オンラインゲーム殺人事件_Anasa_第三章_1

ギルベルトの憂懼(13日目)


「あのさ、親父。ちょっと話してえことあるんだけどいいか?」
母親を亡くした後、父親は再婚もせず仕事一筋だったため、父と弟のルートと男3人での夕食後、珍しくコーヒーをすすりながらゆったりしている父フリッツに、ギルベルトは洗い物の手を止めて声をかけた。

「ああ、なんだ?お前が改まって話したいとは珍しいな。」
フリッツは読んでいた新聞をパサリと机の上に置くと、話を聞く体制を整えてくれる。
そこでギルベルトは洗い物を完全にやめ、水道の蛇口をきゅっとひねると、エプロンで手を拭きながらキッチンと続きになっているダイニングで、父親の正面に座った。

そこでチラリと同じく父親の横で食後のコーヒーを飲んでいる一つ年下の弟ルートに視線を向けたギルに気付くと、フリッツは
「ルート、くつろいでいるところをすまんが、これで何か甘いものでも買って来てくれないか?どうも疲れているのか無性に甘いものが食べたい。この時間なら駅前のケーキ屋がまだ開いているから…」
と、財布の中から紙幣を出す。

「ああ、わかった。何がいい?」
「そうだな…ザッハトルテか…なかったら何かタルトを。」
「兄さんは?」
「あ~、俺様もタルト系がいい」
「わかった、じゃあ行ってくる」

ルートがそう言って家を出ていくのを確認すると、
「さて、これでいいだろう。なんだ?」
と、フリッツはギルベルトを振り返った。
それにギルベルトは笑みを浮かべる。
「さすが親父。よくルッツに聞かせたくねえ話だってわかったな」
「伊達に17年も父親をやってはいないからな。」
わかりやすく真面目なルートと違って、ギルベルトは気を使わせないようにふざけた風を装っているが、非常に真面目な男だとフリッツは理解している。

母親がなく、父親が仕事で不在がちな家庭の中で、誰よりも自分が長男だと自覚しているギルベルトは、どんな事でもまず真面目に父親の意向を確かめてから行動に移す次男ルートととは逆に、なるべく忙しい父親の手をわずらわせまいと、なんでも自分で解決しようと最大限の努力をする。

そんなギルベルトが自分で解決しきれずに親を頼ろうとするのだ。
よほどのことだろう。
なんのかんの言って兄弟仲がいいので、ルートは聞けば巻き込まれようとするだろうし、それを“兄”としてのギルベルトが避けたいと思っていると言うのは容易に想像できた。

「実はちょっとまずい事が起こってんだけど…警察関係者としての親父の意見が聞きたい」

ギルベルトはそう言ってゲームディスクが送られてきてからの一連の出来事について説明した。
ギルベルトが一通り話終わると、フリッツは
「お前も三葉商事のゲームに関わっていたのか…」
と深く深くため息をついた。

「三葉商事が相手となると警察はほぼ動けん。上からのお達しだ。
この事件と三葉商事との関連付けをさせるのはまず無理だろう。
事件は単体で捜査という事になり、結果、現行犯で犯人が逮捕されない限り、次の犯罪を防ぐのは不可能に近い。」
「ああ、それはそうだと思った。」
“警察関係者としての”父の答えは予想通りだ。

「独り言でいい、教えてほしい。とりあえず俺の死んだ人間とキャラの結びつけは合ってるか?
次の策を練るなら最低限の確定情報が欲しい。」
「自分でなんとかできる範囲の事だと思うのか?」
「わかんねえ。でも少なくとも警察は現行犯じゃなきゃ動いてくれねえんだろ?
今話した通り、フランが今犯人の射程に入ってる。
動くなら…これがラストチャンスだ。万全の策を練って犯人追いつめねえと。
これ逃したら下手すりゃ全滅しかねえ。」

フリッツは警察関係者である自分はいつ死ぬ日がくるかもしれない…そうなれば母親もいない息子達は二人だけで世の中を渡って行かねばならないのだ…と、幼い頃から常に、自立、論理的思考、速やかな行動をする事をうながして育てた。
勉強も武術も様々な分野に及ぶ知識も、できうる限りのものは与えてきたつもりだが、それが果たして良かったのやら悪かったのやら…。
まあ…良かったと考えるべきだろう。やり直しがきかないことに対する後悔などするだけ無駄だ。

