々に感情の赴くまま行動してみようと思った。
今日がその77回目だったからである。



何かを守るために戦うべく生まれた元騎士団、軍国プロイセンは今は亡国である。
しかし何故かはわからないが生きている。

たいていの国の化身はその本体である国が消えれば消えて行った。
だから彼がこうして未だこの世に存在している事はもしかしたら何か意味があるのかもしれない。
あるのかもしれないが、もしかしたら意味なんかなくて、ただの神様の気まぐれなのかもしれない。

ただ、どちらしても存在するからにはただ眠っていてもしかたないので、国が統一してからはなんのかんのでドイツの補佐として世界会議に随行している。

そして今日もいつものように翌日用の資料作成のために会議の議事録を取りつつ、たまにドイツにアドバイスを送っていた。

弟は可愛い。
もちろん可愛い。
たいていの国が好き勝手にやるなか、胃薬を片手に頑張る弟の負担を少しでも軽減してやりたい。

それが世界会議に足しげく通う理由の一つ。
しかしながら、そんな家族愛とは別に、プロイセンにはもう一つ会議に出席し続ける理由があった。

たった今、半分涙目でプロイセンの前を横切って行った国。

もちろん彼が涙目になっていることは敢えて様子を窺えるようにドアの所に陣取っていたプロイセンしか気付かない。
室内では我慢しているらしい。
だが、毎回世界会議のたびに、かの国を好きすぎる…そのくせ素直になれずにまるで小学生の男子のようにからかう事しかできない2国の言葉のせいで、部屋を出る瞬間にはいつも堪え切れずに大きな目が潤んでいるのだ。


あーうぜえ…と、プロイセンは内心舌打ちした。
自分の悪友と元教え子ながら、イライラが抑えきれないほど腹がたつ。

最初は純粋にただそれだけだった。
プロイセンとて別に特別に平和主義者なわけでもなければお綺麗な生き方をしてきたわけでもない。
欲しければ力ずくで奪ったりもしてきたし、嫌いな奴を徹底して攻撃する事も厭わない。

だが奴らはダメだと思う。
曲がりなりにも片や愛の国、片や世界のヒーローなどと恥ずかしいもの自称しているくせに、照れ隠しに惚れた相手をむやみに傷つけ泣かせるなんて言語道断。
男の風上にもおけねえ…と、思う。

単純にポリシー、生き方の問題だ。

敵は徹底的に容赦なく排する。
その代わりに守るべき相手は自分がどれだけ傷つこうがよしんばそれで命を落とそうが守りきる。
それが元騎士団、プロイセンの美学だ。

そうやって生きて来た結果が今だ。
自分自身は敵国に引き渡され…弱体化し…そして今、国ですらなくなったが、そうして守ってきた弟は今、世界の中枢でEUを背負って立つ国として輝いている。

素晴らしい。
実に素晴らしいと、今のドイツを見るたび、プロイセンは自身の生き方を誇らしく思うのだ。

そんな考え方のプロイセンだから、2国のやり方がひどく醜いものに思える。
本当に正視に耐えられないほど。

そして…自分と価値観が著しく違うものを受け入れられるかと言うと、受け入れられないのがまたプロイセンである。
そうでなければ過去、あちこちの国々と対立していたりしない。

どうしても我慢できない。
スルーする事すら難しく、毎回イライラとしながらその様子を観察していた。

ああ…今日も泣いている…昨日も泣いていた…きっと明日も泣いているのだろう。
その視線はイライラしながら見ていた2国から、自然とその対象である雨と霧の国へ。

まあ本来は自分より強いと思う。
一度は世界の頂点に立って7つの海を支配した強国だ。
今でも覇権は失ったものの、世界の中でも影響力のある大国の一つに数えられる。

会議でも堂々と強い意志を持って意見を述べ、ときに相手を威圧すらした。
強く食えない老大国…それが国としての彼の印象である。

なのに国としての公務から離れると途端にガーデニングと刺繍が趣味で妖精をこよなく愛す傷つきやすい少年のような青年の顔が見え隠れするのだから、面白い。

それを本人は必死に隠す。
隠しきれないのだが隠そうとしている。

まあ…プロイセンは別に他人の秘密や隠そうとしていることをわざわざ暴くような方向性の嗜虐性は持ち合わせていないのだが、なぜだろう…暴きたい。
イギリスに限っていうなら、暴きたいと思ってしまったのだ。

