オンラインゲーム殺人事件_Anasa_第五章_1

長い夜(25日目)


正直わけがわからなかった。

アーサーが学校で行方不明になった夜、ニュースで連続高校生殺人事件の被害者として発表されたのは、アーサー探しに協力してくれているアーサーの同級生、早川和樹だった。
目の前のニュースで流されている写真も昼間見た奴に間違いはなく…

「もしかして…俺様が巻き込んじまったのか……」
ギルベルトは一瞬思考が停止した。

『口は悪いけど気は良い奴なんだ。』
今朝のアーサーの言葉がグルグル頭を回る。

良い奴…だったんだと思う。
勉強時間が減るのが嫌だと言いつつ、校内探し回って、各部部長や各委員の委員長にも連絡取ると言ってくれていた。
夏休みの事だ、全員に連絡をつけるのは思いの他大変なことだろう…。

目まいを感じた…。
今までの犯人と同じだとすれば、和樹が殺されたのは関わらせた自分のミスだ。
彼は全くの無関係だったのに…。
和樹の事を唯一の友人だと言っていたアーサーにも会わせる顔がない。
あの…アーサーの一人ぼっちの孤独を埋めていてくれた唯一の相手を殺させてしまった…。

途方にくれて放心したギルベルトの頭に、テイっと軽く手刀が落とされた。
「起こってもうたもんはしゃあないわ。俺らは今できる最大限をせんと。止まってる暇はないで。アーサー無事に回収せな、あいつも犬死にや。ギルちゃん、犯人の次の行動とか予測してや。」

ああ、そうだった。
ギルベルトは顔をあげた。
成功への道は…感情のまま揺れず、まず冷静である事を自分に強いる事。

幼い頃から叩きこまれてきたその信念が、どうもアーサーのあの何かを訴えるヒナ鳥のような目にさらされると脳裏から飛びがちだ。
感情が揺れ…弱くなる。

アントーニョに言われるまでもなく、自分はアーサーに近づきすぎない方がいいのかもしれない。
大切だと思っても傷つける事しかできなくなる関係もある。
仲の良い友人の域を超えないように…時にはアントーニョをクッションにして…おそらくそれが自分がアーサーに対して一番良い状態でいられる距離なのだろう。
そう決意すると、心がスゥ~っと落ち着いてきた。

頭がクリアになる。

「ちょっと考える。話かけないでくれ」
と、一応アントーニョに声をかけ、ギルベルトは思考の波に身をまかせ始めた。

犯人は今の時点でアーサーを殺すつもりはなさそうだ。
あるならアーサーも和樹と一緒に今のニュースで被害者として流されているはずだ。
あえて殺さない理由…そう考えると二つしかない。

アーサーを餌に固定パーティを組んでいる自分達をおびき寄せる事。
もしくはアーサーから自分達の情報を聞き出す事。

前者だったら良い…と思う。
前者で…さらに呼び出されるのが自分だったらベストなのだが…。
おそらくまず狙われるとしたら魔王にとどめをさせる可能性の高いベルセルクのアントーニョだろう。
ギルベルトはちらりとアントーニョに視線を向ける。
直情型のアントーニョは自分達の中でもっとも駆け引きに向かない。
むしろ何も知らせず敵の注意を引いておかせるのが最良だ。
今指示をしても仕方がない。
フランに連絡が来た場合は…まあこちらに連絡寄越すだろう。

まあ基本的には二人ともじかんを稼いでおけというくらいだ。
あとは犯人に見つからないよう自分が立ち動けばいい。

それより問題は犯人が自分達の事をアーサーに聞き出そうとしていた場合だ。
素直に吐いてくれていたら全く問題はない。
犯人が呼び出してくるのを待つだけだ。
不意に襲いかかられたりした場合でも、自分はもちろん、アントーニョあたりはなんとかするだろう。
フランシスは…まあ家を出ないだろうし、出るならさすがにこちらに連絡をいれるはずだ。

だから…自分達をおびき寄せるのなら本当に構わないのだ。
むしろそうあって欲しいと思う。

しかし…そちらの方が可能性が高いのだが、もしアーサーが素直に吐かなかった場合は…あまり嬉しくない状況になる気がする。
心身ともに打たれ弱そうなアーサーの姿が脳裏に浮かび、ギルベルトは顔をゆがめた。
本当に…ひどい事をされていなければいいのだが…。