「これは私の独り言だが…」
と前置きをして、フリッツは言った。
「秋本翔太のパソコンにはオンラインゲームのデータが残っていた。キャラクタ名はショウ。
そして…赤坂めぐみのパソコンも同じく。キャラクタ名はメグだ。
秋本翔太は死の直前女性名で来たメールで呼び出されているが、それはどうも持ち主が不必要になって処分したプリペイド携帯から発信されたモノらしく、使用者は不明だ。
もちろんメールなので本当に女なのかどうかもわからない。」
「…メールの内容は?」
「タイトルは『確認したい事があるから会いたい』。本文は待ち合わせ場所と時間のみだ。どちらも秋本翔太の自宅そばだが、目撃証言はない。」

聞きたい事がある+女性名…どちらにしても肝心な部分はゲーム上で話している可能性が高いが、三葉商事側が協力する気が皆無で関連性を否定したいのなら、ログを確認するのは諦めた方が良さそうだ。
相手はイヴなのかメグなのか…。

考え込むギルベルトにフリッツが
「どちらにしても…本当に行動に起こす時は呼びなさい。“警察”として動けなくても、“たまたま警察関係者な”知人に息子の様子を見に行ってもらう事くらいはできる。」
と、言った瞬間に、ルートが戻ってきて話は終わった。



自室に戻ってからゲームにインするまでの時間、ギルベルトはざっと整理をしてみた。

ゲーム参加者は全部で12名の高校生。
その中に優勝賞金一億円のために優勝しそうな人間を殺して回っている奴がいる。

参加者の中で犯人候補から完全に除外して良いのは、自分と、幼馴染でいい加減性格もわかっているフラン、トーニョ。
アーサーもトーニョに自宅まで割れているとなると、まあ馬鹿な事はできないだろう。
というか…こんな状況でそんなに簡単に身元を明かしてしまう危機管理は別の意味で要注意だ。
今度なんとかしなければ。

あとは…殺されていると確定したバットマン、ショウ、メグの3名も除外。

これは同一犯という前提での話なので、バットマンを殺したのがショウやメグ、また、ショウを殺したのがメグで、ショウやメグを殺した犯人が別にいる可能性もあり、死人=無実とは限らないが、とりあえず死人はこれ以上殺人を犯すことはできないわけだから、今後の要注意人物からは除外しても良いと言う理論だ。
とりあえず最低でも最後に殺されたメグを殺した犯人は生きている人間の中にいるはずだ。

その生きている人間は、イヴ(ウォリアー)、アゾット(プリースト)、エドガー(ウィザード)、オスカー(アーチャー)、ヨイチ(アーチャー)だ。

まずイヴは容疑者の第一候補だ。
先に殺された男二人と仲が良く個人情報も持っていて、呼び出すのも容易そうだ。
さらに言うなら、魔王を倒しやすいジョブNo1とも言えるウォーリアを選択している。
バットマンを殺したのは目撃者の証言だと若い男らしいが、ネットの性別が現実の性別と同じとは限らないので、イヴを使っている人間が男だと言う可能性も十分ある。
ただ、イヴは犯人と断定するには犯人として疑われやすそうな状況で殺し過ぎている。
本当に犯人ならもう少し自分が疑われないように立ちまわっても良い気もする…が、そう見せかけておいて実は…という可能性もゼロではない。


次にアゾット。
プリーストのアゾットは一見疑うような要因がない。
魔王にとどめをさすのは恐らく無理なプリーストで、殺された3人とも特別に親しくはなさそうだ。
プリーストというソロがしにくいジョブで、イヴ達のパーティと組んだりメグやエドガーなど、ソロのアタッカーと組んだりしつつ、ソロもしていたらしいが、あまりレベル上げと言う意味では熱心でなかったっぽい。
先日全員集合した時の様子を見た限りでは人当たりもよく穏やかに見える。

しかし、もしアーサーからの情報がなければ本当に全く疑う余地がないように思えたこの男が実は何か怪しいとギルベルトは見ている。
アゾット…水晶という透明な宝石の中に封じられた悪魔。
…たぶん…表面上のピュアさの中に潜む悪を表現したつもりなのだろう。
表だって野心や邪悪さだしたらまずいという理性と知性、その一方で誰にもわからないところでは悪に興じる自分を主張したいという強い自己顕示欲の持ち主……。

そして…そのアゾットと一緒にいる人格の変わったかのようなイヴ…。
今までのイヴと同一人物ではなくなっているという可能性はないだろうか…。
イヴ自身がすでに情報を引き出された上で殺されて、別の人間が成り代わっていると言う可能性も否定はできない気がする。
そして…成り代わっている人間はアゾットの関係者…。

一億を取れる可能性を考えれば、身代わりをやる人間がいても不思議ではない。
操ってる本人は、最終的に参加者の身元が割れている以上、イヴキャラで魔王を倒しても自分に一億が入る事はないわけだし、アゾットに協力して一億の中から分け前をもらうしかない。
そう考えれば…最終的にアゾットが一億を取って、イヴキャラを捨てる事になるため、イヴキャラがいくら疑われるような状況になろうと痛くもかゆくもないし、今の状況も全てつじつまがあうのではないだろうか。

