オンラインゲーム殺人事件_コウ_6

送迎


夏休みでもコウの朝は早い。
普通に5時起きで鍛錬。シャワーを浴びてその後朝食。
後片付けを終えるとだいたい7時。

普段だとそこから勉強だったりするのだが…今日はネットで道の確認。
フロウの自宅の駅までは自分の自宅から15分ほど。意外に近い。
もちろん電車の時刻もきっちり調べる。
フロウの自宅の最寄り駅から自宅までは約徒歩8分ほど。
計23分だが、初めて行く場所だ。万が一迷う事なども考え余裕を見て30分前に出る事にする。
服装は制服。
私服よりは一応自分の身分の証明になってくれるだろう。
もちろん提示を求められた時のために生徒手帳も携帯。
正直言って…女の子の自宅を訪ねるなんて初めてだ。緊張する。
そもそも”あの”姫が自分の事を親になんといって説明したのだろうか…。
怪しい人間と思われないだろうか…。

本当に緊張しながら8時に自宅を出た。
そして某高級住宅街。
豪邸の建ち並ぶ一角にその家はあった。
現在8時21分。若干予定より早く着く。
あまりに早く来られても迷惑だろうと、そのまま待つ事6分。
8時27分。恐る恐るチャイムを鳴らす。

『は~い♪』
驚くほど可愛らしい声が聞こえた。
『おはようございます。碓井頼光と言います。優波さんを学校へお送りする約束をしているのですが、ご在宅でしょうか?』
心臓が口から飛び出すかと思うほど緊張して言うと、
『はい♪今呼びますのでお待ち下さいね♪どうぞ。お入り下さい♪』
門のロックが解除される。
『失礼します。』
と中に入ると、綺麗に手入れされた花が咲き乱れる庭。
こういう環境で育つと、あんな風にふんわりとした雰囲気に育つのか、と、なんとなく納得する。
ドアの所まで辿り着いたとたん、ドアが開いた。

「コウさん♪ごきげんよう♪」
中から小さな物体が飛び出してくる。
「…姫…?」
思わず目を見張るコウに、うんうんとうなづいてみせるのは、あのゲーム内の美少女キャラをさらに超えた可愛い少女だ。
容姿も可愛ければ声も驚くほど可愛らしい。
ふんわりとした雰囲気もそのままに嬉しそうに自分の腕にぶらさがるようにしがみつく少女。
あまりに可愛らしすぎて現実感がない。
その少女の後ろには少女にそっくりな…数年後にはこうなっているのだろうなと思わせる様な可愛らしい女性。
コウの視線に気付いて、少女、フロウは
「あ、紹介しますね、母です♪で、ママ、この人がコウさん♪これから送り迎えして頂くの♪」
と紹介する。
母?母~~???
どう見ても20代にしか見えないのだが……
「優波の母の優香です♪娘を助けて頂いたそうでありがとうございます♪これからも宜しくお願いしますね♪」
ニッコリと挨拶をされ、コウも慌ててお辞儀をする。
「初めまして。コウ…というのは通称で…碓井頼光と言います。こちらこそ宜しくお願いします」

とりあえず時間なのでそれ以上の挨拶はまたということで二人で学校に向かう。

フロウは本気で可愛かった。コウが今までみたどの女の子よりも…。
並んで歩いてると道行く人が振り返っていくほどだ。
それは彼女だけでなく自分の容姿も起因しているということには気付いてないコウではあるが…。

今まで身近に全く女の子がいなかったせいもあって、ひどく緊張したが、ゲーム内と同様ホワホワとしたフロウにすぐその緊張もほぐれる。

「コウさんて…ほんっとにゲーム内のままなんですねぇ。びっくりしました♪」
可愛らしい声で言って笑うフロウにしばしみとれる。
「姫も…容姿だけじゃなくて雰囲気とかもそのまんまだな」
と言うと、フロウは
「そうですかぁ?」
とまた楽しそうに笑った。
そのままフロウはゲーム内と同様、とりとめのない可愛いおしゃべりに興じている。

コウは正直人と話すのがあまり得意ではない。
たわいもない話というのをしようにも何を話していいやらわからず気を使うし、かといって黙っていると沈黙がきまずい。
それでなくてもきつい印象を与える容姿のせいで向こうにも緊張をさせるらしく、気軽に近づいてくる者も少ない。
ところがフロウは緊張する様子もなく一人で楽しげにしゃべっている。
コウの反応が悪くても気にしない。
ただただ小鳥のさえずりのように楽しそうにおしゃべりを続け、時には自分で自分自身の言葉に応えてみたりと、こちらが黙っていてもそれがむしろ気の利いた対応のように見えて、気詰まりさがない。
ようは…コウのように人付き合いが苦手という人間にとっては珍しく側にいて苦痛にならない人種だった。
苦痛どころかむしろ楽しいと言っても良い。
苦手なだけであって、別に人が嫌いというわけではないのだ。