心が揺れる…冷静に…冷静に…鉄の意志を持て!
ギルベルトはギュッと手を握り締めた。


そんな中、いきなりジーンズのポケットに入れておいた携帯が振動して思考が途切れる。
今日も泊まってくるって言わなかったっけか?…と、てっきり弟だと思って
「ルッツ~、わりっ。今日も泊まりだって言わなかったか?」
と開口一番言ったギルベルトの耳に入って来たのは
『ギル…だな?』
という聞き慣れない声男の声だった。

「…?!」
ギルベルトはそこで慌てて携帯のディスプレイを見る。
そこに表示されている番号は全く見覚えのない番号で……

「…アゾットか?」
そう結論付けて聞くと、電話の向こうで一瞬戸惑う気配。
しかしすぐ
『ああ、そうだ。よくわかったな。じゃ、目的もわかってるよな?』
「賞金1億円…だろ?んなもん元々狙ってねえんだよ、こっちは。リアフレで一緒にゲーム楽しんでただけで。
どうしても賞金取りてえってんなら、俺様が人質になってやるから、アーサーは返せ。
あいつだけはたまたま知り合った部外者で、俺ら3人はほとんど生まれた頃からのダチっつ~か、幼馴染だから。俺様を人質に取った方が絶対にいいぜ?それだけじゃなくゲームでもお前に協力してやってもいい。」

乗ってくれ…と祈るような気持ちで、しかし電話の声はあくまで平静に聞こえるように努める。
ギルベルトの提案に電話の向こうの男…アゾットは少し考え込むように沈黙する。

『何を企んでいる?お前のメリットは?』
一刀両断されず第一段階を突破したらしい事にギルベルトは内心安堵の息をつく。
しかし本番はこれからだ。

「アーサーに言うなよ?言ったらこの話はチャラだ。お前は確実に他の二人を呼び出せて、しかも協力的な人質を取るチャンスを失う事になる。」
電話の向こうでごくりと喉を鳴らす音がする。
選択権は自分の方がより握っているようにみせかける事にも成功しつつあるらしい。

『わかった。あいつには言わねえ。』
アゾットの答えを聞いて、ギルベルトは半分勝利を確信した。

「海陽に入りてえ。」
『は?』
「海陽学園って知らねえのか?日本一頭良い高校だ」
『知ってはいるがそれがどうした?』

「東大進学率日本一を誇る進学校。それと同時に生徒会の力が異様に強くて、下手すると新米教師を凌駕する。おまけにOBは日本を動かしているお偉方。生徒会にコネができれば自分もその一員として輝かしい人生おくれる事請け合いだ。で、そのトップの現生徒会長がアーサーってわけだ。
こういっちゃなんだが俺様秀才でな学力的には十分海陽受かる頭あんだよ。でも中学の頃はうちはちょいわけありで俺様を私立に入れる余裕がなくて受けれなかった。
でも今なら行けるんだよな。で、学校内で行方不明になった生徒会長の代わりになったなんて事になりゃ、学校側も不祥事だしそれをたてにすれば編入試験くらい受けさせてもらえるだろ。中にはいりゃはいったで、生徒会長のアーサーのコネでOBの国の実力者達にコネが作れる。
エリートコースに一気にのっかれるってわけだ。俺様にとっては一生がかかってる。
…おい、今の話聞かれてねえだろうな?!さっきも言ったがアーサーに聞かれたら意味ねえんだからなっ」

わざと気にしてるように言うと、アゾットは
『別室に閉じ込めてあるから聞こえねえよ』
と、それでも声をひそめる。
「手荒な事してねえだろうな?!俺が海陽入った時に再起不能になられてちゃ意味ねえんだからなっ」
『手は出してねえよ。武道の有段者なんかに下手に手出したら逃げられかねねえし。意識戻ってからも縄は解かずに転がしたままだ。』