彼いわくそのへんをふよふよとしているらしい妖精さんに見せるようなプライベートの顔を自分にも向けて欲しいし、できれば自分にだけ向けるその顔を周りに自慢したい。
と、そんなようなところに思考が向かったあたりで、プロイセンはストンと理解した。

――ああ、俺様、イギリスが好きなのか…

”策略と裏切りの軍国”とはるか昔に袂を分かった敵国に言われたことはあったが、それは大きな誤解で、プロイセンはこいつ…と思った相手は最後まで守る覚悟を持っていた。
ただしそれは本当に特別な唯一の存在だけで、一時的な共闘の相手とは違う、それだけなのである。

当たり前だ。
人生は天秤なのだ。
常に我が身を呈してでも優先できる相手なんて一人きりに決まっているじゃないか。
二人以上居たらどうしたって、その二人の利害が一致しなかった時にどちらかを見捨てることになる。

それはプロイセンの意思に反する。
軍国である以前に、誰かを守る騎士の国であるプロイセンの意思に反するのである。

だからこそ、相手の選択には慎重になる。
なにしろ相手を最後まで守り抜くということは、そんなに簡単なことじゃない。

そして今まで唯一プロイセンがそういう意味で自分の全てをかけたのはドイツだけだった。
我が身を犠牲にしても、ドイツを世界一の国へ…

それはほぼ完遂したと言って良いとプロイセンは思う。
世界各国に一目置かれ、毅然と世界会議を仕切っている我が弟を見ると本当に惚れ惚れする。
いい国いい男に育ったものだ。

だが…ドイツが完璧な国となるにはあと一つ障害があるように思う。
育ての親…つまりは自分からの自立だ。

別にプロイセン自身はドイツが自分に依存しているとは思わない。
だが育ての親のプロイセンが常にドイツの方を向いていると、そう思う国も出ないとは限らないのではないだろうか。

自分が弟が一番という状態から脱してやって初めて、ドイツを守り育てきる事が出来たと言えるとプロイセンは考えた。
そういう面からすると自分がイギリスを好きかもしれない…というのは渡りに舟の気がする。

だがさきほども言った通り、ドイツの時並みの最後まで責任を持つ唯一の対象と考えるなら、軽々しくは選べない。

選んだからには何があろうと責任を全うするつもりなのだから、慎重にもなる。
都合が良いから…などという理由で選んではいないだろうか……

言動や纏う空気からフットワークが軽いように思われるが、プロイセンは実にドイツの兄なのであった。
重大な事…と思えば、いきなり唐突に始めているように見えても、実は誰にも気づかれないようにずっと以前から熟考に熟考を重ねて行動している、石橋を叩いて叩いて叩きまくって渡っている男なのだ。

ということで…77回。
気持ちを自覚してから77回、同じシーンを目撃して、同じように思えたなら行動に移そうと、プロイセンは自分の心と俺様日記に記録した。

それまでに彼らが態度を改めてイギリスもどちらかと心を通わせてしまったなら、おそらく彼はプロイセンの運命の相手ではないと神様が言っているのだろう。

そうでなくて77回目撃するうちにその光景に慣れてしまって腹がたたなくなったのなら、おそらく気の迷いだったのだろう。

だがそうでなかった時は…世界の超大国とEUでドイツと共にその片翼を担う欧州古参の大国の2国を…いや、世界中を敵に回しても、戦い抜いてやろうじゃないか。

そう思ってから早10年の月日が過ぎた今日、会議室から涙目で出ていくイギリスを追ってプロイセンは廊下へと飛び出した。

戦うと決めたからには拒絶される気もなければ、負ける気もない。
77回変わらなければ…と言いつつ、その半分を過ぎた頃からはもう戦う気で計画を練り始めていた。

「イギリス、ちょっと話があるんだ。
つきあってもらえねえか?」

77回目の世界会議はドイツだった。
まるで神様がプロイセンに味方しているかのように……


「…はな…し?」
大きな新緑色のまんまるい目がプロイセンを凝視する。

いきなり腕を掴まれて驚いた顔をみせるものの、これまで非常に良好と言える関係を保ち続けていたおかげか、手を振り払われることはない。
ただ涙で濡れた目が困惑したように揺れた。

