ヒロインはディスプレイを超えて_1

プロローグ


「ちょ、ローラちゃんまだ来てないのっ?!」
「まだっすっ!なんか寝坊したらしくて今急いでこっちに…」
「寝坊っ?!何考えてんだよっ!今日生番組だぜ?!お偉い先生方もいらしてる。
しかもサプライズで今度の映画のヒロインのアリアの恰好でオカリナを吹きながら登場してもらって、主役のカイン役のギルが紹介するって言う……」
「とりあえずギルちゃんはもうスタンバイOKなので先に出して、司会から『エルサイア・オデッセイ』について話を振ってもらって語らせて時間を稼ぎましょう」



特設会場の控室でスタッフが喧々囂々話しあっている。

今回は人気アニメ『エルサイア・オデッセイ』の実写映画化のプロモーションで、開始予定はすでに10分ほど過ぎているが肝心のヒロイン役が来ない。

監督はいくつもの名作アニメを手掛けている大御所、原作者は現在の漫画界の重鎮であり、今回は2人ともイベントのために足を運んでいて、来ないヒロインに当然ご立腹。
もうTV局各局にも通達をしてあって生放送で流す局もあるのでヒロインが来るまでと遅らせるのも限界だ。
プロデューサーは最終的にため息をついて、スタッフの1人の案にGOサインを出した。



そしてもう一人の主役がここにいる。
ギルベルト・バイルシュミット、人気ユニット悪友トリオの1人で、主に俳優業で活躍中のアイドルである。
そう…人気アイドルだ。
だが『1人楽しすぎる残念なイケメン』の二つ名も持っている。

その理由は……オタクだからだ。

いや、ギルベルトにしてみれば、オタクと言われるのは非常に不本意だ。

単にギルベルトがちょうど15歳と思春期真っ最中の頃に始まった壮大な名作アニメ『エルサイア・オデッセイ』のヒロインであるアリアに一目惚れをして以来、彼女が理想の女性と公言して、何を差し置いてもエルサイア・オデッセイのグッズは手に入れ、イベントには駈けつけているだけである。

別にオタクというわけではない。
理想の女性がいた場所、それがアニメの中の世界だったというだけだ。

…とギルベルトは日々主張するわけだが、一般的な人々はそれをオタクという。

そうして『エルサイア・オデッセイ』の大ファンだと声高に言い続けていたら件の二つ名を頂いてしまったわけだが、ではアイドルとしてそれが致命的な何かになったかというとそういうわけでもなく、むしろなまじ知能が高く博識で基本的には生真面目で、さらに冷たい印象を与えるレベルで整い過ぎた容姿のせいで近寄りがたい印象を和らげ、一見怖そうで馴染みにくそうだけど面白い男として人気を博す事になった。

それまではシリアス系の役しか来なかったのが、シリアスからコメディまで様々な役のオファーが来ると共に、元々の知識量から来る話題の豊富さもあいまって、最近ではバラエティからのお誘いも少なくはない。

さらに素晴らしい事には、今度『エルサイア・オデッセイ』が実写化する事になった時にぜひカイン役にとオファーが来たのだ。

もちろん願ってもない話でギルベルトも二つ返事で了承したわけなのだが、ファンとしては他の配役…特にアリアのキャスティングは非常に気になる所である。

彼女のイメージにそぐわないような女優は絶対に嫌だ。
一説によると人気女性アイドル、ローラ・クラウンにオファーがあったという話だが、勘弁してほしい。
アリアはもっと清楚で清らかさがにじみ出るような女性だ。
人気があるというだけで決めて欲しくない。


現在某オタクの祭典の真っただ中。
ここは『エルサイア・オデッセイ』のブースの一角である。
その中につくられた特設会場にギルベルトはいた。

ここでアリアのコスプレをした女性が彼女がいつも拭いているようにオカリナを吹く事になっていて、カインのコスプレをしているギルがアリアを抱き上げて壇上にあがり、彼女をヒロインとして紹介する。
そういうサプライズの段取りになっていた。

しかしながら、なんだか裏方がワタワタと騒がしく、開始予定時刻をもう10分22秒も過ぎている。
今回、主催側からサプライズがあるという事もあり、ここが『エルサイア・オデッセイ』のブースだと言う事もあるのだろう。
このイベントの前に整理券の抽選に申し込み当たった多くの『エルサイア・オデッセイ』のファンもイベントの開始をいまかいまかと待っている。

本来なら薄い本を買いに行くのであろう貴重な時間を割いて待っていてくれているのである。
ギルベルトだってこれが終わったら買いに走る予定だ。
事前にTwitterなどで連絡を出来る作家様には丁重に取り置きをお願いはしてあるが、その他にも掘り出し物があるかもしれない。
いつまでも無駄な時間を過ごしているのは自分も嫌だし待っていてくれているファンにも悪い。

「いい加減にしろよ。時間遅れすぎだ。
ファンだって忙しいんだからな。
無駄に待たせてるんなら俺様は出てトークでもしてくるぜ?」
と言うとマネージャーは慌てて止めようとするが、主催側がさらにそのマネージャーを止めて
「そうして下さい」
と言うので頷いて壇上にあがる。

すごい人ごみ、すごい熱気。
とにかく賑やかでしかも関心が壇上へと向けられていたため、その主催側のスタッフの「そうして下さい」のあとに続けた「あ…一つお話が…」という言葉はギルベルトの耳には入って来なかった。


「みんな、ごめんな、10分48秒も待たせちまったっ」
壇上へあがるなり客席にそう語りかけるギルベルトの時間表現の細かさに、歓声と共に笑いが起きる。

こうして『エルサイア・オデッセイ』実写化の最初のイベントが始まったのだった。



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