「…武道…有段者?」
ギルベルトは何かひっかかって聞き返した。
『ああ、そうらしいぜ。なんだ、知らなかったのかよ。本当にあんま付き合いねえんだな』
ひどくひっかかる…。

「悪かったなっ。なんかお前の方が付き合いあるみてえだよな。…ったく。」
冗談めかして鎌をかけてみると、
『あいつの知り合いに聞いたんだよっ。ま、いい。人質チェンジしてやる。携帯だけ持って家を出ろ。行く先は○○公園東口。ついたら電話しろ。』
と、それだけ言って、アゾットは止める間もなく電話を切った。

とりあえず交渉の成功にホッとしながらギルベルトはアントーニョの携帯を借りて父親に電話をかける。
自分の携帯だとアゾットから連絡がくるかもしれないからだ。

「親父…ちと佳境だ。人借りれるか?」
ギルベルトはとりあえずアーサーが誘拐されているらしい事、犯人とのやりとり、人質交換に向かう事などを話して応援を頼む。
もちろんあくまで非公式なモノだ。

「警察なんて呼んだらやばいんちゃうん?」
ギルベルトが電話を切ると、犯人の電話が来てから今まで、珍しく空気を読んで黙っていたアントーニョが少し批難の目を向けてきた。
「俺よりギルちゃんの方があーちゃんの事安全に助けられる思うて、色々言いたい聞きたいの我慢しとったんやで。」
普段我慢という文字が辞書にないようなアントーニョの口から出た我慢という言葉に、ギルベルトは少し驚いた。
そして…ああ、こいつ本気なんだなぁ…と、改めて思う。

「安心しろ。警察が動くわけじゃねえ。親父の知り合いがプライベートでヘルプ来てくれるだけだ。ま、職業警察関係だから体術はそれなりに心得てるけどな」
「でも…」
「俺らだけで行動するより救出の成功率高いぞ。とりあえず…話した感じだと意外に単純で不用意な印象受けたし、犯人。……つか…共犯いんのかも…。相手一人だったら取り押さえられると思うんだけどな、共犯いると犯人と対峙してる間にアーサーになんかされても嫌だしな…」
「…無事そうやった?」
「ああ。武道有段者だって言うから手出しても怪我するから縄かけて隣の部屋に閉じ込めてるって言ってたから、少なくとも暴力振るわれたりとかそういうのはなさそうだ」
「そっか…」
アントーニョはほ~っと胸をなでおろした。

「とりあえず俺は呼び出し受けた場所いくけど…トーニョどうするよ?」
聞くまでもないなと思いつつも聞いてみると、アントーニョは
「もちろん行くに決まっとるやん!」
と当たり前に答える。
こうして二人はとりあえずそれぞれ携帯を持って指定された○○公園へ向かう事にした。

最寄駅の一駅前で、ギルベルトが電車を降りる。
「俺、ここからタクシー使うわ。一緒に降りたらみられてるかもしんねえし。一応俺ら顔は割れてないはずだけど、髪の色くらいはばれてるかもだから、一緒に降りねえ方が良い。
トーニョはここから電車使え。で、駅に着いたら公園の東口に出る出口ぎりぎりで待機して電話な。外には出るなよ。俺はお前から電話あったらタクシーで現地向かうわ」
「わかった。」

そうやって二人わかれて現地へ向かう。
アントーニョは電車で現地に着くとギルベルトに電話をし、そのまま待機した。
待つのは苦手だ…。本当に苦手だ。
正直…アーサーがひどい目にあってるかもしれないと思いながら待ってるくらいなら、助けに入って代わりに刺された方が精神衛生上よほど良い。

そんな事を考えているうち、ギルベルトが公園についたらしい。
ギルベルトのポケットには今、自分の携帯とは別にトランシーバ代わりにとアントーニョの携帯がつけっぱなしで入っていて、アントーニョはベルに借りた携帯を持っている。