ああ…ちきしょう!可愛いな、おい!
と、そんなイギリスを見てプロイセンは心のなかで思う。

可愛い、愛しい、絶対に欲しいっ!
駄々っ子のように爆発する脳内。

「ああ、俺様の個人的な相談なんだけどな…イギリスじゃねえと絶対に駄目なんだ。
仕事じゃねえから…駄目か?」

少ししょぼんとして見せれば、実は心の優しいイギリスは否とは言わない。
それをわかっていてそう言えば、案の定
「し、しかたねえな。お前がどうしてもって言うなら……」
とお決まりのセリフで了承してくれる。

これで半分勝ったようなものだ!
長い長い年月を目的に向かって相手を調べて作戦を練り続けた自分と、プライベートということで国策を離れた無防備なイギリス。
どちらに軍配が上がるかなんて火を見るよりも明らかだ。

「じゃ、本当にヴェストも来たことねえ俺様のプライベートな別宅で話したいんだけど、このあとって時間大丈夫か?」
「ああ、問題ない。
明日の会議に差し支えるような時間にならなければ…」
「あー、それは平気。
この会場から遠くはねえし、俺様も明日は会議だしな」

そう言いつつ、邪魔なあたりがカバンで殴られたダメージから回復して追ってこないうちにと、プロイセンはさりげなく従業員用のドアへとイギリスを誘導し、さっさと二人して車に乗り込んだ。


そして車で1時間ほど。
ベルリン郊外の小さな一軒家へと向かう。

そこはイギリスに言った通り、本当にプロイセンのプライベートスペースである。
完全に趣味がぎっしり詰まった場所で、ドイツすら招いたことはない。
自分ひとりで趣味に没頭したい時にだけ来るので、趣味の色々な分野の本やら過去の日記帳、絵画の道具、楽譜に楽器、模型の道具、その他諸々、一人でやっている趣味の道具に関しては一通り持ち込んであった。

本来誰かと過ごす場所ではない。
誰かを招けば完全に放置して趣味に没頭することは難しいからだ。
それは相手が可愛い弟ドイツであっても変わらない。

しかしだからこそ、今回の話をするのにふさわしい場所…そう言えた。


「あ、悪いな。
ここは客招いた事ねえから、ちと狭いし色々雑多なんだけど、その辺は目をつぶってくれ」

一応掃除は行き届いているし、道具その他が散らかっているということはないが、種類と量が多いので、整理整頓されていても詰め込まれている感がある。

その言葉にイギリスは『大丈夫だ』と、答えつつ、壁一面を埋め尽くす色々な物が詰まった棚に物珍しげな目を向けていた。

そんなイギリスに、棚だらけの部屋に申し訳程度に置かれたたった一つしか無い椅子を勧め、その前のテーブルに途中で買った夕食用のサンドイッチと2つコーヒーのカップを置くと、プロイセンは棚の高い部分のものを取るための脚立を引きずってきてそこに座った。

「すごいな…これ全部お前が使うのか?」
紳士らしく礼を言ってコーヒーに口をつけながらも、イギリスは圧倒されたようにまだ棚を見回している。

「これだけ色々な事をしているから、多様性のある考え方ができるんだな…」
ほぉ~と息を吐きながら感心したように言うイギリスに、プロイセンはさらに勝利の予感を強くした。

「俺様、結構一人でやる趣味多いんだよ。
別によ、誰かといるのも嫌いじゃねえんだけど、いつもいつも誰かに合わせてるってなんか違う気がしてよ。
おかげで悪友にはやたらとボッチだの一人楽しすぎる残念な奴とか落とされるんだけど、別に俺様が一人で行動する時間を持ったからと言って、お前らに迷惑かけてねえだろとか思うんだけど…」
と、話を振ってみると、それまで棚に巡らせていたイギリスの視線がプロイセンに向かってピタッと止まった。

「そうだよなっ!
別に一人でやる趣味持ってたっていいよなっ?!」
「だろだろっ?
むしろお前らのほうが誰かとつるまないと何にもできねえのかって思うんだけどっ」
「だよなっ!!」