とりあえずあまりに警戒心も危機管理能力も足りない自分の仲間達は、この二人には極力近づけないようにしなければならない。

それではその他の3人はでは安心なのかと言うとそうでもない。

まずアーチャーのオスカー。
意味もなくやたらとアーサーに付きまとっているらしい。
アーサーに、セクハラまがいなレベルでの粘着をしているとアントーニョが激怒していた。
女キャラならともかく、性別差がつきにくいウィザードとはいっても一応男キャラにそこまでつきまとう目的がわからない。
そういう意味では怪しいと言えば怪しいと言えなくはない。

それから同じくアーチャーのヨイチ。
こちらはもう怪しいのか怪しくないのか判断する材料すらない。
誰とも近寄らず、全員集まっている場にすら来なかった。
他に興味がないのか、なら何故他人が介在するオンラインゲームなどやっているのか…何がしたいのかもうよくわけがわからなさすぎて、安全な相手とも判断しかねる。

最後に…
「こいつ…はなぁ…」
ギルベルトはPCのメールを開いた。
ウィザード、エドガーからのメールだ。

【突然ごめん。僕の長年培われてきた洞察力だと、君が一番人間性的にも理性的にも信用できる気がしたんで相談したい。
最初に言っておくけど、僕の事は君の他の仲間にも言わないで欲しい。
それを証明する術は本当にないんだけど、僕は今回の殺人には一切関与してないし、君もそうだと僕は確信してる。というか…僕の判断で一番犯人だという可能性が少ないのが君だと思ってるんだ。
で、僕は誰が犯人なのかを突き止めて行きたいと思ってるんだけど、個人で動いてるあたりはともかくとして固定パーティーだと人物像を把握しにくいんで、できれば君の仲間がどんな感じの人物なのかとか教えてもらえるとありがたい。
もちろん別に君の仲間を特に疑ってるとかじゃなくて、とにかく集められるだけの情報を集めて、その中から必要な情報と不必要な情報を取捨選択して推理を進めていきたいんだ。
一応…僕が言いだした事だし僕の方からは随時情報が入り次第送らせてもらうよ。】

「俺様を信用するのは正しいんだが…」
というのは何も自分を過大評価しているわけではない。
ただ、全ジョブ1魔王にとどめをさしにくいプリーストを選択していて、さらにパーティーにとどめをさしやすい部外者のアタッカーを入れている時点で自身が1億を一人占めするために殺人を犯すと言うような方向性の行動をとる可能性が低いからだ。

こちらの情報を欲しがっているという意味では怪しいと言えなくはないが、本人の言う通り、犯人を見つけるための情報が欲しいためと言う可能性もある。
とりあえずは放置してもあちらから勝手に情報を送ってくるらしいのでメンバーとジョブ構成、全員リア友くらいは言って、あとは放置でいいだろう。そう思ってとりあえずメンバーとジョブ構成とリアフレであることだけ送っておく。
話がややこしくなるので、アーサーだけリアフレじゃない事はとりあえず伏せておいた。
そんな感じで、ざ~っと今の状況を整理して、次にやらなければならない事の検討を始める。



まず3人に、とりあえずもう一度個人情報を漏えいしない事と、さらにお互いについての事を第3者に漏らさない事を徹底させる事。

個人個人としては、アントーニョはなんとなく運が良いのか危ない所をそれと意識せずそつなく避けられる男だから放っておいて良いとして…フランシスには一人で出歩かないように注意し、何かあったら即自分に連絡を入れさせる。
あとは…一度自分もアーサーに会っておいた方が良いかもしれない。
アントーニョとのやりとりを見ていると、なんとなく危なっかしい気がする。
アントーニョは嫌がるかもしれないが…奴がいると話をさせてもらえそうにないから、できればアントーニョがいないところで…無理だろうか…。

【あのさ、俺ギルベルトだけど…話してえ事があるんだ。一度二人で会えねえか?】

それだけの短い文章を打ってピッと送信を押す。
ちらりと時計を見ると7時半を回ったところだった。

まだゲームにインするには時間はあるが即答もできないだろうし、返事が来るのは明日かもな…と、思っていたら、いきなり携帯が鳴り響いた。

「俺様だが…」
ちらりと番号を見ると悪友の一人なので何も考えずに出たが、そこから聞こえてきたのは地底の底から聞こえてくるような、おどろおどろしくも不機嫌な声だった。