その携帯から様子が伝わって来た。
犯人はどうやらギルベルトをどこからか見ているらしく、同行者がいないかなどを探るためか電話で公園のあちこちに移動させている。

それを見越してこうやって別々に来て、さりげなく様子がわかるように電話をしこむあたりが、自分の悪友ながらギルベルトはさすがだと思う。

そうして1時間ほどグルグルと公園内を回らせた後、犯人はようやく電車に乗る事を指定してきた。
アントーニョはそこで一足先にホームへと降りた。

公園のあるオフィス街の駅から郊外へと向かう電車はもう時間は遅いのにそれなりに混んでいる。
なので、アントーニョ一人紛れ込んだところで全く不自然さはない。
普段なら感じる人混みの不快感も今回ばかりはありがたい。
降りるのを指定されたのも人の多い駅だ。

電車を降りるとアントーニョはとりあえず自販でジュースを買い、少し時間を稼ぐ。
これだけの人がいればそこまで見張られている事を警戒する必要はないのかもしれないが、万が一にでも失敗は許されない。

ギルベルトは指示に従って改札を出たようだ。
そろそろ行くか…と、アントーニョも缶の中身を一気に飲み干し、改札へと急ぐ。

人通りの少ない側の出口につくと、アントーニョは一応あたりをみまわし、誰も見張ってない事を確認して外へ出た。

なるべくゆっくりとした歩調で、ギルベルトに近づきすぎないように歩を進める。
だんだん人もまばらになり、たどりついたのは古びた平屋建ての一軒家。
中へと促されて入って行ったギルベルトを放置で、アントーニョはこっそり裏口へと回る。
そっとドアノブに手をかけると、不用心にも鍵はかかってなく、簡単にあいた。

犯人が不用意なのか罠なのか…一瞬迷うが、即中に入る。
そのまま薄暗い家の中をそっと探索した。

『で?アーサーはどこだよ。一応俺様のおかげでって事にしてえから、本人にも人質交換みせとかねえと…』
と、犯人と対峙しているらしいギルベルトの声がイヤホーンを通して電話越しに聞こえる。
『ああ、台所の隣の部屋だ。ついてこい』
とどうやら案内しかける犯人をギルベルトは引き止めた。
『チョイ待った。結託してるとか思われたら意味ねえ。アーサーにどういう風に見せるかを打ち合わせしねえと。』

だてに幼い頃から悪友をやってはいない。
これはアントーニョに安全にアーサーの救出をさせるための時間稼ぎだろう。
ギルは馬鹿だ不憫だ考えなしだとよくあちこちでせせら笑われたりするが、実は秀才なだけじゃなく、戦術厨で論理的で冷静な男だ。
無駄な世間話をしているわけもない。行動が全て意味のある作戦に基づいているはずだ。
ギルベルトの意図を察したアントーニョは、急いで今いる台所の隣に目をやった。
古びた平屋の一室で、鍵…以前に、ドアではなく襖なので、即入る事ができる。

音をたてないようにふすまを開け、灯りのない真っ暗な室内に入りこみ、また後ろ手にふすまをしめた。
暗闇に目が慣れるまで…など待っている余裕もなく、アントーニョは10畳ほどの室内を迷わず進む。

「あ~ちゃんっ…」
部屋の奥の片隅にみつけた影に駆け寄った。
「大丈夫かっ?ひどいことされてへん?」
アーサーは縛られたまま床に座り込んでいた。
消えた時の制服姿のまま、特に乱暴な事をされた形式もない。
その事に安堵して、アントーニョはそのまま一瞬抱き寄せて、それから急いで縄をほどく。

「ああ…。トーニョか。手間かけさせて悪い。」
「……?」
アントーニョに驚いた様子もなく、ひどく無感情な声音に少し違和感を感じた。
とりあえず
「何言うとるん。あーちゃん助けるなんて当たり前やん。俺守ったる言うたやろ」
と笑みをむけるが、アーサーは無表情だ。

ちらりと目のはしに移る時計は10時を回っている。
誘拐されて半日以上もこの状態だ。疲れているのかもしれない。

「立てる?」
「ああ」
手を貸して立たせると、長い間座った状態だったため少しふらつくものの、普通に歩けそうだ。

そこでアントーニョは電話に向かって大声で叫んだ。

「ギルちゃん、こっちはおっけぃやで!!」

その声に呼応して、そう遠くない場所で
『おう!!』
という肉声と共に争う音が聞こえた。




少し時を遡る。
電車組のアントーニョと分かれて犯人に呼び出された公園まで向かうタクシーの中で、ギルベルトは自分の携帯で父親に電話をかけ、現状と取っている手段などを説明の上、改めて応援を手短に頼んだ。