「俺様な、いっつもお前に絡むフランスとかアメリカとか見てて勝手にむかついてたんだよな。
だってよ、お前にはカナダだって日本だって、それこそ俺様だって、仲の良い気のあう友達はいるじゃん。
ただ皆いつもいつもそれこそ金魚の糞みてえにくっついて回らねえだけで。
俺様もイギリスもさ、相手のも自分のも一人の時間ってのを大事にしてるだけじゃね?
それを自分たちみてえに常に誰かと一緒じゃねえとやってけない人間じゃないからってディスってんじゃねえよって、いつもイライラしてた。
お前がどう思ってるかは別にしてな。
俺様は悪友にそれ言われていつもイラっとしてたから」
「お前もだったのか…」

友達という括りにカナダや日本と一緒にさりげなく自分も加えてみたのだが、否定されないことにホッとする。
そして自分も同じ立場なのだという言葉にイギリスが少し嬉しそうな様子を見せたのもしっかりチェック。
大丈夫と踏んで次を始めた。

「でもな、俺様が単に俺様は一人でやりたい趣味もあるし一人の時間が必要なんだって言っても僻みとか言い訳とか言われんのな。
それが俺様的にはすっげえムカつくわけだ。
事実じゃねえなら放っておけばいいって言えばそうなんだけど、事実じゃねえのにディスられたらムカつかねえ?」
「まあ…そうだよな」
「だろっ?!
で、同じように一人でやる趣味もあって、相手の意思や時間もちゃんと認めてくれそうなイギリスにご相談ってわけだ」

そして核心。

「そういえば相談したいって言ってたな…
でも俺にどうしろって?」

真っ向からの拒絶はなし。
むしろ出来る事ならやってやっても…という、どこか好意的な空気をまとって、きょとんとクビをかしげるイギリス。
これはいける!
そう踏んでプロイセンはさらに畳み掛けた。

「俺と付き合ってくれねえ?
で、お互い一人でやりたい趣味は同じ場所で別々にやればよくね?
イギリスだったら一人で何かやる時間を楽しんでくれそうだから、俺様も気兼ねなく自分一人でやるような趣味でも没頭できるし、一緒にできるような事なら一緒にやりゃあいい。
その上で、もし今までみたいにフランスやアメリカがお前のことバカにするような事言ってきたら俺様がきっちり言ってやるよっ。
お前らと違ってイギリスは俺様って恋人がいて、俺様達はお互いを尊重してるから、俺様は一人の時間も大事にするイギリスが好きだし、恋人の俺様が良いって言ってんだから、イギリスは今のままが良いんだって。
それでもグダグダ言い寄ってくるって、お前らはストーカーかよって言ってやる。
もちろん…イギリスの方も俺様が何か言われたら言い返してくれりゃあ嬉しいけど…それはいまのとこはいい。
俺様は自分でそんな俺様で良いって言ってくれる相手がちゃんといるから良いんだって言い返せるから。
うるさく言って来る奴らに、お前らの思い通りの形で生きて無くても、俺様はちゃんと世界で一番好きなやつにそんな俺様を好きだって言ってもらえるような世界で一番幸せな奴なんだって言い返してやりてえ。
実際、俺様はイギリスのそういうとこ好きだし、だから最近よくお前ん家に遊びに行ってたしな。
一緒にいる時間が長ければ長いほど、もっと好きになると思う。
イギリスは寝耳に水な話だろうし、急に恋人らしいことをしてくれとは言わねえ。
少しずつ俺様の事知ってもらって、お互い好きなこと嫌なこともちゃんと言い合ってさ、最終的に恋人になってもらえたら嬉しいんだけど…
イギリスは…俺様じゃ駄目か?」
一応逃げ道は残しながら、少しあざとく上目遣いにお伺いを立ててみる。

「ようは…とりあえずは他を黙らせる事を目的にしたお試しの恋人…ってこと…か?」
少し悩むように、不安げな視線を返すイギリス。

恋人…というところに拒否反応を示されている様子はないので、あとは不安要素があるとしたらあそこか…と、あたりをつけてプロイセンは付け足した。

「イギリスにとってはそうでも良い。
フランスやアメリカをギャフンと言わせて気がすんだから別れたいでも構わねえ。
でも俺様はすごく真面目に考えてた。
いつの時代でも俺様はなんにでも優先順位つける男なんだ
相手にとってそうしない方が良いと判断するまでは絶対にそれを遵守する。
で、今まで最優先してきたヴェストにとっては、もう俺様があまり優先しすぎない方が良い時期に来てるから、俺様は俺様のために大切な相手を作りたいと思ってる。
相手が俺様の事をどうしても嫌だって言うまでは全力で大切にするつもりだ。