『ギルちゃん…自分何考えとるん?』
「はぁ?」
開口一番意味不明な言葉を吐かれて、まぬけな返事を返すギルベルト。
何を言ってるんだ、こいつ…と思ったが、続く
『あーちゃんにおかしな真似したらしばくで?』
との言葉に思い当った。

「トーニョ、お前もしかしてアーサーに相談でもされた?」
今のメールのせいかと納得してそう聞くと、トーニョはきっぱり言う。
『あーちゃん今風呂やで。でもあーちゃんのPCにギルちゃんからのメールきとったから確認して消しといたから』
こいつは……とギルベルトは眉間に手をあてた。

「お前…勝手に人のメールを…」
『ギルちゃんからやからかまへんわ。てか何するつもりなん?二人きりて何?
俺がおれへんとこであーちゃんと会うなんて許さへんでっ』
許さないとか言う権利お前にあるのか?お前はアーサーの彼氏か?とか、色々突っ込みたいところではあるのだが…とりあえずまず一つ突っ込んでおく。

「なぁ…お前なんでこんな時間にアーサーのとこいるんだよ?」
それに対して、アントーニョの声がちょっとはずんだ。
『俺がおるんちゃうわ。あーちゃんが今日うち来とんねん。今日家に一人言うからあーちゃんみたいな可愛ええ子が一人きりなんて危ないやん。せやからあーちゃんのノートPC持ってうち連れてきてん。』

なんだろう…色々突っ込みたい。
ていうか…もしかして…

「おい、アーサーってもしかしてリアル女?」
フランシスと違ってアントーニョはそういう趣味はなかったはずだ。
もし女なのだとしたら、やたらと絡んでくるオスカーの態度も、アントーニョのアーサーに対する度を超えているように見える執着もうなづける。

「そんなわけないやん。やっぱりギルちゃん不純な理由であーちゃんに近づこうと思っとったん?」
返ってきたアントーニョのこたえに、“お前が言うな” と、声を大にして言ってやりたい。

「ちげえよ。今色々情報整理中だから、なるべく確実な情報が欲しいだけだ。その一環としてアーサーの事も知りてえんだよ。一応一緒にパーティー組んでるわけだし。」

そう言えばアントーニョは昔から人に対してにせよ物に対してにせよ独占欲の強い男だった。
ただしその独占欲が発揮されるのは特別に気にいった本当に極々少数に対してなので、周りの人間はアントーニョの事を愛想は良いが何に対しても執着の薄いただの良い奴だと思っている。
が、実はこいつこそ、目的のためならどんな手段でも使いかねない奴だと、ギルベルトは思う。

アーサーにあまり近づくそぶりを見せると、それこそ別の方向からの殺人事件が起きないとも限らない…と半分本気で思って、ギルベルトはため息をついた。

「例えばな、オスカーの異常なまでの粘着だって、アーサーがリアル女だったら別によくあることだし、注意しなきゃなんねえ事だって変わってくるだろ?」
『あーちゃんは男やで。男子高の制服着てたし。別に中身まで確かめてへんけど。なんなら今確かめてこよか?』
「や~め~ろ~~!!!」
こいつなら本当にやりかねないっと、ギルベルトは慌てて止める。

『しゃあないなぁ…。ギルちゃんがどうしても疑うって言うなら…』
「疑ってねえっ!聞いてみただけだろっ!!」
『確かにかわええねん。背は俺とそんなに変わらへんけど、ほっそいし、色白でほっぺあわ~いピンクで、目なんてクリックリのまん丸で、リスみたいやで~。まつ毛かてめっちゃ長くてクルンてしてるし、もうあれどうして男なんやろな?』
「知るか、そんな事…」
ギルベルトはため息をつくが、アントーニョは止まらない。

『やっぱ確かめてこよか。よく漫画とかにもあるやん?実は女の子なんやけど事情があって男の恰好しとるとか…』
「現実見ろ」
『でも、そうするといくらギルちゃんに言われたからて、風呂入っとるとこ確認はまずいかぁ…まあ俺も男やし、見てもうたら責任取ったってもええねんけど…。』
「現実見ようぜ」
『あーちゃん泣いてもうたら、ギルちゃん、俺はあかん言うたんやけど、自分が無理矢理確認せえ言うたんやってちゃんと言うてや?』
「言ってねえ。」
『じゃ、これから風呂場に確認行ってくるからいったん電話を…』
「切るな、行くなぁ~~!!!!」
ギルベルトは携帯に向かって叫んだ。

ぜーぜー肩で息をするギルベルト。
電話の向こうから
『ギルちゃん、何興奮しとんの?フランやあるまいし。』
というアントーニョの言葉に脱力した。




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