一応これでアントーニョと父親の側の応援と2段階踏んだので、最低でもアーサーの救出の手は足りるだろうし、まかせても大丈夫だろう。
あとは自分次第だ。

とりあえず公園につくと、ギルベルトは犯人に着いた旨を告げる電話をかける。
すると何度か公園のあちこちに行くように指示された。
人通りの少ない夜の公園で、側に誰かいれば気配を感じそうなものだが、特にそういう感じもない。
それでも自分がその場に付いた頃に連絡が入るので、どこかで双眼鏡ででも覗いているのかもしれないな、と思った。
どこからみられているのかわからない…そう考えると予め準備をしておいて正解だった。

とりあえず犯人からの電話があった場合、指示を確認するふりで少し大きくその指示を復唱することで、自分がどういう指示を受けているのかはポケットの中のつけっぱなしの携帯を通してアントーニョに伝わるようにする。

父親の方の応援の面々は…まあプロだしなんとかしてくれるだろう。

何度か公園をぐるぐるしたあと、最終的に電車に乗るように言われて駅に向かう。
そのまま電車に乗って郊外の方へ。
東京近郊の大きな駅で降りると、うながされるまま比較的人が少ない出口へ。

指示のまま駅を離れて街を抜け、歩く事30分ほどで古い平屋建ての建物にたどりついた。
空き地のように手入れされずに雑草だらけの庭には倉庫。
その前には古びたバイクが止めてある。
周りに他に建物もなさそうなので、もしかしてここか…と思っていると案の定で、中に入るように促される。

薄暗い室内。
掃除が行き届いていないのか埃の匂いがするが、人が住んでいるような気配はある。
もし犯人の自宅なのだとすると、そこに第三者を連れてくると言うのはあまりに不用意だ。
エドガーを殺害し、アーサーを誘拐するまでの狡猾な手口とあまりに食い違っていて、不思議な気がする。
やはり犯人は複数犯で、今の一連の行動はそれまで作戦を立てていた方ではない犯人の独断なのだろうか…。

そんな事を考えながら、ギルベルトは注意深くあたりの気配をさぐりながら、言われた通り玄関から続く短い廊下の先つきあたりの部屋へと入った。

「よぉ。お疲れさん」
6畳ほどの部屋の奥には机。その上にはパソコンが置いてある。
間違いない。ここは犯人の部屋で、ここでゲームにアクセスしていたのだろう。

「自室にご招待とはずいぶんと信用されたもんだな。」
薄暗い玄関から灯りの付いた部屋に入った事で少し目が光になれずに少し眉をよせながらギルベルトが言うと、机の前に立った自分達と同年齢くらいの男は
「まあ…同じ穴のむじなだからな。俺は目先の1億円、お前は将来のエリートへの道がかかってる。そうだろ?」
と、にやりと笑みを浮かべた。
ギルベルトの出まかせをそのまま信じているらしい考えの浅さに、ギルベルトは確信した。
犯人は複数で…しかし軍師役をやっていた方は今ここにはいないらしい。

そうなるとあと確認しなければならない事は一つだ。
アーサーが本当にこいつの方と一緒にいるのかだ。
もし軍師役の方と一緒にいれば全てが終わる。

「で?アーサーはどこだよ。一応俺様のおかげでって事にしてえから、本人にも人質交換みせとかねえと…」
あくまで自分が共犯で仲間であるという印象を与えつつ居場所の確認をと思って聞くと、犯人はあっさり
「ああ、台所の隣の部屋だ。ついてこい」
と、言って案内しかける。
とりあえずここにいる事にホッとしつつも念には念だ。
こいつをこのままここでのして助けに行こうとしたら他にも仲間がいてアーサーを盾にでもされたらやっかいだ。

「チョイ待った。結託してるとか思われたら意味ねえ。アーサーにどういう風に見せるかを打ち合わせしねえと」
打ち合わせと称してこいつをここにとどめおけば、あとはアントーニョが上手く救出するだろうと踏んでの行動だった。