そんな可愛い彼女が有名ミッション系お嬢様学校の制服を着てお姫様オーラをふわふわ振りまいて自分にまとわりついているのだから、まあ目立つ目立つ。
周りの男達にすごい目で見られている気がする。
さらにフロウの学校に近づけば今度は女の園に一人紛れ込んだ異質な人間に、学校の生徒から奇異の目で見られている気がする。
そして学校の門の所に着くと今度は学校の教師らしきシスターにチェックを入れられた。

「ごきげんよう♪おはようございます。」
門の前で教師にフロウが挨拶すると、シスターは
「ごきげんよう。そちらは?お友達ですか?」
とコウに目を向ける。
「はい、今日から送り迎えをして頂く事になりました、えと…」
そこまで言ってチラリとコウを振り返るフロウ。
「おはようございます。碓井頼光と言います。海陽学園高等部2年生です。」
コウが一歩前に出て90度頭を下げると、シスターは満足げにうなづいた。
「きちんとした方のようですね。おはようございます。」
とのシスターの言葉に内心汗がどっと吹き出る。
とりあえず…学校側のチェックはパスしたらしいので、門の所で分かれる事にして帰りの時間を聞いた。
1時間半後…なので、丁度学校の隣にあった公園で単語帳を片手に時間をつぶす。

普通感じるであろう何故自分がここまでしているんだろう…という考えは彼にはすでにない。
ずっと一人だった彼にとっては、ゲーム内でユート達に会って以来、自分が何かをしてやれる誰かがいるという事が実はすでに娯楽になってきていた。
しかも今日はその相手が今まで見た事もないほどの目の覚めるような可愛らしい少女だったりなんかするわけだから、不満があろうはずもない。
当たり前に時間をつぶし、当たり前に迎えに行く。
例によって異質な者に向けられる生徒の視線が痛いが、
「コウさん♪お待たせしました~♪」
と、可愛らしい声で駆け寄ってくる可愛らしい彼女の様子に、それも気にならなくなる。
可愛らしい少女が楽しげに可愛らしいおしゃべりをしながら自分の側にいてくれる。
しかも彼女は
「コウさんがいると、いつも出没するナンパの方々とか痴漢さんとかもぜんっぜん来なくてすっごく安心♪」
などと言ってくれたりするわけで…。
それだけで充分幸せな気がした。

「でも…親も学校もよく男が一緒なんてよく許したな…。普通あんなお嬢様学校って男女交際禁止とかじゃないのか?」
もうどこをどう割ってもお嬢様。しかもかな~りお育ちが良さそうなフロウを自宅まで送る道々、コウは好奇心からきいてみた。
それにフロウは当たり前にコウの腕にぶらさがりながらにっこり答える。
「ん~、うちの両親は娘の直感を信じてるので。で…学校は…禁止じゃないんですよ♪ちゃんと先生に紹介できるような方ならおっけぃという事になってます♪」
おい親…直感…信じていいのか?この限りなく危機管理能力0な娘の…。
秘かに思うが、さすがに口には出さない。

「コウさん、この後お忙しいです?」
そんなコウの心のうちも知らず、フロウはちょっとコウを見上げて顔を覗き込む。
「いや…俺は勉強は基本的に自宅で自主学習だし、ほぼ一人暮らしだから」
「ほぼ…一人暮らし?」
フロウは少し不思議そうに首をかしげた。
「正確には家族は父親のみで、その父親も仕事の都合で月1回自宅戻れば良い方。中学卒業するまでは通いの家政婦さんいたけど、今は自分の家事は全部自分。」
「寂しく…ないです?」
寂しいかと聞かれても他の生活を知らない。
「ずっとそんな感じだったから考えた事ないな」
コウの言葉にフロウはそうですか、と、言った後、えとね、とまた話を戻した。
「お時間あるようでしたら、メールアドレス取るの手伝って頂けません?昨日メルアド取るって話したじゃないですか。私パソコン疎くて…。実は今回のゲームも設定とか全部父にやってもらってるんですけど、今日父遅いので…。時間までにメルアド取れないかもだからっ」
いかにもフロウらしい申し出にコウは少し微笑ましくなって笑う。
「いいけど。なんか姫は本当にゲームの時のまんまだな」
初めて会った日も思ったが、どうにもこの無邪気で可愛らしい様子で頼まれると突き放せない。
結局そのままフロウを自宅に送って行くと、自宅に上がってメルアド取得をさせる事に。