もう国ですらないからな。
他に優先しないとなんねえもんは何にもねえし、相手を最優先にできる。

だからこそ…実は10年くらい前から相手の検討と吟味に取り掛かってたんだよな。
だって、自分がそれだけ大切に思えるんじゃねえかって思える相手じゃねえと無理だろ?
それで10年かけてイギリスが良いし、それは変わらないって思って今口にしてる。
俺の気持ちは絶対だ。
だから逆にそれがイギリスにとって本心でそれが幸せになれる唯一の方法だから別れたいって言われたら、自分の気持ちを殺してでもそれを優先するってことだ。
相手を幸せにできるって思えば、それは俺にとっても幸せな事だから、もしそういう時が来たとしても、心を痛めたりしてくれなくていい。
それは俺様が決めた俺様の選択だから。

俺様と恋人になることでイギリスが絶対に幸せになれるなんてことは言えねえ。
でも、それが永遠だったら最高なのはもちろん、一時的なもので終わったとしても、俺様にとっては幸せだ。
…ってことで…俺様に幸せになるチャンスをくれないか?」
意識して少し縋るように…でも真剣な顔でそう言うと、イギリスは泣きそうな顔になった。

「…あの…俺、男と付き合った事ないから、そういう意味でお前の事好きになれるのかわからない」
嫌いでも嫌悪感を覚えるでもなければ上等だ。
それに対してプロイセンは笑った。

「おう、それでいいぜ?
一緒にいんのが嫌じゃねえなら別にいい。
対外的にはさ、恋人ってことにしといて、あとは性的にうんぬんて気分にならなきゃ、仲の良い家族になりゃあいいんじゃね?」
と言ってやれば、イギリスはやっぱり泣きそうな顔で、しかしホッとしたように
「それで良いのか?」
と聞き返してくる。

「もちろん!」
というプロイセンも別に無理をしているわけではない。

実は大切に思えるという確信はもちろんあるが、今の時点で性欲を感じるかというとまだわからない。

ヘラリと笑ってそんな本音も口にすると、イギリスは
「お前、よくそれでそんなプロポーズみたいなこと口にしたな」
と、吹き出した。

ここでようやくイギリスに不安げな様子がなくなって笑ってくれた事にホッとしつつ、
「俺様一世一代のプロポーズだろうよ、みたいな言うな」
と茶化してみると、イギリスもすっかりリラックスした様子で
「プロポーズって言うなら、バラの花くらいは欲しいものだな?」
とにやりと言うので、プロイセンは黙って立ち上がって部屋を出た。

え?
と、そこで焦ったのはイギリスである。

別にプロイセンと一緒にいるのは嫌じゃない。
性的な対象になるかはわからないが、最終的に無理なら仲の良い家族でもと言われた時には、今までそんな温かい言葉をかけられたことがなかったので、本当に嬉しかったのだ。

なのに…なのに、言い過ぎた?
怒らせてしまったのだろうか……

じわりと溢れてくる涙。
どうしよう…追いかけた方が?
でもそれで拒絶されたら?
色々がクルクルと回って結局その場から一歩も動けないでいると、また急に開く扉。

「そう言うと思って、用意しておいたんだぜっ!さすが俺様っ!!」

ドヤ顔でそう言って真っ赤なバラの花束をぐいっと差し出してくるプロイセンに、ほっとすると共にこみあげてくる怒り。

「花取りに行くならそう言えよ、ばかあ!!!
怒って帰ったかと思ったじゃねえかっ!!!」

バラ越しに泣きながらポコポコとプロイセンの胸板を殴ると、へ?と驚いたあとに慌てて平謝るプロイセン。

それでも結局花束を受け取って付き合うことを了承したイギリスが少し落ち着いたあと、二人で少し冷めてしまったコーヒーとサンドイッチで夕食にしながら、
「明日はちゃんと記念にとびきりのレストラン予約するな」
と言うプロイセンだが、でもよ…と、そこで最後に付け加えた。

――怒って帰るも何も、ここは俺様ん家なんだけどな

そしてその余計な一言のせいで、イギリスに照れ隠しにまた殴られることになるのである。


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