もちろん犯人は疑いもせず、クックッと笑いながら
「お前も必死だな。」
と応じた。

ついでに改めて犯人の男を観察してみる。
体格的には自分と対して変わらない中背中肉。Tシャツから出ている腕には多少筋肉がついていて、それなりに身体は鍛えているとみた。
ジーンズとシャツの間には小ぶりのナイフ。
構えてない所をみると根っから疑われているわけではなく、しかし絶対に大丈夫と安心しているわけでもないので怪しい動きをしたら即抜けるようにとの準備だろう。
まあ…本格的に何かやってるわけではないが、少々悪い連中とつるんで遊んでいた小悪党…と、ギルベルトは結論づけた。

一対一なら武器(ナイフ)付きでも負ける気はしない。
適当にそれらしい説明をしながら、ギルベルトはひたすらアントーニョの合図を待つ。
だてに幼い頃から悪友はやってない。
絶対に意図は伝わっているはずだ。
アントーニョは鈍感だの空気が読めないだの言われているが、実は面倒くさがりやでAあえてK空気をY読まない男なことをギルベルトは知っている。
こういう絶対的に重要なところでは外さないはずだ。

案の定、しばらく待ってると

「ギルちゃん、、こっちはおっけぃやで!!」
という叫び声が聞こえてきた。

「っ!!」
犯人が瞬時に察したらしくナイフを抜くが、ギルベルトはそれを蹴り飛ばすと、そのままの勢いで相手に肉薄し、投げを打った。そのまま受け身を取れないでまともに床にたたきつけられた相手を押さえこんだところで、タイミングよく父親の部下が乗り込んでくる。
そしてそのまま犯人に手錠をかけた。

「さすがバイルシュミットさんの自慢のご子息ですね」
ギルベルトが立ちあがると二人の警察官が犯人を連行していき、指揮をとっていたらしき一人がギルベルトに寄ってくる。

「こんばんは。今回はお手数おかけしました。父からは私的にお手伝い頂く事になると聞いていたのですが?」
とりあえず頭を下げつつギルベルトが聞くと、相手はにこりと笑みをうかべた。

「今回は誘拐の現行犯と言う事もあり、許可が下りました。殺人事件の立証はこれからですが…今の時点では傷害未遂の現行犯でもありますね。」
「このあとはお任せしても?」
「いえ、できればギルベルトさんと誘拐されていたご友人には署でお話を伺いたいのですが?」
ちらりと部屋の外に目をやると、アントーニョとアーサーの姿が見える。
こんな状況だから当たり前と言えば当たり前だが、憔悴した様子のアーサーの事が気になった。

「俺は一晩でも構いませんが、アーサーの方はできれば必要最低限で帰してやって頂けませんか?かなり憔悴しているようですし」
「はい、そのように。」
と、了承を得て、ギルベルトはようやく安堵の息をついた。


警察署について応接室のような部屋に通されると父が待っていた。
心底ホッとした。
「親父、今回は助かった。ありがとう」
常に尊敬はしていたが、今日ほど父に対してありがたさを感じた事はない。
父が目配せをすると、他が散って行き、父親と二人きりになる。

「いや、今回は本当によくやった。上も三葉商事絡みとなると二の足を踏んでいたが、今回は現行犯だからな。少なくとも犯人の犯行に対しては手を付ける事ができる。未成年だからどの程度の刑罰になるかはわからんが、少なくともかなりの年月出て来れないだろうな」
「そりゃ良かった。」
「それでな…私はお前を信用しているし、絶対に漏らさないと思うから…まあ、事情を聞いている最中にうっかり資料を放置したままうたた寝をしてしまうと言う事もあるな。」
一冊の日記帳とおそらく指紋をつけないための手袋を机の上に投げ出し、そっと部屋の鍵をかけて、またソファに戻ると、フリッツは腕を組んだまま軽く目を閉じた。

「…親父…いいのかよ?」
おそるおそる手袋に手を伸ばしてお伺いを立てると、
「私は居眠り中だから聞こえんな…」
とフリッツが応える。
そこでギルベルトは意を決したように、日記帳に手を伸ばした。





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