「お邪魔します。」
と挨拶をして中に入る。長い廊下を超えると温かい感じのするリビング。
「こっちです~♪」
とうながされるまま2階のフロウの私室へ。
当たり前にひきうけたが…考えてみれば女の子の部屋に入るのなんて初めてだ。

一歩踏み入れるとそこは別世界だった。
ふんわりとフローラルな香りの漂うパステルな空間。
10畳ほどの部屋は下は全面淡いピンクの絨毯。
奥には出窓。当然レースとフリルのカーテンがかかっている。
家具は勉強机と、猫足の白いドレッサー、それに大きなベッドと本箱のみ。
ぎっしりとファンタジー系の小説や画集の詰まった本棚の反対側の壁は大きなクローゼットになっている。

「えと…パソコンは机の上なので…」
コウが中に入ると当たり前にドアを閉めようとするフロウをコウは制した。
「ドアは閉めるな。開けとけ」
嫁入り前の女の子が若い男と密室にいるのはよろしくない…などという堅苦しい考えを持った高校生も今時レアなわけで…フロウは不思議そうな顔をしたが、それでもやっぱり深く考える質ではないので、
「は~い♪」
と返事をすると、ドアをそのままにして机の前に座るコウにかけよった。
メルアド取得自体は当然ながら簡単ですぐすむ。

メールの見方とID&PASSを忘れない様にメモさせて、
「終了。んじゃ、明日な」
コウは立ち上がって帰ろうとするが、そのまま、おそらく自分にとってどうも立場的弱者になりやすいタイプの女性二人に引き止められる。

「頼光君…ちょっとだけ…模様替えしたいの。だめ?」
もう…初対面の人間と言う観点は親の方にもないらしい。
フロウの母親の優香も娘そっくりの可愛らしさオーラ満載の強引さで、にっこりとコウを見上げた。
結局そのまま昼食をごちそうになった後に、リビングの模様替えを手伝う事に。
体は日々鍛えているため、肉体労働は別に苦痛ではないのだが、そっくりな可愛らしい女性陣二人がきゃぴきゃぴしてる中というのは妙に違和感がある。
「タカさん最近忙しくてずっとできなかったから助かっちゃった♪」
タカさん…というのが父親らしい。
もう…ほとんど高校生の娘がいるとは思えないほど若い優香はフロウと並ぶと姉妹のようだ。
ノリもそっくりで、もうこういう親だからこういう娘なんだなとしごく納得する。
本人同様妙にフンワリと温かい空間。それが一条家に対するコウの第一印象だった。

その一条家を辞して自宅に戻る。
いつものように鍵を開け中に入ると、シ~ンとした静寂が広がっていた。
『寂しく…ないです?』
送迎中にフロウが言った一言がふと頭をよぎる。
これまでは考えた事はなかったのだが…
「確かに…そうかもな」
コウは誰に共なく小さくつぶやいて、鍵をかけると、私服に着替えに自室に戻った。

いつものように米をといでセット。
それを置いている間にいつものように参考書に向かう。
成績は学年トップから落ちた事はない。
有名名門進学校でそれなわけだから、東大も固いと言われている。
物心ついた頃から当たり前にやってきた勉強なので呼吸をするのと同じ感覚で続けているのだが、それで本当にその先に何があるのかとか、本当に何がしたいとか、自分に取って何をするのが楽しいのかすらわからない。

(姫は…すごく楽しそうだったな…)
ふとフロウの楽しそうな様子が脳裏に浮かぶ。
見てるだけで楽しく幸せになるような笑顔。
寂しい…という感情が初めてくらい押し寄せてきた。
同時に、明日になればまたあの幸せそうな笑顔に触れられるのかと思うと切ないほど幸せな気分になる。

とりあえず…その前に食事、そしてネットか…。
メグというウィザードが提案してきた希望者同士でのメルアド交換。
それに仲間と共に参加をする事にしていた。
リアルを明かすのは危険だが、非常時の連絡法はあった方がいい。
だからいつでも捨てられるメルアド、捨てアドを取ってそれを使おうと提案したのは自分だ。
恐らく…一日4時間という限られた時間以外でも仲間とつながっていたいという感情が自分にめばえている。
それが判断を誤らせてないだろうか…。
もう一度それによるメリット、デメリットを考えてみる。
メリットがデメリットを超えるはず。
それでもそういう結論に至って、とりあえず息をつく。
一歩判断を誤れば仲間を危険に晒す事になる。
判断は慎重に慎重を重ねなければならない。




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